髪は女の魔力です 【読み切り】
まだ肌寒い早朝。
木々の隙間から、淡い光が差し込んでいた。
静けさの中で、小さな鳥の声だけが響いている。
冷たい空気を吸い込むと、胸の奥まで静かに沈んでいく。
いつも通り、キリエは髪を梳かすことにした。
地面に敷いた布に腰を下ろし、小物入れから櫛を取り出す。
腰まで伸びた赤髪を毛先から順に梳かしていく。
さらり、と静かな音がした。
引っかかりをほどきながら少しずつ根元へ。
最後まで通ると、もう一度同じように繰り返す。
髪を大事にしていると、不思議と気持ちが落ち着く。
「おはよ、キリエ」
幼馴染のハナコが不愛想に挨拶をする。
「相変わらず綺麗な髪ですね」
隣に来るなり勢いよくドスン、と腰を下ろした。
早く身支度を終わらせろ、という事らしい。
キリエが緩慢な動作で髪を整えている間、ずっとハナコは睨んでいた。
髪を左右二つの束に分けて、それぞれを耳より高い位置で結んだ。
「どう、似合ってる?」
「……似合ってますよ」
素っ気ない口振りをして、ハナコは立ち上がる。
キリエも立ち上がり、腰のベルトにシースを通して位置を整える。
ナイフを差し込むと、すとんと収まった。
軽く歩いて違和感がないかを確かめ、最後に柄に手をかける。
――すぐ抜ける。問題ない。
身支度を終えた私たちは、森の奥へ歩き出す。
歩き始めて二十分ほど経過した。
ハナコはポーチから細かな模様が刻まれた赤い卵を取り出すと、それを太陽にかざし、ぼんやりと眺めた。
「これを六つ集めれば、本当に人が蘇るんですかね」
「あの【蛇の魔女団】も血眼で探してるし、試す価値はあるでしょ」
ハナコの手からイースターエッグをひょいと取り上げる。
「これも元はあいつらの物だし」
「蛇の魔女団って、キリエが前居たとこだよね……それ、盗んだの?」
ハナコは目を見開き、イースターエッグを持つキリエへ視線を向けた。
「うん」
あっさりと頷く。
少しの沈黙の後、ハナコが口を開いた。
「あんた……ほんと滅茶苦茶だね」
しばらく歩き森を抜けると、いくつもの巨大な岩が剝き出しになっている荒れ地に出た。
異変を感じ、足を止める。
「……何かいる」
周囲に意識を向けた瞬間、岩陰に気配を捉えた。
次の瞬間、そこから巨大な顔が覗く。
黒く、ぎざぎざとした岩のような外皮。
そいつの目がキリエたちを捉えると、ゆっくりと首をこちらへ向けた。
四足の巨体が地面を軋ませる。
恐竜を思わせる外観で全長は八メートルほど。
「大きいですね」
鼻息を荒く鳴らし、興奮しているのがわかる。
―――次の瞬間。
四足の獣が地面を蹴った。
巨体に似合わぬ加速で一気にこちらへ迫る。
接触寸前にキリエは真横へ跳んだ。
ハナコは上空へ跳び上がると、腰の刀を抜き上段に構えた。
重力に引かれるまま首を狙って振り下ろす。
かん、と甲高い音が響き火花が散った。
ハナコが舌打ちする。
「刃が通らない、キリエ任せた」
巨大な獣が振り向くと、キリエと視線が交わる。
再び興奮した様子で地面を蹴った。
キリエは髪に目を落とし、ぽつりと呟いた。
「仕方ないか」
左に結った髪を掴むと、腰のナイフを抜いた。
ざくり、と髪を断つ。
「100mm、変換」
宙に散った髪が瞬時に燃えるような赤い光へ変わり、キリエの全身を覆う。
髪を代償に魔力を生成した。
「この代償、高くつくぜ」
ニヤリと愉快げに笑うと、キリエは走った。
獣が間合いを詰めるより先に、間合いを潰す。
まるで最初からそこに居たかのように。
巨体の頭に左手で触れると、最後の挨拶をした。
「吹っ飛びな」
魔力を込めると、なんの前触れもなく爆発した。
―――爆音。
キリエを中心に煙と衝撃波が広がる。
弾けるようにモンスターが消し飛んだ。
煙が晴れると周囲は更地になっていた。
地面が抉れ、何も残っていない。
周囲の惨状には一切目を向けず、爆風で乱れた髪を整えた。
二つに結った髪の左だけが、ばっさりと途切れている。
戦闘中の笑顔は消え、短くなった毛先をいじる。
「うーん、もったいない」
不格好な髪型を見てハナコがくすりと笑う。
「髪型、似合ってますよ」
「……うるさいなぁ」
毛先を摘まみながら、目を細めて言い返す。
「この調子だと、冒険が終わるころには坊主になってそうですね」
キリエとハナコの冒険は、まだ始まったばかりである。




