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髪は女の魔力です 【読み切り】

作者: 黒沢
掲載日:2026/03/02

 まだ肌寒い早朝。

 木々の隙間から、淡い光が差し込んでいた。

 静けさの中で、小さな鳥の声だけが響いている。

 冷たい空気を吸い込むと、胸の奥まで静かに沈んでいく。


 いつも通り、キリエは髪を梳かすことにした。

 地面に敷いた布に腰を下ろし、小物入れから櫛を取り出す。

 

 腰まで伸びた赤髪を毛先から順に梳かしていく。

 さらり、と静かな音がした。


 引っかかりをほどきながら少しずつ根元へ。

 最後まで通ると、もう一度同じように繰り返す。


 髪を大事にしていると、不思議と気持ちが落ち着く。


「おはよ、キリエ」

 幼馴染のハナコが不愛想に挨拶をする。


「相変わらず綺麗な髪ですね」

 隣に来るなり勢いよくドスン、と腰を下ろした。

 早く身支度を終わらせろ、という事らしい。


 キリエが緩慢な動作で髪を整えている間、ずっとハナコは睨んでいた。



 髪を左右二つの束に分けて、それぞれを耳より高い位置で結んだ。

 「どう、似合ってる?」

 「……似合ってますよ」

 素っ気ない口振りをして、ハナコは立ち上がる。


 キリエも立ち上がり、腰のベルトにシースを通して位置を整える。

 ナイフを差し込むと、すとんと収まった。


 軽く歩いて違和感がないかを確かめ、最後に柄に手をかける。

 ――すぐ抜ける。問題ない。


 身支度を終えた私たちは、森の奥へ歩き出す。


 歩き始めて二十分ほど経過した。

 ハナコはポーチから細かな模様が刻まれた赤い卵を取り出すと、それを太陽にかざし、ぼんやりと眺めた。

「これを六つ集めれば、本当に人が蘇るんですかね」


「あの【蛇の魔女団】も血眼で探してるし、試す価値はあるでしょ」

 ハナコの手からイースターエッグをひょいと取り上げる。

「これも元はあいつらの物だし」


「蛇の魔女団って、キリエが前居たとこだよね……それ、盗んだの?」

 ハナコは目を見開き、イースターエッグを持つキリエへ視線を向けた。


「うん」

 あっさりと頷く。


 少しの沈黙の後、ハナコが口を開いた。

「あんた……ほんと滅茶苦茶だね」


 しばらく歩き森を抜けると、いくつもの巨大な岩が剝き出しになっている荒れ地に出た。

 

 異変を感じ、足を止める。

「……何かいる」


 周囲に意識を向けた瞬間、岩陰に気配を捉えた。


 次の瞬間、そこから巨大な顔が覗く。

 黒く、ぎざぎざとした岩のような外皮。


 そいつの目がキリエたちを捉えると、ゆっくりと首をこちらへ向けた。


 四足の巨体が地面を軋ませる。

 恐竜を思わせる外観で全長は八メートルほど。

 

「大きいですね」


 鼻息を荒く鳴らし、興奮しているのがわかる。


 ―――次の瞬間。

 四足の獣が地面を蹴った。

 巨体に似合わぬ加速で一気にこちらへ迫る。


 接触寸前にキリエは真横へ跳んだ。


 ハナコは上空へ跳び上がると、腰の刀を抜き上段に構えた。

 重力に引かれるまま首を狙って振り下ろす。

 かん、と甲高い音が響き火花が散った。

 

 ハナコが舌打ちする。

「刃が通らない、キリエ任せた」


 巨大な獣が振り向くと、キリエと視線が交わる。

 再び興奮した様子で地面を蹴った。


 キリエは髪に目を落とし、ぽつりと呟いた。

「仕方ないか」


 左に結った髪を掴むと、腰のナイフを抜いた。

 ざくり、と髪を断つ。


「100mm、変換」


 宙に散った髪が瞬時に燃えるような赤い光へ変わり、キリエの全身を覆う。


 髪を代償に魔力を生成した。

「この代償、高くつくぜ」

 ニヤリと愉快げに笑うと、キリエは走った。


 獣が間合いを詰めるより先に、間合いを潰す。

 まるで最初からそこに居たかのように。


 巨体の頭に左手で触れると、最後の挨拶をした。

「吹っ飛びな」


 魔力を込めると、なんの前触れもなく爆発した。


 ―――爆音。

 キリエを中心に煙と衝撃波が広がる。

 弾けるようにモンスターが消し飛んだ。


 煙が晴れると周囲は更地になっていた。

 地面が抉れ、何も残っていない。


 周囲の惨状には一切目を向けず、爆風で乱れた髪を整えた。

 二つに結った髪の左だけが、ばっさりと途切れている。

 戦闘中の笑顔は消え、短くなった毛先をいじる。

「うーん、もったいない」


 不格好な髪型を見てハナコがくすりと笑う。

「髪型、似合ってますよ」


「……うるさいなぁ」

 毛先を摘まみながら、目を細めて言い返す。


「この調子だと、冒険が終わるころには坊主になってそうですね」


キリエとハナコの冒険は、まだ始まったばかりである。

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