中編 高貴な方との縁組み
ローラは来た時と同じように、パーティ会場から追い出され、学校の正門らしき場所をとぼとぼと歩いていると、汗びっしょりのジェフが走ってきた。
「ローラ。無事か」
「うん。大丈夫」
スコット家が襲撃されたことは、街中で大きなニュースとなっており、貴族の横暴に苛立つ平民が多かった。だからすぐにジェフの家にも連絡が行ったのだ。
ローラはショックが抜けきっておらず、ぼんやりと返事したため、余計にジェフを心配させたようだった。ジェフはローラを強く抱きしめた。あまりの強さに、ローラは胸板とぶつかっている頭も、押してくるジェフの手も痛くて仕方がなかったのだ。
普段は手加減してくれているんだと、ぼんやりとしたまま関係のないことを考え、そしてジェフに抱えられるように、ジェフの家に『帰った』のだった。ローラはジェフに、聞かれたことしか話さず、まるで人形のようになっていた。
ローラの家は押し入られた余波で、中が滅茶苦茶だった。同じようなことをまたされても、貴族には太刀打ちできない。そのためそれぞれ引っ越すことにしたのだ。
キャサリンのことは心配だったが、ハウス子爵家に保護されている以上、取り急ぎの心配はなさそうだ。
まず嫁入り前のローラの安全を確保するため、ジェフの家に住まわせることになった。ジェフの家は手広く商売をしているため、つねに人手があったからだ。
次に祖父は、亡き妻ジョージアナの伝手をたどり、資産を元手にカレ男爵家と共同で事業を始め、その事務所に住むことになった。父親も家の後始末が終わると、その事務所に住むことになった。
これでローラとキャサリンの実家、スコット家は、地図上から消えたのだ。
ローラはジェフの家に引き取られてから、急に口数が少なくなったと思ったら、熱を出してしばらく寝込んでしまった。立て続けのトラブルに、体がもたなかったのだ。そして体調が戻った後、今度はすらすらと話し出した。
「ジェフ、私、妹離れすることにする」
「妹離れ?」
「今まで母親代わりで世話をしてきて、それがやめられなかった。どうしても心配で。気になってしまうの」
「うん」
「今度の騒動も、本当は私がかわりに解決したい。でもそれでは、いつまでたってもキャサリンは成長しないわ。キャサリンは自分がついた嘘の責任をとらないといけないし、お父様にもきちんと謝らないと。……私にもね」
「うん」
「ハウス子爵家の方々は、キャサリンを大事にして下さっているみたいだし、カレ男爵家を通じて連絡も取れるはず。この状況を招き寄せたのがキャサリンなら、まずは自分の力でどうにかしないと。キャサリンにも自分なりの考えがあるだろうし。それでも駄目なら、連絡をくれれば、いつでも助けに……、ううん。それじゃあ駄目なのよね。最初は自力でなんとかできるよう、助言するわ」
「……」
ジェフはじっと待った。ローラの次の言葉を。そして顔をのぞきこむと、ローラの目には涙が浮かんでいた。
「心配なんだろ?」
「だって……。あんなに乱暴な人たちに囲まれて。ちゃんとあの子の話、聞いてくれるといいけど」
ジェフはキャサリン一人で、この状況を改善できるとは思えなかった。だがキャサリンのようなタイプは、実際に痛い目を見ないと学ばないものだ。だからまずはキャサリンに任せて、様子を見るのには賛成だった。
キャサリンはおそらく浅はかな考えで玉の輿を狙い、だがこんな結果を招くことも、これからなにが起こるのかも予想できなかったのだろう。どちらにしても貴族家を巻き込んでしまっては、できることは少なかった。
ローラは何度か深呼吸すると、決意したように顔を上げた。
「キャサリンを信頼するわ。あの子は、確かに考えが足りない所があるけど、それを補うほどの意欲があるし、負けず嫌いな所は誰にもひけをとらないもの」
「負けず嫌いって長所なのか?」
「いざって時でも、絶対にくじけないわ」
「……頼もしいな」
さきほどまで不安な表情だったローラが、キャサリンの『長所』を一つ一つ思い浮かべると、自信に満ちた顔つきに変わった。
「次に会った時に、キャサリンに胸を張れるよう、私は私で自分の道を進むわ」
「ああ」
「ジェフ。私と結婚して下さい」
「うん」
「ありがとう。ジェフ」
「うん……え?」
気がついたらプロポーズが終わっていたジェフは、あわてた。そこで急いで自分から申し込み直し、ローラとめでたく結婚することにしたのだ。黙々と前進するローラは、一度決めたら結婚も早かった。
◇◇◇◇◇◇
ハウス子爵家ではイズレイルとその友だちが連れてきた、キャサリンという少女の取り扱いに困っていた。カレ男爵家の血を引くとのふれこみだったが、未婚の娘が一人で動いている段階で、身分の低さは明らかだったからだ。
「イズレイル。どういうつもりなの。突然愛人を連れ込むなんて」
「愛人ではありません。結婚も考えています」
「だったらなおさら非常識です。男にほいほいついてくる、身持ちの悪い娘など」
「カレ男爵家にでも養女に出せば、結婚になんの問題もないではありませんか」
「おまえの結婚相手は親が決めます。勝手に話を進めるなんて」
「前にも話したでしょう。彼女は姉にいじめられているのです。守ってやらないと」
話が錯綜したため、とにかくハウス子爵家では身元の確認と、そのいじめとやらについて調べることにした。その結果、キャサリンという少女の実家は、イズレイルが物理的に壊してしまったこと、家族は一時行方不明なことがわかった。
ハウス子爵家にとって最悪だったのが、キャサリンを取りあえず実家に戻そうにも、その実家を自分たちの息子イズレイルが壊してしまい、戻せなくなってしまったことだった。
そのためキャサリンにそのことを伝え、安心するように言ったが、なぜか真っ青になっていた。そして消え入りそうな声で、家族の安否を尋ねたのだ。
子爵夫人は、キャサリンがいじめられていたという話を聞いて、どうにも信じられなかった。子爵夫人は問題のある家庭の子どもは、なんとなくわかると思っている。たいていの場合、基本的な躾がされていないのだ。行儀が悪かったり、順番が守れなかったり、乱暴だったり。
だがキャサリンは見る限り、大事に育てられた良い家のお嬢さんといった風情だ。食べる姿もきれいだし、人との会話できちんとした礼儀を見せる。話を聞くと、母親代わりだった姉にいじめられていたというが、それなら誰が躾をしたというのだろう。
一方、キャサリンは、以前、父親に言われた、「金持ちと結婚するには、そのためのお金がいる」という話を思い出し、苦い気持ちになっていた。
イズレイルに取り入り、玉の輿を狙っては見たものの、結局、ついてしまった嘘を、「嘘です」と告白するだけの会話すら、身分が違いすぎて成り立たないのだ。
イズレイルを始めとした三人は、しょせんキャサリンのことを、従順な平民のペットとしか見ておらず、無意識に反論を許さなかった。キャサリンが精一杯、姉の件は嘘だったと訴えても、「もう嘘をつかなくていい」と言って、まるで取り合ってもらえないのだ。
そして自分たちは、少女を救い出したヒーローであると、宣伝して回った。
その姿は、『真実なんかどうでもいい』と、後ろ姿で語っていた。
対等でない相手との縁組みがどのようなものか、身をもって知ったキャサリンは、自分が招いた状況に戦慄していた。キャサリンはイズレイルの保護下になってしまった以上、「姉にいじめられている」という話を無理にでも押し通すしかなかった。仮に嘘だとばれてしまえば、貴族のイズレイルに、自分だけでなく家族もどんな目に合わされるかわからないからだ。
ハウス子爵家で、キャサリンは、客人としてもてなされていた。
そんなある日、親族が集まってお茶を飲んでいた時、手持ち無沙汰だったキャサリンは、手元の菓子の包み紙を器用に折って、栞を作ったのだ。それを見た前子爵夫人は尋ねてきた。
「それは誰に習ったの?」
うっかり無作法をしてしまい、叱責されるのかと焦ったキャサリンは、こう答えた。
「姉に……。姉は時々、こうやって嘘を教えるのです。人前で恥をかかせようと」
「キャサリン。可哀想に」
イズレイルはそれを聞いて、目を輝かせ、まわりに聞こえるように慰めた。キャサリンは緊張し、もうなにが嘘で本当か、わからなくなりそうだった。
「……」
その場に微妙な空気が流れた。前子爵夫人はどこか遠くを見るように言った。
「それは私たちの世代で流行った行儀作法なの。懐かしいわ。お姉様は平民なのに、あなたのために一生懸命教えて下さったのではなくて?」
「……」
キャサリンは用心深く黙り込んだ。だが心は、刃物で刺されたかのように、痛んだ。イズレイルはここぞとばかりに通る声で、キャサリンをかばった。
「おばあさま方、そんな風にキャサリンをいじめないで下さい。彼女は傷ついているんです」
子爵夫人はイズレイルがまた騒ぎそうだったので、話題を変えた。
「そういえば天文台の建設はどこまで進んだかしら」
キャサリンの得意な雑学の話題だったので、イズレイルは声を上げた。
「それならキャサリンに任せて下さい。キャサリンは時事ネタに強いんです。なんでも知ってます」
しかしローラと離れたキャサリンは、まったくそういった知識を仕入れなくなっていた。
「ごめんなさい、私、そういうのに詳しくなくて」
「照れなくていいんだ。学校では毎日、話題を提供してくれたじゃないか。ほら、遠慮しないで」
「……」
「どうしたんだい。キャサリン」
「……」
イズレイルはせっかくキャサリンをアピールする機会だったのに、言うことを聞かないことに苛立ちを見せ、剣呑とした目つきになり、気まずい空気が流れた。
そこへ子爵が足音荒く部屋に入ってきた。
「学校から二学年末の成績表が届いた。キャサリン嬢、君のこの成績はなんなんだ。留年ぎりぎりじゃないか。優秀な女性という触れ込みだから引き取ったのに」
そしてテーブルの上に成績表を置いた。イズレイルはそれを見て眉をひそめた。
そこへ次は執事が手紙を持ってやってきた。
「旦那様。カレ男爵家からお手紙です。急ぎの内容でして」
子爵は、その内容に驚きを通り越して、返って落ち着いてきた。
「カレ男爵家から、キャサリン嬢に対しての貴重品の返還請求だ。家から勝手に持ち出したカレ男
爵家のアクセサリを、返還するよう通知書が届いた。すぐに問題の品を用意してもらおうか」
キャサリンは反射的に、首元や耳元に手をやった。そしてここから万が一、逃げ出す時に、換金できそうだと思い、ずっと身につけていたアクセサリをとられないよう身構えた。
「イズレイル。なにかの間違いよ。これは私のものなの。えっと、えっと、きっとお姉様が……」
イズレイルはお題目の「お姉様」を出され、反射的に父親に反論しようとした。だが父親を見ると、いつもの愛情溢れた顔ではなく、まるで値踏みするような顔でイズレイルを見てきた。
父親は厳しい声で言った。
「カレ男爵家の財産は誰のものだ?」
「……カレ男爵家のものです」
イズレイルはしぶしぶと答えた。キャサリンは別室に連れて行かれ、問題の品々は取り上げられた。
子爵は難しい顔で言った。
「私にはあの娘が姉にどうこうされていたようには見えない。それはともかく妻に迎えたいというなら、もっと身元がしっかりしていないと駄目だ。それに本人も首席を取るくらい優秀でないと」
「ですから身元なら、カレ男爵家の血を引いているのですから、男爵家の養女にするよう交渉して下さい」
「それならこちらがなにか言う前に、向こうから断りの連絡が来た」
「は? どうしてですか?」
イズレイルは驚いて目を丸くした。
「キャサリン嬢は、スコット氏の娘として引き取られているが、しょせんは愛人の子だ。正式に養子縁組をしたわけではない。カレ男爵家の血を引いていると認められていないんだ。そんな少女を養女にする気はないと、前もって断られた」
「それは、ひどいと思います。キャサリンは、好きで愛人の子どもとして生まれたわけではないのに。そうやって差別するのが証拠ではないですか。キャサリンが姉や家族にいじめられているという」
子爵は無表情だった。
「愛人の子を引き取り、礼儀作法を学ばせ、教育を授け、実の娘ですら行かせなかった、貴族のための学校に行かせているんだぞ。平民にとってその学費がどれだけ負担か、考えたことはあるのか? キャサリン嬢はあきらかに、高度な礼儀作法を学んでいる。常識的に考えれば、それは家族から学んだものだろう」
「それはキャサリンが優秀な成績だったから、貴族学校に行けたと聞いています。姉は愚鈍だったから平民の学校だったと」
「では先ほどの成績表はなんだ?」
「……」
「人が言ったことを鵜呑みにするな。もう少し考えてしゃべりなさい」
子爵は失望の目でイズレイルを見た。イズレイルは事態が自分の思ったように進まず、苛立ちを見せた。せっかく周囲からヒーローとして称賛されているのに、肝心のキャサリンが自分の思いどおりに動かないのだ。
事態が膠着した中、イズレイルとキャサリンは中等部の第三学年に進学した。
イズレイルはキャサリンの身元保証人を探した。ハウス子爵家との縁組みを望む、下心いっぱいのレンス男爵家が名乗りを上げ、キャサリンの養父になった。この男爵家は評判が悪く、そのため父親から反対されるのを覚悟していたが、子爵はなにも言わなかった。
イズレイルは、その時、確かにレンス男爵家は質が悪そうだが、所詮はハウス子爵家よりも身分が下なのだから、どうにでもなるだろうと思い、浅はかにも高をくくっていた。キャサリンの進学費用は、大した金額ではなかったので、イズレイルの個人資産から出した。そこまではなんとか上手く行ったが、解決しない問題もあった。キャサリンの成績だ。
キャサリンは一人で勉強したことがなかった。小さな頃から毎日ローラとコツコツと勉強してきた。課題はローラが用意し、キャサリンの能力を伸ばしてきたのだ。
だから貴族の学校に進学したいと駄々をこねた時も、改めて受験勉強をする必要がないほどの、基礎学力が身についていた。しかし入学後は、どうせ玉の輿にのるのだからと、二年間まともに勉強せず、そしてずっと二人三脚で歩んできたため、いざ一人で勉強しようとした時、なにから始めて良いのかわからなかったのだ。
この時、今までの勉強方法を、正直に話せば、イズレイルが雇った教師も対応できたかもしれない。だがイズレイルが怖くて、ローラのことを黙っていた。
そのため勉強が出来ない子ども向けの内容を、もうかなり難しい単元まで進んでいる第三学年で、今更やっていたのだ。成績が上がるはずなかった。
キャサリンの留年が決まった時、イズレイルの妻になる道は閉ざされたのだ。最もキャサリンはこの先どうなるかわからない恐怖を感じるとともに、ほっとしている所もあった。
イズレイルは荒れた。
キャサリンに暴言を吐き、当てはしなかったが、物を投げつけた。イズレイルが荒れた後の部屋は、花瓶や置物の破片がそこかしこに散らばり、キャサリンは久しぶりにローラに引き取られる前の、思い出したくない小さな頃が蘇った。実母やその恋人も荒れることが多かったのだ。
イズレイルは公衆の面前で救い出した少女を、守り、導き、花嫁にするという英雄的な筋書きを、「留年」というみっともない単語でぶち壊しにされ、怒り心頭だった。
この件でキャサリンを養女にしたレンス男爵もかなり荒れた。そして内々で結婚の約束をしていたイズレイルを半ば恫喝した。ハウス子爵家に嫁げなくなった以上、キャサリンの持参金や支度金が別に必要になったからと言って、イズレイルの個人資産から、ぎりぎり払える範囲の金額をせしめるようになったのだ。どれだけイズレイルが自分の家のほうが、身分が上だと思っていても、悪辣な手段に長けている大人の前では、赤子も同然であった。
レンス男爵は、そうしないとイズレイルのせいで、キャサリンの立場が悪くなると脅した。キャサリンをいじめる姉は最低だと、人前で罵っていたイズレイルは、自分が金を払わないと、いじめていた姉と同じと、周囲に思われてしまうと恐れ、金を払った。
三人の英雄の内二人、シリトー商会の息子アランと、ハーディ騎士の息子トーマスは、カレ男爵家に助けを求め、身元保証人を改めてお願いするのが、一番良いのではと考えた。カレ男爵家は名門で力があるからだ。そのために血筋を証明するのが良いだろうと場を整えた。
そして王宮に付属する法廷の一室で、血の証明を受けたのだ。
出席者は、キャサリン、カレ男爵家、カレ男爵家から連絡を受けたキャサリンの父親と祖父、身元保証人としてレンス男爵と、ハウス子爵、イズレイル、アラン、トーマスがいた。
キャサリンは出席者を見回し、父親に尋ねた。
「お姉様はどこ? どうしてこないの?」
「……ローラは結婚して家を出た。だからお前とはもう関係のない立場なんだ」
それを聞いたキャサリンは、ひどくショックを受け、泣き出した。
「嘘。嘘よ。お姉様に会わせて。お姉様がそんなこと言うはずない」
キャサリンはあんなにひどくローラを罵っていたのに、いざローラが自分から離れると、急にしがみついてきた。
「お姉様が私を捨てるなんてありえない」
それを聞いて、ハウス子爵はさもありなんとうなずいた。予想していたとおりだ。キャサリンは気を引くために嘘をついていたのだ。レンス男爵まで、うなずいており、大人たちはこの結果を予想していた。
だが英雄の顔をしているイズレイル、アラン、トーマスの三人は、キャサリンの言葉をまともに聞いておらず、キャサリンはひどい姉にも優しいと、見当違いの発言をしていた。
係が騒ぐキャサリンから血を採り、カレ男爵家の家系簿と比べると、カレ男爵家の血を引いていないことがわかった。キャサリンは愛人と別の男の子どもだったのだ。その場にいた人々は様々な気持ちを抱いた。
父親はそれを知って、立ち直るのに時間がかかったが、それでもキャサリンを娘として愛している気持ちは変わらなかった。十年近く大事にしてきたのだ。だがここ一年くらいの騒動で疲れた心には、血がつながっていないと聞かされて、どこかほっとする所があった。
本人は深刻に受け止めていなかったが、キャサリンは進退窮まっていた。
金目当てのレンス男爵家の支配から抜け出すには、ハウス子爵家に保護してもらうのが一番だ。そのためにはカレ男爵家の血を引いていることを、証明しなければならないのに、できなかったのだ。
かくなる上は、自分の実家スコット家に戻るという手もあった。しかしスコット家は自分の嘘が遠因で壊してしまい、その上、血のつながりがないことを、自分で証明してしまったのだ。そうなると実母と実父を探さないといけなくなるが、生活レベルは格段に下がるだろう。
華やかな貴族の学校に通い続けるには、男爵の元にいるしかないのだ。本来ならキャサリンほどの容姿であれば、お相手もそれなりにいる。だが一度ハウス子爵家に保護され、婚約者兼愛人のような扱いを受けた以上、身持ちの悪い娘との烙印はまぬがれなかった。
儀式が終わって、人々が退出する中、スコット氏と祖父は、キャサリンに話しかけた。
「これからどうするんだ?」
「お姉様に会わせて」
「それはできない」
「どうして?」
「自分のやったことを謝ることもできないのなら、父親として会わせる訳には」
「謝ればいいの?」
「そういうことじゃない」
「悪気はなかったの。ごめんなさい」
「キャサリン……」
スコット氏も祖父も難しい顔で黙り込んだ。
「キャサリン。学校をやめてつましい暮らしに戻らないか。結婚だって背伸びしなくても」
「そこまでにしてもらおう」
三人が話している所へ、イズレイルとアラン、トーマスが割り込んだ。久しぶりに英雄として振る舞える場面がきたのだ。
「キャサリンにはかかわるなと言ったはずだ。家を壊される以上の痛い目に合いたいのか」
「恥ずかしくないのか、娘を差別して」
「恥を知れ」
三人は次々にスコット氏を罵り始めた。最近、様々なことが自分の思ったように行かず、鬱憤がたまっていたのだ。だから目をギラギラさせ、嬉しそうに罵倒の言葉をはいた。
キャサリンは父親と祖父をかばうように両手を広げた。
「もう止めて下さい。何度も言いましたが、あれは全部私の嘘なんです。お父様もお爺さまも悪くありません」
それをハウス子爵と、レンス男爵が眺めていた。
子爵は厳かに宣言した。
「イズレイル。お前を跡継ぎの座から外そう」
イズレイルは突然の父親の宣告に、わけがわからないという顔をした。
「失敗は誰にでもある。だから間違った道を引き返すのを待っていた。だがお前は失敗したわけではなく、元々そのていどの能力しかないのだな。それでは家はまかせられない。跡継ぎはお前の弟にする」
「どうしてですか? なぜ……」
子爵は呆れたように言った。
「なぜ、とな。見栄えがいいだけの平民の女に現をぬかし、その女の身元も血筋も調べないまま、我ら親にも相談せず、勝手に婚約者に据えようとしたな。その動機が家の跡継ぎとして相応しいからではなく、ただ単に英雄になりたいという自己顕示欲を満たすためとはな。そんなに英雄になりたいのなら、家を出て騎士にでもなればいい。ハウス子爵家をまきこむな」
「お待ちください。わかりました。それならキャサリンの件から手を引きます」
イズレイルはそうすればいいでしょうと、まるで良い提案のように子爵に言った。
「レンス男爵に脅されて、資産を貢いでいる件はどうするのだ。隠し通せると思っていたのか。私が言っているのは、お前に跡継ぎとしての能力がないということだ。ちょっと脅されたくらいで、簡単に言いなりになりおって」
そう言って子爵はすたすたと出て行ってしまった。イズレイルはなにが起こったのかわからないとばかりに、立ち尽くした。
アランはイズレイルの失脚に衝撃を受けていた。実家の商会から、権勢を振るうハウス子爵家の跡継ぎイズレイルに、仕えるよう指示されているのだ。アランがついていながら、イズレイルが失脚した件で、責任を問われるだろう。
一番大きな声でスコット氏を責めていたトーマスは、状況が悪いと見るや、一目散に逃げ出した。
スコット氏は小さな声でキャサリンに言った。
「もう帰ろう」
ローラとキャサリンの二人は、スコット氏の宝物だ。それは血がつながっていないと、わかった今でも、その気持ちを変えられなかった。スコット氏は、これからキャサリンがどんな目に合うのか予想ができたし、それは父親としては耐えられないものだった。
だが金にがめついレンス男爵が、身を乗り出してきた。
「キャサリンの籍はレンス男爵家にある。帰りたくば、それ相応の対価を支払ってもらおう」
「私はキャサリンの父親だ。その私に黙って勝手にそちらが娘にしたんだろう。キャサリンは返してもらうし、対価なんて支払う必要はない」
スコット氏は感情的にならず、淡々と言った。
「こちらにはハウス子爵家がついているんだ。キャサリンの件で騒ぐなら、ハウス子爵家を通してもらおうか。ねえ、イズレイル坊ちゃま」
レンス男爵はにたりとイズレイルに笑いかけた。スコット氏がキャサリンの件で騒ぐなら、ハウス子爵家に、おおっぴらに迷惑をかけると宣言され、イズレイルは真っ青になった。まずい立場になったイズレイルは、これ以上の騒ぎを起こしたくなかったため、護衛にスコット氏を力尽くで追い出すように指示したのだ。
あわてたキャサリンは父親に言った。
「レンス男爵はたしかに怖い人だけど、私を商品として大事に扱っているわ。だから心配しないで」
スコット氏もレンス男爵の悪評は聞いていたが、それが本当ならキャサリンは大事にされているだろうと思い、悔しいが時期を待つことにした。
「わかった。だがこれだけは聞いてくれ。お父さんはずっとお前のことを待っているから。いつでも戻ってこられるようにしているからな」
スコット氏は苦い気持ちだった。だが父親のスコット翁に肩をぽんと叩かれ、帰路に就いた。




