前編 嘘の行方
「君は妹のキャサリンを、いじめていたそうだな。そんな人間の元に置いておけない」
ローラは貴族が通う学校という場違いな場所に、引きずり出され、黙って立っていた。目の前には最愛の妹キャサリンがいたが、ローラの悪評を立てたのは、そのキャサリン本人なのだ。キャサリンは自分の嘘で、姉が断罪されるのを見て、真っ青だった。
「キャサリンは、今日から私たちが面倒を見る。牢屋に入れられたくなければ、今後キャサリンにはかかわるな。いいか、これでも温情をかけてやっているんだぞ」
そしてローラは、その場所から追い出されたのだ。
◇◇◇◇◇◇
ローラは、スコット家の一人娘だった。
スコット家は王都にある、割と裕福な家で、生活に不自由したことはない。優しい両親と、祖父母に囲まれて、愛情をたっぷりと注がれて育った。
祖母はカレ男爵家の三女ジョージアナで、祖父とは恋愛結婚だった。だからローラは貴族の血を引いており、由緒も正しかったのだ。読書が趣味だったローラは、祖母の持つ本を片端から読んでいった。世代が古い内容もあったが、そんなことは気にしなかった。
そういった生活に、ある日突然、腹違いの妹キャサリンが現れたのだ。
父親が浮気をしてできたらしく、愛人から押しつけられたらしい。ローラより五歳年下の七歳で、それは美しい女の子だった。ローラの地味な黒髪に茶色い瞳に比べると、キャサリンは美しい金髪に青い瞳をしていた。
愛情にあふれているローラの家族は、キャサリンをとても可愛がった。欲しがるものはなんでも買い与え、着飾らせ、栄養のあるものを食べさせた。そしてきちんとした教育と躾を施し、どこに出しても恥ずかしくないようにしたのだ。
特に一人っ子だったローラは、新しくできた妹を溺愛し、キャサリンのためならなんでもしてやった。毎日服を選んでやり、使用人にまかせずキャサリンの髪を結い、つきっきりで勉強を教えてやった。
そんな時、悲しいできごとがあった。最愛の祖母ジョージアナが亡くなったのだ。葬儀が執り行われ、ローラは胸の中にぽっかりと、穴が開いてしまったような気持ちになった。
続けて遺言状が公開され、ジョージアナの財産は、三分の一が夫に、三分の一がローラの母親である嫁に、残りの三分の一がローラに渡ることになった。
ジョージアナはキャサリン本人を受け入れていたが、浮気をした自分の息子を許していなかったのだ。だから詫びとして嫁に財産を相続させ、残りは夫と孫に残した。
そしてキャサリンのことを大事にはしていたが、自分の目の届かないところで生まれた孫に、カレ男爵家の財産を相続させる気はなかったのだ。
だがスコット家は裕福であるので、そういった筋を通しても問題ないだろうと考えていた。ところが遺言状が公開された場所で、キャサリンが「ずるい」と騒ぎ出したのだ。その場には親族が四十名ほど集まっていた。あわててローラの両親がキャサリンをなだめたが、どうしても静まらず、親戚の一人が力ずくで連れ出す羽目になった。
その後はひどかった。
キャサリンはとにかく「ずるい」を連呼し、まわりの人や物にあたった。ローラや両親が丁寧に説明しても駄目だった。
ここで全員が、よっぽど自分の財産を譲ろうかと悩んだ。だがカレ男爵家の財産を、勝手に処分するのは無責任だと感じた。なによりも教育に良くなかった。
だからキャサリンには、「駄目なものは駄目」と言い続けたのだ。
だがこのできごとは、キャサリンの人格形成に影響を与えた。
「自分はスコット家の人間に、差別されているのだ」と。
キャサリンはその後、性格が曲がってしまい、家族と話す時に、ひどくとげとげしい話し方をするようになった。その癖、嫌みな言い方を注意すると、泣き出してしまい手に負えなかった。
一番よくキャサリンの面倒を見ていた母親は、だんだんと体調を崩すようになり、ローラが十七歳、キャサリンが十二歳の時に、ただの風邪をひいて、あっけなく亡くなってしまった。
残された父親と祖父、ローラの三人の中で、女手はローラしかいなかったので、ローラは必死にキャサリンの世話をした。
そして祖母の残した古い本を頼りに、キャサリンに貴族の行儀作法を仕込んだ。なぜなら、キャサリンが、貴族が通う学校に行きたいと、言いだしたからだ。
キャサリンは友だちから噂で聞いた、王立の貴族学校に通いたがった。そこには身分が高く、裕福で、美しい貴族子弟がいて、運が良ければ玉の輿にのれるのだ。祖父母が出会ったのもその学校だった。
キャサリンはその話に夢中になった。だが家族は少し悩んだ。それというのも学費が高かったからだ。キャサリンは貴族の祖母の血を引いているが、身分は平民だ。だから成績さえ優秀なら、それほど学費はかからない。
それでもローラが通っている街中の学校の、軽く三倍以上はするのだ。おまけにそれは学費だけについての話で、通うための制服や教材費、実習費、寄付金などを合わせると、結局は学費と同じくらいかかる。
そしてそれをぽんと出せる人たちの、集団の中で学生生活を送るということが、なにを意味しているのかということが、キャサリンにわかっているとは思えなかった。
父親は何度もそのことを、キャサリンに念押しした。キャサリンはそれでも入りたいというので、しぶしぶ入学させることにした。
なぜなら父親はキャサリンの、「ずるい」という言葉に辟易しており、もう付き合いたくなかったからだ。
学費はかなりの出費だったが、なんとかなった。母親が風邪で亡くなった時、すべての財産を祖父に戻し、カレ男爵家の財産はまとめたいという、遺言状を残したのだ。だから祖父とローラはそれなりに裕福だったため、父親が貯金をはたいて学費に使ったとしても、家族の生活自体は問題なく回ったのだ。
キャサリンはローラの元で、必死に勉強し、十三歳で貴族学校の中等部に入学した。基礎学力が高く、行儀作法なども身についていたため、短期間の受験勉強でなんとかなったのだ。これで味をしめたキャサリンは、試験前にがんばれば成果は出るのだと勘違いし、まともに勉強をしなくなった。
キャサリンは、新入生の中で注目を浴びた。事前情報でカレ男爵家の血筋を引いていることが、出回っていたことと、人目を引く美しい容姿だったからだ。そして様々な男子に声をかけられ、のぼせ上がった。
キャサリンは話題が豊富で、街の人気のお店から、政治情勢まで話を合わせることができたので、男性には人気だった。だがそうやって自分から声をかけてくる男性だけでは物足りなくなり、キャサリンは学校で人気のある、まわりが憧れる男性に近づいていったのだ。
一人目が騎士ハーディの息子トーマスだ。学生たちの中では体格が良いことで目立つトーマスは、女子生徒に人気があった。精悍な体躯に爽やかな顔立ち、少しぶっきらぼうな所があるが、他の女子生徒に羨望の目で見られることを考えれば、手に入れる価値があった。
二人目はシリトー商会の三男アランだ。桁違いのお金持ちの商人の息子ということで、会話運びが上手く、エスコートがさりげなく、アランが用意するお茶やお菓子は最高級品ばかりで、一緒にいて一番くつろげる相手だった。
そしてそのアランが仕えていたのが、ハウス子爵家のイズレイルだ。イズレイルは、いま注目されつつあるハウス子爵家の長男だった。
今までは王都への物資の運び入れは、港に来る大型船でまとめて行っていた。だがそのやり方だと嵐が来るたびに止まってしまう。
ハウス子爵領は昔から領地の外海から内陸の川を川船で上り、こまめに王都に運び入れるやり方をしていた。だから一回の量は少なくていいから、安定した供給を好む商品を扱う人は、ハウス子爵家を重宝していたのだ。
在庫がつねにほしいという時代になり、ハウス子爵家は徐々に名前を挙げていた。イズレイルはその跡継ぎ息子ということで、結婚相手として一番人気だったのだ。
だがさすがに人気が高く、キャサリンがいくらアピールしても、いい反応はなかった。
それほど手持ちのカードがないキャサリンは、人気のイズレイルを落とすために、ちょっとした出来心でカードを「作った」のだ。
「わたし、腹違いの姉と暮らしていて、いじめられることがあるの。とてもつらくて……」
キャサリンには悪気はなかった。キャサリンにとってこの学校は別世界で、だからここでのできごとが、現実にも伝わるとは思わなかった。
イズレイルは、どういう訳か、驚くほどその話に食いつき、根掘り葉掘り聞き始めたのだ。
◇◇◇◇◇◇
ローラの幼なじみのジェフは、仕事中さぼってローラに会いに行った。この時間帯をはずすと、態度の悪いキャサリンが帰ってきてしまうからだ。
「ローラ、これお土産。この間話した、王都で人気のカフェのマシュマロだ」
「わあ、なんてきれいなの」
ローラは今、話題になっている、色とりどりのマシュマロが並べられている包み紙を見て、歓声をあげた。それを見て、ジェフは照れるやら、喜んでくれて嬉しいやら、少し赤くなった。
「キャサリンが帰ったら一緒に食べてもいい?」
「……キャサリンには上げなくていい……」
「……」
「ごめん。キャサリンはローラの大事な妹だってことは、わかっている。でも俺はあいつのローラへの傲慢な態度が許せないんだ」
ローラはジェフの言葉を少し考えた後、まずはジェフの気持ちに寄り添うことにした。
「……心配してくれているのね。ありがとう。ジェフ」
「……」
「ジェフ、一緒に食べる時間ある? 駄目?」
「ある、ある、あります」
ローラはジェフのために、部屋を整えお茶を入れた。
「ローラ、何色から食べる?」
「この紫色かな。あ、ラズベリーの香りがする」
口の中に広がる芳醇な香りをローラは堪能した。ジェフはそれを見ながらなにか考え込んでいた。
「ねえ、ローラ。それ取って」
ローラはなにも考えず、ジェフに言われたとおり取った。ジェフはいきなりローラの手首をしっかりと握ると前にかがんで、手から直接食べたのだ。ローラは真っ赤になった。ジェフも赤くなりながら豪快に咀嚼している。食べ終えてジェフは言った。
「ローラ、結婚しよう」
いつものように言われたローラは、いつものように断った。
「ごめんなさい。私……」
「はいはい。キャサリンが家を出るまで、結婚しないんだろう」
「ごめんなさい」
「いいよ。待つから。でも待つのもつらいってわかってほしい」
「ごめんなさい……」
ジェフは少しみじめだった。愛情豊かなローラは、その大半をキャサリンに注いでいる。だがキャサリンにはそれがよくわかっていないのではと、思われるのだ。そしてそんな贅沢なキャサリンより、自分が下に扱われているのがつらかった。
この問題は、何度も考え、ローラともよく話合った。だが結局の所、そんなローラだからジェフは好きなのだ。だから待つしかなかった。今十三歳のキャサリンが家を出るとしたら、後五年。若いジェフにとっては気の遠くなるような時間だった。
「……ジェフ。次はどれを食べたい?」
「なんでもいい」
ジェフは投げやりに答えた後、嫌な言い方をしたと反省し、ローラを見た。ローラはジェフのために真剣にマシュマロを選んでおり、その愛情深さが良い所であると同時に、ローラ本人を縛り付けているものでもあった。そして選び終わったローラは、マシュマロをひょいとジェフに差し出したのだ。
「はい。あーん」
「ローラ……」
身持ちが固く、こんな庶民的なことはしないローラは、首まで真っ赤になっていて、手がぷるぷると震えている。ローラの方からも、ちゃんと歩み寄りを見せてくれたことに感激し、ジェフは幸せな気持ちでマシュマロを食べた。
「ところでさっき新聞読んでいたよな。なにを読んでいたんだ」
「今度、王立アカデミーが、天文台を建てるんですって。我が国の技術も素晴らしい進歩をとげているわ。それと最近、議会が派閥の対立で、審議が進まないそうなの。それで引退した超党派のスミス卿が、再び担ぎ出されるかもと記事に出ていたわ。仕事が出来る人は、いつまでも引退できない典型例ね」
「ああ、それで、それをまたキャサリンに教えてやるんだな」
「そうよ。だって平民の身分で、貴族の学校に通うんですもの。様々な知識を持っているのに、こしたことわないわ。かみ砕いてやさしく説明してあげれば、聞いてくれるから。姉妹で話す時間も持てるし……」
最近のキャサリンの冷たい態度を思い出して、ローラは悲しくなった。ジェフはそれを見て、そんな気遣いは無駄だと言いたいのを、ぐっとこらえた。キャサリンは優しくしたところで、恩を感じるタイプではない。だがキャサリンのことを愛しているローラに、そんな残酷なことは言えなかった。だからそっと手を握った。
「ローラ。俺はローラのことをずっと見てきたから、よくやっているのを知っている。誰がなんと言おうと知っている。ローラは自分の信じることをすればいいんだ」
ローラはそれを聞いて何度もうなずくと、涙がにじんだ目で言った。
「ジェフ。ありがとう」
◇◇◇◇◇◇
キャサリンがもうすぐ十五歳になり、貴族学校の中等部三年に上がる時期が迫ってきた頃、父親は異変を感じていた。というのも一年ほど前から、取引先から理由もなく、契約を打ち切られることが増えてきたのだ。もちろん調べたが原因がわからず、家の経営はかなり苦しくなっていた。
ある時、貴族学校で流れている噂が原因だとわかったのだ。
学校ではキャサリンは、五歳年上の腹違いの姉にいじめられていて、同居の父親も祖父も姉の味方をし、家庭内で孤立しているということになっていた。
この噂を聞いた取引先は、念のため契約を、一時的に打ち切ろうと考えた所が多かった。
だがその中に「ハウス子爵家を敵に回したくない」という勢力がいた。どうやらローラのスコット家は、ハウス子爵家を敵に回してしまったらしい。
ローラも同じ頃、街で噂を耳にした。
ローラにとってはあまりにも予想外の、でたらめだったので、ひどく驚き、あわてて実家に戻ったのだ。そこで家族全員で、キャサリンに事情を聞くことになった。
「ちょっとしたおしゃべりで大騒ぎして、おおげさよ。大したことない話じゃない」
キャサリンはさすがに罪悪感を覚えているらしく、下を向いたまま家族と目を合わそうとしなかった。そして後ろめたさから、攻撃的な態度を取った。
「お前のばらまいた噂で、我が家の経営は傾いているんだぞ」
そう父親に言われると、驚いて「しまった」という顔をした。一瞬、「ごめんなさい」と口にしかけ、怒ったような顔で再び下を向いた。
「だって、でも。私がお金持ちと結婚すれば、この家にはお得じゃない。私も幸せになれるし。だったらそれでいいじゃない」
「その前に家がつぶれそうなんだ。それにお金持ちと結婚するには、持参金や婚約式やそのためのお金が別に必要なんだ。お金がないと、お金持ちとの結婚生活は続かないぞ」
キャサリンは知らなかったことを教えられ、ちょっと困惑したようだった。
「え、そうなの。でも……、でも、だったらお姉様が、お金を出してくれればいいじゃない。財産あるんでしょう」
「キャサリン。あれだけローラの世話になっておいて、悪い噂をばらまいた挙げ句、金まで出せと言うのか?」
「……だって」
キャサリンは困ったように、視線をあちらこちらと彷徨わせた。追い詰められ、不満げにもらした。
「そんなの。頼んでないわよ」
キャサリンは怒って立ち上がった。痛い所をつかれ、大きな声で喚く。
「私、何一つ頼んでないわ。面倒見てくれなんて言ってないし。どうせお姉様のは、お金持ちのお嬢さまの自己満足よ。私にちょっかいをだして、いい気持ちになれて満足だった? もう放っておいて!」
キャサリンは感情をまき散らして、逃げるように部屋を出て行った。父親は後を追いかけ、しばらく部屋で謹慎するよう命じた。なぜなら学校に行ったら、またどんなでたらめを言って回るか、わからなかったからだ。
ローラは一度立ち上がり、またふらふらとそこに座り込んだ。祖父が隣に座ってくると、ローラの肩を抱いて、励ますように、その手がぽんぽんと優しく叩いてきた。
ローラはキャサリンに面と向かって罵倒され、おまけに悪い噂を世間にばらまかれ、なぜそんなことが起きているのか理解できず、一時的にまわりの音が聞こえなくなったような、変な感覚があった。感情がどこかに置いてけぼりになって、ふわふわした気持ちだった。だからまるで一人言のようにつぶやいたのだ。
「おじいさま。私のやったことは、迷惑だったんでしょうか」
「……」
「自己満足だと言われて、反論できません。だってその通りですから。キャサリンが可愛くて」
「……」
「どうしたら良かったんでしょう……」
「好きにしたらどうだ」
祖父はローラの頭をぽんぽんと叩いた。
「ローラの好きにしろ。わしは応援するから」
「…………ジェフも、そう言ってました」
「そうじゃろう。そうじゃろう」
その晩、ローラは寝仕度を整えた後、急に感情が高ぶり、わんわんと泣いてしまった。母親が亡くなった後、ローラなりに必死にやってきた。見返りが欲しかったわけではない。だがこんなひどい目に合わされる覚えもない。母親に会いたかった。どうすれば良かったのか、相談したかった。一目でいいから会いたかった。
ひどい気持ちで眠ったローラだが、翌朝は意外にすっきりとした気分だった。そして結局キャサリンは可愛い妹であることに、違いはないと感じたのだ。
祖父に『好きにしろ』と言われ、翌日からも同じようにキャサリンに接した。朝、起こしに行き、キャサリンの好きなお茶を用意し、身支度を使用人と一緒に手伝い、勉強を見てやり、話を聞いてやり、時事ニュースを教えた。
その間、キャサリンは後ろめたそうにうつむいており、何度か謝ろうとしてきたが、どうしてもできないようだった。
ローラは自分のキャサリンへの愛情が、少し減っていると感じた。キャサリンとの間に距離ができてしまったのだ。だがそのことに不安は感じなかった。なぜならお互いに家族を作ったら、いずれこんな風に距離ができるのだ。キャサリンの自立が早まったと考えれば、そんなに悪いものでもないだろう。そんな風にローラは自分のことを観察していた。
するとローラの目からまた涙がこぼれた。自分を客観的に見てしまうのは、心がまだつらいからなのだ。そしてそれをまるで見ていたかのように、ジェフがローラの部屋に入ってきた。
「なんで俺の所にこないんだ。こんな時までキャサリンの世話をして」
「ジェフ、どうしたの」
「ローラのお爺さまに呼ばれたんだ。昨日、キャサリンが騒ぎを起こしたから、ローラを慰めてやってくれって」
そう言ってジェフはローラを抱きしめた。ローラはただぼんやりとしていた。ローラはキャサリンを大事にするあまり、自分を後回しにする傾向があった。自分がキャサリンのやったことで傷ついているということすら、キャサリンの世話の後にようやく感じるのだ。ジェフはそれが心配で仕方がなかった。
「ねえ、ジェフ。私、キャサリンのことが心配で仕方がないの。愛しているのよ」
「うん」
「でもね。キャサリンはそうじゃないの。それはなんとなくわかっているから、いいの」
「うん」
「このままだと、キャサリンは幸せになれないんじゃないかって、心配なの。あんな大変なことをしでかして。だからどうにかしてあげたいけど、どうしたらいいかわからないの」
「うん」
「キャサリンがこの家に来た時、不安そうでおどおどしてた。小さくて、痩せていたの。だからおやつを食べさせてあげたら、すごく嬉しそうに笑ったわ。あの時、この子を守ろうって誓ったの。この子がお嫁に出るまで、私が責任を持って育てようって。でも昨日、あの子の方から断られてしまったわ。ただの自己満足だって」
「うん」
「それで……」
とりとめもなく話すローラの話を、ジェフはずっと聞いていた。ローラは最後泣いてしまったが、その時までは、この話は単なる家族の行き違いであり、きちんと話せば、それなりに解決するはずのものだった。
だが暴力で無理矢理、決着がついたのだ。
◇◇◇◇◇◇
中等部の二年から三年に上がる時に、学校でプレパーティが行われる。社交界に出る直前の時期に、本格的な社交を体験し、本番に備える。その日、ハウス子爵家のイズレイルと、シリトー商会のアラン、ハーディ騎士の子息トーマスの三人が押しかけてきて、謹慎していたキャサリンをパーティに連れ出したのだ。
父親のスコット氏と祖父は、三人に言葉を尽くして説明し断った。キャサリンが学校で嘘の噂をばらまいたこと、その罰として謹慎させていること、キャサリンにもう構わないで欲しいことを、丁寧に。しかし三人は一切話を聞かず、ほとんど誘拐と変わらない手口で、身一つで無理矢理連れていったのだ。
キャサリンはさすがに青ざめ、仲裁に入ろうとしたが、イズレイルたちはキャサリンの言うことすら、まったく耳に入れようとしなかった。まるで自分たちは正義のヒーローで、虫けらどもの話など聞く価値がないとでもいうかのようだった。
貴族相手に文句も言えず、父親は頭を抱えていた。そしてその数時間後、一人で留守番をしていたローラは、ふたたび押し入ってきた、ハウス子爵家の護衛たちに引きずり出され、学校のパーティ会場に連れて行かれたのだ。
大勢の人が注目する中、ローラは会場でぼんやりと立っていた。ハウス子爵家の護衛たちに拉致され、強いショックを受けていた。
目の前では、イズレイルから送られた豪華なドレスを着たキャサリンが、ハウス子爵家のイズレイルと、シリトー商会の御曹司アラン、そしてハーディ騎士の子息トーマスに囲まれ、まるでお姫様のように守られていた。
「君は妹のキャサリンをいじめていたそうだな。そんな人間の元にキャサリンを置いておくわけにはいかない」
「最低だ」
「人間のクズだな」
イズレイルと仲間たちは、なんの前置きもなくそう宣言した。相手はたかが平民となめきっている。話の通じる相手ではなさそうだった。
ローラは貴族が通う学校という場違いな場所に、文字通り引きずり出され、ただ黙って立っていた。目の前には最愛の妹キャサリンが立っていたが、ローラの悪評を立てたのは、そのキャサリン本人なのだ。
キャサリンは自分が話していた嘘で、姉が断罪されているのを見て、血の気が引いた顔をしていた。必死で自分の嘘の釈明をしようとしていたが、三人はまったく取り合おうとしなかった。
「お願い、聞いて。あの話は嘘なの。お姉様はなにもしていないわ」
「キャサリン。もう大丈夫だ。あんな姉をかばう必要はない」
「怖かっただろう。もう嘘をつかなくていいんだ」
「キャサリンは、今日から私たちが面倒を見る。牢屋に入れられたくなければ、今後キャサリンには二度とかかわるな。絶対だ。わかったらここから出て行け。いいか、これでも温情をかけてやっているんだぞ」
イズレイルたち三人はそう宣言した。




