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7粒目

最近、特にやたらと狼に縁がある。

牧場村からではなく、姉からの、個人的なもの。

あの狼の姉は、どうやら我等を親しい友だと感じてくれているらしい。

村の近況や、2頭の狼は仲良く愛を育んでいること。

最近は、アイスクリームを目当てにわざわざ村に来てくれる旅行客がいることなどが書かれている。

そして。

「花の国と繋がりが出来たらしいのの」

狼の姉は、それを伝えるために、いつ届くかも分からぬ手紙を出してくれたのだろう。

「お?」

あの壮大な海の様な草原の間に、中継地点が出来たこと。

花の国側は花の国が特に積極的に動き、こちらの村に近い中継地点の拠点も手助け惜しまず、完成もとても早かったと。

それはそれはとても頼もしく喜ばしい事だけれど。

あの小さな村には、くれぐれも“お薬”など送りつけるなと、花の国に釘を刺したいところ。

「ぬぬん」

直接、城に手紙を送りつけても、とかく酷く警戒されるだけであるし、そもそも女王の手紙が元へ届く前に、閲覧した者に寄って破棄されて終わりであろう。

大金だけでなく、鳥たちの労力もドブに捨てるだけである。

そんな事をしなくとも、大丈夫だとは思うのだけれど。

やはり小さくとも不安の種は摘んでおきたい。

少し考え。

そうだ。

あやつがいるではないか。

そう。

猟師がいる。

まだあやつは、花の国にいるであろうか。

姫の婚約が決まり次第、我等を追うと書かれていたけれど。

さすがに、姫の婚約も決まったであろうか。

けれどあやつのことであるし、姫に涙の1つでも見せられれば、悩みつつも滞在を伸ばしていることであろう。

「の、狼の姉と、猟師に手紙を送りたいの」

狸擬きの毛を乾かす一仕事を終えた男は、

「あぁ。でも鳥便だと、大きな街まで行かないと無理かもしれないな」

ぬぬ。

確かに。

では、手紙だけ書いておくかと思えば。

『でしたら、借りは少々大きくなりますが、蝙蝠を使い、あの吸血鬼に頼めば、あちらから鳥便を飛ばしてくれるかもしれません』

狸擬きが声を出した。

男にも、狼男にも伝わるからであろう。

吸血鬼か。

ぬぬん。

確かに、吸血鬼は、我等よりは若干近い距離にいるし、今は水の街辺りか。

しかし、気位は高いと思われる吸血鬼に、使いっぱしりをさせるようなものである。

それでも。

あやつならば、

「いいわよぉ、任せて♪」

と色気たっぷりのウィンクで承諾してくれるであろう。

男も、

「そうだな、頼んでみようか」

そう嫌な顔もせずに、捲っていた袖を戻す。

読めぬ手紙を覗き込んでいた狼男は、

『……?』

紙にそっと触れ、匂いを嗅いでいる。

「これは遠い国から届いた手紙の。鳥を使って意志疎通を図るのの」

『凄いな』

絶句に近い声を漏らす。

「そうの。そして鳥を飛ばすには、預かった石が必要になるのの」

『あの食えない石か』

「綺麗であろうの。あれは、わりと色々なものと物々交換出来るのの」

『ううん、勉強になる』

天幕に戻れば、手紙の前に食事の支度。

『これはこう持つのだ』

『む、難しいな……』

狼男はら狸擬きにスプーンの持ち方を教わっている。

しかし、そもそも狸擬きは肉球で持っているのだから何の参考にもならない。

「こうの」

狼男の、爪の太く鋭い指をスプーンを持つ形に整えてやる。

「先の丸い部分で掬って口に運ぶのの」

『小さいな』

「きちんと咀嚼出来るようにのの」

『そしゃく』

「口の中でよーく噛むことの」

『噛むこそを“そしゃく”』

「の」

小豆を落とした炊飯器のスイッチを押し、

「我は、お芋のポタージュを作りたいのの」

「あぁ、任せていいか?」

「の」

あの組合の姉に、こんなものしかないですけどと、別れ際に大量に缶詰を貰えたため、それも開け。

夕暮れ時。

「スープは、なるべく音を立てずにの」

『こ、こうか……?』

狼男がその手を強く握れば、木のスプーンなどあっという間に折れ、金属は曲がる。

強く掴むなと念押ししたため、プルプル震えるのは太く尖った爪を持つ指先と腕。

「くふふ、初めはお玉にでもするかの」

お玉をもちあげて見せたけれど。

『だ、大丈夫だ』

「スープは、器に口を付けてもいいんじゃないのか?」

「のん」

確かに、狸擬きは前足で器を持ち、飲み込んでいる。

『いや、初めくらい……っ』

スプーンを掴む強さすら把握すれば平気なんだ、と言うけれど。

それが難しいのではないのか。

スプーンごと口にスープを含んだ狼男は、

『こ、濃い……っ!』

と声を上げ。

(ののん)

そうの。

生魚を、生肉をそのまま食べる者に、いきなり人の味付けは、薄味にしたとはいえ。

「すまぬの」

だいぶ刺激は強いらしい。

今日は赤飯おにぎりだけでも、と勧めれば。

おにぎりを齧った狼男は、

『なんだ、汁の濃さが、このほんのり甘い“おにぎり”ととても合う』

ほうほう。

案外、解っているではないか。

男の焼いた、塩気も香辛料も控え目にした肉も。

『……とても美味い』

しみじみと呟き。

けれど、なぜだか、悲しげに肩を落とす。

「……?」

『美味いと感じるのは確かなんだ』

ふぬ。

『ただ、この、まだ一度にも満たない“しょくじ“と言うものだけで、もう、泳いでいる魚をそのまま食べるのは嫌だなと感じてしまった』

生魚の丸齧りは我でも遠慮するしの。

『本当に自分は、山で生きるには適してない身体で、もう山へも戻れないんだなと、自分で自覚して認めてしまった』

狼男は、歪んだ顔に無理に笑みを浮かべ、

『……』

それだけでは済まず、俯きがちに目許を擦る狼男に。

「フーン」

もう食べないなら残りはわたくしめが頂く、と欠片も空気を読まずに、狼男の前から、おにぎりを前足でかっさらっていく。

男は、狼男の言葉は解らずとも、狸擬きと違い空気を読み、黙っているため。

「別に山には帰らずとも、いつでも顔を見せに向かえばいいの」

我は狸擬きの前足からおにぎりを取り上げ、

「フンッ!?」

狼男の前に戻しつつ、そう伝える。

『……山に、か?』

「そうの、山へ帰るのではないの。元気に人の里でやっている姿を見せるくらいなら、(おさ)も喜ぶ。そのうち、(おさ)の喜びそうなものでも見繕って、顔を見せてくればよいの」

少し潤んだ目をパチパチさせていた狼男は、

『……あぁ、そうか、そうだな』

すぐにニカッと笑い、また元気よくおにぎりを頬張り。

『何が喜ぶだろうっ?』

無自覚に力が入ったのであろう。

パキッと小気味良い音。

『おあっ!?』

「のっ!?」

「フンッ!?」

「あぁ……」

狼男が張り切って掴んだ木のスプーンは、狼男の手の中で、呆気なく折れた。


夜は。

男、我、狸擬き、狼男の並びで天幕の中で寝る。

「フーン……」

狸擬きの困惑したフーンに目を覚ますと。

「……の?」

狸擬きが、眠っている狼男にしっかり抱えられている。

「おやの」

「フーン……」

何ですかこれはと困惑狸。

「くふふ。山の中では、きっと(おさ)をそうして抱いて眠っていたのであろうの」

「フーン……」

仕方ありませんと、されるままで眠る狸擬き。

まぁ抱き潰されることはないであろう。


早朝。

小鳥の囀ずりではなく、大型の鳥が激しく羽ばたき天幕の上を掠って行く音に目を覚ますと。

すでに目を覚ましていた狼男は、ぐーすか寝こけている狸擬きを腕に抱いたまま、男に背中から抱かれて眠る我を眺めていた。

「……?」

『キミの寝顔を見ていると、まだ生まれて間もない小さな生き物に感じる』

何を言うか。

「我は幼子の」

『ん?あぁ、そうか、そうだったな』

ふと思う。

「の、お主は、夜行性ではないのの?」

「やこうせい?」

「夜に活動するもののことの」

『その辺は適当だったな』

適当か。

「人は主に昼に動くから、ゆっくり慣れて行くの」

『あぁ』

狸擬きが身動ぎし、

「……フーン?」

おはようございます主様と、大欠伸。

「おはようの」

「んん……?おはよう」

目を覚ました男に頭に頬を寄せられ、

「くふふ、おはようの」

朝が始まる。


そういえば。

狼男を怖がるかと思った脳筋馬たちは、半分は獣であるせいか、狼男の存在に、不思議そうな顔はするものの、怯えたりはせず。

「しばらくはこやつも乗るのの、重くなるけれど頼むのの」

声を掛けてみれば。

『……♪』

『……♪』

我の言葉を理解し、重量が増えるのかと張り切るものの、我と目が合えば、そわそわと逸らされる。

『逞しく勇ましく美麗だな』

狼男の賛辞には、

『♪』

『♪』

ツンとお澄まし顔を見せていた。

(むむ)

「フーン」

森で遊ぼうと狼男を誘う狸擬き。

それは、おにぎりとお茶の朝食の後。

「のの、こやつには、言葉と文字を覚えさせたいのだけれどの?」

『ならば、言葉はわたくしめが教えましょう』

遊ぶとなれば、多少億劫な声も喜んで出す狸。

「仕方ないの」

旅人は、遠くに旅をすれば言葉も文字も分からないことも、珍しくはないけれど。

知っておくに越したことはない。

人の世界の常識を教えるついでに、言葉と文字も覚えればいい。


しばらく狼男と共に森を駆け回り、満足して戻って来た狸擬きは、天幕の端で、呑気に二度寝を貪り始める。

我は男と共に、狼男に簡単な単語から覚えさせつつも。

『それは?』

「パンの、こねこねの」

『こねこねか』

「こねこねの」

ぎゅむりぎゅむりとパンの生地を捏ねる。

男は、今日もやはり、

「こんな場所でどうした?」

と道を外れて顔を覗かせる旅人の姿に、天幕の外へ出ては、この国の言葉や土地のことを教わっている。

『……彼が、たまに口に咥えているもの、あれは何だ?』

こちらにも微かに漂ってくる煙に、狼男に不思議そうに問われた。

「あれは煙草であるの」

『たばこ』

「の」

『あれには、何の意味がある?』

ふぬ。

「間を持たせるものの」

『ま?』

「退屈しのぎの」

『???……彼は退屈なのか?』

あまりそうは見えないがと狼男。

そうの、男は忙しい。

「女は身支度に時間がかかるの。そんな時、手持ち無沙汰な男は、煙草を吸ってのんびり待つのの」

『待つのは男の役割か』

「そうの」

後は。

『魔除けの役割もあるの』

『まよけ』

「山に、悪いものがいたであろう」

『……縄張りの外を見て、たまに長が、俺には見えぬものに警戒していたことがある』

あの黒い靄は、あの辺りでは、長にしか見えていないらしい。

「そうの、煙草は、悪いものを少しばかり遠ざけたりするの」

『大事なものだな』

「そうの」

それでも、たまにでもなく女も煙草を吸うのと話せば、

『魔除けか』

(たしな)みの」

『???』

混乱する顔が楽しい。

狼男は、文字の書かれた紙を眺めて、発音の練習。

我は、こねたパン生地を発酵させるために布を被せていると。

「フンフン?」

目を覚ました狸擬きが、パンの下拵えに気付き、

「フゥン?」

お昼はサンドイッチですか?とご機嫌にしっぽをフリフリしながらやってきた。

「そうの」

狸擬きは我の隣にぺたりと座り込み、

「フーン」

我に櫛を見せてくる。

「お待たせ、俺が手伝えることはあるか?」

「平気の。旅人であったかの?」

「いや、行商人だった、少し会話の勉強に付き合ってもらった」

買い物もしたと、珍しい香草の入った小瓶や、野菜が並べられる。

その男が、野菜を1つずつ指差し、

「にんじん」

『にんじぬ』

「にんじん」

『にんじん』

男の頷きに、1つ1つ野菜の名を口にしていく狼男に。

「フンフン」

勉強に余念がないなと、我に背中の毛を梳かさせながら、何とも上から狸。

『……』

野菜を手に取っていた狼男が、手を止め。

『その……』

我と男と狸擬きを、順繰りに眺めてから。

「?」

「どうした?」

『ええと、この彼は、君たちの従獣なのだろう?なのに、この中で、一番態度が大きく見える』

狼男の、最もな疑問に。

「……あっはっ!」

「ンンッ……」

我は声を上げ、男は何とか堪えてはいるものの、肩どころか身体が揺れている。

我は堪らずに天幕の敷物を叩きながら笑えば。

「フッ!?フーンッ!!」

何ですとこの半獣半人!!と座り込んだまま毛をぼわりと膨らませるのは狸擬き。

「フンフンフーンッ!!」

わたくしめはいつでも主様の従獣としてひっそりと慎ましやかにお側に控えていると言うのに何を言うのだこの無礼者!

と4つ足を振り回してのご立腹。

『あぁいや悪い、純粋な疑問だったんだ……』

純粋な疑問でそれなのだ。

我は更に腹を抱えて笑うと、

「フーンッ!!」

その場で四つん這いになりジダジダと高速地団駄を踏む狸擬きの姿に、怒らせた狼男すら、おかしそうに笑い出し。

ひとしきり、腹が痛くなる程笑うと、

「お主は一度、従獣と言う言葉の意味を、こやつと一緒に学び直せば良いの」

フフンと笑ってやれば。

「フーンッ!!!」

わたくしめは誰よりも何よりも忠実かつ従順な主様の僕なのです!

と、狸擬きのフーン!が天幕を突き抜け、森の方にまで響き渡った。


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