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6粒目

陽はすっかり上がりきった頃。

荷台に寄りかかり、吸い切った煙草を灰袋に落としていた男は。

狸擬きの背に乗る我の姿に、安堵の笑みを浮かべ。

しかし、我等の隣を、さすがに息を弾ませて走る狼男の姿に。

「……ん?」

笑みを浮かべたまま、動きを止める。

狸擬きが男の前できゅっと止まれば、狼男も止まる。

「こやつは狼男であるの。ずっと山で暮らしていたけれど、この(たび)、人の暮らす里で1人でも生きている様に世話をして欲しいと頼まれたの」

「……んん?」

笑みを浮かべたまま、首を傾げられ。

ぬぬん。

言葉足らずであったか。

「半分は人であるし、山で生きるにはそろそろ限界だからとの」

男は、それでも笑顔のまま、

「……んんん?」

笑顔に困惑を含ませてきた。

なんの。

珍しく察しが悪い。

いや、まぁ、察してはいるのだろう。

けれど。

(そうの)

男からしたら、寝耳に水、青天の霹靂と言うやつであるか。

いきなりでかい半人半獣を引き取れと言われれば。

これからの事、先の事、責任の大きさ、獣人と言う大層珍しい個体への未知。

(ののん)

これはこれは、今更ながら。

「お主には、(あらかじ)め了承を得るべきであったの」

男は、我と狸擬きをひょいひょいと拾う位であるし、そこに1つ増えた所で、そう大したことはないであろうと思っていたのだけれど。

「……君は、小さな小鳥や栗鼠でも拾ってくるように、彼を連れてきたのか」

ぬぅ。

「我は、きちんと依頼されたのの」

「依頼?」

背負っていた鞄の中にみっちり詰まった橙色の石を見せれば。

「……誰にだ?」

眉がぴくりと動く。

「山の主の」

「……」

「こやつの育ての親の」

「……」

男は。

我に言いたいことは山程あれど、言葉にしても無意味であり、しかと事はすでに始まっており。

何ならこれは、自身が我を崖から落ちる際に救えなかったことに繋がってるのか。

そもそもこの国に向かおうとしていた事から約束されていた事柄だったのかと、男の頭の中で、思考がぐるぐるしているのが解る。

『……ええと、その、口を挟んで悪いのだが』

狼男がおずおずと口を開いた。

「の?」

『……君があまりにあっさりしているから、自分のような拾いものは珍しいことではないのかと思っていたけれど、彼は、とても困惑して見える』

狼男は、不安よりも、申し訳なさそうに肩と尻尾を落とし、男もそれに気付くと、

「あぁ、いや」

少し慌てた顔で、

「背が高くてびっくりした」

男が自分の頭の上に手を上げ、狼男を指差すも。

『?』

伝わらず。

「お主がとても大きくてびっくりしていると言っているの」

『あ、あぁ。……母親も小柄だったと聞いていたから、大きくなったことには、長にも驚かれた』

ほほう。

母親の方の血か、狼の血が作用したのであろうか。

『人間は、皆、この男のような大きさなのか?』

狼男に問われ、

「のの。成人した男は、我の男より高かったり低かったりかの。成人した女は、もう少し皆小さく小柄の」

この狼男は、成人した人の女性を見て、いきなり襲いかかる様な、本能だけで生きている様な知能の低さは見えぬけれど。

狼たちは、今はまだ繁殖期だと聞いた。

村へ入る前に、色々と教えなくてはならない。

男が片手を伸ばし、改めて、

「はじめまして」

と挨拶すれば。

狼男はその手を不思議そうに眺めてから、

『?』

我を見下ろしてくるため。

『握手であるの、こちらの手で優しく握るの。人は、お主より遥かに力もないし強度もないから、触れる程度に握るの』

『あぁ……』

おずおずと右手を伸ばし、そっと手の平を合わせている。

ここから、村までの距離はそう遠くないらしい。

山を降りてもしばらくは山を囲む森が広がり、そこを抜けると、村の畑が広がると。

山の下りの道はとても緩やかで、狸擬きの隣に座った狼男は、山よりも馬車の動きに戸惑い、馬や、馬と馬車を繋ぐ革や金具に興味を惹かれている様子。

何事もなく山から降りきると、休憩する人間も珍しくないのか、道から外れても、木が人の手に寄って間引かれた後がある。

我等も有り難く利用させてもらうことにし、天幕を広げつつ、

「この棒を支えてて欲しいの」

狼男に持たせれば。

『……木ではない、不思議な素材だな』

とても固いし冷たいと鼻を寄せている。

「そうの」

男の手でサクサクと設置される天幕に、

『……何もかも、圧倒される』

感嘆の吐息。

「もう離して大丈夫の」

『あ、あぁ……?』

離して倒れないのかと不安そうな狼男に、男が大丈夫だと笑い、入り口の布を広げ、紐で留めている。


道からは少し離れた奥に天幕を広げたけれど。

休憩ではなく、わざわざ天幕を張ってるためか、

「どうした、村へ行かないのか?」

山から降りてくる旅人や行商人もわざわざ道を外れ、不思議そうに声を掛けてくる。

「連れが森で遊びたいと利かなくて」

男が片言の言葉で、返事をしている様子。

「あぁ、馬車移動ばかりだと退屈するしな」

子供でもいるのだろうと勝手に納得されている。

男の言う連れは、すでに森の中でテンテコテンテコはしゃいでいる。

狼男は、天幕の中で腰を下ろし、そこから旅人や行商人を、人間を眺めている。

狼男は、パッと見ならば、上半身は裸でも、下半身は厚手の毛のパンツを履いているように見える。

頭には薄い布を掛けているけれど、

「頭に耳があるの、程度にしか思われないのの」

『そ、そうか……?』

「そうの」

それに何より、格好いいではないか。

『かっこいい?』

「見映えがして大変に素敵であるの」

『キミは好きか?』

「好きの」

『そうか』

ニッと笑い合っていると。

「こんにちわぁ、こんなところでどうしたのー?」

若い花盛りの女で御座い、と言わんばかりの女が1人、小さな馬車でやってきた。

男が何度目かになる同じ返事をすると、

「ふぅん?」

男の返事より、男、それに天幕の内側にあぐらをかいた狼男に、

(ぬぬ)

興味を持っている様子。

我の男に興味を持たれるのは面白くないし、かといって狼男も、布越しでも分かる、この時期にしては薄着であり、プリンのように柔らかそうな胸の膨らみを持った若い女を見て、どう出るか分からない。

はよ行けと毒付きかけたけれど、隣の狼男は、

「……」

これが人の女か的な興味は見せるものの、人の女と分かるなり、安易に襲いかかる様な(たち)ではないらしい。

「の、抱っこの」

ならばと、天幕から出て、今は馬用の天幕を広げていた男に飛び付けば、

「おっとぉ?」

我を抱き上げる男を見て、若い女から、ほんのりとがっかりした空気が伝わる。

それでも、

「村で会ったらお茶でもしましょ♪」

若い女は、なぜか我に流し目を向け、村の方へ向かう。

「フンフン」

狸擬きが戻ってきた。

「の?」

「フーン」

一緒に遊びたいと。

「ふぬ」

今回はこやつも相応の仕事はこなしたし、褒美も必要か。

それでも、狸擬きには狼男をけしかけ、我と男はのんびり散歩。

狸擬きと狼男は、楽しそうに森を駆け回っている。

「急な話ですまなかったの」

さすがに獣人をいきなり連れてきたのは我の考えなしが過ぎた。

けれど男は、

「少し驚いただけだよ」

身体を揺らして笑い、

「君が崖下へ落ちた事に比べたら、そよ風程度のことだ」

あの瞬間を思い出したのか、我の頭を、胸に強く抱えてくる。

「んの……」

我は、生きているだけでは駄目なのだ。

生きて、男の側にいなくてはならない。

男にしがみついていると、

「フーンッ!?」

離れた場所から、狸擬きの慌てたフーンが聞こえてきた。

「?」

フーンの方へ向かってみると、

『俺は木登りも得意だ』

どうやら、得意気に木に登り、先輩風を吹かせようとしたら、狼男も易々と登ってきたため、フンフンと焦っている様子。

「のの、凄いの」

『でも俺は仲間たちより足は遅いし、獲物を狩るのも下手だからな』

結構な高さの木から飛び降りた狼男は、自身の恵まれた素質に全く気付いてない。

「お主なら罠も作れるし、武器も使えるのの」

『わな?』

ふぬ。

「そうの、罠は今はないけれど、武器は」

男が我の言葉に、腰に付けたナイフを取り出す。

『おおお……っ?』

「安易に触れるでないの、危険であるからの」

あぁと真剣な顔で頷く狼男は。

『キミも、あるのか?』

武器であるか。

「あるけれど、秘密の」

ややこしくなりそうであるからの。

『秘密か』

「の」

何か気付いた男が、我を地面に降ろすと、

「?」

足に仕込んでいる小型ナイフを取り出し。

『……!?』

軽く飛び上がる狼男に構わず、男は、先にちらと見える巣穴から出てきた栗鼠を狙ったけれど。

「……ぐ、外した」

顔をしかめる。

背後の木にナイフが当たり、栗鼠は勢いよく逃げて行く。

「珍しいの」

「かっこわるいな」

男の苦笑いに、

『……凄いな!』

それでも大興奮の狼男は、

『俺が拾ってくる!』

ザッと駆け出し。

「キラキラと光る方は掴むでないの!」

背中に声を掛ければ。

『承知した!』

転がるように走るその姿は。

(犬……)

ボールなど投げれば、もしや喜ぶのではないか。

男が我に抱き上げ、身軽に、けれど結構な早さで戻ってきた狼男は、男に抱っこされた我を見て、

『……この辺りは、ええと、“危険”なのか?』

辺りを見回す。

「?」

『彼は、君を抱き上げてばかりだ』

ののん。

「我くらい小さいと、まだ大人に抱っこされるのが普通の」

『そうなのか』

狼たちには、抱っこの習慣はないからの。

せいぜい首根っこを咥えられるくらいか。

男が、

「あぁそうだ、君は、身体を洗おう」

片手で身体を洗う仕草をしてみせるけれど、

『?』

狼男には通じない。

「お主のお山の臭いを消すのの」

『山の臭いは駄目なのか?』

狼男は自身の臭いを嗅ぐ様に鼻に腕を近付ける。

「人間の中で暮らす緩やかな掟であるの」

男は辺りを見回し、お山の方から流れている沢に目を留めると、

「すぐに戻る」

我を下ろし男が天幕へ戻って行くと、狼男が我に両手を伸ばしてきた。

「の?」

『抱っこされるのが普通なのだろう』

「ののん」

戻ってきた男が、物凄く渋い顔をしそうである。

「フーン」

主様と狸擬き。

「の?」

「フンフン」

あそこに黒っぽいなっておりますと鼻先を向ける。

「ふぬ?」

あまり見慣れぬ、僅かに紫混じりの黒色の小さな実が、みちりと身を寄せあっている。

知らぬ実である。

『あれは、あまりよくないな』

「フン?」

『腹の中のものが逆流する』

嘔吐の症状か。

人獣の身体には毒であるか。

「フーン?」

ブルーベリーの類いではないのですかと残念そうな狸擬き。

「お主には平気やもしれぬの」

フンスと木の実に駆けて行き、むしゃりと実を齧った狸擬きは、

「フーン……」

あまり甘くありませんでしたとしょんぼり狸。

「お主は、他の仲間と違って自身で食べられるものも見分けねばならなかったのの?」

『いや。君位の大きさの時は、長や仲間と同じものを食べていた』

大人になるにつれ、人の身体になっていったし、似たものを食べていたと。

よく身体が保ったのと改めて思うけれど、あのお山の力もありそうだ。

男が荷を抱えて戻ってきたけれど、片手には我のザルも持っている。

「ぬー♪」

さすが、我の男である。


森の中の沢。

狼男は、男に頭を洗われながらも、何をしているのだろうと、少し離れた上流で小豆を研ぐ我を不思議そうに眺めてくる。

その小豆洗いは、今日は手早く済ませ、

「石鹸は苦手でないかの」

近付いて問えば。

『自分が自分でなくなる気がする』

ほうほう。

獣人には、臭いも自身を構成する重要な“アイテム”であるか。

しかし。

「お主も魔法が使えぬのの」

乾かすのが厄介そうだ。

特に毛まみれの下半身。

『そうだな。しかしその“魔法”は凄いな』

自身の髪を乾かす男に、狼男は感心したように振り返ると、風が顔に当たり、

『うお……っ』

驚いて仰け反っている。

「前を向いていろ」

男も小さく笑いながら、狼男の髪を乾かす。

平らな岩に腰かけ、男に渡された布で足を拭いているため、我も手伝ってやろうと尻尾を包むと、

『!?』

無言で飛び上がられた。

「の?」

『い、いや、この年になってから尻尾に触れられることなんて滅多になかったから驚いた』

ぬぬん。

多少は繊細な部位であるか。

「悪かったの」

我としたことが。

“デリカシー”

がなかった。

『いや、無造作に放っている俺も悪い』

「フーン」

わたくしめはどこを触られても平気ですと得意気狸。

「そうの。ではお主も身体を洗って貰おうの」

「フンッ!?」

どこを触られても平気なのであろう。

「フーンッ!?」

洗われるのは全く違いますと高速首振り狸。

けれど。

我を探し回って山を川を駆け回る間、身体など、無論一切洗われていないであろうし、よく見れば、今もわりと、特に腹の辺りなど、泥で固まっているではないか。

「フーンッ!」

ご遠慮申し上げますとピューッと森の中を駆けて行く狸擬き。

ふぬ。

「身体を洗わねば、お主の今日の夕食はなしの」

逃げて行った方へ声を掛ければ。

「……」

渋々、もさりもさりと戻ってきた。

狸擬きが男に洗われている間、

『人は、この匂いを好むのか?』

ふわふわにボリュームの増した狼男と話す。

「そうの」

『キミも好きか?』

「そうの」

嫌いではない。

『……』

何か考えるように自身の石鹸の匂いを嗅いでいた狼男は。

『これは、どれくらい持つのだ?』

「ぬぬん。そう持たぬの。洗うのは数日に一度であるの」

この世界では。

『多いな?』

「そこはだいぶ個人差が生まれるの」

旅人などはもっと少ない。

人を眺めてどう思ったか問えば。

『……新鮮さと、ここが少し落ち着いた』

と胸を押さえる。

「ふぬ?」

『鳥に話は聞いていたけれど、実は、作り話じゃないかとも、少し疑ったりしていた』

「くふふ、さすれば鳥は随分と手の込んだことをするの」

知能高しといえ。

『俺が成長するにつれ、他の仲間と明らかに違うから、気を遣ってくれたのかと思っていたんだ』

ぬぬん。

我も、ずっと1人きりだったけれど、我には、端から寄り添う相手がいなかった。

狼男には、寄り添う相手はいたけれど、いたからこそ、個の違いに、自身と同じ仲間がいないことに、孤独を感じた時も、少なからずあったのであろう。

「……ピチュッチュッ」

(おやの?)

山を滑り降りる様に、黄緑色の小鳥が飛んできた。

小鳥は、我ではなく、今はふわふわの狼男の頭に着地し。

足に留められた金筒は、

(青の国のものであるの)

ダンディーからかと思ったけれど、中身は、封筒が窮屈そうに収められている。

どうやら、青の国まで届いた行商人や旅人便りの手紙を、ダンディーが我等宛だと気付き、気を利かせて送ってくれた様子。

茶の国の組合でも飛ばしてくれたことがあったけれど。

(ふぬん)

どこでも、貸しは作っておくものである。

「誰からだ?」

男が狸擬きに風を送りながら訊ねてきた。

送り主の名を確かめれば。

「のの、牧場村の、青の狼の姉からであるの」

意外な名が記されていた。

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