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5粒目

まだ薄暗い夜明け。

男により一層強く胸に抱かれ眠った夜は、狸擬きもぴたりと背中を寄せて来た。

お陰でまだ冷える春の夜も、

(温いの)

狸擬きの、

「フゥン……?」

の寝言で目を覚まし、馬を起こして山を降りれば。

遠い丘の上に、赤や橙色の屋根の家が並び、朝日に照らされている。

「絵本の世界であるの」

その丘を囲むように一面に広がるのは。

「茶葉かの」

「いや、あれは煙草の葉だな」

ほう。

煙草畑が広がっている。

道沿いに細い川が流れ、

(ぬぬん)

小豆を研ぎたいけれど。

先に。

「では、土産を持って挨拶に行ってくるの」

「あぁ」

充分に気をつけるように、とまた男に強めに抱かれ。

「の」

我も強くしがみつくと、目尻に唇を当てられ、

(ののん)

そのまま狸擬きの背中に乗せられた。

「では、頼むの」

「フーン」


ターンッターンッと爽快な走りを見せる狸擬きの背中で、朝日に目を細め。

途中、

「フンフン」

ここに橋が架かれば早いのですと、崖の先できゅっと止まる狸擬き。

「お(ぬし)(あるじ)使いが荒いの」

激しい雨のお陰で都合よく倒木もあるけれど。

「よいしょの」

持ち上げた倒木を崖と崖の間に掛け、

「フンフン♪」

渡りきれば。

「の、崖から崖への往来がしやくすなるのは、ここいらの獣に取って、良いことなのか、悪いことなのかの」

独り言のように呟けば。

『今回の大雨で多くの獣たちが命を落とし、環境も大きく変わりました』

今更橋が1つ2つ出来た所で、そう多くは変わりませんと走りながら狸擬きが口を開いた。

ふぬ。

「の」

『なんでございましょう』

「我があの山の麓に辿り着いたのは、偶然かの」

山の中、葉先が頬を膝を掠る。

『辿り着いたのは偶然かと思われます』

「ふぬ」

『ただ主様が先の山に気に入られ、こちらへの妨害が入ったのは、意図的なものです』

ふぬふぬ。

「我は人気者の」

『山が主様を取り込みたい気持ちも、解らなくはないです』

そうであるか。

けれど。

「あそこには、すでに山の主がいるのの」

山の主は、山が決める。

なのに。

『お話を聞く限り、山の長とやらは、あの狼男に気を向けすぎている様子』

おやの。

『子供の様に、我が子の様に心配なのでしょう。あれは、主様同様に異質でもありますから』

「そうの」

狸擬きの足でも、なかなかの距離がある。

『まだ足場の悪い部分も多く、だいぶ遠回りしていますので尚更』

浅瀬の川でそれぞれに水を飲み、先へ、先へ。


人待ち顔で立っていた狼男は、我と狸擬きの姿に、

『早いな』

笑顔で駆けて来た。

「早いかの」

待たせてなければよかった。

それでも、すでに何度かここに降りて来ていたと。

『昨日の食べ物は、(おさ)にも食べて貰ってみたけれど、甘さが強すぎて受け付けないと言われてしまった』

おやの。

狼男には、

『味も歯応えも、とても美味い』

好評の様子。

ならば良かったと、ビスケットとキャラメルを詰めた袋を渡し。

草の上に小さな風呂敷を広げ、そこに握ったおにぎりを乗せ。

「一緒に食べるのの」

我等の朝食であるのと誘ってみれば。

『いいのかっ?』

なんだこれはと興味津々に眺め、

「昨日のとは違ってやわこいから気を付けるの」

『……あ、あぁ』

とかく顔を寄せて匂いを嗅いでいる。

狸擬きがさっそく前足を伸ばし、

「フーン♪」

おにぎりはいつ食べても美味しいのですとご満悦な顔に。

狼男も、そっと赤飯おにぎりを掴み、まじまじと眺め、かぶり付けば。

『ん、うん?……うん、不思議な食い物だな』

混じっているのは柔らかい豆だなと呟き。

『の、1粒1粒を、纏めているのか』

噛った部分をじっと凝視している。

「そうの、潰し過ぎぬ様にの」

『難しそうだな』

「慣れれば簡単の」

『腹に溜まる感じだ』

と、すぐに狸擬きと競うように食べ始める。

男も、男に残してきた分のおにぎりを今頃食べているであろうか。


食事が終われば、我は、笹に似た葉を探して千切り。

草舟を作り、すっかり穏やかな川に流してみせれば。

『……おおおっ!』

「フーン♪」

大はしゃぎで追いかけて行く1匹と獣人。

浮かせた草舟を追うように2、3舟を流してやりつつ。

もう少し遊びたい、話を聞きたい気持ちはあれど、我には、男が待っている。

昨夜は、男が深い眠りに就いても尚、我を強く抱き締めたままで、ほんの少しでも我が身動ぎすれば男が目を覚ましで、こやつから離れてはいけないとつくづく思い知らされた。

狸擬きと共に、草舟を追えない崖の切り立った端まで走り、再び狸擬きと共にこちらへ駆けてくる狼男は。

『……』

その走りを、徐々に弛めながら。

しかし徐々に、顔からは笑みも減って行き。

じっとその場に立つだけの我の前に立つと。

『……キミは、これから更に遠くへ行くのか?』

そう問われた。

「そうの」

『……』

狼男の眉は寄り、(こうべ)も下がり。

『そうか……』

何度か息を吐いた後。

狼男は片膝を付き、我の頬を撫でてくる。

ほんの短い間ではあったけれど、我も楽しかった。

「いつかは解らぬけれど、戻った時には、また挨拶に来るの」

と、頬に触れた手に手を重ね。

「狸擬きの」

そろそろ戻るののと狼男の手から離れれば。

『お待ちくださいっ!遠き山、青はミルラーマの主よ!』

(おさ)が、山肌を滑り落ちるようにやってくると、

『その子を、その子も、あなた達と一緒に、連れて行ってやってくださいませんかっ!』

切羽詰まった、苦渋も含まれたその声に、言葉に。

(おさ)っ?』

その場で飛び上がるのは、狼男だけではない。

我も狸擬きも、その場で軽く跳ねた。


『何を、(おさ)……、あなたは、何を言っている?』

狼男のその言葉には、とんと同意である。

本当に何を言っているのだ、この山の主は。

我と狼男の目の前まで駆けて来た(おさ)は。

我を見つめ。

『唐突かつ不躾な願いなのは重々に承知です』

と片方の前足をすっと引くけれど。

こちらとしても、それくらい承知してくれていなくては困る。

そして、我の隣で固まる狼男に。

『……あなたは年を重ねるに連れ、日に日に、狼ではなく人の色が強く出てきています』

人の生活を覚えないと、そろそろあなた自身の身体が持たないと、(おさ)は眉間に毛を寄せ、目を伏せる。

(のの……)

狼男は生魚も揚々と食べていたけれど、それでは駄目なのか。

長曰く、ほんの少しずつだけれど、痩せてきているのだと。

ののん。

大層恵まれた体躯だけれど、これでも縮んでいるらしい。

そうなのかと、なるほどの、と(おさ)の言い分も解るけれど。

『あ、あまりに、突然すぎる』

そうの。

狼男にとっても、無論、我にとっても。

『……』

目の前で頭を、鼻先が地面に付きそうな程に落とした(おさ)は。

昨日(さくじつ)、狼男が我を連れて来た時。

おかしな一悶着はあったものの、結果。

我が、許せる範囲で、尚且つ、人の里にいるのも嘘ではなそうだとも判断し、あれから、考えていたのだろう。

再び礼に訪れる我に、大事な子を託すかどうかを。

ただ、迷いも強く、今も、強く耐えているのを感じる。

(おさ)……』

母親代わりの(おさ)に唐突に突き放された狼男は、当然、茫然と立ち尽くしていたけれど。

『……本来、あなたの年ならば、とうにツガイを見付け、更には子を育てていなくてはいけないのです』

長の震える声に、ピクリと耳を揺らす。

『でもあなたは、メスに近寄られても発情もしない、当然、ツガイなど見付ける気もない。……あなたは、群れには、無用な存在なのです』

狼男に、更に追い討ちを掛けるような言葉を、静かに放った。

ぐっと詰まる狼男の、大きな手は固く閉じられ。

(まぁの……)

本人、いや、本半獣も、

「仲間には発情しない」

と自覚していた。

代わりに、ちんまい人形(ひとがた)の我に、オスとして若干の反応を示すくらいである。

それでも。

あまりに唐突な突き放されっぷりには、さすがに気の毒だと感じていると。

『それだけではないのです』

落ちていた頭をぐっと上げた長は。

『私自身のためでもあるのです』

のの?

子離れの必要性か。

『いえ。私は、あまりにあなたに気を取られすぎ、今、この山に、山の主である資格すらを、疑われているのです』

ほほぅ、資格とな。

狸擬きがスンと鼻を鳴らし、

(ふぬん)

あれか。

どうやら我がお山に気に入られたため、(おさ)が立場を追われている様子。

(おさ)自身は、それには気付いていないようで、ただ、自身が山から見放されかけていると、じわじわとそれを感じていると。

それは、決して間違いではなく。

山は、異端の生き物に目を掛け、余所に目を向けようとしない山の主より、ぽっと出の、何やら力の有り余る何かが自身の元へ流れ着き、そのおかしな我の存在に、興味を惹かれている。

そう。

我が出て行くことを、迎えの存在を阻害するくらいには。

それでも。

「お主は、どうしたいのの?」

一番は、こやつがどうしたいかである。

自身で決め自身で責任を追わすためにも。

『俺は……』

狼男は、山を見上げ、(おさ)を見つめ、我を振り返り。

我をじっと見つめてくる。

(ふぬ……?)

何の、と、我も目を逸らさずにいれば。

『俺は、きっと、キミの、足を引く』

ふぬ?

「足を引っ張る、かの?」

『それだ、足を、足だけでなく、とても重いはずだ』

低く息を吐き出した狼男は。

それでも。

「いつか、礼を返す。……だから」

だから。

『俺を、一緒に連れていって欲しい』

狼男は、胸に片手を当てた。

(ふぬ)

「まぁよいの」

『いいのか?』

『いいのですか?』

即答したせいか、狼男と長の問いが被った。

我が流されて、ここまで辿り着いて、狼男と出会った。

それだけの話。

我が連れて行かなくても、もしかしたら、こやつを外へ連れ出す他の者が、ふらりと現れるかもしれない。

地形が変わったことにより、それも十分にあり得る。

それでもである。

こやつを外へ連れ出すのは、

(我でも良かろうての)

我と出て行くとこで、もしこの先に理不尽があっても、それは狼男の選んだ道。

我の即答に僅かに(ほう)けていた(おさ)は、

『すぐに戻ります』

少しお待ちをと、山へ駆け上がって行く。

そして本当にすぐに戻ってきた(おさ)は、我等の編んだカゴの持ち手を咥え戻ってきた。

どうやら、山の崖のどこかに忍ばせていたらしい。

カゴの中身は、キラキラとした橙色の石。

琥珀より遥かに明るい橙色。

これは何と言う名の石であろう。

『鳥たちから、この石は、人里では、ほどほどの価値があると聞いています』

ほう。

『この子が独り立ちするまでの間、謝礼も含め、どうかお願いいたします』

ほうほう。

ではでは有り難く。

とは。

そうは行かぬ。

「受け取りはするけれど、まだ保留であるの」

『……保留、ですか』

首を傾げる姿は少し愛らしい。

「そうの。この石がこの辺りでどれどけ価値があるか、我は解らぬし、鳥も信用しきれぬ。一度里に戻り、価値を見定め、こやつを預かるに値する価値がこの石にあれば、そのまま預かるの」

『もし、価値がなければ?』

なければ。

「価値のある石を探しに、この辺りまでほじくりに来るのの」

人のおらぬこの深い山の中。

価値のある石もほどほどに存在するであろう。

(おさ)は、我の言葉に大きく安堵の息を吐き、確かに、小さく笑った。


「狸擬きの」

「フン?」

「こやつと少し話していて欲しいの」

簡単な言葉を教えてやるのと背中を撫でれば。

「フーン」

(かしこ)まりましたと狸擬きが頷き、我は、(おさ)の元へ向かう。

そして、少し離れた川下の水辺はギリギリに誘い、水音に混ざり、こちらの声が届かないように。

「の」

『なんでしょう』

「あれは一体、どう言った経緯で生まれたのの?」

訊ねれば。

『……外の世界へ行ってみたいと出ていった1頭が、季節が2巡りした頃に、少し変な姿をした子を咥えて帰ってきたんです。

「俺の子供だ」

と。

人間との子供らしく、母親はもういないと聞きました』

詳しいことは何も言わず、聞いてもはぐらかされ。

その父親も、季節が4回巡った春先。

眠ったまま目覚めることなく、息を引き取っていたと。

それでも、この環境下では、父親は充分に長寿の部類であったらしい。

『あの子は、小さな頃は私たちと同じ個体に近かったんですが』

成長するにつれ、別の個体になりはじめたと。

『性格は素直で捻くれてもいないので、集団生活には馴染みやすいとは思っています』

そうの。

『ただ、どうにもならないようでしたら、山に放り出して下さい』

迎えに行きますから、と当然のことながら、そこには、帰ってきて欲しい本心も、多分に込められているのであろう。

「そうするの」

狸擬きと狼男の許へ戻り。

狼男と(おさ)の別れの挨を待ち、我は狸擬きの背中に乗る。

『すまない、またせたな』

「よいの」

狸擬きが走り出せば、狼男も(おさ)に手を振り、走り出す。

2本足でも早い。

狸擬きも、並走者の存在に、少しばかりご機嫌に走っているのが伝わってくる。

我が一度抜けたためか、

「縄張りを抜けたけれど、怖くないのの?」

あっさりと狼たちの縄張りからも、あのお山の意思からも抜けた、隣を走る狼男に問えば。

『楽しい!』

跳ねるように駆け、

『とても楽しい!』

浅瀬で幅もない川とはいえ、軽々と飛び越えて行く狼男。

「フンッ!?」

軽く飛び上がって驚く狸擬きに、

「くふふ、お主も負けてられぬの」

煽ってみれば。

「フーンッ!!」

我を乗せて華麗に飛んで見せはするものの。

「フンッ?」

べしゃっと川の真ん中に着地する狸擬き。

「の、のぅ……」

「フッ!フンッフンッ!!」

今は主様を乗せているたて実力が出しきれていないのですと浅瀬でバシャバシャと地団駄を踏み狸。

『この大木の橋も、キミが架けたのか?』

幾つか架けた大木橋の1本を狼男が、しげしげと眺め。

「そうの」

『凄まじいな……』

そうの。

「お主との力比べくらいなら、我も相手になるやもしれぬの」

『……死なない程度に頼む』

ぬぅ、大袈裟である。

来た時に飲んだ川の浅瀬で、今度は狼男も一緒に水を飲み、再び先へ。

男の元へ。


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