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39粒目

いつか。

市場と言う場所で出会いがあったのは、研師の女である。

ナイフが並んでおり、自前のナイフの砥を頼んだら、もっとまめに手入れをしろと小言を食らった。

研師の女が引き取った狼も元気にしているであろうか。

こちらは、市場としてはおまけなため、あちらより規模は小さいけれど。

この街の見本市とやらの当日。

我等も賑わう市場へ向かい。

市場で会った、正確には二度目の再会となったのは。

「……ぬ」

「……」

目と呼ばれるものは、やはり仮面のくり貫かれた瞳の部分であるのか。

通り過ぎても良かったけれど、やはり異形同士故か、互いにじっと目が合ってしまい。

向こうは店を出し、こちらは冷やかしの客。

「……」

けれど相手が、甲冑男の腰が意外にも低く、ゆっくりと、他人行儀とは言え、軽く会釈までして来たため。

我のために向かいの出店の髪留めを真剣に眺めていた男にせがみ近付いてみると、

「のの?」

甲冑男の店は、茶葉を細かくして練り込まれた焼き菓子や、茶葉のポプリなとが売られている。

誰が作ったのであろう。

こやつなのか。

今、茶葉を管理し、茶葉に隣接した建物に住んでいるのも甲冑男だけだと聞いているし。

しかしである。

「スコーンが美味しそうの」

「フーン」

わたくしめはパウンドケーキが食べたいですと狼男に抱えられてテーブルを覗き込む狸擬きが、短い前足を伸ばす。

『俺は、このショートブレッドと言うものを食べてみたい』

値段は品物の前に書かれ、男がコインを取り出すと、甲冑男が袋に詰めてくれた。

我より少し大きな子供たちが2人駆けてくると、

「ビスケット下さーいっ」

「私もビスケットにする!」

背伸びしつつ、迷いなく品物を選んでいる。

どうやらこの市場の常連である様で、味も定評がある様子。

互いに異形同士ではあれど、互いに用もなく、無干渉に徹し。

その場を離れ、我等はその日は1日、見本市という小さなお祭りを楽しんだ。


曇り空の翌朝。

「今日のお洋服もとてもお似合いですよ」

我等がまだ宿へいる時間、だいぶ早い時間に貸し宿へ訪れた洒落男に、我の着ている夏物のワンピースを、好好爺の様に目尻を下げて褒めてもらえた。

提灯袖のワンピースは、袖にも胸許にも裾にもレースのリボンが飾られ、丈はほんの少し短めなのがまた良いのである。

「ぬふん♪」

そう。

今日も忙しいであろう洒落男がわざわざ我等のいる貸し宿を訪れたのは。

甲冑の彼から、言伝てならぬ手紙を預かっていると。

「の?」

「えぇ、私も驚いております。夕刻に彼の方から店に訪れ、茶葉と共に文字の書かれた紙を見せられまして」

普段から筆談のためか、非常に読みやすい大きめの字。

都合が合えば家に招きたいとの旨が書かれていると。

それは洒落男に伝えても構わないだろうと、万が一の保険も兼ねて男が洒落男に話すと。

「なるほどなるほど。私はついでに道案内を頼まれたのですね」

と合点が行ったように頷く。

忙しいはずだけれど、

「街の見本市は昨日だけで、今日は建具屋や商人が本番ですが、私は昨日の方が本番だったので、後の仕事は店の者たちに任せています」

と。

それでも、忙しくないわけがない。

「そうですね、これを言い訳に抜けてきているので」

なんと。

村の食堂への仕事の資金を出した方たちへのお使いと言う、大義名分がある様子。

さすがに、我等を茶葉の甲冑男も元まで送ったら帰ると言うけれど。

帰りは少し歩けば乗り合い馬車が出ていると言うため、洒落男の馬車へ乗せて貰おうと向かえば、

「のん」

大通りの脇に立派な人用の馬車が停まっていた。

勿論運転手は別にいる。

村の食堂まで来た若い男で、愛想良く手を振ってくれる。

お屋敷のある方角ではなく、南の方へ向かうと、水路を辿るように進んで行けば。

生活感のある2階建ての建物が増え、そこも抜けると、だいぶ先に、思ったより高低差のある茶畑が広がっていた。


元は夫婦2人で管理出来る程度の広さではあるのだろうけれど。

(こんなに広範囲であるのの)

甲冑男は、茶畑の中に立っていた。

陽射しに、緩い風に、分厚い外套を靡かせている。

我等を降ろすと、洒落男は、

「すみません、私は降りるなと」

運転手からすぐに戻ると釘を刺されている様子。

申し訳ないことをしたけれど、運転手は我等にはまた大きく手を振って帰って行く。

街へ戻ったら、礼と詫びを込め、また洒落男のお使いを請け負うことにしよう。

甲冑男は、茶畑から降りてきつつ、先の建物を指差す。

夫婦2人で暮らすには少し大きく年季も感じ、元は夫か妻が受け継いだ建物なのであろう。

そこに今は、甲冑男が1人で暮らしている。

農具は纏められ、どれも手入れがなされている。

ゆっくり歩いてくる甲冑男は、走れたり踊れたりはするのであろうか。

「フーン」

緩く尻尾を揺らす狸擬き。

そうである。

偶然にも茶屋で遭遇した時も、我の従獣が、甲冑男には、幾らかの警戒も見せなかった。

熊村長や吸血鬼の様に、我を脅威に感じていない。

「焼き菓子は大変に美味であったの」

急ぐでもなしにやってきた甲冑男に声を掛ければ。

「……」

小さく頷き。

異形故、我の言葉は通じるらしい。

甲冑男に付いて建物へ向かい、建物は土足。

甲冑男には都合がいいのであろう。

老夫婦の住んでいた時のままと思われる絵画が飾ってあったり、棚には、小物が幾つか並んでいるけれど、埃も払われている。

1人暮らしには大きな水場に、大きなテーブルに椅子は4脚。

甲冑男が奥の部屋から、1人がけのソファを運んできてくれた。

狸擬きがそれに飛び乗り、座り込んでから自身の足の裏の汚れを床に払っている。

「……!?」

甲冑男が狸擬きを凝視し。

「こやつは少し特殊な獣であるの。森の主であり、我の自称従獣であるからの」

「フーンッ!」

自称ではありませんわたくしめは主様に選ばれし従獣です!と戯言狸。

「……」

甲冑は仮面の顎辺りに曲げた指を当て、どうやら狸擬きの言葉は理解出来ないらしい。

片方の手の平をテーブルに向け、椅子を勧めてくれた。


その甲冑男は、あまり質は良くなさそうな、ただ大量に手に入るであろう紙の束を作り付けの棚から取り出すと、

「“筆談で失礼します”」

から始まり。

呼び出しに応じてくれた礼を大きめの字で、こちらの全員に見えるように書き。

仮面の奥から、我を見つめると。

「“字も読めるのですね”」

感心したように筆を持つ手を振られる。

「本を読みたいからの、字の勉強は頑張るのの」

うんうんなるほどと頷くその仕草。

いや、解る解る、であるか。

狸擬きが警戒をしないわけである。

この骨は、異形ではあるけれど、ただ害のない異形でしかない。

して何の用かと訊ねれば、甲冑男は、

「“少し長くなりますが”」

と、文字を書き始めた。


まだこの街がきっと村だった頃に、旅人としてやって来たであろう私は、若くして、事故か何かで死んだ様子。

死んでいた私を見つけた村人が、村人たちの墓場の端に墓を作ってくれ、埋葬してくれた。

髪が皮膚が肉が臓器が食われ土に還り、綺麗な骨だけの身体になっても、どうやら魂だけはこの地に残り。

私は眠り、眠り。

ふと目が覚めた時に、自分が骨だけで生きる、むしろ骨が本体と言える異形だったことを知った。

墓から這い出た時。

ちょうど夜だったため、土を平らにし、それでも掘り起こした様な不自然さが残るなと困っていたら、朝方から雨が降り。

その雨は3日3晩続き、墓参りに来る村人が墓に訪れる前に、不自然さも消えてくれたと。

雨の夜のうちに、街のゴミ捨て場から布を拝借し、祭りで使ったらしい仮面を被り、残りの時間は、雨に打たれつつ、知らない人間の墓石に寄りかかり、じっとしていた。

自身の記憶を探るもさっぱりで、ただ墓の位置と石の小ささからして、自分は余所者なことだけは察した。

さてこれからどうしたものかと、人気(ひとけ)を避けて森の方へ行こうかと、深夜、茶畑に沿って歩いてると、老婆がよたよたと茶畑の間を抜けてきた。

この茶畑の持ち主と思われるけれど、ふらふらとして焦点があっていない。

自分はどうやら人間としては若くして死んだせいか、若い男並みの力はある。

老婆を抱えて茶畑の端に建つ人の家へ向かい、家の前に老婆を座らせ、扉をノックして立ち去ろうと思ったら。

老婆の伴侶と思われる老人が血相変えて出てきた所だった。

深夜、仮面の自分に当然驚いた老人は、しかし、

「あぁ、あんたさんが婆さんを連れてきてくれたのか」

不審がるよりも感謝され、

「お礼にお茶くらい振る舞わせておくれ」

中に招かれた。

辞退すべきかと葛藤はあったけれど、部屋のランタンの灯りに妙に惹かれた。

であれば、ついでに老婆を奥の、元はリビングだった場所に今は鎮座しているベッドに寝かせると、キッチンの椅子を勧められた。

けれど、自分は食事は出来ないし言葉も発せないと、ジェスチャーで伝えれば。

「お、おお……?それは不便そうだな」

老人は、無論、不審がりはしたけれど、それよりも奥から老婆の呻き声が気掛かりな様子を見せ。

「……?」

「ここのところ、うちの婆さん、死神を見るようになっちまってな」

死神が追い掛けてくるのだと、日昼夜問わず、この家から飛び足すようになってしまったと。

死神。

もしや自分のことかと思ったけれど、

「先に逝った姉さんが夢に出てくるんだと」

違うらしい。

死が怖いのは、誰も同じ。

自分は馬車から落下でもしたのか突然死なのか、死の記憶もないままだけれど。

そもそも何の言葉を発せないため、じっと黙っていたせいか。

「……わしはなぁ、なぁんにも知らなかったんだけどな」

老人の深い溜め息。

「若い頃、婆さんの姉さんも、実はわしのことを、そう悪く思っていなかったそうなんだよ」

「……」

「でも、わしはそんなん何も知らず婆さんを好きになって、婆さんもわしの想いに応えてくれて、うちは子供こそ出来なかったけれど、畑を手伝いに来てくれる村の子供たちを可愛がって、幸せに暮らしてたつもりなんだけどな……」

老婆は、いつでもどこかに、姉に対しての罪悪感があったのだろう。

街で暮らしていた老婆の姉は、数年前に事故でもう亡くなっているのだと。

「……」

何とも、声が出ずとも、何と声を掛けていいのか。

「あぁ悪い悪い、旅人さんに急にこんな溢しちまっても困るわなぁ」

「……」

老婆に挨拶をしたいと身振りで伝え、老婆の眠る隣の部屋へ入るも。

私には、その姉とやらの死神も何も見えず。

ただ、きっと、隣に立つ老人にも分かる、死臭が“視える”だけ。

例え老婆に、

(「あなたは悪くない」)

そう伝えてみても、何も届かない。

ただ老婆は、今も薄く目を開いて天井を眺めているため。

紙と筆を借り、布で包んだ手で、伝わるか分からない文字を書き、

「“良ければ朝まで、自分が見張りを請け負おう”」

老人に見せれば。

「おぉ……」

理解してもらえた。

この辺りで使われる文字が書ける自分は、そう遠くから来た旅人ではなかったのだろうか。

「少しは、本来は遠慮すべきなんだろうけど、本音はとても有り難い」

老人は、

「最近、婆さんがいつ外へ出てしまうか分からずでな、熟睡出来ていなかったんだ」

年老いてからは下で寝るようになったのだけれど、それが裏目に出ちまってなと。

奥の部屋のリビングに、今は寝室になっている部屋に、老婆の眠る隣のベッドに横たわり。

私は、ランタン1つの薄暗いキッチンの椅子に座り、ただじっとしていた。

眠るに近い感覚はあるけれど、土の中で長い年月を眠りに費やしていたせいか、積極的に睡眠を必要としない。

強いて言えば、眠ることは暇潰し。

眠らなくても問題はない。

「……」

朝方に起きてきた老婆は、どうやら用足しではなさそうで、ただ見知らぬ私にでなく、何か別のものに怯えているため、マント越しに、骨の身体でしばらく抱き締めて落ち着かせてから、再びベッドに促し寝かせた。

「久しぶりに熟睡できたよ」

笑みを浮かべて起きてきた老人に、もし急ぎの旅でなかったら、もう数日、仕事として頼まれてくれないかと依頼された。

靴と手袋を借り、茶畑の世話も手伝い、たまに家から出てくる老婆を、敷地から出そうならばやんわりと止めて家へ帰す。

たまに、

「あら、初めてお手伝いに来てくれた方よね?」

案外しっかりした声で、老婆が話し掛けてきた。

(お?)

と思えど、それも一瞬のこと。

すぐに老婆の視界は定まらなくなり。

ただ、何かに怯えることは減り。

代わりに、深夜には、キッチンに外套を纏ったまま椅子に座る私がいるかを確認しに起きては、安堵し、自らベッドへ戻って行った。

食べない、飲まない、眠らない、排泄もしない。

ボロ布のマントを、マスクを外さない自分を、老人は相当に不審がったはずなのに、

「なるべく色を合わせて繕ってもらったよ」

「大きいから、1枚の布地だと時間がかかると言われてしまった」

頭から深く被れるローブをプレゼントしてくれた。

「……」

受け取りつつ、なぜと老人を見下ろすと。

「畑仕事を手伝って貰っている時に、あんたの頭に肩に、しょっちゅう小鳥が留まるだろ。それ見てな、何となくだよ」

老人に深く頭を下げて、私は、家の裏で、その立派なローブをかぶり直した。


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