38粒目
元気になった狼男と、散歩がてら茶色い木の街を眺めつつ、男が地図を辿り、洒落男の店へ向かえば。
「おやの」
他の大きな店に比べ、そう大きくない。
家具屋ではあるから大きめではあるけれど、他の店に比べると、小さい。
ただ敷居は若干高めな作り。
外壁にまで幾何学模様の木を組み込んでいる。
(洒落男の店は店まで洒落ておるのの)
昨日、街並みを眺めた男の提案で、男も狼男も、本日は三つ揃いの姿ではあるけれど。
大型の家具に用はなく、ぞろぞろ店に入るのも腰が引け、言付けだけして来ようかと男が道に我を下ろすと。
「あぁ、来てくれたのですねっ!」
扉が開き、どこかへ出るところだったのか、上着を羽織りながら洒落男が出てきたけれど、我等の姿に驚きの表情。
どうやら半分くらいは信用されていなかった様子。
「いえいえ、きっと来てくれると信じておりました!」
望みが込もっているではないか。
とは言え。
「ちょっと失礼。君、それは私がお届けに向かうから」
挨拶している間も、建物から出てきた店の者たちに声を掛け、声を掛けられと、何とも忙しそうであり。
「ちょうど木の見本市の時期でして。どうぞどうぞ」
と中に勧められたけれど。
「え、修理が終わった?早いですね、それも私が届け……んん、届け先がどれも見事に分かれてますね」
どうやら、我等に呑気に茶を振る舞うどころではなさそうである。
地図を広げ、唸っているため。
「の」
男のシャツを引けば。
男は、小さく笑うと、
「もし届けるだけで良ければ、俺たちが運びましょうか?」
運び手も足りていないらしい。
洒落男は一瞬、とんでもないと躊躇しかけたけれど。
それでも。
「うーんとても申し訳ない、けれどとても助かります。常連の方なので、ここから来たと店の名を伝えてくれれば話は早いですから」
見本市の時期は、相手もこちらが忙しいのは知っているからとも。
修理の済んだ家具を積んだ家具屋の馬車で、渡された簡易な街の地図を眺め。
街中を進めば。
段々と。
「こちらは裕福そうな家が多いの」
「あぁ」
小さなお屋敷が続き、庭も広い。
「ここだな」
馬車を停めると、庭にいた紺色のワンピースに白いエプロン、メイドでございと言わんばかりの若い女が、我等の姿に少しばかり怪訝な顔をし。
男が洒落男からのお使いだと話せば、
「確かに、今は忙しい時期ですものね」
パッと笑みを浮かべ、どうぞ中へと招かれたけれど。
男は、他にも仕事があるからと、辞退しかた時。
「お待ちしておりましたわ!!……あら?」
大きな扉が開き、きっと後で母親辺りに、はしたないと窘められるであろう、スカートの裾を掴みながら庭を横切ってきたのは、まだまだ二十歳前と思われる少女。
桃色に染まる頬は、決して広い庭を走ってきたからだけではなさそうで。
けれど、我等の姿に困惑し、
「ええと……?」
メイドが、お使いの方ですとこそりと耳打ちすると、
「なぁんだ……」
あからさまにガッカリと肩を落とした。
(おやの)
もしや、あの洒落男目当てであったか。
そう言えば洒落男は、届け先の住所に目を向けてから、
「では、こちらを、お願いいたします」
ほんのりと安堵の息を吐いていた様に見えたけれど。
あれは、厄介な客から逃れられた安堵であったか。
忙しい時期に、上客とは言えその家の娘の相手をさせられるのは、確かに痛手である。
「洒落男は独り身かの」
「そうらしいよ」
あの娘が付け入る隙は有り余るほどあると。
『あの彼とあの若い娘では、年齢差がありそうに感じるが?』
狼男が屋敷を振り返る。
「そうの。ただ人の世界では、年の差は大した問題ではないの」
互いの相性と、倫理的に問題があるだけ。
(この世界は、まだだいぶ緩そうであるしの)
ただ、あのお転婆娘は、どうやら洒落男の好みの範疇からは外れているらしい。
あやつは湖での釣りが趣味であるし、賑やかさは必要ないとみた。
洒落男の店まで戻り、届けた証明書を受付の者に渡し、洒落男が戻るまでと引き留められたけれど。
男が野暮用があると断り、我等は、街を散策。
街のいたるところに幾何学模様柄が見られ、庶民向けの家具屋を冷やかしたり、今は見本市を前に、店先にも色々並び、なかなかに楽しいけれど。
『“人間同士が交際をする”と言う行為に関して、年の差は、あまり重要ではないのか?』
狼男は、街並みよりそちらに気を取られている様子。
「どうの?」
男に問えば。
「んん、一概には言えないな……」
と言いつつ、我を抱く腕に力を込めてくる。
「フーン」
生きている年数のみで言えば、主様に一番相応しいのはわたくしめでありますねと男の隣を歩く狸擬き。
ふぬ。
獣と化け物。
「そうの、相性は悪くなさそうではあるの」
「フンフン」
「ご遠慮申し上げるけれどの」
「フンッ!?」
「くふふ」
街は人が多く、我等同様に余所者も多く見掛ける。
男も狼男も三つ揃いであるけれど、それが浮かない位にきちんとした格好のものも多い。
「フーン」
不意にたたっと駆け出した狸擬きが、茶屋と思われる店の前で、
「フンフン」
こちらを振り返る。
「のの?」
「フーン」
この店からは上質な茶葉の香りが漂いますと違いの分かる狸。
狭く少し薄暗い店内の2/3は、茶葉を量り売りしている。
メニューは紅茶と、焼き菓子がいくつか。
「レモンメルトがお勧めですよ」
レモンクリームの挟まったビスケットだと若い給仕が勧めてくれた。
客は来ても持ち帰りがほとんど。
「大通りのわりにお店が小さいから落ち着かないのかもしれませんね」
給仕が丁寧に紅茶を注いでくれ、ポットに布を掛けてくれる。
『窓が小さいせいか、街中でも落ち着く』
「そうの」
祭りの賑やかさと違うのは、
「仕事の人間が多いからだろうな」
どことなくせかせかしている。
扉が開き、
「いらっしゃいませ、あ、こんにちはっ」
いつもありがとうございますと給仕が挨拶している所からして、卸し業者的な相手なのだろうけれど。
(ぬぬ……?)
「フーン?」
カップを両前足で持っていた狸擬きも、少し不思議そうに首を傾げる。
初夏にも関わらず、頭から顔を隠すように立派な外套を被った、多分、肩幅、その立ち姿からして“男”ではあるのだろうけれど。
顔は、
(けったいな仮面であるの)
それに何より。
爪先から覗くのは、甲冑の足。
音からして、足だけではない。
全身を、頭以外を甲冑で覆っている。
「……」
「……」
甲冑も身体ごとこちらを向いており、仮面越しに、目と思われるものが合えば。
「……あの?」
しかし、茶葉の並ぶ棚の前に立つ給仕に声を掛けられ、その甲冑男は、少し慌てた様に身体ごと給仕に向き直ると扉を指差し。
「はい、確認させてもらいますね」
甲冑男は、少しギクシャクした動きで、給仕と共に扉の外へ出て行く。
「フーン」
少しばかり珍しい個体ですねと狸擬き。
ふぬ?
この世界では、
「あれは、少しばかり珍しいで済むのかの」
「フーン」
主様に比べれば、大抵のものは霞みますと。
ののん。
狼男もさすがに何か感じ取っているのか、
『……?』
黙って我と男に視線を向けてくる。
男が、
「何かしら理由があるんだろうな」
『?』
「たまに、極度に日光に弱い肌の人がいる」
『それは大変だな』
「理由は分からないけれど、肌を隠したいのだろう」
『んん、どんな理由なのだろうか』
色々と邪推は出来るけれど。
「あれは、どちらでもないの」
「……何か分かるのか?」
カップを口に付ける男が動きを止める。
「あれの中身は骨の」
「骨?」
『骨っ?』
なぜお主まで驚く。
その耳と鼻で、肉や皮脂の臭いがないことにはとうに気付いているであろうに。
『いや、甲冑というあの甲羅に気を取られていた』
少しワクワクした様子まで見える。
ののん、やはり男子であるの。
「どうやって動いているのかは、我にもさっぱり解らぬけれどの」
本人は隠したがっている様であるから、大きな声では言えぬけれど。
「凄い力の」
我は骨だけになったら、きっと動けまい。
「フーン」
いつかの吸血鬼同様に、大変に特殊且つ限定的な力なのでしょうと狸擬き。
「そうの」
人も異形もそれぞれである。
茶屋のレモンメルトは美味であり、紅茶も香り良き。
茶葉の生産者である骨、甲冑男は、店の裏側に商品を運んでいるらしい。
そのまま再び店の中に来ることはなく、我等は戻った給仕から茶葉を買わせて貰い、美味しかったと礼を告げて店を出ると。
忙しそうに目の前を横切っていく商人らしい男たち。
「忙しないの」
見本市と言う祭りに似た催しがあるにしても、あまり我等には向いていなさそうな街である。
早めに出発しようかと、それでも男が我の服を見繕うために街を歩き、空振りに終わり貸し宿へ戻ると、
「ああ、ちょうど良いタイミングでお会いできた」
大通りから、洒落男が人用の馬車から降りて手を振りながらやってきた。
「えぇ、えぇ。お姿をお見かけしたことは、何度かありますね」
あの甲冑は、街の外れで茶畑を管理し、質のいい茶葉を茶屋へ卸している方だと洒落男が教えてくれた。
「評判もいいですよ」
決まった店にしか卸していないし、茶畑や茶畑の近くにある家でも、あの外套と甲冑姿を貫いていると。
やはりどうやら中身が骨だとは知られていない様子。
「子供のいない老夫婦がやっていた茶畑に、あの方がやってきて、年老いた奥さまの世話をしつつ、半年前でしょうか、旦那様も見送り、今はお一人で茶畑を管理なさっていると聞いています」
1人で。
「えぇ。そのうち人を雇うかもしれませんね。ただ、その、お声が出せないらしくて、店先で筆談で対応しているのを見たこともあります」
聞き取れはするらしい。
甲冑に関しては。
「火傷の跡を隠しているとか、日光に肌が当てられないと、全て噂ですが……」
火傷の跡を隠すならば厚手の布地でいいであろうし、太陽光が無理では、茶畑をやっていくには死活問題であろう。
なぜ皆骨だと気付かないと思うけれど、狸擬き曰く、
「まさか骨だけで動いているとは思わない」
とのこと。
男もそうであったの。
「いやはや、こちらからお礼をしなければならないのに、美味しい夕食までご馳走になってしまって」
忙しい中、とてもいい気分転換になりましたと、健啖家でもあった洒落男が笑顔で夜の街を帰って行き。
しかし。
翌日も翌朝には。
「おはようございます、頼まれていたものを見繕って来ましたのでどうぞ」
(ののん)
こやつは見本市で忙しいのではないのか。
「えぇ、えぇ。本番が近づき大変に忙しいのでこれから急いで店に戻ります」
と洒落男が大量に積んで置いて行ったのは。
「可愛いな、うん、どれも可愛い」
昨日。
今日も今日とて洒落た格好をしていた洒落男に、男が、我に合いそうな服屋はないかと問うていたのだ。
洒落男は、ふんふんと大きく頷くと、
「少し探しておきましょう」
と真剣な顔で頷いていたのだけれど。
まさか翌日には我の服を見繕って持ってくるとは、我も誰もが予想していなかった。
朝食の片付けは狼男と狸擬きに任せ、我は奥の部屋で男の着せ替えに励む羽目になり。
ただ積まれた服を一番上から着ていくだけ。
男はどれを着ても可愛いしか言わず、皿洗いをする狼男は、
『黒いな』
『白いな』
『赤いな』
色の勉強が捗り。
袖無しの、鎖骨も若干見える、首許が黒いリボンで巻かれたワンピースは。
「フーン」
腕の稼働範囲が広がりそうですねと狸擬き。
「そうの」
「とても可愛い、けど……」
男が、初めて言葉に詰まった。
「可愛い、けれどなんの」
「少し露出が多くないか……?」
のん?
肩と鎖骨が少々出ているだけである。
丈も膝丈程度であるし。
「いや……でも」
なるほどなるほど。
男がいつまでも我に長袖を着せているわけである。
「……フーン」
二の腕ごときで何を言っているとスンと半目になり呆れる狸擬きに、
『それは考え過ぎではないのか……?』
何とも言えぬ顔をする狼男。
そう。
1匹と1人が正しい。
我は、ただの幼子なのである。
何なら肌着1枚でそこいらを彷徨いていても誰も気にしない。
村などでも、全裸で水浴びしている幼子も珍しくなどなかった。
男は渋い顔をし、けれど我が腕を伸ばし、男が反射の様に胸に抱き上げれば。
「……凄く可愛いな」
困った様な笑みが浮かぶ。
(なんの、面倒な男であるの)
洒落男が、どういった経緯でこの服たちを手に入れたかは知らぬけれど、こちらが買い取りたい物以外は、早々に返さなくては。
どれも可愛いと、男は仕入れの仕事の時より遥かに悩み。
片付けを終えた狸擬きと狼男はお絵かきを始め、我は男のあてがう服のマネキンとしてひたすら突っ立ていたら、昼を過ぎていた。
「フーン」
そろそろ空腹で御座いますと、狸擬きの腹時計が助け船のように声を上げてくれた。
買い取る以外の服を纏めて、徒歩で洒落男の店へ向かうと、ちょうど洒落男が出先から戻ってきた所だった。
男が礼を伝え、こちら以外を買い取りたいと伝えると、
「いえいえ、残りもプレゼントさせてください!」
と、洒落男は何とも豪気な、あれらを全て贈り物として届けてくれていたらしい。
男が慌てて辞退するも、村の食堂の件も含め、
「何かしらの形でお礼をしたかったのですよ」
と洒落男。
「実は大変に難儀していたのです」
難儀とな。
「いえその」
洒落男が言うには。
「下世話な話で恐縮なのですが、旅の資金にも困っているご様子でもないし、気の利いたお礼が出来ないかとずっと模索していたのです」
と。
そのため、昨夜の男の相談に、内心で膝を打っていたと。
「街の方はご存じの通り裕福な住人も多く、子供にもお金を掛ける傾向にあり、子供服も流れやすいのです」
けれど、流れるその先は、洒落男が行くような店から、果ては玩具屋にまで運ばれる場合すらあると。
(ののぅ)
我等の様な流れ者には、難易度が高い。
「村の食堂のお二方からの信用もだいぶ戻りまして、その分の謝礼も込めてです」
のの。
そうである。
食堂の息子と思われる若い男とすれ違ったと話すと、
「おおっ!そうですか、見本市が終わったら釣りがてら、ではなく、お食事がてら伺ってみましょう」
そんな取り繕えない程に本日も忙しそうな洒落男にもう一度礼を伝えて、荷を置きに荷台預け場まで向かい、ついでに荷台で着替えさせてもらう。
薄手の白いワンピースは、肌に馴染み。
「♪」
荷台が更に狭くなった事からは、一先ず目を逸らす。
明日の見本市は、大きな劇場の広間であったり、その劇場の前の広場だったり、小さな広場では、家具屋だけでない店や個人の小さな店が並ぶため、旅人さんにはそっちの方が楽しめるかも知れませんと、洒落男に教えてもらっていた。
忙しない街中も、慣れればこんなものかと、街をのんびり見渡す余裕も出来る。
この街は、茶の国や赤の国の様に、わりと発展が進んでいる。
大きく立派な劇場とやらを遠目に眺め、
「うちは祭りの日じゃなくてもここで店を出してるよっ」
道端のそんな売り文句の屋台で、橙色のチーズとベーコンの挟まったホットサンドを食べたり。
「ああっまた何ともいいところにいらして!えぇ、えぇ!何度も申し訳ない、お使いを頼めませんか!」
(のぅ)
洒落男とは、何かしらの深い縁でもあるのだろう。
わりと広い街中。
徒歩である我等は小径を選んだり、適当な店を覗いたりもしていた。
なのに、ほんの一瞬、大通りに出た瞬間に、街中を馬車で滑走する洒落男と遭遇。
その洒落男の運転する荷台から、狼男ならば片手で余裕で持てる、大変に凝った幾何学模様柄の棚を、見本市の会場へ届けて欲しいと頼まれおつかいをしつつ。
「ここの街を走る馬は、どの馬も見映えがするの」
特に人を乗せる馬車の馬たちは、鬣の1本を取っても艶やかである。
『……頑丈さは、旅路には大事だと思うぞ』
狼男は我等が脳筋馬を思い浮かべたのか、この場にいない脳筋馬たちを無駄に擁護している。
ふと、今思い出してもろくな記憶のない黒子の馬も、あれも大層見映えのする、眉目麗しい黒馬だったのと、なぜか思い出した。
旅路には向いていないと思えど、黒子からは長い付き合いの相棒だと聞いていた。
まだあの伏し目がちな黒馬は、黒子と旅をしているのであろうか。
夕刻になれば。
我等は、見本市のためにやってきた余所者たちに混じり、街の、パブと呼ばれる食堂街へ向かってみた。
狼男に、少しずつ夜の店を教えるためである。
『ここは“立ち飲み”』
「あぁ、どこの街でも国でも珍しくないな」
抱っこの我はともかく、狸擬きだけは背の高い椅子を貸して貰い、
「フーン♪」
ご機嫌にビールを煽り、鼻に泡を付けている。
狼男は、
『……喉と腹が熱くなる』
とやはりあまり好まない様子。
男も、さらっとビールを煽れば、また別の店へ。
「旅人さんかい?」
「えぇ。そちらは、お仕事ですか?」
「そうそ、買い付けになぁ」
狼男は、真面目である故、気軽に話し掛けてきた客と男の、他者とのやりとりや距離感、問われた事にどこまで答えるべきかなど、真剣に耳を傾けている。
狸擬きは、
「フンフーン♪」
背の高いテーブルにぺたりと座り、空のグラスを掲げて、
「フーン」
おかわりと店の人間に声を掛けている。
この違いは一体なんであろうか。
3軒目で、祭りの勢いに乗じて、“夜のお姉さん”たちのいる店を覗いてみれば。
「あらあらぁ?」
「やだ可愛い」
「やーん、こっちおいでー?」
早速、狸擬きと狼男が囲まれ。
男が、彼には色々と教えてあげて欲しいと狼男を押し付け、ついでに狸擬きも置いて店を出れば。
男は我を抱いたまま、お向かいの、夜のお姉さんたち用の茶屋へ、さっさと腰を落ち着けた。
「……」
はずであり。
けれど。
実際の所、落ち着けたと思ったのは男だけ。
「ねーぇ、悪いけど、うちは託児所はやってないのよ?」
店の女が、少し戸惑い気味にやってきた。
「?」
こちらは、この店は。
どうやら茶屋に見せ掛けた、お姉さんを“買える”お店。
テーブルに好き好きに腰かけているのは、客ではなく。
「おっと、失礼した」
それでも我の男は、狼男と違い、ほんのりと狼狽えることもなく。
場所代は払うから少しばかり居させて欲しいとぬけぬけと交渉している。
「まぁぁ、不粋な殿方ねぇ。でも、可愛いお嬢さんが一緒じゃ、仕方ないわねぇ」
なにやらわけありと深読みされたのか、
「ほんの少しなら、いいわよ」
と飲み物1つ取っても値の張るメニューを広げられた。
広げついでに我等と同じテーブルに着く、どうやらこの店の店主と思われる女に、男が、まだ大きな街に慣れない連れを向かいの店に放り込んでいると伝えれば。
「あーら?泣いて逃げ帰って来ちゃわないかしら?」
どうやらお向かいの店も、この女店主の持ち場らしい。
男がどうでしょうと、煙草を1本ではなく一箱、女店主に差し出せば、
「んもぅ、可愛くないわねぇ」
唇を尖らす割りに、煙草を長い爪先で引っこ抜く。
まもなく男の前には琥珀色の酒が置かれ、我には、
「ジュースのカクテルよ」
カクテルグラスに愛らしい桃色の液体が注がれている。
底に沈むのはさくらんぼ。
「のの♪」
男が我を椅子にすら座らせようとしないため、男の膝の上でさくらんぼを口に放り込めば。
「見本市の割りに、まだこの辺りは落ち着いていますね?」
男が我の頭を撫でてくる。
「まだ本業が忙しいからね、私たちの本番は、明日か明後日の夜くらいからよ」
ほうほう。
だから懐大きく、我等の様な客も追い払うことなく、居させてくれると。
薄暗い店、よく見ればテーブルは幾何学模様。
店の女たちは、さわさわと囁くように、噂話のようなものをしている。
「この街にはお仕事で来たの?」
「いえ、海へ向かう途中です」
「海?一度行ったわ、とっても綺麗だし、いい記念になったけど、髪がパサパサになっちゃって大変だったわぁ」
他所の国の夜の店事情を聞かれ男が話していると、狼男と狸擬きが、そう待たずに、早足でやって来た。
狼男はともかく、狸擬きは毛がしっちゃかめっちゃかになっている。
文字通り、女たちの玩具にされていたのであろう。
「あら、あら?」
女店主は、げっそりと疲弊しつつも尚逞しい見た目の狼男に目を見開き、
「ね、ね」
「?」
「彼、朝には返すわよ?」
狼男を食わせろと男に片目を閉じて見せて来たけれど。
『……つ、疲れた』
狼男がそれどころではないため。
「また機会があれば、今夜はこれで」
多めのコインを置き立ち上がれば。
「もぉぉ、つれないのねぇ」
それでも女店主もさらっと立ち上がり、ゆらりと扉を開けてくれる。
空気の読み方と引き際の駆け引きは、なんとも勉強になりそうである。
「大好きなお酒は飲めたかの?」
夜の街を、貸し宿へ帰りつつ狸擬きに問えば、
「フーン」
獣のふりをしていたため、全く飲めていませんとご不満狸。
おやの。
ただ無駄に弄られて終わった様子。
狼男は、
『……人の世界は、大変なのだな』
知恵熱や魔法を出した時よりもふらふらしながら、
『とても疲れた……』
大きな大きな溜め息を吐いた。




