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37粒目

昨日(さくじつ)の穏やかな晴れ間から、この時期の土砂降りは珍しいと言われる雨の日は、閑古鳥が鳴き。

「そろそろ出発します」

と男が女将と店主に伝えると、

「どこかに、ここいらに定住する気はないのかい?」

女将が寂しそうに笑いながら、我等を順繰りに見つめてくる。

男が、当分は旅を続けるつもりだと答え。

「うちの息子に会ったら、道草を食ってないで早く帰れと伝えてくれ!」

店主はあっさりと頷きガッハーと笑う。

性格は似ていないけれど、顔は店主にそっくりだから会えばすぐに分かるだろうと。

客は来なくとも、女将は焼き菓子を仕込み。

あっさり雨の上がった夕刻は、待っていたかの様に客がぞろぞろと現れ。

男が、旅立ちのことは言わないで欲しいと女将たちには伝えているため、いつも通りパタパタと給仕に励み。


翌朝。

「また夕方になー」

と軽く手を上げる宿の次男坊に、

「お世話になりました」

男が宿代を支払い鍵を置くと、

「えーっ!?」

狭いカウンターで飛び上がる次男坊。

「出てくの!?」

「出発です、いつか旅先でいつか会えたらいいですね」

「急!いや急過ぎっ!!」

受付の机をバンバン叩かれても。

「いえ、旅人はこんなものです」

さらりと流す男に、茶色い瞳を白黒させていた次男坊は、

「ままま待ってよ!すっげー寂しいんだけど!?」

何とも真っ直ぐな心情を言葉にしてくれた。

「また戻る時には、こちらにお邪魔させて下さい」

やはりさらりと流す男。

男は、(いささ)か出会いと別れに慣れすぎている模様。

「早い早いよ、いきなり過ぎだって!」

とあわあわしていた次男坊は。

それでも男が、

「お世話になったので、旅の資金にでもして下さい」

小さな布袋に詰めた琥珀を渡せば。

「え、何?……なんっ!?」

覗き込んだ次男坊は、中身を見て、しばし固まり。

「……」

しばしでなく固まり。

男が、ええと、と声を掛けようとすれば。

「……俺」

ぼそりと口を開いた。

「俺さ、やっぱ、待つわ」

と。

待つとな。

何を。

「あんたたちをだよ」

おやの?

「色々旅するならさ、またここにも来るし戻るだろ?」

アハッと笑ってみせるも、その次男坊の目尻には、涙が滲んでいる。

(そうの)

寄り道を避けたいのは、それぞれ左右の手足が不自由になった娘のいる村くらいである。

けれど。

「旅に出ないのですか?」

この次男坊は、そのために食堂でも働いているのであろうに。

「そりゃ夢はあるけど」

ならなぜ。

「もっとガンガン働いて貯めて、今のあんたたちみたいに、俺もさらっと、旅先でさ、こんな風に小粋にお礼とかしたいって今思った!」

と、潤んだ目をぐしぐし擦ると、

「お客さんたち、すげーかっこいいっ」

と震える唇で、ニーッと笑う。

(ふぬ)

かっこいいであるか。

悪くない褒め言葉である。

視界の端で狸擬きが鼻を高くし澄ましているけれど。

お主は何もしておらぬ。

「帰ってきたら、もーっと色んな話を聞かせてくれよ。そしたら俺も、そん時は、かっこよく旅に出るから!」

ぬぬん。

「では、この村には立ち寄らなくてはの」

かっこいい旅とやらの出発を見送らなくては。

「そうだな」

宿を後にする客が来たため、我等は受付から離れ。

それでも大きく手を振ってくれる次男坊に手を振り返し、宿を後にし。


馬車を食堂の前に付ければ、すでに食堂の観音扉は開いていた。

我等の姿に、

「うちの店を継ぐ息子が帰ってきたらな、俺たちは新婚旅行へ行くことにしたぞ!」

カウンターからドカドカ出てきた店主がそんな宣言をしてきた。

おやの。

「もう新婚なんて年でもないけどね」

帰ってきた息子にはこの店を見て驚いて貰うよと女将。

男が改めて、ご迷惑をおかけしましたと頭を下げ、ご迷惑の張本人である我も頭を下げれど。

「もーぉいいからいいから!それにほら、こーんな洒落た店にしてくれてさ、こっちが頭を下げたいくらいだよ!」

「ここんとこは毎日祭りみたに楽しかったしな!この店は、今や俺たちの宝物だ!」

なんの、店主のくせに随分と言葉が上手いの。

「本音の本音だからな!」

ガッハー!と店主が天井を振り仰ぎ笑う。

大したものじゃないけどねと、浅く大きな木箱を布に包んだものを手渡され。

中身は焼き菓子たちか。

我等が出発すると聞いてから、昨日仕込んでいた焼き菓子たちを目一杯詰めてくれていた。

「のの、ありがとうの♪」

最近は客も増え、仕込みで忙しい時間であろうに、見送りのために外にまで出てきてくれた。

が。

「おああ!?」

店主が声を上げ。

「なぁによもう、無駄に大声出して」

迷惑そうな女将に。

「おチビに稽古を付けて貰うのを忘れた!」

頭を抱える店主。

そう言えばそんな話もあったの。

まぁ。

「またいつかの」

「戻った時に、必ず頼むぞ!」

むんと力を入れた二の腕を叩く仕草をされ。

「気が向けばの」

手を振ってくれる女将と店主に手を振り。

馬車で村を抜けつつ薬草屋へ向かうと、

「わぁ、早いですねぇ!」

「お主もの」

店は開けずとも、もう畑にいた。

「ではでは、お手間をお掛けしますが、どうぞお願いします」

店の方に置かれていた分厚い手紙を預けられ。

「確かに受けとりました。こちらは街の組合に届けます」

お礼にと瓶に詰められた薬草屋自慢の配合の香辛料を貰えた。

「プレゼントされたお花、大事に育てますね!」

いつか見に来て下さいねぇと、のんびりと手を振って見送られ。

『出発の前に、(まじな)いの屋敷へ挨拶に来て欲しいと頼まれている、悪いが寄って貰えないか?』

「あぁ」

街へ向かう村の外れに、

「のの、大きいの」

村の建物とは一線を画すお屋敷。

さすがに顔料が足りないのか、壁は白くないし窓枠も赤くないけれど、飾りとして赤い色が使われている。

(洒落ておるの)

男が馬車を停めると、

「狸擬きの」

「フン」

承知、とこちらが何も言わずとも、狼男に付いてテッテコと屋敷へ向かう。

「お目付け役か」

「の」

当の本狸は大方、屋敷で出される茶菓子目当てであろうけれど。

馬車のベンチから降り、男は煙草を吹かし。

我は離れた放牧場にいる羊たちの数を数え、小さな花を摘んで冠を作り、通りすがりの馬車の乗り手と男が挨拶し。

荷台で小さな紙飛行機を折り、

「ぬん」

暇潰しに、ほんの少しばかり力を込めて、遠い場所にいる羊の毛に当たるように飛ばしてみたけれど。

「……ん?」

「のの?」

しかし、紙飛行機はなぜか羊たちの頭上を旋回し、再び我の方へふわふわ飛んでくると。

「……大丈夫なのか?」

「た、多分平気の」

なぜか羊たちが紙飛行機に釣られ、それに釣られた羊たちも、ぞろぞろとこちらへやってきた。

ただ、柵を倒す勢いはなく、不思議そうにこちらを窺っている。

「のの、何だかすまぬの」

お主等に特に用はないののと伝わらぬ謝罪をしていると、離れた場所で呑気に昼寝をしていた牧羊狼たちが、慌てたように駆けてくるのが見えた。


羊たちが戻れば、

『顔を見せるだけのつもりが、随分と待たせてしまった』

狼男が木箱と木箱の上に布袋を乗せ、狸擬きまで背中に土産と思われる紙箱を背負わされ戻ってきた。

「ののぅ」

しばらくはおやつに困りそうもない。

レースの女は、

『生来は、風のない秋の午後の様な人なのだな』

狼男には、レースの女と言えば、あの酷く取り乱した印象が強く、大変に癖のある人間だと思っていたと。

レースの女が気を取り戻し、後日屋敷に呼ばれても尚、その印象が強く残っていたらしい。

狼男にとっても、あれは確かに、

(“刺激的な出来事”であったからの)

『彼女の娘は、組合で商人に依頼をして、直接卵の街の方へ足を運んで貰い、交渉をお願いすると聞いた』

ふぬふぬ。

「上手く行くと良いの」

『あぁ』

トコトコ、トコトコ進みながら。

「……」

狼男の、レースの女の印象は。

風のない春の午後、ではないのであるの。

ふと、考える。

あくまでも、先に訪れるのは厳しく寒い冬の前の、秋。

山暮らしの狼男は、あの女に何を見たのか。

そして我ならば、一体、どんな風に例えられるのであろう。

いくつかの放牧場を迂回するように村を抜け、のどかな丘を越え。

トコトコ、トコトコ。

トコトコ、トコトコ。

進めば。


「あっこんちはーっ!」

「のの?」

向かいからやってきたのは小振りな馬車。

こちらに向かって元気いっぱいに挨拶しつつ馬車を停めるのは、

「旅人さんですかっ?」

(ののぅ)

食堂の店主を、一回り小柄にした若い男だった。

ニカッと笑う笑顔も、瓜二つ。

「えぇ」

貴方もですか?

と男が問えば。

「はい!でももう家に帰る所なんですっ!」

ウキウキを隠せず身体が揺れている。

「いい旅でしたか?」

「はいっ!最高にいい旅でした!」

それは何よりである。

「先の村には、寄りました?」

と指を差され、

「えぇ、とてもいい村でした」

男が笑えば、息子はうんうんっと大きく頷き、

「ですよね!」

先を、帰路を急ぐ食堂の息子に手を振り別れ。

「食堂の女将と店主は、すぐに新婚旅行の支度をしなくてはならなくなったの」

「そうだな」

『では、食堂の2人とは、海で再会出来るかもしれないな』

「そうの」

夫妻も海を見に行くと話していた。

しばらく進むと、

「のの?」

穏やかな川が流れている。

馬車を停めて貰い、ザルを片手に川へ走り、ふんふんと小豆を研げば。

風下で煙草を吹かす男に、馬たちに水を飲ませる狼男。

「フーン」

我に寄り添う狸擬きは、

「フンフン」

そろそろおやつの時間では?と前足を咥えている。

屋敷では、狼男の遠慮のとばっちりで、お預けを食らったのかもしれない。

「ふぬ」

男に伝えれば。

「休憩にしようか」

「フーン♪」

敷物だけ広げ、たんまりと頂いてしまった、女将特製の焼き菓子たちを広げる。

我は、酒の染み込みのない果実の練り込まれたパウンドケーキを、

「あむぬ♪」

噛り。

「ぬんぬん♪」

大変に美味。

薬草屋から頂いてしまった香辛料の使い道を話しながら、

(そうの)

ふと思い出した。

薬草屋で狼男に訊ねかけて途中になっていた。

「の」

向かいに座る狼男に、

「人差し指を立てて、火を念じてみるのの」

試してみよと口を開けば。

『……?』

狼男は、訝しげに首を傾げつつも、

『……』

人差し指立て。

男と狸擬きも、それを黙って見守り。

さすれば。

『……おわっ!!』

「んっ!?」

「フンッ!?」

狼男の少し鋭い人差し指の先には、小さな火が灯っていた。


『度々、面目が無い……』

狼男は、馬車に乗りながらも、指から火を出し手の平から風を出し。

『この水は飲めるのか?』

と水を出して自分の口に含んでみたり。

街へ着くまで、大層はしゃいでいたけれど。

街に近付くにつれ。

『身体が、……とても、重く感じる……』

「のの?」

「魔法が使えるようになっても、身体は、まだその変化に追い付かないんじゃないか?」

『うぅ……』

馬車に座っていることすら、辛そうな狼男。

洒落男の店に顔を出す前に、宿に落ち着こうとしたけれど。

「明後日から見本市があってねぇ、満室なのよ。あ、旅人さんなら、貸し宿でもいいかしら?」

願ったり叶ったりである。

宿の主が空き家を買い取り、

「長期滞在の方に勧めるつもりでね」

掃除も済んでいると。

古さは相当なものだけれど、思ったより広い。

ぐったりしている狼男を、2階の寝室のベッドに転がせば。

男は、

「馬車を置いてくるよ」

「お願いするのの」

我は濡らした布を狼男の額に乗せてやれば。

『うぅ……』

低く呻き。

身体が驚いたのであろう。

「すまぬの、もう少し慎重にさせるべきだったの』

知恵熱ならぬ魔法熱的なものであろうか。

『何を……キミが謝る必要は、全くない。はしゃいでしまった俺が悪い……』

狼男は、魔法が使えればと何度か呟いていたし、切望していた願いの1つが叶ったのだ。

「はしゃいで当然であるし、そのお主に起きている事象は、我は大変に興味深いし未知数であるの」

顔を覗き込めば。

『そうか……』

不調とはまた別の苦笑いを見せた狼男は。

『……』

そのまま、気を失う様に眠りに就き。

「お主は知っていたのの?」

そっと寝室から出て下へ降りれば。

「フーン」

いいえ、わたくしめも驚いておりますと狸擬き。

「あれの、ますます狼男が独り立ちを出来る条件が揃っていくの」

「フゥン」

そこそこに優秀ではありますねと狸擬き。

そうの。

「しかしの」

「フン?」

「あのお人好し具合では、あっさりと他者の身代わりにでもなって命を落としそうの」

「フーン」

否定できませんと後ろ足で横っ腹を掻く狸擬き。

そんな狸擬きと共に。

「ふんふんふん」

「フンフンフン」

ゴリゴリと珈琲豆を挽き、湯を沸かしていると、

「ただいま。……あぁ、いい香りがする」

馬も預けてきたと男が戻ってきた。

狼男は寝たと伝え、男には珈琲を、我と狸擬きは甘いカフェオレ。

「君が淹れてくれる珈琲は、とても美味しい」

それは何よりである。

煙草を取り出す男に、あの狼男に、少しばかりの“(したた)かさ”を教え込むにはどうすればよいと問えば。

「そうだな。……」

指に煙草を挟んだまま、ちらと宙に視線を彷徨わせた男は。

「……人のよさは、彼自身の元々の性格や(さが)の様なものだから、難しいかもしれない」

さっさと匙を投げた。

「しかしあのままでは、きっとあっさり他者の代わりに死んでしまい、長に頼まれた責任が果たせぬの」

自身の事より、何より我等のために動こうとする狼男に、男も心当たりが強くあるのだろう。

「うーん」

深めに眉を寄せるけれど。

「フーン」

「の?」

「フゥン」

そう急がすとも良いのではないですかと狸擬き。

「ふぬ?」

「フゥンフン」

あの長とやらも、長命であります。

「ふぬ」

「フンフン」

むしろ季節を一巡りした辺りで放り出せば、薄情だと言うかもしれませんと。

(ぬぬん)

確かに、人とは違う。

「彼自身の意思もあるしな」

ふぬぬ。

「そのうち彼の方から、独り立ちをしたいと言い出すかもしれない」

ぬぬ、それは充分にあり得る。

その狼男が起きてきたのは朝で、

「もう大丈夫だ」

面倒を掛けたと言うけれども。

「お主はおとなしく寝ていただけであるの」

狼男は寝癖の頭のまま、皿をテーブルに運びながら、

「そうか。……では、夕食を食べ損ねて、とても悔しい」

と溜め息を吐く。

狸擬きと同様、食べることはとても好きらしい。

「くふふ、お主の分は残してあるの」

伝えれば。

「ホントか!?」

尻尾が大きく揺れ。

魔法は用がある時以外は使わないと自戒する狼男の隣から、狸擬きが昨夜の残り物に、にゅっと前足を伸ばしていた。


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