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35粒目

レースの女の娘は、母親似の白い肌に華奢な、若干骨っぽいとも言える身体。

身長は人並みにあり、母親より少し大きいくらいか。

「父親が長身なのです」

だから背の高い方に親しみがありましてと、狼男に視線を向けてはにかむ。

この娘は母親の世話は家の使用人に任せて、乗り合い馬車でここまでやってきたと。

その母親の様子はどうかと男が問えば、

もう体調不良からは回復し、訪ねてきた客を占っていると。

「お陰さまで、薬屋さんが調合してくれたハーブが効いているみたいです」

ハーブとな。

名の通り、薬の草。

我も薬草にでも(いぶ)されれば、禍々しさが多少は誤魔化せるのではないか。

「フーン」

海に雫1滴、程度で御座いましょうかと狸擬き。

ののん。

焼け石に水どころの騒ぎではない。

男伝に、

「母親ではなく、お主自身は何か視えるのかの」

娘にそう問えば、

「全然です」

とあっさり。

全然なのか。

「うちは母親の代で占い家業は廃業です」

見た目を裏切る、あっけらかんとしたあっぴろげな性格な様子。

「なので、あのケーキのレシピ、教えて貰えませんか?」

男と我を均等に、僅かに男の方を長く見つめる娘。

(おやの)

なんの、また唐突であるの。

「私、母の引退後は、お菓子屋さんをやりたくて。少しでも目玉になる商品が欲しいんです」

ほうほう。

なるほど、狼男に会うための口実だけで訪れたわけではないらしい。

とは言え。

菓子を作る者ならば、

「あれは卵白を泡立てての膨らみと食感」

くらいは分かるであろうの。

「はい。あれを頂いてから3回作ってみましたけど、チーズと卵の比率が難しくて、チーズの癖の強さも出てしまうし……」

首を傾げ深く眉を寄せる。

なんの。

「随分と生き急いでおるの」

「母親のお客様が来てくれるうちに、お菓子を出して味を覚えて貰って、我が家に通って欲しいのです」

ののん。

自身には視える力がないため、その自身を食べさせて行くために、(したた)かに努力もしている様子。

スフレチーズは、別に秘密にするような作り方でもなく。

「あれは、卵の街で貰ってきたチーズのの」

「卵の街……」

いくつかのチーズの匂いを嗅いで、一番癖の少ないチーズを選んだ。

「俺はもっと癖の強いのでも良かったな」

と店主。

「そうそ、少し薄味に感じたのよね」

女将も頷き、

「でも私は、あれくらいがいいんですよね」

娘は今度は逆に首を傾げ。

さては。

「お主は酒を飲まぬであろう」

「飲めません」

母親も飲まないと。

やはり。

酒飲みである狸擬きは、

「主様の手作り」

と言うだけで5割増しで美味しく感じている様子であるから、統計の参考にはならない。

男も狼男も同じ理由で統計からは外される。

「きっと、若い娘さんにはちょうどいい味なんだろうな」

カウンターの内側でぽりぽりと頬を掻く店主。

「はい、家でもやっぱり飲まない人に好評でした」

酒ではなく紅茶や珈琲を合うケーキであるしの。

「我が家は無駄に広いし、一部を食堂にして、うちでしか食べられないお菓子をお茶と一緒に食べて貰えたらなって」

娘は両手を合わせて、うっとりとした表情になる。

「このお店も素敵に生まれ変わっていて、ゆっくり眺めてみたかったんです」

屋敷での茶屋が夢か。

「はい。私の家は、村からも街からも中途半端な場所だけど、わざわざお菓子のために足を運んで貰えるってお店にしたくて」

では、この娘の言う通り、母親の代で(まじな)い屋は廃業であるか。

「私は全然なので」

全然であるか。

(それなら)

「卵の街に大爪鳥がいるのの。組合宛に手紙でも送って街と交渉して、チーズやら何やら運んで貰えばいいの」

娘の屋敷、呪い屋は、村の顔のようなもの。

そう無下にされることもないであろう。

娘は目を見開き、大きく何度も頷くと、

「帰ったらすぐに両親に相談してみます!」

ウキウキと身体を揺らし。

しかし。

(ぬぬん)

こちらからの、正確には我からの、

「多少のお膳立てはしてやったのだから、我の従者である狼男からは手を引けの」

の意図は、どうにも伝わっていない様子。

チラチラと狼男への視線は、無自覚か。

いや、あえて気付かぬふりであるか。

「……」

ただ言えるのは。

この娘は本当に、母親の力は受け継いでいないらしい。

「……」

我が意図的に力を抜いて、我の内の中に存在する“なにか”をじわりと空気に滲ませてみれば、今日は我の足許にいる狸擬きの毛は倍近くに膨らみ、

『……』

狼男の顔色が悪くなり、尻尾がぼわりと逆立つ程度で、

「?」

目の前の娘は、きょとんとしているだけ。

「……どうした?」

男にも、酷く怪訝そうに問われたけれど。

「のの、なんでもないの」

まだ客のいない吹き抜けの2階へも上がり、それでも名残惜しげに娘が帰り。

客の途切れた間に。

女将に、呪い屋の廃業により、村の方に影響はないかと訊ねれば。

「そうだね。確かに村の顔ではあるけれどね。村は村で、旅人さんやらの通り道だし、ここは湖もあるからね。あの家が占い業を畳んでも、村に大きな問題はないよ」

ふぬふぬ。

「それにあそこはね、仕事柄さ、

『ここが最後の拠り所だ』

と縋っても、結局は、どうにもならない未来を占われて、肩を落として帰って行く客も少なくないんだよ。……そんな姿をたくさん見てるから、あの子は、客には笑顔で帰って欲しいのかもねぇ」

と大きく息を吐く女将。

村の住人である女将自身も、何度かそんな客の姿を見掛けているのであろう。

では、あの(むすめ)は。

自分が視えないことに、寧ろ安堵しているのか。

とても不思議な力のある女の血を引く、一人娘。

周りの期待は、どれほどであったのか。

けれど実際は全く力はないと知れた時の周囲の落胆は、いかほどのものであったのか。

その辺りの葛藤はとうに過ぎ、今は屋敷で茶屋を開くのが夢だと、大っぴらに公言出来ているのであろう。


1日はほんの小雨がパラパラと降り、雑木林の草木たちは喜び。

ぐずついた曇り空が続き。

晴れ間の広がった昼過ぎ。

「おチビちゃんたち、ちょっといいかい?」

「?」

女将に頼まれ、客の少ない昼間のうちに、狼男とお使いを頼まれた。

男は仕込みも接客も出来るため、店に置いておきたい様子。

我等は雇われの身。

男は狼男の自分が代わりに行くと無理は言えず。

狸擬きは、

「フーン」

わたくしめは湖畔の見回りをしてきますと、店を出るなりテッテコテッテコと尻と尻尾を振りながら消えて行った。

我と狼男は、やはり愛らしい色合いの建物の並ぶメモを頼りに村を歩き、お目当ての店へ向かえば。

湖畔からはだいぶ離れた、建物も1つ1つが離れたうちの1軒。

『ここだな』

「の」

建物自体は小さく。

花屋兼薬草屋か。

外にも鉢が幾つも置かれ、草がわんさか生えていたり、枯れ草も積まれている。

裏は大きな薬草畑が広がり。

蔓が這う扉を、狼男は身体を屈めて中に入れば。

『おぉ』

「のん」

小屋の中も、所狭しと鉢から壁の棚から植物が生え散らかされ、小さなジャングルの様。

扉に付いていた鐘の音の余韻も消える頃、奥の庭に続く扉が開かれ、

「はーい、いらっしゃい」

唾広な帽子を被った丸眼鏡の若い女が、土にまみれた手をエプロンで雑に(はた)きながら入ってきた。

狼男が女将の書いたメモを見せ、湖畔の食堂からのお使いだと伝えると。

「あーはいはい、いつものですね。ちょっと裏の庭からも摘んでくるから、少し待ってて下さい」

店内に置かれた、こちらも蔦の絡まったベンチを勧められ腰を下ろすと、天井から垂れた蔓が狼男の耳に当たり、狼男は耳をピンと弾き蔦が揺れる。

窓からの日射し。

こう、隠れ家の様な、秘密基地の様な。

『いい場所だ』

「の」

草たちの声が聞こえて来そうであるのと“メルヘン”な事を考えていると。

身動ぎもせずに、名の知れぬ薬草たちを眺めていた狼男が、

『……キミに、聞きたいことがある』

改まった顔で、我に身体を向けてきた。


「の?」

なんの。

なんであるかと、狼男を見上げれば。

『……その』

「ふぬ?」

聞くのと頷いて見せても。

それでも狼男は、何度か逡巡を見せる様に唇を開いては、また閉じてから。

『……あの目の見えない“マダム”を』

ぬん。

『キミのその力で、……た、助けることなどは、出来ないのか?』

つっかえつつ、言い淀み。

いざ口にしてからも、その口許を軽く押さえ、言葉を放った事を後悔するような、苦いものを口にしたような表情で、狼男の方から目を逸らしたけれど。

ふぬふぬ。

人間よりも遥かに過敏に、我の赤飯おにぎりや小豆汁で、気力体力が湧くことを自覚しての発言であろうか。

それでも。

「残念ながらの」

『……』

「あれは、あの人の女は、我と同じで、初めから“無”であるの」

『無』

「の。我は魔法が使えぬ。この身体に、魔法の力が存在していないからの」

『……あ、あぁ』

「我の小豆ならば、少しばかりの治癒は出来るかもしれぬけれど、元から存在しないものを、根本から作り上げるのは、とんと不可能であるの」

我の小豆も血も、万能などではない。

狼男は、

『そうか……』

小さく息を吐き。

『すまない……』

謝罪の言葉に、そこに、どこか仄かに安堵が含まれているのは、なぜであろう。

しばし、風もないのに成長なのか僅かに揺れる草木を眺めていれば。

『君を胸に抱いてもいいか?』

腕を控え目に伸ばされる。

「よいの」

我の男よりも更に軽々と我を膝に乗せると、やんわりと囲まれる。

「山以来であるの」

『あぁ』

少し嬉しそうな頷き。

狼男の胸に頭を預け、

(それにしても)

「お主は純朴であるの」

呆れる程にと、口を開けば。

『じゅんぼく?』

「お人好しの」

『ええとそれは、褒められているのか?』

「心掛けは素晴らしいの」

我の返事に。

『いや、それは違う』

違うとな。

『あぁ。……自分ではなにも出来ない癖に、小さな君に頼ろうとする、浅ましい性根の持ち主なだけだ』

狼男はかぶりを振ると、我を抱き寄せながら眉を寄せる。

「くふふ、自覚があるだけ好感が持てるの」

『……とても情けないな』

そんな心からの自嘲の言葉には、我は手を伸ばして頬を撫でてやる。

そう言えば。

「の、お主は」

我が問い掛ける前に、

「はーいお待たせしました」

摘まれた草を抱えて店の女が戻ってきた。

狼男に抱っこされたまま、狼男伝に、あのレースの女へ薬草を調合したのはお主かと問えば。

「はい、そうですよ」

何かありました?

と不思議そうに聞き返され。

『効きがいいと聞いた、あなたは優秀な薬師なのか』

と更に問えば。

丸眼鏡の女は、

「うーん、そうですね」

苦笑い。

「自分では、ほどほどかと思ってます」

と薄い布に薬草を包みながら。

「その、言葉は悪いんですけど」

ふぬ。

「彼女は目が視えない分、効きがいいんです」

こそりと声を潜めた。

ほうほう。

なるほど、なるほど。

「あ、勿論、そこは人によりけりですよ。でも、彼女とうちのハーブは相性良いみたいで、ご贔屓にしてもらってます」

なるほど、なるほど、勉強になる。

礼を伝えて踵を返せば、

「あ、待って待って」

「?」

「あの、旅人さんなら、“東の山”って知ってます?」

と、丸眼鏡の声が追い掛けてた。

のの?

知っておるのと頷けば、

「薬草の神様がいるとか聞いたけど、本当なんでしょうか?」

神様?

あれか、魔女の村の学長のことか。

あの存在自体があやふやな、薬草の精霊のことではなさそうだけれど。

「神かどうかは知らぬけれど、薬草のことしか考えていない男はいたの」

狼男に伝えてもらえば。

「わー!本当にいるんですか!?」

丸眼鏡の奥の瞳をパチリパチリさせているため。

「夜にでも店に来るのの」

男に相手をさせよう。

「行きます、行きます!」

食堂の売上に少しばかりの貢献である。


店の手前で狼男の抱っこから降りて建物に入れば。

「あぁお帰り遅かったな」

カウンターから出てきた男が、我に両手を伸ばしてくる。

特に寄り道などしておらぬのだけれど。

男には数刻が数日ぶりくらいの再会に感じるらしい。

ぎゅうと抱かれ、頭に頬を擦り付けられる。

(ぬぬん)

大人しくされるままになっていると、

「笑っちゃう程に心配性だねぇ」

男が女将に笑われ。

「お使いご苦労さん」

と店主もカウンターから出てきた。

「そうだ、明日は休みにするからなっ」

おやの。

ここは決まった休みはなく、そろそろ休もうかで休むらしい。

「家の方の掃除や買い出しもしたいからね」

ふぬぬ、お休みであるか。

「では、明日は念願のお舟にでも乗るかの」

狼男が乗りたがっていた湖のボートである。

『いいのか?』

狼男の尻尾が揺れる。

「フンフン」

狸擬きが帰ってきた。

湖、湖畔ともに異常はありませんと。

湖の監視役になれと言った覚えなどないのけれど。

口にする前に客が現れ。

「ほれ、仕事であるの」

「フーン」

かしこまりと狸擬き。

夜には、宣言通り、薬草の店の女がやってきた。

ただ、夜が忙しいのは解っている様で、少しばかり遅い時間に、

「こんばんは」

昼間の畑仕事用の格好とは真逆の、女女(おんなおんな)した、華やかさと色気を絡めた、非常に扇情的な姿で現れた。

『人間の女性の変身能力は凄いな』

狼男がううんと低く唸り。

感心こそすれど、男としての興味は低い。

次男坊の方がよっぽど鼻の下を伸ばしている。

今夜もテキパキとまめまめしく働く狼男の、

(繁殖の意味での異性への興味は、どこにあるのであろうの)

長は、メスの狼には反応を見せなかったと言っていた。

であれば、やはり対象は人の女なのだろうけれど。

まだまだ人の世界に馴染むので、いっぱいいっぱいなのであろうか。

「おチビちゃん、2階にビールのおかわりを運んでおくれ」

「の」

いや案外、同性を好むのであろうか。

頭上にビールの乗った盆を掲げ、狸擬きと階段を駆け上がりながら、

(もし旅の道中、狼男に意中の相手が出来たら、その相手のいる街や村で暮らすこともあるのかの)

相手を長に会わるために、里帰りをするのだろうか。

料理を酒を運びつつ、つらつらと考えていると、

「フーン?」

どうされましたか主様?と狸擬き。

「お主はどうの?」

「フン?」

この先、一緒にいたい相手が出来れば、お主はどうするのかと疑問をぶつけてみれば。

「フーン」

わたくしめは主様に忠誠を誓っておりますので愚問に御座いますとストイック狸。

ふぬふぬふぬ。

けれど。

「お主に忠誠を誓われた覚えはないし、我はお主の忠誠などいらぬの」

心からの本音である。

シッシッと手を振れば。

「フーンッ!?」

なんですとなんですとなんですとっ!!と高速地団駄ステップ狸。

「フンフンフーンッ!」

地団駄ステップを踏みながら進む器用な狸擬きとカウンターへ戻れば、

「あらま元気だね、はいこれ、窓際の2人席に頼むよ」

「の」

客が減れば、薬草女がテーブル席からカウンターへ移り、手の空いた男に話を聞いている。

今日もお疲れさんと2人に見送られ、次男坊と共に宿へ帰り。

夜は更け、薄く開きっぱなしの窓から流れてくる緩やかな風に。

(ぬぬ……?)

そろそろ先へ進めと促される様な、何とも言えぬ、奇妙な感覚に襲われる。

先へ、先へ。

先に、何かあるのか。

「……」

問うてみても、返事はない。

どこからも。


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