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33/40

33粒目

彼は腕相撲では負け知らずでしたと男が伝えれば、

「……お嬢ちゃんはどうなんだ?」

店主に、おずおずと問われた。

あれの、怖いもの見たさ的な心理か。

「どうであるかの」

手をにぎにぎすれば、

「こんちわっす!」

元気な次男坊が現れた。

「なぁに、今日は随分と早いじゃない?」

呆れた顔の女将。

「宿の掃除も洗濯も頑張って終わらせた!」

とは言うものの。

期待した眼差しは、その目的は我等の与太話であるか。

「あーら、じゃあこっちの掃除も手伝って貰おうかしら?」

「えーっ!」

「冗談よ、旅人さんたちがまぁ綺麗に掃除してくれたからね」

一切合切(いっさいがっさい)であるけれどの。

俺も聞きたいと店主。

「じゃあ、お茶でも淹れようか?」

夕食前は、客もいない。

「フーン♪」

尻尾くるくる狸。

「おチビちゃんには、パウンドケーキ以外のお菓子を出すからね」

「のの」

女将のことであるし、悪気はないのであろう。

それは大変に有り難い気遣いであるのと唇を尖らせれば、

「あっはは!そんな顔もするんだねぇ!」

愉快そうに笑われた。

主に、男が1人の時の旅の話をし、大変さと苦労を次男坊に伝えている。

なのに。

「聞いてるだけで、旅に出てみたくなるねぇ!」

女将はカウンターに頬杖を付いて感嘆の声を上げる。

店を壊されても、スッキリしたと笑っていられる度量であるし、旅先で起こり得る問題も困難も、この女将ならば、カラカラと笑って対処していくのであろう。

夢見がちな次男坊より、遥かに旅人に向いていそうだ。

「なら母ちゃん、やっぱり俺と行くか!?」

遅くなったけど新婚旅行だと店主がウキウキ誘えば。

やめとくよとシッシッと手を振るかに思えた女将は。

「今更あんたと行っても……と思ったけど、気楽は気楽だねぇ」

「お?」

「旅人さんたちから取り急ぎで貰えた石もコインも少なくない額だし、一度くらいは、行ってもいいかもしれないわねぇ」

遠くを見つめる眼差し。

おやの。

「海の方までなら、乗り合い馬車や、運転手付きの借り馬車で行けるって聞いたよ!」

と、次男坊。

男の苦労話を聞いていなかったのか。

そもそもお主は馬車に乗れるのかと問おうとしたけれど。

扉が開き、

「おっ?噂通り、随分スッキリしてるじゃないか」

馴染みらしい客がやってきた。

「何よいつもより随分と早いわね」

「気になって来てみたんだよ、お、新しい働き手さんか?」

「臨時のね、カウンターは早い者勝ちだよ」

続けて客がやってくると、我等は本日もせっせと給仕に励み、吹き抜けの2階では、床に座って飲む客もいる。

今日も立って飲む客たちの間を抜けながらも、ふと風通しの良い、先には湖畔のある窓から、

「……?」

仄かに、人の声が流れてきた気がする。

厨房からカウンターに出てきた男に問えば、夜の湖畔は、恋人たちの散歩コースなのだと。

「夜の湖に繰り出す者たちもいそうであるの」

目立つ水音は聞こえぬけれど。

「いや、暗すぎて自殺行為だな」

のの。

そうか。

ここは月もなく、湖畔には外灯もない。

客が引き、男に抱き上げて貰い窓の外を見れば、それでも、チラホラと、ランタンの灯りが、仲良く並んでいるのが見えた。


「こんにちは、大変にお待たせしました!」

「なんの、随分と多いの」

店の前には、馬車が5台。

そして洒落男がお待たせしましたと言っても、まだ昼前である。

「いえいえ、ただ嵩張っているだけですよ」

音に気づいて外に出てきた女将と店主は。

「まぁたもぉ、大仰にしてくれちゃって!」

大きな溜め息に、

「うちの店が家具屋にやっちまうな!」

ガハハと笑う店主。

「折角ですし、色んなテーブルを置いてみませんか?」

「ええ?揃えないのかい?」

「直したテーブルと同じものはないので。四角いテーブルを窓際に付けてみたりもいいと思いますよ」

女将と店主は顔を見合せ、

「うちは何の拘りもなく、親父の店を引き継いでそのまま使ってるだけだからなぁ」

「もうヘンテコにしなきゃ任せるよ、費用は旅人さん持ちなんだから」

好きにしなと頷き合い。

「ありがとうございます。それでは失礼して」

洒落男自らも、荷を卸しつつテーブルを椅子を運んでいるけれど。

「のの?」

「どうした?」

「……あれは、寄せ木細工の?」

幾何学模様(きかがくもよう)柄のテーブルや背に嵌め込まれた柄の椅子。

「よせぎざいく?」

「あ?知らんのか?」

店主が驚いた顔で、

「隣は木の街で有名なんだよ」

木の街。

「切り揃えた木を組み合わせて凝った模様にするのが得意なんだ」

ほほう。

なるほど、洒落男の家は兄が職人で、弟が売り手であるのか。

そして当然、1枚板などより遥かに時間も手間隙もかかるため、

「こんなちっちゃな村の食堂なんかにゃ、相当な贅沢品だよ」

ふぬ。

あの洒落男は、それでも、我等が支払えると見込んで話を持ち掛けてきた。

洒落男は、狼男が山で駆け回るに相応しい、丈夫さだけが売りの服を、更に繕って着ているのも宿の食堂で見ているのに。

どこに勝算を見出だしたのか。

見た目が珍しい我等を、どこかへ売り飛ばすつもりでもあったのだろうか。

「それは奥に、それは窓際へお願いします」

当の洒落男は、テキパキと指示を出している。

我の男は、カウンターの中で店主と仕込みの手伝い。

我と狸擬きと狼男は、客が店に入れないため、店の外の一角で、女将の焼いたパウンドケーキなどの焼き菓子を売る。

狼男が、荷台からどんどん運び込まれるテーブルや椅子を眺め、

『ああいった造形が凝ったものは、コインをとても多く必要とするんじゃないか?』

心配そうな顔をして我に問うて来た。

「そうの」

洒落男は、お手頃ラインなどと(のたま)っていたけれど、店主の言う通り、安くはないであろう。

それでも、どれも新品には見えず、大方、どこぞの金持ちが家具を一新し、それらを引き取ってきた物たちと見た。

『だ、大丈夫なのか?』

俺も働いて少しは助けになるぞと、どこまでも健気な狼男である。

「くふふ」

まぁ洒落男は、無駄に大きく吹っ掛けて来るような人間でもなさそうであるし、何より。

「東の山で詰めてきた琥珀が、たんまりあるから平気の」

洒落男が袖口に付けていたカフスの飾り石、あれは琥珀と思われる。

例え洒落男に琥珀が効かなくても、琥珀をコインに換金して支払えばいいだけのこと。

『東の山?』

「の。年若きリスが山の主であるの」

狼男の耳が、好奇心でピクピクと動くけれど、

「旅人さん、今日はお外でお店を開いてるの?」

昨夜もこの店に飲みに来ていた若い女が足を止め。

狼男が頷くと、

「じゃあ、クッキー1袋お願い」

狼男に対して、うふんと上目遣い。

『あぁ。購入を感謝する』

しかし微塵も動揺しない狼男に、

「うーん、今日も硬派なのね♪」

若い女は、それでも嬉しそうにクッキーの入った袋を揺らして去って行く。

狼男はその後ろ姿をじっと見送り。

珍しく、人の女に興味があるのかと思いきや。

『“こうは”……とは何だ?』

と聞かれた。

のの。

人の女にではなく、その女から投げられた言葉の意味を考えていた様子。

「お堅く真面目で面白味にかける、的な意味かの」

『あまり、いい言葉ではないな』

「の。ただ、異性に対しては、

“簡単には靡かず落としがいのある標的”

な意味が多分に含まれるの」

『……む、難しい』

眉を寄せ首を傾げる狼男に笑うと、馬車の荷台からは、椅子やテーブルだけでなく、壁に取り付ける飾り棚や額縁、万能石を置く照明まで運び込まれている。

「ののん」

琥珀を詰めた袋が、いくつ消えていくことやら。

「フーン」

「の?」

「フゥン」

おとなしいと思った狸擬きは、店番に飽きた、湖畔に遊びに行きたいと。

ふぬ。

「まぁよいの」

通訳も狼男がいるし。

「気を付けの」

「フーン♪」

狸擬きがテッテコと、店と女将たちの自宅の間をすり抜けて行くと、入れ替りの様に男が出た来た。

そしてずらりと並んだ馬車を振り返り、

「……上限を付けるべきだったな」

肩を竦める。

「そうの」

蛇でも捕まえて、支払いの足しにでもするべきか。

ズダ袋に詰めた蛇を見て、洒落男がどんな顔をするのか見てみたい。

「そうだ、君の言っていた通り、彼は琥珀が好きだそうだよ」

ふぬふぬ。

朝一で、男が向かいの換金屋で話を聞いて来てくれていた。

少し様子を見に来ただけだからと、男が我を抱き上げ、ぎゅうと我を強めに抱いてから、我を下ろし中へ戻って行く。

充電的なものであろう。

『君は、彼に“愛されて”いる』

狼男の確認するような問いかけに。

「そうの」

ぬふんと胸を張れば。

『俺も、君を愛しく思っている』

笑いもせず告げられ。

のの?

「それは嬉しいの」

恐れられていてもおかしくないからの。

ニーッと笑って見せれば。

『そうか』

我の返事に、狼男も大きく安堵した笑みを浮かべ。

んふーと笑い合っていると、今日も何かと騒がしい食堂に、好奇心や噂を聞き付けて訪れる客達に、我等は、ひたすら焼き菓子を売り付けて行く。


女将の焼いた菓子を追加しても尚、見事に売り切れる頃。

洒落男に呼ばれ。

観音扉から中を覗けば。

「のの?」

何ともざっくばらんな大衆居酒屋的だった空間から、

「私の理想のレストランの一部を再現しました!」

どうやら我等は、洒落男の自己満足に利用された様子。

それでも。

「案外悪くないのが憎らしいわぁ」

「俺の雑な料理が似合わないぞ!」

均等に配置された、形も模様も違うテーブルや椅子たちはどれも個性的であり。

壁に付けられた飾り棚はまだ何も飾られてなくとも、文字通り飾られているだけで絵になる。

我等が直したテーブルや椅子も、点々と鎮座し、常連たちは落ち着くのではないだろうか。

「意外にも、見かけ倒しの男ではないのの」

「フーン」

狸擬きが、窓から戻ってきた。

「フン?」

室内を見回し、変わりましたねと目をぱちくりさせている。

「の」

少し大きな椅子には、クッションまで置かれている。

「……」

「クッション代はオマケしますよ」

当然である。

試作で作られたと言う幾何学模様の板は、階段の壁に飾られ。

洒落男の丁寧に撫で付けられていた髪は乱れ、シャツにも靴にも汚れが見られるけれど。

「大変に大満足な、ここ一番のいい仕事が出来ました」

心底いい笑顔をしている。

「して請求はいかほどかの」

男伝に問えば、洒落男が、

「えぇ、えぇ」

きゅっと眉を上げ。

端の席で、男が請求書を幾枚も広げる洒落男と向き合う。

「……」

我の男のポーカーフェイスも、なかなかのもの。

夜は、さすがに店は休み。

洒落男の連れてきた働き手たちは、今日は街へは帰らず、我等の泊まっている宿へ、お先にと向かい。

「フーン」

お腹が空きましたと狸擬き。

「そうの」

そう言えば昼も食べていない。

腹を押さえると、

「そう言えばお腹が空いたね、今夜はご馳走するよっ!」

女将からの有り難い申し出。

「いいだろ?」

女将が店主を振り返れば、

「勿論だ!」

大きく頷く店主。

「せっかくだし、うちでは出してないもの食べに行こうか」

「フンフーン♪」

その場でステップを踏み狸。

「では、私もご一緒しても宜しいですか?」

男と向き合う洒落男が、テーブルから真っ直ぐに手を上げ。

「ええ?……仕方ないねぇ」

渋々頷く女将の。

「あんたの奢りならね」

と続いた一言に。

「えっ!?」

洒落男は椅子から飛び上がり、笑顔が固まる。

「“あんたの奢り”ならだよ」

念押ししながらエプロンを外す女将に、

「う、うぅん……っ」

苦悶の表情を浮かべる洒落男。

なんの。

今日の突発の仕事でだいぶ儲かったはずではないか。

「いや、彼自身の取り分は、全て琥珀がいいと言われたんだ」

ののん。

洒落男は思った以上に琥珀に傾倒しており、無論、コインに換えるつもりなどないと。

「いや、しかし……っ」

ぐぅぅと悶える洒落男。

悶え方にも妙な色気がある。

「ならあんたは、宿で仕事仲間と打ち上げでもすればいいよ」

すげない女将の言葉に、洒落男は大袈裟に胸を押さえると。

「ご、ご馳走を」

の?

「ご馳走を、させてください……っ!」

苦渋の決断の様な唸りを込めた頷き。

なぜそこまで来たがる。

「あなたたちのお話を聞かせて頂きたいんですよ……っ!」

洒落男は仕事が忙しく、我等がいる間にこの村に来られるか分からないため、

「チャンスは逃したくないのですっ……!」

ぬん。

まぁ、好きにすれば良い。

我等は、少しでも元を取るために、

「狸擬きの」

「フン?」

「今日は好きなだけ飲むと良いの」

「フーン♪」

目一杯に、飲み食いするだけである。


洒落男の奢りで改装祝いの行われた翌日。

他の従業員と共に、朝から街の方へ帰って行く洒落男を見送り。

我等は、本日も非常に垢抜けた食堂で給仕に励む。

客のいない間は、我は女将の焼き菓子の仕込みを手伝い、

「はー、慣れてるねぇ」

ほどほどにの。

「アルコールの匂いで酔ったりしないかい?」

「のん」

それくらいは平気である。

店主は買い出しに出て行き、狼男が、客が席を立ったテーブルから、カップと皿を運んで来ると。

「チビちゃんたち、客のいない今のうちに休憩しときな」

女将に気遣われ。

窓際の席に、男に抱えられて座らされた時。

「こんにちは」

大きく開かれた観音扉から。

弛めに編まれた、なんであったか、チューリップハットとやらに似た薄茶色の帽子を目深に被り、帽子と同色のワンピースを身に付けた、女将と同世代と思われる女が。

片手に杖を、片手は、娘と思われる少女に、手を引かれる様に立っていた。

「あらま、いらっしゃいっ」

顔馴染みと思われ、女将は軽く声を掛け、

「えぇ。今日もいいお天気ね」

穏やかに挨拶を返した女は、

(のの……?)

白い繊細なレースで、目許を覆っている。

正確には、帽子の下からレースが垂れている。

そのレースの女は、扉から、建物の中に足を進めようとせず。

女の手を取る娘も、一新された店内を新鮮そうに見回している。

女将は、ふふんと得意気に笑っているけれど。

すぐに。

「……何か、いつもと違う感じがするのだけれど?」

レースの女の声に、緊張が走り。

杖を握る手に、力が入るのは。

「あらやっぱり分かる?店を大きく模様替えしたのよ」

「模様替え……」

「そう、それに、今は新しくお給仕さんがいるからね!」

女将の自慢気な声に。

「……お給仕、さん?」

レースの女の声は微かに震え。

何なら声だけはなく、薄い唇にも、震えが見える。

「そうよ」

「……ほ、本当に、お給仕さん?」

レースの女の怪訝な問いかけに。

「どうしたのよ?」

カウンターの内側から、女将も首を傾げ。

「わ、わからない、わからないけど……」

なぜか鳥肌が止まらないのとレースの女。

(のの……)

どうやら、盲目と思われる女。

目に頼らないため、感覚が若干鋭い様子。

「狸擬きの」

「フン?」

「あれの、何とか誤魔化せぬかの」

こそりと訊ねてみるも。

「フーン……」

主様がこの場から離れるのが一番いいのですがと狸擬き。

(ふぬぬん)

けれど、肝心な女に、出入り口を塞がれている。

湖畔に向く窓からでも出て行くかと思ったけれど、さすがに不自然が過ぎる。

「フーン」

困りましたねと狸擬きが鼻を鳴らせば。

「あら、可愛い鳴き声……?」

レースの女の震える声が、少し弛み。

「フン?」

「あら、あら、……何の生き物かしら?」

唇には、小さな笑みが浮かび、片手が宙を探る。

どうやら、レースの女は、獣が好きらしい。

「フーン」

わたくしめは、この世界はおろか酒癖の悪さすら最強で最悪な主様に選ばれし従獣の狸擬きだと、テコテコと女の元へ向かえば。

気配で察するのか、レースの女は、ゆっくりとその場に屈むと、杖は娘が手にし。

「フンフン」

女がそっと伸ばした片手に、狸擬きは、もふりと身体を寄せる。

「……まぁ、わざわざ来てくれたのね。とても賢くて、とても優しい子」

「フーン」

否定はしないと鼻を高くする狸。

「これからもっと暖かくなるのに、凄い毛の密度だわ。一体、どんな寒い場所から来たの?」

「フンフン」

青のミルラーマに隣接する森からであると狸擬き。

「何か、答えをくれているのかしら、本当にお利口さんなのね」

「フーン♪」

それほどでもあると調子に乗り狸。

(ふぬぬ)

とりあえず、狸擬きで女の気を逸らせてはいるけれど。

(困ったの)

我は、所詮人に擬態をしただけの化け物。

獣並みとは行かずとも、視力に頼らず他の部位で視力を補う女の感覚は鋭く。

きっと、元々が、鈍くはない性質であり体質なのであろう。

我は不用意に動くことも出来ず。

ただ、何やら察してくれた男も、狼男からも、同じように、

「困った」

の空気は伝わってくる。

女将が、

「その子はね、この店の手伝いしてくれるおチビちゃんたちの仲間だよ」

そう紹介してくれたけれど。

「……おチビちゃん?」

首を傾げる女。

「そうそ、おチビちゃんだけど、これがね、優秀な子なんだよっ」

「……」

さすれば、我は、レースの女に気配を探られている様子。

しかし。

「……ご、ごめんなさいね。何か、調子が悪いのかしら……」

途端に狸擬きを撫でる手を止め、落ち着きがなくなる。

「ちょっとちょっと、調子が悪いって、大丈夫なの?」

女将の心配そうな問い掛けに、

「え、えぇ。ごめんなさい。……今日は、そうね、持ち帰り分だけ頂くわ」

無口な娘は、心配そうに母親の背中を撫でている。

「わかったよ、ちょっと待ってて」

女将がパウンドケーキを詰めている間に、レースの女は、娘に手を引かれ、近くの椅子に腰を下ろし。

「フーン」

狸擬きが、トトトとこちらに戻ってきた。

「……」

微かに爪が床を擦る音で、レースの女は、狸擬きが向かった先を耳で感じ取り。

その視えない瞳で、こちらをじっと見つめれば。

「……っ」

途端に、片手で胸を抑え。

スッと息を飲み、何度かの深呼吸のち、覚悟を決めたように姿勢を正すと。

「ねぇ」

唇を開き、

「そこには一体、“何が”いるのかしら……?」

我に向かい、真っ直ぐに指を差した。


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