表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/40

31粒目

31粒目推敲


「……?」

知らぬ宿の天井。

いつもなら、

「フーン?」

起きましたかお寝坊主様と聞こえてくる狸擬きのフーンがない。

「起きたか」

代わりに男が、我の額の前髪を指先で掬い、額に手の平を当ててきた。

「……ぬ?」

「悪かった、ただの焼き菓子だと油断していた」

???

「……フーン」

狸擬きの鳴き声がしたと思ったら、寝室の入り口からこちらをこそりと覗いてる。

「なんの」

「いや彼も盛大な被害者だから」

被害者とな。

しかも盛大とは。

「何の被害者であるか」

男はニコリと笑い、

「水を持ってくるよ」

部屋を出て行く。

「……?」

身体を起こせば。

「フーン」

あなた様はわたくしめの主様で間違い御座いませんかと忍び足で、そろりそろりと近付いてくる狸擬き。

「我の感覚では、我であるの」

ただしばらくの記憶が飛んでいるけれど。

「我は、何者かに乗っ取られでもしたかの」

もしや黒い靄であるか。

我の身体を乗っ取るとは、大したものである。

「フゥン」

言うなれば、主様自身の内なる主様でしょうかと狸擬き。

「のの?」

どうやら。

「我は、何か、しでかしたらしいの」

男曰く、盛大に。

「フーン」

ほんのりと羽目を外された程度に御座いますと狸擬き。

「……羽目であるか」

そういえば。

狼男は。

「フーン」

後始末に追われておりますと。

後始末とな。

「フーン」

「の?」

「フンフン」

卵の街で主様に勝てるかもしれませんと言った言葉を撤回致しますと狸擬き。

「のの?」

愁傷であるのと思えば。

「フーン」

主様に勝てる者は、人間でも獣でも命なき者でも、この世界には存在しないでしょうと狸擬き。

一体、我は何をしでかしたのであろう。

戻ってきた男に、水の入ったコップを手渡され。

水よりも甘いジュースが良いのと思いつつ、水を飲み思い出すのは。

馬車でトコトコ、湖畔沿いの建物は、どこも白っぽい壁に、

「窓枠が赤いの」

何の顔料であろうか、とても愛らしい。

扉も赤く塗られている。

民家も店も、白い壁に赤い窓枠なため、

「あそこはお店かな」

白い壁に掛けられた看板や扉の前に置かれた看板で店か民家か判断するらしい。

馬車がギリギリすれ違える石畳の道を進むと。

「君が選んだ焼き菓子が、この街の名物だったそうなんだよ」

男の声で、今に戻される。

そうだ。

我が茶屋兼レストランで選んだのは、パウンドケーキ。

「ののん」

建物は、ほんの小さめな宿と言えるくらいの大きな店だった。

観音扉は半分開かれ、食事処かと思いきや。

「フーン」

甘味の香り、と狸擬きが鼻をスンスン蠢かし。

中を覗いてみれば、店内の半分は吹き抜けで2階はカウンターの上に1/3程度。

解放感があり、どうやら夜の食事が主な店の様子。

「旅人さんね、どうぞ」

広い店内、木の丸テーブルが点々と、窓から見えると思った湖は森の木々に阻まれている。

客は入れ違いに出て行き、我等だけになったのも、後で思えば悪い意味で条件が整っていたのか。

メニューを広げれば、他にも魅力的な甘味はあったけれど、

「文字も読めるなんて凄いわね、おすすめはこれ、1本丸ごと買ってく客も少なくないよ」

うちの昼の看板商品。

そんな言葉に、

「では我はこれが良いの」

メニューの文字を指差した。

酒に漬け込まれた乾燥果実がたっぷり練り込まれた焼き菓子。

それから。

そう。

それからの記憶が、綺麗さっぱり消えている。

「の、我は何をしたのの」

男を見上げれば。

「た、建物は残っているから大丈夫だ」

とても気遣われた。

建物は。

狸擬きと男の言葉をまとめると。

我は、どうやら。

盛大に一暴れした様子。

「死人は出たかの」

「いや、店主と彼が怪我をした程度だ」

店主とな。

どうにも。

「我は相当な迷惑を掛けた様であるの」

そして我は、お酒に弱いらしい。

それでも、知らなかったでは済まぬ。

それなのに。

「君の知らない一面が見られて良かったよ」

縁の欠片もない他所様の店を破壊した我に尚、笑顔でそんな事を言うのだから。

やはり。

「さてはお主、我にベタ惚れであるの」

「そうだな」

真顔で頷かれる。

ののぅ。

微量な酒ならば、抜けるのも早いらしい。

体調に問題はないため、我は男に抱っこされて、2階建ての宿から出れば。

数軒離れたお向かいの店で、我は暴れた様子。

壊れたテーブルや椅子が外に出されている。

店の前を歩く者たちは足を止め、馬車も進みも遅らせて何事かと眺めている。

頭に、包帯代わりの細い布を巻き、左の頬を赤く大きく膨らませた、狼男と同じくらいに大柄な男が、片足を引きずりながら、布を巻いた腕に壊れた椅子を抱えて出てきた。

男に抱かれて近付く我に気付くと、

「!?」

飛び上がり、逃げるように店内へ駆けて行く。

あれか。

あの男が店主であるか。

「フーン」

原因の半分はあの男ですからと狸擬き。

半分は。

我は、酒に浸けられた乾燥果実で酔った直後こそ。

1つ、大きなしゃっくりをし、おもむろに男の膝に乗り、ベタベタと甘えていたらしいのだけれど。

買い物から戻った大柄な店主が、体躯に恵まれた狼男に、物珍しさか声を掛け、腕に覚えがあるなら是非、力比べしたいとおもむろに腕捲りをした。

その力比べの方法を、店主が口にする前に。

「のの、力比べならば、我も参戦させよの」

男の膝から飛び降り、店主の前に立ち。

男の困惑した訳に、店主が鼻で笑ったのが、原因らしい。

(ふぬ)

どうやら店主は、一欠片も悪くない。

こんなちんまき娘が何を言っても、それは笑ってもおかしくない。

しかし我は、鼻で笑われたことに眉を寄せ、店主の片足を掴み、持ち上げてぶん投げたと。

「……のぅ」

我は、気が触れる程に長い時を生きて来たけれど、

「これが夢であって欲しい」

と思うのは初めての体験であり。

「それでも君は、理性もだいぶ残していたようだ、相当力を抜いていたんだろうな」

「の?」

「普段の君なら、店主は壁か窓ガラスをぶち破って湖の方まで飛んでいただろうから」

否定できぬ。

そして。

「店主もだいぶ頑丈らしい、起き上がって止める間もなく、再び君に立ち向かったのだけど」

だけど。

店主の勇敢さは認めるけれど、あまり先を聞きたくない。

「君はよじ登ったテーブルから勢い付けて飛びつつ、店主の横っ面を蹴り飛ばしていた」

のの?

「よく店主の頭が弾けなかったの」

相当な石頭であるか。

「フーン」

主様が以前お作り下さった紙風船を蹴るくらいに、主様は優しく流しておりましたと狸擬き。

ぬん。

我の理性の部分だけは褒めてやってもいい。

それから。

この吹き抜けの建物で、

「我を捕まえるのの」

と、一方的に鬼ごっこを始めたと。

(ふぬふぬ)

事情は知れた。

そして、重ね重ね。

長い時を生きた我は。

「これは夢であれ」

と思うと同時に、

「時間を巻き戻したい」

と考えるのも、始めてである。

そう。

生きることは、恥である。


細かな木材を持って狼男が建物から出てきたけれど、我の姿に、

『起きたか、大丈夫か?』

と心配そうな顔で駆けてきた。

「お主の方が大丈夫であるかの」

店主同様、血の滲んだ布を頭にシャツの内側に巻いているのも見える。

『俺は平気だ、とても楽しかった!!』

いい笑顔を見せてくれる。

さすが半獣半人。

男たちと鬼ごっこに興じていた我は。

けれど、突如意識を失い、立っていた2階の吹き抜けの柵の上から1階に落下し、それを男が抱き留め、宿に運び寝かせたと。

自業自得とは言え、

「まずさ謝罪と片付けであるの」

些か気まずく店内へ入れば。

「あら、お目覚めね!まーおチビちゃんの癖に力が凄いわねぇ!」

非常に小柄で大層ふくよかな店の女将は。

「うちの旦那は無駄に力をもて余しててね、村の闘技大会でも負け知らずなんて調子乗ってたから、いい薬よ!」

ご立腹も甚だしいと思っていたら、笑って許してくれた。

心が、海を越え空の様に広い。

男が、片付けは勿論、修繕費用と店の再開までの賃金を支払いますと頭を下げ。

「あっら!?それは素直に有り難いわぁ!」

どうにもあっけらかんとした女将である。

カラカラと笑う女将に、怪我はないかと男伝に訊ねると、

「ちっともよ。おチビちゃん、あんたね、酔ってても、きちんと見てるのよ」

何をであるか。

「椅子をぶん投げた先の軌道をよ」

怪我をしたのは、店主と狼男だけだと。

女将のいたカウンターやカウンターに並ぶ酒瓶は無傷。

それにしても。

「我はなぜ、狼男にも容赦なくテーブルを投げつけたのかの」

壊れた椅子を持ち上げつつ、そういえば階段の手摺を、靴裏で滑り降りた記憶もあるのと、あれは愉快であったのと思い返しつつ狸擬きに問えば。

「フーン」

狼男ならば、テーブルを投げつけた程度では死なないと思ったのでしょうと狸擬き。

実際、狼男は素早く避けていたし、怪我は、破片や転がった際の怪我だと。

店の外は、更に何事かと人たちが集まっている。

「とうとう暴れたの?」

「自分の店で?」

「喧嘩とか聞いたけどな」

「あの彼じゃない?」

「お、変わった旅人だな、尻尾がある」

そんな声が聞こえてくる。

女将が、

「野次馬は邪魔だよ!」

追い払い。

とりあえず片付けであるのと、吹き抜けの2階へ向かえば、壁に飾ってあった額縁を、フリスビーの様に飛ばした記憶がある。

(ぬぬん)

壊れた椅子を抱えて階段を降りれば。

我の姿を見て、カウンターの内側に逃げていたらしい店主が、立ってこちらを見上げている。

どうやら、酒は抜けていると女将や男に聞いたらしい。

階段を駆け降り。

「なんとも、大変にすまなかったの」

壊れた椅子をおいて、通じぬけれども謝れば。

「いやぁ、あんたは強いな」

店主は屈んで、それでも高い視線を合わされ。

「詫びの代わりに、稽古を付けて貰えないか?」

店主は懲りもせず、もうニカッと笑っている。

稽古とな。

そんな依頼は受けたくないし、稽古も付けたくもないけれど、店の惨状を考えると、無下に断れず。

「男に相談するのの」

男を指差すと、何となくは察するらしい。

「期待している」

と、真顔で大きく頷く。

傷は大丈夫かのと布を指差せば、

「お?あぁ、怪我か、これくらいなんてことない!」

壊れた椅子もテーブルも外に出し。

床を掃除しつつ、今日は営業も出来ないのと店内を見回せば。

「残ったテーブルもあるし、立ち飲みにでもするわよ!」

この女将は、どうしてこうも逞しいのか。

ではと急いで取り急ぎの掃除をすれば、なんと、もう店を開けると言う。

ならばテーブルやら窓の修理は、明日から始める事にし。

我等は。

最近富みに板に付いてきた、給仕として使って貰う事にした。

無論、タダ働きである。

「ちょおぉっ!何があったん!?」

夜の働き手であると言う若い男がやってくると、店の惨状に飛び上がっている。

噂を聞き付け、興味本位でやってくる客たちには、

「うちのがねぇ!お客さんに喧嘩吹っ掛けたのよ、それでこの有り様!」

女将が笑い、店主は厨房で黙々と料理を作っている。

「でもね、その喧嘩を吹っ掛けた旅人さんが、手伝ってくれてるのよ!」

完全に店主が悪者になってしまっているけれど。

「いいの!いいの!」

いいのか。

店の評判に関わるであろうに。

「まーねっ、でもね、何だか楽しかったのよ!」

自身の店を壊されてもか。

「この年にもなると刺激もないじゃない。娘は嫁に行っちゃって、息子もどこをフラフラしてるのか、全然帰って来ないし!」

おや、旅人か何か。

「ここは水も豊富でしょ、うちに来る旅人さんたちに話を聞いても、気候はだいぶ恵まれているみたいだしね」

ふぬふぬ。

要は穏やか過ぎて物足りないと。

だからと言って。

「もーねっ、椅子やテーブルがでっかい音を立ててさ、バッカバッカ壊されてるの見て、なんかね、ここがスッキリしたのよ」

胸に手を当てる女将。

のの。

だいぶ色々と、溜まっているのではないか。

「そうかもしれないわぁ」

客は椅子のないカウンターや、数少ないテーブルを数人の客同士で囲み、壁に寄りかかり談笑している者もいる。

酒を乗せた盆を持って、店内を進めば。

「お、路銀稼ぎか?旅人さんも大変だな」

「の」

「やだ可愛い、お手伝い?」

「の」

狼男も、

『君を止められるなんて思っていたなかったけれど、手も足も出なかった』

と、おかしそうに笑いつつ、

『お待たせしている』

と盆に酒やつまみを乗せて、テーブルへ向かう。

ガラスがなくなり風通しのいい窓枠に腰掛けたり、外で壁に寄り掛かって駄弁っている客も珍しくない。

道沿いの開いた窓から、

「ビールのおかわり頼むよ」

「私も」

客の注文が入る。

「はいよっ!今日は大皿出だすから、皆で適当に摘まんで!」

会計はテーブルで一番年が上のもんだよ!

と女将。

ひぇぇっといくつかのテーブルで飛び上がる客たちは、それでも三十路前後か。

歓声と笑い声が弾け、支払いのために、知らない客同士の年齢確認が始まったり。

我の男は、厨房で店主と調理に励んでいる。

客たちに、空のグラスを、我が頭上に掲げた盆に置いて貰い、狸擬きと共にカウンターへ戻れば。

「妙に慣れてるね?」

店の手伝いの若い男に、感心した様に声を掛けられた。

ひょろりとし、強めの巻き毛が特徴か。

「……」

「……あ、あれ?」

言葉通じない?と、ひょろり巻き毛の、困惑した顔。

『彼女は、まだ言葉は分からないんだ』

空のグラスを盆に乗せた狼男がやってくると、我の掲げていた空のグラスもカウンターへ置いてくれ、新しく置かれたラム肉の乗った大皿を数枚、易々と運んで行く。

「……わーぉ」

そんな後ろ姿を見送った若い男は、素早くその場にしゃがむと、

「ね、ね、実は君が暴れてたって、ホント?」

コソリと問われた。

「……」

何と答えればいいか、頷いていいものかと首を傾げると、

「はいはい仕事中だよ!ナンパ禁止!!」

女将がカウンターの内側から、ぐいと身体を乗り出してきた。

「えっ?」

「こーんなちっちゃい子に、あんたは全く節操なしだね!」

女将が大きな溜め息を吐き。

「ちょおっ!?ち、違う、違う!!」

ひょろりはしゃがみこんだまま大きく両手を振ると。

「彼女に何か御用でしょうか?」

男が物凄い作り笑顔で女将の隣に立ち。

「違っ!!違いますよ!!」

客たちは楽しげにこちらを窺ってる。

「ホント、ホント違うよっ!?違うって!?」

胸の前で大きく手を振れば。

「そんなに必死に否定したら、女の子は傷付くだろー?」

客の野次に。

「えー!?どうしろってのさぁ!?」

若い男の叫びに、広い店内に、一際大きな笑い声が広がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ