30粒目
狸擬きの要望で、数日、山で野宿をし。
狸擬きは朝から夜まで山を駆け回り。
「フーン」
空腹になれば天幕に帰ってくる。
狼男も、狸擬き程ではないけれど、
「走ってくる!」
大喜びで、庭ならぬ山駆け回りである。
馬たちも解放してやれは、山の獣たちに臆することなく、楽しそうに散歩をしている。
我は、あぐらをかいて煙草を吹かす男の膝の中で、べったりしがみついて甘えてから。
「上手くなったな」
「ぬふん♪」
絵はさっぱりであるけれど、刺繍は褒められる程度になってきた。
『猪を倒した!』
狼男が猪を背負ってくる。
「なんの、無茶をするの」
『いや、奇襲を狙った』
「フーン♪」
わたくしめが囮ですと狸擬き。
3人で解体に勤しみ。
「肉肉しくて美味の」
焼いて、煮て。
『鹿を倒した!』
「フーン♪」
鹿を解体し。
「鹿も大変に美味の」
何とも呑気に、山での生活を営んでいると。
弾丸小鳥が飛んできた。
「のの?」
誰からかと思えど。
「ピチチ」
「フーン?」
「ピチ」
「フーン」
手紙は我等宛てではなく、弾丸小鳥は一仕事を終え、雇われ先に戻る途中なのだけれど、雨の気配を察知した。
少し雨宿りさせてもらえないかとのこと。
「構わぬの」
これだけ小さければ邪魔にもならない。
食べる量も小鳥としては良く食べる程度。
しとしとした小雨は2日程続き、
「フーン」
この雨は眠い雨なのですと狸擬きはひたすら眠り、小鳥も、狸擬きの腹の上で体力温存だと眠り。
ふと気付けば、狼男の着ているシャツが綻びているため。
『すまない、俺は動きが雑な様だ』
「お主は森で山で走り回るからの」
縫い物もそう得意ではないけれど、ほつれを繕う位は出来る。
「フーン」
「の?」
寝惚け眼な狸擬きが、
「フゥン」
弟分ばかりが主様に手を掛けて貰い、少々面白くないのですと鼻を鳴らす。
「なんの」
これ程度で。
しかし我を膝に乗せている男も。
「気持ちは解る」
「お主までかの……」
狸擬きは、毛を丹念に梳いてやり。
男の髪も梳かしてやれば、
「気持ちいいな」
「ピチチ」
仲がいいのですねと小鳥。
「お主の職場環境はどうの?」
「ピチ」
皆気が強いので、気の弱い仲間が少々割りを食ってるかと、まま弱肉強食の様子。
「ピーチチ」
気の強さに比例して遠くまで飛ぶので、実力も鑑みれば妥当かととも。
ふぬ。
『難しい』
「お主は手が大きいからの」
天幕の中、狼男は我に刺繍を習い。
男は日記を付け、日記を書き終えれば我等の姿をスケッチ。
小雨は上がり、夕陽の覗いた夕刻。
「フーン」
空腹ですと狸擬きがあくびをしながら起き上がり伸びをし。
「ピチー」
小鳥も小鳥なりに伸びをしている。
「ピチチ♪」
今夜も豪華な夕食ですと喜ぶ小鳥。
明日は小鳥も飛び立つと言うため、我等もいい加減出発するかのと決め。
夜は、一番深く濃い時間。
「ピチ」
「……?」
「ピチーチ」
「……ぬぬ?」
小鳥に起こされた。
「なんの?」
「ピチチ」
「フーン」
空に異変があると訴えていますと狸擬き。
異変?
空に。
隕石でも墜ちてくるのかと、天幕から外に出れば。
「おやの」
「あぁ、凄いな」
『おぉっ?』
「フーン」
たまに夜空に見られる不思議な現象ですねと狸擬き。
流星群。
カラフルな星空に、カラフルな星たちが流れて行く。
「よく気付いたの」
「ピチ」
用を足しに外に出て気付いたと。
ののん。
こちらの世界に来てからは、流星群を眺めるのは二度目。
一度目は。
「……お主の言葉が、初めて聞こえた日に見たの」
「そうだな」
我を抱く男の腕に力が込められる。
『これは、浮き島と言うものと関係があるのか?』
狼男に問われたけれど。
「流星群は、浮き島よりも遥かに、上空を越えた場所で起きている事象であるからの」
ないとは言い切れないけれど。
『そうか……』
狼男は、長と一度だけ見たことがあると、懐かしそうな顔。
しばらくそれぞれ物思いに耽り、狸擬きが欠伸をしたのを潮に天幕に戻り。
「お主のお陰で、良いものを見られたの」
「ピチ♪」
小鳥は得意気に羽根を広げ、横たわる狸擬きの腹に飛び込んだ。
「ピチチ」
この先、仕事場であなたたちと再会することがあれば、自分が仕事を請け負うことを約束すると、弾丸小鳥は勢いよく飛び立って行き。
我等も、えっちらおっちらと山を降りて行く。
山から見える先の土地は、見渡す限り緑。
ちらほら見えるのは、
「フーン」
羊ですね、馬もいますと狸擬き。
「人より羊と馬が多いと言われている土地だそうだよ」
ほうほう。
手前には大きな森が見える。
何か囲むように建物もちらほら見えるため。
「湖でもあるのかもしれない」
では、川や沢もあるであろう。
湖に、主はいるのであろうか。
湖畔を囲う雑木林の道沿い。
木と木の間に、細い紐が均等に4~5本張られ、そこに短いリボンがいくつも結ばれている。
「のの?」
(あれの、見た目はおみくじを結ぶあれに似ているの)
こちらは色がカラフルではあるけれど。
「なんだろうな?」
男も知らないらしい。
紐もリボンはそう色褪せたり草臥れていない所からして、定期的に取り替えられている様子。
我より小さな幼子を連れた村の住人と思われるじじがやってくると、
「この時期に、湖の妖精に願いことをすると、願いを叶えてくれるんだよ」
不思議そうに眺める我等に教えてくれた。
おやの。
妖精がいるとな。
あの森の姉弟妖精は、少なくともあの姉ならば、
「あんたたちが私の願いを叶えなさいよ!」
くらいは言いそうだけれど。
ここの妖精は、願いを叶えてくれるらしい。
しかし、それらしい姿は見えず。
それでも、じじと孫と思われる幼子に混じり、荷台から取り出したリボンを結び。
「では、我は魔法を使えるようになりたいの」
「フーン」
わたくしめはお酒と美味しいおつまみが欲しいですと狸擬き。
『願い?俺は、もっと、キミたちの役に立てるように、知識が欲しいな』
男は、我等の口々の願いに、小さく笑いながら、珍しいもののせいか、その場でスケッチし、メモを付け足している。
「お主の願いはなんの?」
問えば。
「そうだな、君たちと、ずっと旅を続けることかな」
ふぬ。
「単純な願いだな」
何やら自嘲気味に肩を竦めるため。
「のの?我は嬉しいの」
両手を伸ばせば。
「そうか?」
「の」
目を細めた男に抱き上げられる。
雑木林の向こうの水辺へ向かう老人と幼子の後ろ姿を見送っていると、
「……ここに、本当に妖精はいるのか?」
こそりと男に問われた。
「ふぬ」
男にしがみついたまま、辺りや木々の隙間から見える湖面に目を凝らしてみるも。
「我には何も見えぬの」
「フーン」
わたくしにも分かりませんと狸擬き。
馬車を進めれば、
湖畔を1/3程囲むように、建物が立ち並び、建物のテラスで釣りをしている者、湖畔にボートを浮かべて釣りをしている姿も見える。
『楽しそうだな』
「ボートは借りられるかもしれない」
ウキウキする狼男は、
『なんだ、あれは?』
先の小さく開けた空間にある太い木の枝からぶら下がるものを指差し。
「あれはブランコであるの」
『ブランコ?』
「フーン」
見たことはありますが、使用したことはありませんと狸擬き。
「お手本を見せてあげたらどうだ?」
ふぬ。
今は人気もない。
馬車から降りるとブランコに駆け寄り、
「よいしょの」
平たい板に座り、
「こう、足で反動を付けて、前に後ろに動かすの」
以前いた世界。
人のいない公園などで、少し遊んだ記憶がある。
『おぉ……っ』
「フーンッ」
狸擬きが、わたくしめもわたくしめもと尻尾をフリフリ。
「仕方ないの」
1つしかないブランコを譲ってやれば、しかし。
「……フーン」
前足では何とか縄を掴めど、後ろ足の短さで反動がろくに利かない。
「の、こやつの背中を優しく押してやって欲しいの」
『あ、あぁ』
狼男が、そっと狸擬きの背中を押せば。
「フン?」
『こうか』
「フーン♪」
そうだと狸擬き。
男は早速スケッチを始めている。
「フーン♪」
楽しいのですとご機嫌な狸擬きは、
「フーン♪フーン♪……フンッ!」
高く上がった所で、そのまま勢い良くブランコから飛び、
「フーンッ!」
ポーンッと円を描き地面に着地。
『なるほど、そういう遊びか!』
違う。
なるほどではない。
君がブランコに座っている姿をスケッチしたいと男。
珍しく“リクエスト”をされたため、再びブランコによじ登ると、
「フーン」
わたくしめのことも描け、と狸擬きが足許に寄り添ってきた。
『これは、記録』
狼男が男の隣に立つ。
「あぁ、でも日記に近いかな」
『日記』
我等を眺める男2人。
この景色も、やがて過去になる。
いつかも思ったけれど。
(カメラがあればの)
絵には男の姿は当然極端に少ない。
無論、記憶に残してはいるけれど。
我の絵の技術は、男も首を傾げる程に上達しない。
所謂、才能と言うものなのだろうけれど、我は、絵に関してはマイナスに振り切っている。
そのため、記憶に残すしかない。
けれど。
「……」
「フーン?」
主様と狸擬き。
「の」
おやつが食べたいのと腹を押えれば。
「フーン♪」
賛成ですと狸擬き。
「フンフン」
早めにスケッチを終えろと男に急かし狸。
「ん?」
「おやつが食べたいの」
「あぁ」
でも男はもう少し、と手を休めず。
しばらくし、描き終えたよの言葉に駆け寄れば。
そこに描かれているのは、何も変わらず、とんと幼い我の姿と、間抜け面の狸擬き。
「フーン?」
わたくしめはもう少し精悍なはずですがと首を傾げ狸。
『これが才能と言うものか』
ううんと唸る狼男。
「お主も絵を描いてみるかの?」
『描いてみたいけれど、まずはスラスラと字を書けるようになりたい』
狸擬き曰く、自身の弟分であり我の従者もであるらしい狼男は、どうにも、とことん真面目な獣人である。
ーーー
いきなりであり。
唐突でまあるけれど。
我は。
直近で記憶を失くしたのは、大木と共に崖から濁流に飲み込まれた時。
流されている間の記憶はなく。
これも割りと最近の話。
そして、もしあれも、
「記憶を失くした」
に分類されるならば。
我が、不意にこの世界に、青のミルラーマに来た経緯の記憶も、さっぱり存在しない。
それでも、あれは例外にするとして。
ふぬ。
何が言いたいのかというと。
「……ぬふっ♪」
そう。
こんな短期間で記憶を失う出来事が起きるとは、男たちは無論、我も、雨粒1つ程も想定していなかったこと。
「ぬー♪」
鼻に抜ける空気が熱く、気分が高揚している。
「……どうした?」
男の訝しげな声。
「フーン?」
主様?と狸擬き。
我と同じものを頼んだ狼男が、
『これは、少しでなく酒の匂いと味がする』
鼻先に焼き菓子を寄せ、怪訝な顔をし。
「あっ!?」
慌てる男の声。
「ぬふっ♪」
我を見て慌てる男の姿に、非常に楽しい気分になった事だけは、ぼんやりと覚えている。
後は。
「フーンッ!?」
駆け回る狸擬きの悲鳴と、
「お、落ち着け、こら、待て待て待てっ!」
『うぉーっ!?』
非常に慌てた男の姿と、狼男の、狼だけに狼狽した雄叫び。
夜は居酒屋になると聞いた高い天井の店内に、弓なりに飛んで行くのはテーブル。
床に伸びた、知らぬ男の足。
浮かび上がるのは、断片的な記憶のみ。




