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25粒目

「姉を止められずに本当にすみませんでした……」

「なによっ!あんたみたいな化け物が人里をうろうろしてっ!!」

ののん。

まこと器小さき我は、その小さな額でも弾いてやろうかと指先に力を込めれば。

「やめてくださいやめてくださいっ!」

我の指の構えで、連れの頭が弾け飛ぶと察したのか、代わりに謝りますからと、弟と思われる妖精に懇願されるのは、宿の部屋のテーブル。

「の、なんでこんなにこやつは攻撃的のの?」

弟に問えば。

「あんた程じゃないわよ!!」

のの?

我は攻撃的かの。

隣の狸擬きに視線を向ければ、

「フーン」

性格はあまり褒められたものではありませんが、攻撃的とは思いませんと狸擬き。

ふぬ。

「では、お主の額を弾いてやろうかの」

「!?」

ピャッと椅子から飛び降り寝室の方まで逃げる狸擬き。


あの後。

狼男がそっと拾い上げ、両手に乗せた妖精と思われるそれは。

「あら、蝶々、ですか?」

ボロボロで死にかけに見える蝶々を手の平に乗せる狼男を、厩舎の隣にある宿の受付の人間が不思議そうに首を傾げた。

人には蝶々に見えるらしい。

厩舎と隣接した宿は水場のある場合が多い。

このお宿も、1階は庭、2階は贅沢にもテラスまで付いている。

この宿に限っては、景色を眺める優雅な場ではなく、旅人が洗濯物を干す場であるけれど。

テーブルにハンカチを広げると、狼男がそっと、向こう側が見える程に薄い羽根を背中から生やした妖精紛(まが)いを乗せる。

「……」

我自身の身体から放たれるものは、この世界では毒や禍々しい何かでしかないけれど、我が出す小豆ならば、なぜか、何かしらの効能がある。

小豆を少しだけ茹で、狸擬きの爪先で、ハンカチの上に横たわる2人の口許に小豆汁を垂らせば。

「ん……?」

「……なに……ここ」

いきなり回復はせずとも、虫の息からは吹き返した。

2羽、ではなく2人と言うべきかの妖精擬きに、話を聞こうとした途端。

開いたテラスの窓の外から、ガラガラと、なんの賑やかを越えた衝撃音。

「のの?」

どうやら馬車が積んでいた大量の木材が、何かの拍子に道に転がった様子。

道沿いになるテラスから出てそれを知った男は、

「拾うのを手伝ってくるよ」

腕を捲りながらドアへ向かい。

『俺も行こう』

狼男は、2階とはいえテラスから道に飛び降り。

男は苦笑いで、

「そっちは、任せてもいいか?」

と聞かれたため、頷いて男を見送ると、我はテラスへの扉を閉めた。

再び椅子によじ登り、ペタリと座り込んでいる、小さな2人と対面した所だった。

身体には柔らかそうな葉を巻き、やはり柔らかそうな蔦を細く細く裂いたものを腰などに巻き付け、服に見立てている。

この2人は。

「弟との結婚を反対されて出てきたのよっ!悪い!?」

ほーうほう。

虫の間でも近親相姦は禁忌であるか。

一世代程度なら問題ないと思うのだけれど。

「なんの、ではお主は姉の暴走に巻き込まれた側かの」

弟と思わしき者から問えば。

「何よ何よ!!知ったかぶって、何も知らないくせにっ!」

「やめてよ姉さん!本当にごめんなさい!」

と弟はひたすら謝ってくれはするけれど。

「あんたみたいなのが、私たちをどうするつもりよ!」

ののん。

これでは話が進まぬのと困ってると、

「フーン」

主様、いつかの、あれは魔女の村でしたか、馬の興奮を収めたようにするのはいかがでしょうと狸擬きから助言が入った。

「のの」

そうの。

「それはよいの」

物理ではどう転んでも、こやつらの死がちらつくしの。

狸擬きのへっぽこな攻撃でも瀕死に至っている有り様であるし。

力を抜いて、妖精紛いの姉に向けてふっと吐息を吹き掛ければ。

「……」

姉は、難なく白眼を剥いて失神した。

「姉さん!?」

「平気の」

(……多分)

おろおろする弟は、けれど姉より遥かに堅い。

姉を気にしつつも、黙って我を見上げてきたため。

「の、人里ではなく、お主等のいた森かどこかでは、我の様な存在は珍しくないのの?」

こやつらは、正確には姉の方が、我の様な存在を、知った風に小石を投げてきた。

「いえ。ただ、何度か、小さな黒い何かを見たことはあります。けど」

けど?

「その、あなたは、あんなものとは、く、比べ物にならないくらいです……」

褒められているのであろうか。

「では、なぜ我は人里にいてはならぬ?」

弟は、姉が放っていたその言葉にぐっと詰まると。

「……僕たちのいた森の深くに、たまに人が来るんですが、色々なものを持っていたり、僕たちの羽織る葉っぱなんかより、丈夫そうなものを身に付けています。そして僕たちを見ても、捕まえようとはしません。なぜかは解りませんが、僕と姉は、その人間たちに、とても興味があって」

ふぬ。

話は逸れるも、もう少し詳しくと訊ねると、2人がいたのは街に隣接する森。

森に入るこの街の人間たちには、夜になるとうっすらと発光する羽根を持つ蝶々たちを、森の守り神であり、触れることは許されない、との決まりがあるらしく。

勢いで森から出たこの2人は、森から出た自分たちならば、人間は自分たちに触れようとしてくるのかと思いきや、人間たちからは姿を全く認識されず、拍子抜けして、しばらく人の里を眺めていたら、我等の姿が目に留まったと。

「ええと、正しくは、あなたです」

我かの。

「僕は、その、ごめんなさい。あなたが怖くて怖くて逃げようとしたんですけど、姉が、何あれ何あれと騒ぎ始めて」

あれ扱いであるか。

腕でも折って失神から目覚めさせてやろうか。

「遠目から眺めていたら、あなたは、一際おかしな卵を持って森の方まで向かい、卵を割って中身を踏み潰していたので、

『きっと、あの変なものの力を、自分のものにしてるのよ!』

と姉が言い出しまして……」

ぬぬん。

それで、我は、

「人里にいてはならぬ存在である」

と。

色々言いたいことはあるけれど。

それよりも。

「我は、我等を観察していたお主等の気配に全く気づけなかったの」

「フーン」

わたくしめもで御座いますと不服そうな狸擬き。

弟は、少し寂しげに笑うと、

「僕達は、森でしか生きられないので」

そんなことを教えてくれる。

「のの?」

「……僕達の生の気配があまりに希薄過ぎて、何も“感じられなかった”のでしょう」

森から出れば、もう数日も持たずに消えてしまうと。

なんと。

「では、森からでなければ、その命は永遠かの」

「少し長い程度です」

ふぬ。

なるほど、それでは近親相姦は悪手であるの。

「それで、その、僕との結婚を禁止され、姉の、この異端だと言われる程の気の強さが切っ掛けで」

駆け落ちと。

「お主は被害者ではないか」

「あはは……。でも、僕はあそこで、森では、もう何をしたいわけでなくもなくて。……それなら、いっそ外の世界を知ってから消えようと思ったんです」

その辺りの(いさぎよ)さは、やはり姉弟であるか。

「そんな時に、その、本当に失礼ですが、僕達から見たら対極にいる何かが、悠々と人の街を歩き、楽しそうに従者たちと歩いている姿を見掛けまして」

なんの。

「嫉妬かの」

「いえ。あれでも、姉なりに退治しようとしたのです」

ほーうほう。

姉には、身の程知らずの二つ名を付けてやる。

狸擬きですら、半目になりフンスと鼻を鳴らしている。

「僕達は、それくらい、森の外の世界を知らないのです……」

言い訳にしかなりませんが、と今も失神しながら、口から泡を溢している姉の姿にため息の後。

「僕たちが生きている数日の間、もう二度と、あなた方に近付かないことを誓います。なので、どうか姉を許してもらえませんか」

ふぬ。

この姉弟と同じく、山しか知らぬ狼男は、やはり山しか知らぬ長に育てられても、大層気立てのいい、お人好しに成長している。

この世界に大変に馴染みやすく、真っ直ぐに素直に、心優しく。

それに比べて、この姉は。

自我と主張ばかり人一倍強く、自身の正義だけで突っ走る阿保を極めた存在。

「……」

それでも。

我の元いた場所では、この姉程度の跳ねっ返りな人間は、当たり前に存在していた。

この姉はどうやら、

(生まれる場所と入れ物を間違えたの)

生まれる前から、一際残念な阿保だったのであろう。

「狸擬きの」

「フン?」

「この阿保(あほう)、ではなく姉を起こしてやるの」

灰皿に注いでいた小豆汁に、狸擬きが爪先を浸し姉の口許へ運べば。

「うぅ……」

姉が呻きながら目を覚ました。

我の姿を見て、またもキャンキャン喚くかに思えたけれど。

「……」

その瞳にはあるのは敵意ではなく、怯えのみ。

阿保でも本能には勝てぬか。

「の、お主等は、人の世界を見てどう思ったの?」

改めて2人に問えば。

姉も、多少は勉強はする様子。

自分が気絶している間、我と対話をしていたはずの、自身のためにきっと命乞いをしていたであろう弟が口を開くまで、きゅっと唇を噤んでいる。

「想像していた世界とは、全く違いました。人の暮らしている建物や、知らないもの、新しいものものばかりで」

パッと笑みを浮かべ、今も広い宿の室内を見回し、まだ傷付いた羽根を揺らす。

姉を見れば、

「び、びっくりしたわ。こんな世界だったなんて。でも、新しい世界を見られて、本当に良かった」

弟と顔を合わせて、寂しげに微笑む。

そして、灰皿の中で揺れる小豆汁に気付くと、

「……あ、あの」

「?」

「……こ、殺さないでくれて、あ、ありがとう」

一応礼を言うわ、と唇を尖らせる。

「最期は、弟と一緒に、消えたかったから」

「姉さん……」

手を繋ぐ姉弟は、肩を寄せ合い。

我を見上げてくる姉は。

「……わ、私、この凄い世界をね、あなたに壊されると思ったの」

我がかの。

「そうよ、だってあなた、凄いじゃない。だからやっつけてやろうって」

近くにあった小石を投げたと。

本当の本当に、森から出たばかりなのであるの。

狼男が赤子だとすれば、この姉弟はまだ、母親の腹の中、いや蛹の状態か。

それにしても。

そこそこには生きているであろうに。

「無謀、力量の差、そんな言葉は辞書にないのかの……」

我が言うのもなんだけれど、こやつらと我は、砂粒と岩くらい違う。

「……っ」

物凄く言い返したそうな姉は、弟に口を塞がれている。

跳ねっ返りの身の程知らず。

森の仲間内でも、さぞや浮いていたのであろう。

森を出て、弟と心中を図る程度には。

「お主等は」

「はい」

「何よ」

「……お主等は、まだ生きたいかの」

姉弟と等分に目を合わせれば。

「もう森へ戻るのも嫌だから、私はいいわ」

「僕も、もう長く生きたし、長老の言う“森の変化を楽しむ”ことにも疲れてしまったので、姉さんと一緒に消えたいです」

長老とな。

さぞや説教臭い爺なのであろう。

お髭の長い仙人の様な長老を想像しつつ。

「……もし、お主等が、

“森の外の世界で生きたい”

というならば、我が少し手を貸してやるのの」

そう。

我は慈悲深いのである。

「……え?」

「……は?」

やはり姉弟。

驚いた顔はそっくりである。

「虫の息のお主等が助かったのは、我の小豆の汁のお陰の」

「……」

「……」

灰皿の少量の汁を眺める2人。

「汁だけでは心許ないけれど、お主等の小ささとその露や浅夢(あさゆめ)程度の儚さならば、茹でた小豆の残りでも食べれば、森の呪いも易々と解けるであろうの」

「呪い……?」

「呪い、なの?」

眉を寄せられた。

「の、言葉選びを間違えたの。少しは強くなるはずの」

2人は、じっと我を見ていたけれど、顔を合わせ、

「でも、その、僕達は、あなたに、何も、お礼が出来ません」

「そうよ」

で、でも、と、ぎゅっと葉のスカートを握る姉。

「もう少し、もう少しだけ、生きられるなら……」

唇を噛み締め、身体を震わせる。

「姉さん……」

我は。

この2人の、きっと森では、

「異端」

「異分子」

だった、この2人と、自身と重ねる部分があるのだろうと、我自身を分析する。

我も所詮は、元の世界から弾かれた身。

椅子から飛び降り、コンロに掛けたままの小鍋をテーブルに運び、

「ほれの」

少し崩れた小豆をスプーンで掬って差し出せば。

「あ、これは、知っています。森で人がたまにしているのを見ました、“茹でる”と言う行為をしたものですよね」

「わぁ、いい香りね」

豆を茹でただけの刺激の少なさが、今は弱った姉弟には合っているらしい。

それぞれ手に取り、口に含めば。

「柔らかい、知らない味だ」

「少し温かくて美味しいわ」

好評である。

「フーン」

羨ましそうに爪先を咥える狸擬き。

「お主には後で砂糖入りの汁粉を煮てやるのの」

「フーン♪」

少量とはいえ、この蝶々たちの身体に多いはずの茹で小豆は。

「のん、よく食べるの」

難なく食べ切られてしまった。

茹で小豆の付いた指や手の平を舐める2人は、ふと扉の方へ視線を向け、じっと見ている。

「?」

「フーン」

2人が帰って来ますと狸擬き。

「ただいま」

『ただいま』

「のの、どうだったの?」

「木材を積み上げていた紐が外れただけだった」

積み上げてしっかり結び直したと。

両手を伸ばす我を抱き上げた男は、

「ええと……お?」

ぺたりと座りこみ、腹をさする2人を見て、ちらと眉を上げた。

狼男も、じっと凝視している。

どうやら、2人にも、姉弟が、妖精の姿で見えているらしい。

「彼等は、森から出て、世界を旅しようとしている者たちであったの」

我を悪い何かと勘違いしたらしいと話せば、幾分でなく、多大に心当たりがある男は、

「ん?んん……そうか」

何も言えずに言葉に詰まっている。

狼男は目をキラキラさせて2人を覗き込んでいる。

「の、こやつらに、この世界のことを教えてやって欲しいの」

狼男も、山から出てきたばかりでもあるため、姉弟の気持ちが少しは解るであろう。

2人に相手を変わって貰えば、我は狸擬きとテラスへ出て、道沿いを眺める。

馬車で街に入ってくる人々の中に紛れて入ってくるような黒い靄は見えず。

けれど。

「の、我等の目に視えないだけで、ああいう不思議な者たちは、今もそこいらに存在しているのかの」

「フーン」

そうかもしれませんと狸擬き。

「あれで、2人の寿命はどれほど保つかの」

「フーン」

当分は、と夕陽が街を照らし始める。

狸擬きの当分は、人の寿命を遥かに越えて行く。

「フーン」

「の?」

「フゥン」

主様が、ああいった無礼な身の程知らずを助けるのは以外でしたと狸擬き。

ふぬ?

「フーン」

主様の手の平でパーンと潰して終わりかと思いましたと。

ほうほう。

「……では、今は怖いもの知らずのお主の頭をパーンとして潰してやろうかの」

両手を広げれば、狸擬きがぴゃっと飛び退く。

「くふふ」

閉じられた部屋の扉を振り返り。

「飛べるものには広くない森の中、狭い狭い同じ種族の仲間だけの中で、足るを知れなどと言われてもの、あんな性格になっても仕方ないの」

それに。

「フン?」

「あの姉は、この世界を我から救おうと動いたのの」

まだ何も知らない世界を。

自身の事など後先も考えず。

見たばかりの素敵な世界を、人の住む里を守ろうとの一心で。

「我も、小豆1粒程度の優しさくらいは、これでも持ち合わせているのの」

「……」

隣に立つ狸擬きが、もさりと寄り添ってきた。


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