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23/27

23粒目

「ねー、いつ帰ってくるのー?」

祭り終われど、今朝は片付けで賑やかな街。

馬車の音で外に出てきた助手は、

「やだー、寂しいー」

ぷくーと頬を膨らませている。

「えー……あらぁ、本当にもう行っちゃうのね、寂しいわぁ……」

店主の姉は、気だるげに欠伸をしつつも、見送りに起きてきてくれた。

「あーあ……。あ、待って、預ける品物持ってくるから」

木箱が3箱。

「確かに。半分は石にしますか?」

「えー……あらぁ、そうしましょうか?」

「するする!」

「この国では赤が強いと聞きましたが」

「えー……強いわぁ……じゃあ頂くわねぇ♪」

狼男が木箱を荷台に仕舞い。

「またいつでも、いつまでも待ってるからねっ!」

助手に両手を伸ばされ、右手を出せば、ぎゅっと握られたけれど。

「そろそろ行こうか」

握られた途端に、背後から男にひょいと抱き上げられた。

「の?」

「ちょっ!?もーっ!最後くらい、手くらい握らせてよっ!」

余韻もへったくれもないじゃん!と声を上げる助手に。

「今握ったじゃないですか」

真顔で返す男。

「う、うわ、心狭ぁ……っ」

鼻白む助手に、隠さない作り笑顔のままの男。

「えー……品物をいい値で買い取ってくれたじゃないのぉ」

とっても心広いわぁと店主。

「もーそこじゃないの!」

プンプン怒る助手に、クスクス笑う店主。

それでも、店主は両手を重ねると、

「……本当に、ありがとうございました」

おっとり笑みを浮かべたまま礼を述べられ。

「ありがとう、……またね」

助手も泣き笑いで手を振ってくれる。

「またの」

『またいつか』

「フーン」

またな薬屋と狸擬き。

靴屋の新婚夫婦は、もうこの街を出たのであろうか。

服屋が店を広げていた大通りへ向かえば、

「おっ、もう出発か、俺もだけどなっ」

服屋の行商人は、預けていた馬を荷台に繋いでいる所だった。

「お嬢さんが呼び水になったのか、ずいぶん売れたよ」

それは何より。

「そうだ、ほれ、お嬢さんにはこれをあげよう」

赤いビロードのリボンを貰えた。

「の?」

「店で一番高くて一番売れない服を買ってくれた礼だ」

ののぅ。

そうであったか。

しかし。

「安く売らないのの?」

生地は劣化もする。

目は惹くとは言え、いつまでも不良在庫として残しておくのもの悪手であろう。

「うーん、あのワンピースは、特に手を掛けられて作られた物だからなぁ。俺の元に来たからって理由で、簡単に安く見積もるのが嫌でな」

おやの。

“わけあり”

であるか。

遠い遠い布の国で買った黒いドレスと違い、身に付けても、特に何も感じなかったけれど。

「いや、ただの俺個人の下らない拘りだ、他の服もそうだよ」

なんと、こやつなりの無駄な矜持があるらしい。

「お嬢さんなら大事にしてくれそうだしな」

「の」

男がカチューシャの様に頭にリボンを巻いてくれる。

「うん、とても可愛い」

「おぉ、その非常に珍しい赤い瞳と、よく似合ってるよ」

男が、荷台から取り出した小さな金筒を、行商人に渡している。

中には、石が布に包まれて入っている。

「お?」

「良かったら、手紙を送って下さい」

「あぁ、あぁっ。送る、必ず送る!」

安くない鳥便用の金筒は、渡す方も渡される方も、どらちも信用の証にもなる。

少なくとも我の男は、行商人としてこの服屋の男を信用したのだろう。

「またな!」

元気よく手を振る行商人を見送り、

「俺たちも行こうか」

「の」

「フーン」

『あぁ』

祭りの終わった街から、次の街へ国へと出発する人々に混じって、我等も、馬車を進める。


ーーー


「ま、待ってくれ、馬車を停めてほしい」

狼男がベンチの背もたれを片手で掴み、仰け反らせんばかりに身体を浮かせたのは、まだ、隣街のど真ん中。

「の?」

「どうした?」

「フーン?」

『……なんだ、これは。ええと……こ、こわい』

怖い。

恐怖心とな。

我だけでなく、男も、何かあるのかと辺りを見回して見ても、これと言ったものは見られず。

隣街も適度に賑やかで、やはり建物も5階建て程度の高い建物が並ぶけれど、しばらく過ごした街も、同じ高さの建物は珍しくなく。

街行く人も、好奇心の視線は多少あれど、そう露骨に嫌なものは何も感じない。

「?」

狼男が怯えを見せているのは、

「お主は、先が怖いのの?」

『あ、あぁ。そうだ、それだ』

どうやら先へ進むのが怖いと。

男と顔を見合せ、男が、馬車の数台停まる店を見かけ停めると、そこは大きなレストラン。

「休憩がてら昼にしようか」

「フーン♪」

男が個室があるか問えば、2階に案内された。

甘いジュースを先に貰い、狼男に飲ませれば。

『すまない。なんだ、不安の様な、どうしようもない、気の落ち着かなさがある……』

大きく息を吐き出し、胸を押さえる。

なにがしらの獣の勘か、もしくは、山の方で何かあったのか。

しかし我にはさっぱりであり、

「何か解るかの」

狼男の隣に座る狸擬きに問えば。

『ここ辺りまでが、あの山の一部なのでしょう』

あっさり口を開く狸擬き。

「こんな場所までか?」

男が驚くと、

『山は地を制するもの。この辺りまではうっすらと山の領域であって当然』

ののん。

鈍ちんな我にはさっぱりだけれども。

『残り僅かな山の縄張りからも外れるため、山の外へ出ることを本能的に怖がったのでしょう』

『そ、そうなのか……』

目を見開き、瞬きを繰り返す狼男。

ふぬ。

では、

「どうすれば良いかの?」

『簡単な話です。この半獣半人がそれを自覚すれば、納得すれば問題ないかと』

ほう。

運ばれてきた、薄い肉を揚げ焼きにしたものに舌鼓を打ちつつ。

「我は青のミルラーマから出ても、山からだいぶ離れた時でも、何も感じなかったの」

自身のお山であるのに。

大きく切り分けた肉をむがむが咀嚼した狸擬きは、

『そもそも、山とそのお身体に絶大な力を持つ主そのものと、力を持つ山に住まうだけの者と比べるのは、前提が違います』

のん。

従獣にダメ出しをされた。

「では、問いを変えるの。青のミルラーマも、縄張りは大きいのの?」

『そうですね。この半獣半人のいたあの山々よりは多少小さくはありますが、山の力は更に強大故、感じられる縄張りは広範囲に渡るかと』

むろん、狸擬きの森も呑み込まれ、日々守られていると。

ほほぅ。

こやつが無条件に我に付いて来たわけである。

食後に、牛の乳と砂糖をたっぷり落とした珈琲を飲み干した狼男は、

『自分が怖いと感じる理由は理解出来た』

と大きく頷き、それでも緊張を顔に浮かべている。

店を出て、

「旅はどうの?」

問えば。

『とても楽しい』

即座に返事がくる。

「の、それで十分の」

男に、我は狼男と歩いて最後の縄張りを抜けたいと伝えると、

「解った」

男は、少し先で待っているとあっさり了解してくれた。

先へ進む馬車を見送りつつ、

「お主の歩みで抜ければいいの」

手を目一杯伸ばして狼男と手を繋げば。

『すまない。心遣いをありがとう』

「よいの」

並んで歩き出す。

男といる時とは、また違った好奇の視線。

じっと先に集中すると、

(のの……)

先に確かに、ぼんやりと、徐々に下り坂になるような、境界の様なものを感じる。

知らぬ縄張りなるものに意識を集中したせいか、隣をもさもさと歩く狸擬きの毛が、もわりと膨れている。

あやふやになりつつある境界で、立ち止まるかに見えた狼男は。

しかしそのままゆっくりと足を進め、代わりに我の手を強めに握ってきた。

喉をごくりと鳴らす感覚まで、握った手に伝わる。

『……』

けれど、歩みは止めず。

一歩、一歩。

噛み締めるように、狼男は道を進み。

(ふぬ)

かくもあっさりと、浅く広い縄張りの先を抜けた。

「どうの?」

『あ、あぁ……』

抜けてしまえば、それまでである。

立ち止まって振り返った狼男は、山を想うか、目を閉じ、胸に片手を当て、それから我に向き合い。

『俺の気持ちを、1つ1つを(おもんばか)り、尊重してくれる君たちに、感謝する』

じっと見下ろされた。

膝を付かないのは、我が無駄に注目を浴びることを望まないからであろう。

「なんの。我等も日々新しい発見があって、とても楽しいの」

お山の領域がこんなに広いとは知らなかった。

先で停まる馬車へ向かうと、男が降りる前に、

「のの?」

狼男が我を抱き上げて、ベンチに座る男に我を預け。

男が何か言いたそうな顔をするけれど、

「フーン」

狼男が狸擬きも小脇に抱えてベンチに飛び乗るため、苦笑いで、

「行こうか」

男が馬に合図を出し。

「の」

大きなお山の領域を外れ、また、先へ、先へ。



服屋の男から聞いていた、隣の国の卵の街は。

2階建てがせいぜいの、村に毛が生えた程度の、穏やかな街。

森も多く、狸擬きは投げ出した足を揺らし、森の方を気にしている。

「の?卵ではなく、鳥のお祭りの?」

「あぁ。郵便鳥への感謝を込めたお祭りらしい」

それに付随して、卵が“モチーフ”になっていると。

道沿いの木にも黄色い卵が飾られ、店先にも、黄色い顔料で鳥や花の絵が描かれた卵が、籠に仲良く詰められている。

「フーン」

わたくしめは主様の焼いてくれる甘い卵焼きが一番好きですと狸擬き。

『あれは美味しいな』

狼男も好きだと。

「では、また焼くのの」

街の入り口の厩舎に馬を、荷台を隣の荷置き場に預け、街を歩く。

雑貨屋と思われる店では、小さな卵型だったり、鳥の羽を使ったネックレスなども売られており。

狸擬きの首に、小さなうずらの卵くらいの大きさの、卵のネックレスを選んで掛けてやれば、

「フーン♪」

毛の間から、卵がちらちら揺れている。

街中を飛び回る、祭りの主役となる郵便鳥たちは、首にリボンを巻かれ、どこか誇らしげにも見える。

そこかしこに飾られる黄色い卵たちは、どれも中身は抜かれているけれど。

店先に並ぶ、籠に詰められた、凝った模様の卵を手に取ってみれば。

「のの、これは中身が入っておるの」

「ん?……お、本当だ」

籠の中に詰められて売られている卵は、中身入り。

普通に食用として使えると教えてもらう。

「割ってしまうのが勿体ないの」

黄色い街をぶらぶら歩いていると、先にある、ひときわ大きな店先の一角、籠に入った卵たちの1つから。

(おやの)

黒い靄が漏れている。

「の、我はこれが欲しいの」

指を差せば。

「珍しいな」

男に買って貰い、片手に持ちつつ、少しばかり歩き、街の端。

森の方まで向かえば、人気(ひとけ)はなし。

更に森の中に入り。

もう一度辺りを見回してから。

我は、卵を持った手を振り上げて、力を入れずに地面に卵を叩きつけた。


「なっ……」

視界の端で、男がギクリと身体を強張らせる。

「折角買って貰ったのにすまぬの」

割れた卵は有精卵であり、けれど。

『うぉっ……』

「なんの、見応えがあるの」

「フーン」

主様、悪趣味で御座いますと狸擬き。

これから鳥になるものだったかもしれないと、そう、何とか解る程度の卵の中身は。

大きな片目1つ、糸のように細い足は3本。

「これは、何だ……?」

男が口許を押さえる。

「黒い靄が見えていたからの」

ぬらり、どろりと艶めくそれは、変わらず黒い靄を漂わせ。

その、鳥になり損ねた鳥擬きを、我の足で踏み潰す瞬間。

その大きな“一つ目”は、

「……」

確かに、胡乱(うろん)に、我を見上げていた。



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