21粒目
祭りの3日間は。
「俺たちが働かせて貰っている食堂は、昼は店の外で簡単な食べ物を売るらしい」
薬屋は、
「女の子にモテちゃう香水を売るよ!」
うっふんと身を捩られても。
「……のん」
「フーン……」
インチキかの。
「えー、何その顔。信用ないなぁ、麝香だよ、麝香」
麝香とな。
嗅がせてもらえば、我は、
「ぬぐっ!」
その癖の強い香りに顔を仰け反らせるも。
狸擬きからは、
「フーン」
質は高め、と高評価。
「でしょー?」
でもぉと女。
「?」
「これをチビちゃんに売らせるわけにはいかないから、チビちゃんのお仕事は、お祭り前日までかなぁ」
と大きな溜め息。
まぁ我が店先に立っても、売れないであろうしの。
「……お祭り終わったら、もう行っちゃうんでしょ?」
と悲しそうに聞かれ、そうのと頷けば。
「あーやだやだっ!行っちゃやだよー!」
別れを惜しまれる度に、寂しがって貰えるうちが花だと思う。
「はーぁ、チビちゃんだけおいてってくれないかなぁ」
机で頬杖を付く助手。
男がもし、この街に置いていくなら狼男であろう。
「お待たせあぁ寂しかったな今日もいい子だったな頑張ったなさぁ帰ろう」
本日も変わらず矢継ぎ早に、我をかっさらうように抱き上げる男に、助手は飽きもせず憤慨している。
買い物をして戻れば、もう我等の借りる宿も、周りの宿も、ほとんどの部屋の明かりが灯っている。
祭りのためにやってきた旅人や行商人たちで、満員御礼になりつつある。
「もうすぐ祭りだな」
の。
長く感じる日々も、過ぎてしまえば、あっという間である。
祭りが終われば、我等も旅立ちの時。
「人酔いは大丈夫かの?」
『あぁ、平気だ、とても活気があるな』
狼男は、顔を青くする処か、大きく街を見回している。
おやの。
人酔いは、働き先の繁盛しているレストランで鍛えられたか。
祭りは初日。
曲芸団たちも来ていると言う。
こちらは、いつかの曲芸団の様に、傍迷惑な慈善事業などはしておらず、華やかな手品の集団、演劇の集団、優れた身体能力を生かした曲芸団と、小さな規模の集団が、街に幾つか点在する広場で客を集めてると。
我等も一番近い広場へ向かってみれば、目にもうるさい衣装を身に付け、今は鮮やかな幾つもの小さなボールをクルクルと回していた。
けれど。
(のの……)
新米なのか、小柄な1人の少年が、演技ではなく、わたわたしており、他の仲間は笑顔を浮かべつつも、少しの緊張を見せている。
焦りが焦りを呼び、ボールの1つ2つが手元から外れかけたため、
(の)
小豆を飛ばして起動を手許に戻してやれば、不自然なボールの動きに、一瞬首を傾げた者はいたけれど、目の錯覚かと深くは考えない。
ボールを操る少年は、どうやら、自身の元へボール自らが戻ってきてくれたと、まこと都合のいい解釈をしたのか、パッと明るい笑みを見せて、ニコニコとボールを回し始めた。
仲間もその笑顔に安堵して、歌を唄い始める。
『……君は、慈心があるな』
男に抱かれた我を、狼男がじっと見つめて来た。
なんの。
「あっという間に難しい言葉を使うようになったの」
接客は、言葉を覚えるには最適かつ有効な手段の1つか。
派手で背の高い天幕から、大きめのボールに乗りながら球を操る演者が現れ、更に場が沸く。
「フンフン♪」
凄いです凄いですと大興奮の狸擬きは、自身も玉乗りをしたいのか、その場で足踏みしている。
玉乗りは1人ではなく、後から2人も出てきてくるくると回る。
「のの、凄いの」
「フーン♪」
狸擬きもその場でくるくる回り、それに気付いた演者が、狸擬きの前で、玉の上で軽々と狸擬きに合わせて回転してくれる。
「フン♪フン♪」
お目目キラキラ狸。
「これはお捻りを弾まなくてはの」
とても楽しそうに尻尾までをくるくる。
『おひねり?』
「対価の事の」
すでに幾つか置かれた箱の中にコインを落とす者もいる。
それに気付いた狼男は、
『……なるほど、色々な仕事があるんだな』
行われている曲芸よりも曲芸師たちの身の振り方、稼ぎ方に感心している。
「お主は見た目の華もあるし、こういう仕事も向いているかもしれぬの」
身体能力の高さは言うまでもなし。
『そ、そうか?』
けれど、強引さや図太さを持ち合わせない、この世界でも尚、少々人が良すぎる性格は、こういった商売には向いていない。
あの黒子の様な、群を抜いたろくでなしならばまた違うのだけれど。
幾つかの芸を披露した曲芸団が洒落た一例をして幕を閉じれば、コインが箱に投げられて行く。
男も多めに落とすと、
「フンッ」
近くから酒の匂いがしますと踵を返し、シタタタと駆けて行く狸擬き。
「元気であるの」
酒屋が屋台でワインを振る舞っている。
「味見して、おいしかったら買ってってー!」
小さなグラスにボルドーの液体が注がれ、小さなテーブルに並ぶ。
せっかくの祭りであるしと、狸擬きだけでなく、男と狼男も味見。
「うん」
美味いなと頷く男に、
『とても熱いものが鼻に抜ける』
と眉を寄せる狼男。
「フーン♪」
これは買いですと狸擬き。
「味見をさせてもらったし」
男が1本と指を立てる。
「ありがとうございまーす!」
隣の屋台では大鍋で小さなパンが茹でられている。
この街でも、やはりパンは茹でるもの。
「旅人さんか、中に苺を入れてるよ!」
苺?
「今の時期はね、ジャムを入れるところもあるけど」
ジャムはまだ理解出来るけれど。
「あむぬ」
かぶり付けば、細かくした砂糖をまぶされたむちむちのパンから、苺の果肉がじゅわりと溢れ。
「ふぬふぬ」
「フーン」
案外悪くありませんねと狸擬き。
ふぬ。
ただ、こう、積極的に食べたいものでもない。
ふらふらと、人の流れに合わせて歩いていると、どうやら余所から来ていると思われる、行商人の売り物は服や小物。
心底興味がなさそうに通り過ぎて行こうとする狸擬き。
代わりに我を抱っこする男が足を止めたのは、
「ふぬ?」
とても小さな、白地に苺柄のワンピース。
目を惹くため、やはり目立つところに掛けられている。
苺は細やかな刺繍だけれど、精密さと細やかさが、我の拙い刺繍と比べると雲泥の差。
「それ、可愛いだろ」
行商人の男は、我の男より少し上か。
服屋だけあり、襟も裾も刺繍のなされたシャツに、凝った柄のベスト、すらりとしたパンツに、靴も艶々している。
「えぇ」
可愛いですと男がすかさずコインを取り出すと、
「待て待て、ちびっこ用ならまだある」
にやりと悪い顔をする行商人。
「これは、遠い国のものですか?」
「いや、そうでもないな。こういったちびっこ用は、値段が張るわりに着れる時間が短いから、目は惹くけど、出ないんだよ」
奥から出されたものを男が吟味し、しかし男のお眼鏡にかなったのは苺のワンピースのみ。
行商人が、丁寧に包んだものを狸擬きの背中に巻き付け。
「はいよ毎度ねありがとさん。良かったらまた顔出してくれよ、あんたらも旅人だろ?話がしたいし、ついでにちょっと、食い物もあると助かる」
と頭に手を当てる行商人。
ののん。
話より、そっちが目当てであろう。
狼男程ではないけれど、こちらも大概にお人好しな男は、分かったと笑い、その場を離れるも。
行商人は腹を押さえていたし、差し入れだけでもしておこうかと、適当な屋台へ、男と、おこぼれ欲しさに狸擬きが向かい。
我は狼男と道の端で待ちながら、通り過ぎていく人々を眺める。
同じように流れて行く人間たちを眺めていた狼男に、
『君は、着るものに、あまり興味を持たない』
合っているか?
と正解を問われた。
「そうの」
男の着せ替え人形である。
『ええと、人の女としては、珍しい、でいいのか?』
ぬぬ。
「どうであろうの。少し前に通り過ぎた国は、男たちがお洒落に拘る国で、派手な三つ揃いでビシリと決めていたし、興味のあるなしの性差は少ないの」
『三つ揃い』
「お主もこの間着たスーツのことの」
『あ、あれを日常で着るのか?』
ぎょっとおののく狼男。
「そうの、男もしばらくは着ていたの」
『ううん……大変な街だな』
「なかなかに良い街であったの」
理解に苦しむ顔をした狼男は、
『君は、あの格好を好むと言っていた』
ふと思い出した様な顔。
「の、好きの」
それでも、旅人で三つ揃いの格好をしているものは少ないのと話していると、男と、おこぼれの肉を咥えた狸擬きが戻ってきた。
「いやいや悪いなぁ、まるで催促したみたいになっちゃって!」
催促していたではないか。
「寝坊して、朝も食えてないまま支度する時間になってさ、困ってたんだよ」
聞いていない。
しかし、売り物の前で食事させるのも見映えが悪い。
店番するから荷台で食えと奥に追い払えば。
賑やかな通りの中でも。
不思議な髪色の男と幼子に、頭から獣の耳を生やした男。
「フーン」
それに茶色いずんぐりむっくりな毛玉。
人目は惹ける。
物珍しさで足を止める客たちは、大概は、その値の高さに肩を竦めて去っていくけれど。
「これ、素敵ねぇ、頂けるかしら?」
飾られた服たちには、きちんと値札が紙でくくりつけられているため、我等でも会計は容易い。
「……え、何してんのチビちゃんたち」
(おやの)
助手がやってきた。
男が事情を説明すると、要は暇なのねと要約され。
「私は、今は先生が店番してるから、祭りをひやかしついでにご飯買いに来たのよ」
おや、店主が起きているのとは。
「お祭りの時だけはね、外もうるさいからさ」
助手は一通り飾られている服を眺め、
「へーいいな、うわ高っか!」
わかりやすく眉を寄せ手を離すと、
「後でうちにも来てね♪」
と人混みに紛れて帰って行く。
食事を終えた行商人が、お礼をしたい、夕食をご馳走するから、陽が暮れた頃にでもまた来てくれと、満足そうに腹を擦りながら出てきた。
我等は狸擬きの要望で、別の広場へ。
小さな演劇が開かれている。
子供たちは優先的に前の方に送られ、抱っこでなく男と手を繋いでいた我と、狸擬きも、あれよあれよと前列に誘導されてしまう。
他の子供たちに混じってその場に座り込むと、狸擬きもぺたりと尻を下ろす。
劇はやはり、どこでも人気のある冒険活劇。
大きな動き、張りのあるよく通る声。
(ぬぬん……)
けれど楽しさよりも、人混みを越えて伝わる、男の我を案じる気配に落ち着かず。
狸擬きは、フンフンと冒険の世界に夢中。
劇団と言えば。
牧場の村に来た劇団の者たちは、元気に旅を続けているであろうか。
見目麗しい双子が主役を張っていた。
青狼、姉、宿の青年、茶色い鳥、規格外に大きな鳥。
それに、
(やはりアイスクリームは大変に美味であったの)
ぼんやりと物思いに更けつつ、また食べたいのとゴクリと喉を鳴らしていると、拍手の音で、劇の終わった今に戻された。
雲の多い昼過ぎ、差し入れがてら薬屋へ顔を出せば。
長い髪を肩から垂らし、アンニュイな顔と仕草で客の問いに答える店主と、エプロンを外し胸の谷間を強調した助手が、元気良く香水を売っていた。
「わはー差し入れ助かる、嬉しいー!」
と喜ぶ助手に対し、
「えー……?チビチビちゃんの手作りじゃないのねぇ」
ガッカリする店主。
「先生、まずはお礼でしょ」
失礼でしょとその辺りは、やはり助手の方が数倍常識がある。
「リクエストはその後」
ののん。
そうでもなかった。
「えー……?あー……そうね、そうよねぇ」
お詫びに1つ、と香水を差し出されたけれど、
「いえ、気持ちだけで。代わりに、仕事として多めに仕入れさせて貰えませんか?」
「え?惚れ香水を!?」
助手が飛び上がるけれど。
「いえ、他の薬を。彼女が世話になりましたし、質は良さそうなので高く捌けそうですし」
「あ、そっちね」
なんだと助手。
「えー……大歓迎よ♪嬉しいわぁ……♪」
最終日に引き取ると話を纏め、客が来たため我等は退散。
あの助手目当てのガラス屋の倅は、助手の売るモテる香水を買いに来るのか。
最終日にでも訪ねてきたか、訊ねてみることにしよう。
『あれは、楽器』
「そうの」
1人が演奏し、1人がチラシを配っている。
「リュート、であったかの」
琵琶にとても似ている楽器。
2人はどちらも制服と思われる衣装を身に付け、案外大きな音楽隊なのかもしれない。
『数えきれないくらい、色んな人間が、色んなことをしている』
狼男が大きく息を吐き。
「一度、宿に戻るかの」
提案すれど。
『いや、大丈夫だ』
気丈に笑みを見せる。
けれど。
「我が疲れたのの」
言ってやれば。
『……キミも、疲れるのか?』
驚愕された。
こやつは一体、我を何だと思っているのだ。
「人混みは得意でないの」
我の手を繋ぐ男に抱っこをせがみ、宿へ戻りつつ。
『キミも、得意でないものがあるんだな』
「たくさんあるの」
辛いもの苦いものうるさいもの、我の男に色目を使う者。
雨上がりの小豆の研げない濁った川は、好き嫌いはなく、ガッカリになるであろうか。
宿に戻れば、狼男と狸擬きは、寝室でお昼寝。
どちらも横になるなり眠れる羨ましい体質。
男は窓際で煙草を吹かし、我は、サンドイッチを仕込む。
「彼女たちにか」
「の」
“リクエスト”をされたからの。
男は咥え煙草でやってくると、踏み台に上がる我の隣に並んでパンにバターを塗ってくれる。
「厨房のお仕事はどうだったの?」
「俺には旅が向いていると改めて思ったよ」
君は?
と問われ。
(そうの)
「我は気楽なお手伝い程度であるからの。お主がいなくて寂しいけれど、迎えに来てくれた時の喜びは一入の」
「それは俺も同じだ」
ぬぬ、相思相愛であるの。
ニッと笑って見せれば、
「……んの」
男が身体を屈め、頬に唇を当てられた。
「わはー!本当に持ってきてくれたの!?やったーありがとー!」
「えー……あらあらあらぁ……嬉しい……っ」
「今年は何かやたら人気で全然動けなくてさ、お腹も空いてたから尚更嬉しい!」
繁盛は良いけれど、人手がないと大変であるの。
「そうそ、何かさ、今年は人が多いよねぇ」
「えー……そうねぇ、多いわねぇ」
腰を叩く助手に、不思議そうに頬に手を当てる店主。
店主目当ても多いであろうけれど、どうやらそれだけでもなさそうだ。
「でもー、チビちゃんのサンドイッチがあると思うと元気出たよ」
もうそろそろ店仕舞いにするつもりだったからと助手。
香水や薬草が並べられていたテーブルも、スカスカになっている。
それでもまだ客がやってくるため、2人に手を振り、我等はそのまま昼間の服屋の行商人の元へ向かうも。
(ふぬ?)
眺める客は途切れずとも、あまり売れている様には見えない。
「あぁ、単価が高いからな、初日は様子見なんだよ」
全く焦っている様子はない。
「今日はもう閉める、ご馳走するから飯行こうぜ」
と誘われ、
「ここ美味いんだよ」
と案内されたのは、
「……のの」
ギクリと固まる男2人。
昼は店の前に屋台を出していたけれど、夕刻からは酒場として、店を開いている様子。
昼間はわざとこの通りは避けていたのに。
「あ?どうした?フラれた女でもいるのか?」
気にしない気にしない!と、止める前に扉を開けられれば。
「いらっしゃ……うわー!来てくれたんですね有り難うございます!お客さんいつもより多くて困ってたんですよ!店長!お2人が助っ人に来てくれましたー!」
客で来たと事情を説明する前に、男は拉致の勢いで厨房へ連れて行かれ。
仕方なしに中に入れば。
「お酒、あそこの端の席にお願いっ」
看板娘に盆を押しつられた狼男は反射で受け取り、我も、
「窓際の端の席にお願い」
盆を持たされた。
(のぅ)
狸擬きと共に運べば。
「おや有り難う、お手伝い偉いね」
客に労られ。
「の」
テテテと戻れば、
「3卓お願いっ」
3卓とな。
「あ、こっち、ここ3卓だよ」
若いカップルが手を挙げてくれる。
「やーんちっちゃくて可愛い♪」
「僕たちの子も、きっと可愛いよ」
たまには恋人同士の愛を育むためのダシにされつつ、我は主に飲み物を、狼男は料理を運ぶ。
「いやぁ、知らなかったとは言え、なんか悪いな」
事情を知った、今はカウンターに腰を下ろす行商人は、
「お客さんがお兄さんたち連れて来てくれたんでしよ!?」
看板娘から酒を受け取り、
「あぁ」
力強く頷くも。
「ありがと!おまけはしないけどいっぱい頼んで!」
そんな看板娘の返事にさすがに苦笑い。
盆を狸擬きの背にも乗せ、テコテコと酒をツマミを運び、厨房では男が慣れっこな様子で料理を作り、目が合えば、ニッと笑ってくれる。
「んふー♪」
「フーン」
給仕の仕事は、青の狼のいた青の国以来ですねと狸擬き。
「そうの」
日中歩き回ったため、しっかり腰を落ち着けて飲みたい客が多い様子。
そのため、わざわざ店の前に出した昼間の屋台を退けてまで、店を開くと。
それでも、まだ初日だからと、2日目に備えて客の引きも早く。
そう遅くまでは引き留められずに済んだ。
「いやぁ、何だか、重ね重ね悪かったなぁ……」
カウンターでチビチビ飲んでいた行商人は、
「明日は荷台の荷も並べるからさ、懲りずに見に来てくれ」
と店の前で手を振ると、どこかへ、そう、さも目的のある歩き方で人混みへ消えて行った。
『彼は、同じ帰り道ではないのか?』
旅人や行商人の詰める宿とは違う道へ向かう行商人に、狼男が不思議そうに首を傾げ。
「ええと……」
口ごもる男の代わりに、
「あやつは、これから女を買いに行くのの」
我が教えてやれば。
「こら」
男に窘められた。
なんの。
「女性がお酌をしてくれる店に行くだけかもしれないだろ」
何を言う。
「あやつは分かりやすく小鼻を膨らませていたのの」
あれは更に酒を飲みに行く顔ではないし、そんな足取りでもない。
「……」
なぜか大きく息を吐く男に、
『?』
とんと解せない顔をする狼男。
そんな中。
「フーン」
結局お酒が飲めなかった、タダ働きだったとご不満狸が声をあげてきた。
何を言う。
「昼間飲んでいたのの」
「フーンッ!」
あんな味見程度、飲んだうちに入りませんと高速地団駄狸。
「では、明日に期待の」
祭りは明日もある。
酒屋へ連れていけとご不満狸を狼男が小脇に抱えて宿に帰り、我が小さな風呂場で頭から湯を被っている間。
人の男の習性、人の女の需要と供給などの、大変に“デリケート”な話を、男が、狼男に訥々(とつとつ)と伝えているのが聞こえてきた。




