20粒目
黒子と違い、こちらの助手は見た目は女のまま。
「どっちかって言うと、女の子が好き」
とは言うけれど。
男は、誰も彼も客としてしか見ていない。
不特定多数に見せつける深い胸の谷間も。
「客引き、客寄せ」
営業努力だと。
そんな本人曰く健気な助手に、昼は多く作ってきたサンドイッチを、お主も良ければと見せれば。
「いいの!?いいのぉっ!?」
大はしゃぎで珈琲を淹れてくれ、牛の乳と砂糖を落としてくれる。
男も狼男は、食堂で賄いが振る舞われるため、必要なし。
昼休みの札を出しているため、邪魔も入らず。
午後は、倉庫の在庫の整理をしたいと腕捲りをする助手。
ならばと我は踏み台を借り、会計机に立ち、店番をすることにした。
看板も控え目な店構えからして、一見の客は少なく、勝手知ったる客たちが、
「頼んでた薬を頼むよ。そこの棚の、そう、それそれ」
「あら、可愛い店員さんね、これが欲しいのだけれど」
必要なものを買っていくだけ。
しばらく客の気配を感じない時は、狸擬きに店番を任せ、2階の木箱や布袋、店主の服なども混ざった混沌した部屋で、助手の助手となり片付けを手伝う。
夕刻前には。
「あぁとても待たせたな寂しかったな悪かったさぁ帰ろう」
早口に息継ぎもなく捲し立てる男に抱えられ、強めに抱かれ、
(ののん)
頬を擦り寄せてくる。
「えー?もうチビちゃん迎えに来たの?もっと働けばぁ?」
腰に手を当て、さも不満そうに頬を膨らませるのは助手。
「こちらで雇って貰えるなら働きますが」
わざとらしい作り笑いの男に、
「うちは男子禁制なんですぅー」
シッシッと追い払う様に手を振る助手。
本人は、
「どっちかと言うと女の子が好き」
などと嘯いていたけれど、針は割りと大きく女子よりに傾いているのではないか。
昼夜逆転してる薬屋の店主とは。
「えー……あららぁ、チビチビちゃん、おはよう」
まれに顔を合わせる程度。
どうしても店主でないと駄目な客や取引相手の場合、店主が起きてきた時に挨拶をする。
「えー……助手ちゃんから聞いてるわぁ、とってもとっても働き者で優秀だって」
ふぬぬ。
少しこそばゆく、
「こやつも、まあまあ働いているのの」
我の通訳者としてと狸擬きを指差せば。
「えー……?あらぉそぉなのぉ、相棒ちゃんも頑張ってるのねぇ」
とっても偉いわぁと控え目に手を叩かれ。
「フーン♪」
鼻を高くする狸擬きは、尻尾もフリフリ。
(のの)
そうである、こやつは落ち着いた声色の大人の女に懐きやすい。
しかし、この店主は店の大部分を助手に任せきりのと、欠伸をしながら奥の部屋から階段を上がっていく店主を見送れば。
「先生はね、すっごい寝る人なの」
ほう。
「1日の半分は寝てる」
よく寝るの。
「じゃないと身体が持たないんだって」
しんどいの。
「でしょ。それで1日1食、ちょっと心配」
あの店主曰く、昔からそういう体質なのだと。
それでも、薬の先生としては大変に優秀なのだとも。
そこそこの大きな街の一等地に店を構えられる程度には。
その店主が。
「えー……わー、いいなぁ……」
と人差し指を咥え、やってきたのは翌日の昼。
「うわ先生!?どうしたのっ!?」
「えー……?」
たまに眠れなくなる日があるけれど、それが今日だと。
その店主が、いいなぁとじーっと見てるのは、我の作ってきたサンドイッチなため。
「の」
よければと差し出すと、
「えー……?いいのかしらぁ、嬉しいぃ」
代わりにと、缶のビスケットを貰えた。
「ぬんぬん♪」
ジャムが挟まっていたりほんのりシナモンが香り、美味である。
「えー……やだぁ、すっごい美味しい……♪」
姉はサンドイッチを美味しい美味しいと、ゆっくりな速度で、それでも狸擬きの分を除いて全部食べきってしまった。
「ね、ね?話した通り、美味しいでしょ?」
話していたのか。
「えー……ホントに美味しい、てっきり君の欲目が入ってると思ってたぁ」
欲目とな。
「欲目って、もー、なにそれぇっ」
「えー……?よこしまな分の美味しさかしらぁ」
「ちょっと、姉さんは私をなんだと思ってるのっ!」
「えー……?可愛い助手よぉ」
クスクスと楽しそうに笑う店主と助手。
とても仲良しな様子。
「えー……はぁぁ……とっても美味しかったぁ」
と満足そうに、籐の椅子に凭れた姉は、
「……今日は、お店に出ようかなぁ……」
指に挟んだ大きく煙草を吸い込み。
「え?……えっ!?」
助手がビクッ驚いたけれど、そこにあるのは、純粋な驚きだけでなく。
(なんの……?)
確かに、緊張が走っている。
「えー……?なぁにぃ……?今度は間違って変なもの売らないわよぉ……」
店主は細面の頬をぷくーと膨らませるけれど。
「だ、だって、この間もお爺ちゃんに間違って精力剤渡しちゃって、お爺ちゃん大変なことになったって聞いたよ!」
「えー……?うふふぅ……?」
そうだっけぇ……?と身体ごと傾ける店主。
紫煙を吐き出す口許に、笑みが浮かんでいる。
のの、もしやわざとやってないかこの店主。
「えー……?もーぅ、大丈夫、大丈夫。助手ちゃんとチビチビちゃんは、お使いお願いねぇ」
サンドイッチのお礼に、お菓子買ってきていいわよぉと駄賃も持たされ、助手と共に店から追い出された。
男と狼男が働く店の方ではなく、真逆の道の大通りへ出ると、
「ええとね」
メモに書かれた物を買いに行く。
半分は、店主の食べたい甘味である。
「ひゃー、お祭り前でいつもより混んでるね」
行列の出来た店が目当ての店の1つらしい。
行列に並び、
「なぜ、店主の店番を嫌がる」
と書いてから女のシャツの裾を引くと、
「……ん?……えっ?」
助手は文字を読んでからギクリと固まり。
助手をじっと見上げると、助手は視線を斜め上に向け、
「んー……んんん」
言い淀む様に目を閉じ。
行列を眺め、しばらくは動きそうにないと察したらしい。
「話し半分、私の妄言だと思ってね」
と前置きした上で。
「先生が起きてる時、街でね、必ずよくないことが起きるの」
ほうほう?
助手はあそこで働き初めてまだ5年ぽっちだけれど、年に2度~3度、店主は仕事とは関係なしに、昼に起きることがある。
大概すぐに部屋に戻るけれど、3回に1度くらい、今日の様に起きて、姉が昼間に店先に立つと、
「子供の行方不明、火事、雨上がりで水量が増してる時に、橋から人が落ちて流されてしまったり、……他にもね」
子供には教えられないと。
「たまたまね、ホント、たまたまだと思うけど、姉さんが起きてる時には、必ず、街の人たちの胸が痛むことが起きるのよ」
今は祭りの前で街も忙しないし、何が起きてもおかしくないから尚更だと。
(ぬぬ……)
助手は、気掛かりな様子で街中に視線を向けている。
なんであったか。
ええと。
確か、錯誤相関。
悪い意味の“験担ぎ”的なもの。
その助手が、街を歩く知り合いらしい女に挨拶され、軽く挨拶を返してる間に。
「どうの?」
狸擬きに問うて見れば。
「フーン」
この人間の女の思い込みが激しいだけです、と言い切られるかと思いきや。
「フーン」
安易にこの女の思い込みとは言い切れませんとフンスと鼻を鳴らした。
「おやの」
ただ、と狸擬きが言葉を続けた時、列が動いた。
動いてしまえば買えるまでは早く。
「次は、あっちのケーキ屋さん」
いつもならどこかでお茶してくけど、今日は先生起きてるから、帰ってからお茶にしようねと女は荷を軽く掲げて見せ。
街を周りながら、
「あ、チビちゃんは食べたいものある?」
ふぬ。
キョロキョロ辺りを見回すと、
「フーン」
狸擬きが、トトトと先へ駆けて行き。
「フンフーン♪」
ここが美味しそうですと店先で足を止めてその場でステップ。
洒落て尚且つ愛らしい店構えであるけれど、何の店であろうと助手を見上げると、
「あらら」
助手が困った顔で足を止め。
「?」
「あそこ、元カノが働いてる店なんだよねぇ」
困った顔で笑う。
ののん。
けれど、狸擬きの勘はハズレなし。
「では、我等が買ってこようの」
ポーチにはコインも入っている。
狸擬きと共に店に入ると、キャラメルの甘い香り。
小さなおまけ程度の喫茶室もある。
店内にいる数人の店の女のうち、誰が助手の元カノかは知らぬし興味もないけれど、持ち帰りはホール売りが基本らしく、種類も、たった一種類。
「フーン」
メドヴニーク、キャラメルと蜂蜜のケーキだそうですと狸擬き。
「のの、美味しそうの♪」
人差し指を立て、1つ欲しいと頼み、箱に詰めたケーキを狸擬きの背中にしっかり結んで貰い、店から出ると。
人待ち顔で立っていた若い女は、しかし旅人と思われる若い男に声を掛けられていた。
こちらに気付くと、是非お店に来てねと旅人には軽い流し目。
ふぬ。
「モテモテであるの」
我の表情で、言葉は解らずとも、何を言われたかは察した助手は。
「男にモテてもねぇ」
と溜め息。
「まぁお店には誘導出来るけど」
改めての誘いを断るのが面倒なのよねぇと、モテるのも良いことばかりではないと。
何とも、贅沢な悩みである。
「えー……?あらあらぁ、嬉しい……蜂蜜ケーキじゃないのぉ♪」
店に戻れば、会計机でぼんやりと頬杖を付いていた店主は、狸擬きの背中に括られた箱に、両手を合わせて身体をくねらせている。
好物らしい。
「えー……そうなのよぉ、食べたいのに、助手ちゃんが全っ然、買ってきてくれないからぁ」
恨みがましい視線。
「だ、たってさぁ」
唇をへの字にし、天井を仰ぐ。
一体、どんな別れ方をしたのであろう
「えー……でもチビチビちゃんのお陰で、今日は食べられるわぁ……♪」
数ある甘味の中、せっかくだからと、我等もスポンジに薄茶のクリームが層になっている蜂蜜のケーキを頂くと。
「ぬん?」
「フーン?」
「バタークリームよ、キャラメルが混ぜてあるの」
蜂蜜とキャラメルで舌が痺れる程甘いかと思いきや、生地に使う蜂蜜は控えめ、バタークリームの比率が高く口当たりも滑らかで、
「ぬんぬん♪」
「フーン♪」
なるほど、これは美味しい。
店主が喜ぶ理由も解る。
店主との軽口で楽しそうに笑う助手からは、それでも、未だ微かに、チリチリとした緊張を感じ。
夕刻前には男と狼男が我を迎えに、たまにはと外で食事をし、夜は男の胸の中で寝るまでの間。
大きな街の様子をさりげなく窺っていたけれど
「……」
これと言ったものは、特に何も感じなかった。
「ではすみませんが本日もお願いします」
「任せて下さい、チビちゃんは“うちでしっかり”働いてくれてますのでっ」
苦笑いの男は、我には寂しそうに手を振り、本日も狼男と食堂へ向かい。
「昨夜からちょっと興に乗ってる調合実験あって、しばらく奥に詰めてるから、店番をお願いしてもいい?」
「の」
助手に頼まれ、まずは店内の少ない埃を落とし床を掃き、外に踏み台を持ち出し、届く範囲の窓を拭き、店内に戻り、会計机の前の椅子に腰を下ろすと。
「昨日は特に何もなかった様子であるの」
「フーン」
そうですねと狸擬き。
狸擬きも、昨日は特に何かが街で起きたとは感じなかったと。
「獣の勘で何か解らぬかの」
無茶かと思いつつ問うてみれば。
「フゥン」
あくまでも、ジンクス、でしたか?それが存在する、それが条件を満たした世界での仮定の話ですがと狸擬き。
ふぬ。
『この店の店主は、主様の作られた食事を食べました』
「そうの」
『そのため、助手が考えている“悪い事象”が、主様のお力の込められたサンドイッチを食べることで相殺、いえ、易々と飲み込まれたのでしょう』
のの?
「では、あの助手が、その想像力を持ってして、
“店主が目を覚ましている時に悪いことが起きる”
その事象を実現させているのの?」
『いえ、それもまた違います。この件に関しては、正解は1つでは御座いません。この土地、建物、人間、獣、気候の全てが絡み、偶然とは言い難い悪い事が起きていたのは確かだと思われます』
その時々に合わせ、店主が目を覚ますと。
『店主は、むしろ、街の不幸を感じ取り、目を覚ましているのだと思います』
それを弟子は、店主が目を覚ましたせいだと感じていると。
『憶測、数ある答えの1つでしか御座いませんが』
断定は避ける狸。
「しかしお主は、店主が我のサンドイッチを食べたから厄災が起きなかったと言ってるではないかの」
『逆説的なお話に御座います』
むむ?
「……我は幼子の、解るように話すのの」
唇を尖らせれば。
『主様のお力は、“日々増している”そのお自覚はあるかと思われます』
そうの。
『あの助手を通して、店主は厄災の一端にされているとします』
の。
『主様のお力の込められたサンドイッチを食べた店主を通し、主様のお力は今回の厄災の源まで辿り、厄災はあっさりと主様のお力に呑み込まれた。
ここまではお分かりになられますか?』
「半分程度の」
『主様は賢く存じます』
「なぜかほんのり腹が立つの」
けれど。
この世界の幾多阿多の摩訶不思議に付いては、この世界では些か長く生き、森の主でもある狸擬きの方が、何倍も、この世界の理に付いては精通しているのも事実。
「では今回は、たまたま厄災を防げただけであるかの」
『そうですね。これから先も、あの店主が寝ている時にも、大小の不幸は起きるでしょう。ただ、主様のその力強い毛の1本でも、爪先でも店主が持ち合わせれば、“店主が目を覚ました時”の不幸は防げるかと思われます』
ぬん。
しかし、いきなり幼子の毛を渡されてとっておけと言われても困惑するであろう。
『店主とは、言葉通り店の主。この店のどこかに髪を忍ばせておくのも効果的かと』
「人様の店に意図的に髪を落とす行為はしたくないのの」
呪いに近いというか呪いそのもである。
何かに忍ばせて渡すかと、得策でないと話していると、狸擬きが唐突に口を閉じ。
「こんにちは、いつものお薬を貰えるかしら?」
客が入ってきた。
上品そうな老婆は、我の姿にもニコニコしはするものの驚きはなく、我の背後の棚の、予約分の品を指差し。
我は踏み台に上がり、それを取り会計机に置けば。
「ありがとう」
店主さんによろしくねと手を振って帰って行く。
我の存在がそう珍しくなく浮かないのは、変わり者の店主のお陰であろう。
街のお祭が近付くと、薬屋には、普段の客だけでなく、行商人も増える。
その辺りは交渉も入ってくるため助手を呼び、時には店主を起こし。
我は掃除と店番、頼まれた薬を詰めたり品物を並べたりに徹する。
「お疲れ様会いたかったよさぁ帰ろう」
相変わらず早口の男が我を抱き上げぎゅうと抱き締めると。
「ちょっとぉ、聞いてますよぅ」
ニヤニヤと目を細める助手。
「?」
「食堂に、お2人の”お顔目当て“で女性客が増えてるってぇ」
おやの。
我の頭に頬ずりする男は、
「それはあの店の料理が美味しいからです」
にこやかに訂正している。
火花を散らす、とはまではいかなくても、どうにもこの2人は、もともとの相性が悪いのであろう。
今度は我の頭に鼻を押し付け、さりげなくでもなく我の匂いを嗅ぐ男に、
「お主等目当ての客がおるのの?」
匂いは少しばかり恥ずかしいから後にするのと仰け反りつつ顔を見れば。
「それは気のせいだ。あぁ、彼目当てはいるな」
と、ぐいと離れた我の頭を、かまわず今度は撫でてくる。
ほうほう。
「お主はモテモテであるの」
今日も大人しい狼男を振り返れば。
『モテモテ、とはなんだ?』
のん、そこからか。
「異性に興味を持たれることの」
答えれど。
『それは、まだあまり分からない』
狼男は眉を寄せ、自覚もないらしい。
「彼も一生懸命働いているから」
主に男は厨房、狼男は接客。
手隙の時は男も接客に出ると。
「畏まった店じゃないから楽だよ」
夜は貸し宿で食事を作りつつ、
「やっぱり君と作る料理が一番楽しいし美味しい」
と男。
そして宿では狼男も、
『……薄く剥けない』
包丁の練習。
「くふふ、ではそれは、そのまま刻んで具にするのの」
『すまない』
「すぐに慣れるの」
ゆるやかに過ぎて行く、大きな街での日々。




