2粒目
唐突ではあるけれど。
食事と言うものは、やはり力の源である。
たまに気まぐれで食べる赤飯おにぎりのみ頃と比べると、色々なものを食べるようになり。
我も、薄々と解ってはいたけれど。
我は食事をすることで、こちらの世界では、なぜか禍々しい方に特化しての力が増している様子。
『長?』
訝しむ狼男に。
「すまぬの、我は相手によっては死神以上の存在に見えるの」
伝えれば。
『しにがみ?』
「死を司る者のことの」
『それは凄いな』
感心された。
「そう視えてしまうだけのの」
我と狼男のやりとりに。
『話が出来るくらいに、知能があるのね……?』
長と呼ばれる狼の緊張が、更に強まる。
「お主には、我がドス黒いヘドロの塊にでも視えているのであろうけれど、こやつから見たら、我は毛のない変な生き物であるの」
『……』
長は、じっと我を、すがめる様に凝視し、
『……擬態?』
擬態と申すか、失礼な。
『お主が我を山の妖精と思えば、我は妖精に視えるのの』
フンと鼻を鳴らせば、
『冗談すら、言うのね』
冗談ではない。
「我は、遠き青の山、ミルラーマの主であるの」
自己紹介をしてみれば。
『……私は、この辺りの山の長を務めている者です』
渋々と返答してくれた。
(ふぬ)
何とか、お話をしてくれる様ではある。
我は、人間と旅をしていること。
崖崩れの木を退かした際に谷底に落ち、ここまで流されたと話してみれば。
しかし。
『どんな獣でも、こんな所まで流れ着く前に命を落とします』
とんだデラタメを述べたと思われている。
そして、
「こんな所」
と長は言った。
『えぇ。人間の存在は、その子の母親すらも、私は見たことはありません』
むぅ。
我は人外扱いであるか。
まぁそれは仕方ない。
「お主は、いつからここの長の?」
『あまり長くはありません、爪の数に足の数を足した程度でしょうか』
数としては22程度だけれど、長になるまでの年数を加えると、25、6か。
野生の狼としてはまこと長命。
我は青のミルラーマの主になってからはまだ数年であるし、あそこにいたのも季節が一巡りした程度である。
そういう意味では、山の主としては、我は狸擬きよりも新米も新米、赤子である。
そんな事を考える我を、じっと睨むように見つめていた長は。
『……ごく稀に』
「の?」
『黒くおかしなものが、地底から、岩影の隙間から滲んでいたりすることがあります、あなたはあれの1つなのですか?』
あれ、か。
「最近は、あれは見掛けたら祓うようにはしているのの」
あの黒い何かは、娘たちの召喚術で、呼んでもいないのに出てこようとしたりするしの。
「我は、あれとはまた似て非なるものの」
かぶりを振ってみせても。
『……』
尚、疑いの眼差し。
「長」
狼男が諌めるように声を掛けるけれど。
「平気の、長が正しいの。我は相手に寄っては厄災の塊にしか見えぬからの」
ニッと笑って見せれば。
『こんなに、可憐なのにか』
狼男の、訝しげな眼差し。
(のの?)
我は狼男から見て、
「可憐であるかの?」
「あぁ」
即座に肯定される。
(ぬふん♪)
「お主はなかなかに見る目があるの♪」
悪い気はしない。
それでも、
「降りるの」
土の上に降ろして貰えば。
「の、我はここで何をするつもりはないの。縄張りを荒らして悪かったの」
あの川辺に戻り待っていれば、そのうち狸擬きが迎えに来るであろう。
『……帰るのか?』
「のの、一先ずはあの川辺へ戻るの」
あの辺りは、獣たちの共用地に感じる。
けれど。
「おやの」
『……おまえら』
隣の狼男の身体が声が強張り。
いつの間にか、でもなく。
我等を遠巻きにしていた狼たちが、今はちらちらと我等を囲むように陣形を取っている。
その空気は勿論。
「好戦的であるの」
何とも、身の程知らずのうつけ者共であるではないか。
『あなたたち、やめなさい』
長の声が硬く、我でなく仲間を牽制するも。
狼たちは、じりじりと囲むように、そして更々、引く気もなさそうであり。
「長とお主以外は、我の力を見誤る、愚か者であるの」
言葉は通じねど、煽られたことくらいは察するらしい。
狼たちの殺気が露骨になり。
それでも。
「……お主等には、我の小豆すら勿体ないの」
その場で、靴と靴下を脱げば。
『おい、何をしている』
頭から困惑した声が降ってくる。
「この方が走りやすいだけの」
裸足で土と葉を蹴り、まずは、長の元へ走る。
『!?』
そこは緩やかな下り。
「ほいのっ」
動揺を越えて固まる長を飛び越える様に跳びつつ、長の背後に垂れ下がっていた蔦を片手で掴み、目に付いた大きな葉を千切り、息を吹き掛け。
真っ直ぐに向かってきた狼の顔に向けて飛ばせば、
「ガッ……!?」
意志を持った葉は、狼の両目にぺたりと貼り付く。
おとなしくしていればいいものの、視界を奪われた狼は、混乱して走り回り、近くにいた狼に激突。
我はぶら下がっていた蔦から手を離し、飛び降りつつ斜面を駆け降り、木の枝を掴んで折れば、振り向きがてらまた一番近い狼の、頭のギリギリを擦るように投げる。
毛を擦り地肌まで擦ったか、
「キャインッ!」
と情けない声を上げ。
続いて走ってきた狼には、
「よいの、そのままこちらへ来るの」
両手を広げて迎えつつ。
「!!」
直前で、口を開いたその横っ面を、その場で飛び上がるように身体を捻りつつ片足で蹴り飛ばす。
「グゥゥ……ッ!!」
吹っ飛びつつ軽く脳震盪を起こした様子だけれど、手加減はしたし死にはしないであろう。
我は先刻ぶら下がったものより細い蔦を見掛け引っ張り千切り、思い切り蔦に歯を立ててから、雑に唾液をまぶし。
「頼むの」
夫婦か相棒か。
仲良くこちらに走ってきた2頭に投げつければ、蔦はまこと気持ち良く、2頭の胴体を纏めるように絡み付き、
「キャウンッ!!」
「バゥンッ!!」
2頭は思わぬ接触に混乱し、その場でくるくる回りだす。
「くふふっ、我の力を甘く見てはならぬの」
髪を靡かせながら獣道を走り、低い位置から伸びる木の枝に足を掛け、細く長い枝を根本から折り。
両手に握った手の平に力を込め、葉先にまで力を伝える。
木から飛び降りつつ、我を見上げ唸る狼に、
「弱い狼程良く吠える、であるの」
数えきれぬ程の葉の部分でよいしょのと狼を薙ぎ払えば。
「……ギャウゥゥゥンッ!!」
気持ちいい程に、狼が山を高く飛んで行く。
落ちた先はやわこい土の上であるから、まぁ大丈夫であろう。
そして。
見事もののあわれ、悲惨な姿になった仲間を見て、あからさまに怯む残りの狼たちに、
「どうしたのの、もう終わりかの?」
髪を背中に払って見せれば。
『頼む、待ってくれ!!』
おやの。
狼男が追いかけてきた。
『やめてくれ、お願いだっ』
獣道に立つ我の目の前で、切実な眼差しを向けながら懇願してきた狼男は。
(ふぬ)
何とも。
「……お主は、人と狼の、“いいとこどり”であるの」
身体の逞しさは無論、狼の精悍さと意思の強さを備え、口を開けばちらりと見える犬歯も魅力の1つになり、多くの人の女たちの興味を引くであろう顔立ち。
残念ながら、我にはその魅了は効かぬけれど。
「……お主も、邪魔をするのの?」
その今は酷く切羽詰まった顔と声に、唇を尖らせて見せれば。
『すまない。皆、長を大事にしている、長が君を警戒したため、長を守ろうとしているだけなんだ』
切実かつ真摯に告げられれば。
「まぁ、獣であるしの、単細胞は仕方ないの」
『……』
単細胞の意味は解らずとも、我の表情で何やらを察したのか、
『俺だけの謝罪では収まらないかもしれないけれど……』
胸に手を当てられ、地面に片膝を付かれた。
おやの。
「お主は、色々なことを知っておるの」
狼たちが、そろりそろりと、狼男の背後に隠れるように寄り添い。
『知らないことだらけだ、これも、合ってるのかは解らない』
と頭を落とされ。
「とても正しいの。お主は我よりも、遥かに“人”であるの」
この狼男には、我と違い、誰かに教わるまでもなく、生まれながらにして、良心や倫理とやらが、備わっている。
『……あぁ、やっと見付けた。あなた、足も早いのね』
阿保どもに慕われる長がたたっと駆けてきた。
「足は遅いのの、長さもないしの」
『充分に早いわ』
呆れたような長は、改めて我を見ると、
『……人間の、人の子を模している、でいいのかしら?』
禍々しさの奥底から、我の姿が見えてきた様子。
「感覚では、幼子が元で、この力は後付けであるの」
『そんな事が可能なのね』
長は我の頭のてっぺんから、土で汚れた足先まで改めて眺めると、
『……私の仲間たちを殺さないでくれてありがとう』
ぺたりと尻を付いて礼を述べてくれた。
それを見た狼たちも、しおりと頭を尻尾を落とす。
長から見れば、我は山すらを死に貶める様であるから、その我に喧嘩を売った仲間が生きている事実が、奇跡に近いのであろう。
「なんの。いきなりお主等の縄張りに乱入したのは我であるからの」
我もお姉さんである故、
「我も大人げなかったの」
持っていた木の枝を放ると、あからさまな安堵の気配が、他の狼からも伝わる。
『あなたはどうして、そんな恐ろしい何かを纏っているの?』
と聞かれても。
『それは我も知りたいことのの』
我は濁流に飲み込まれた末、今は従獣の迎えを待っている、そんなことを話ながら、倒れた狼たちの元へ向かい。
葉で目隠しをした狼は自力で葉を剥がしていたものの。
枝で頭の毛を削られた狼は少し頭部が剥げ、回し蹴りで脳震盪を起こしていた狼は目を覚まし、蔦で巻かれた狼は、狼男が蔦を解いてやり。
大きく空を飛んだ狼も、よたよたと戻ってきた。
我は、靴と靴下を脱いだ場所まで戻ると。
「♪」
「おやの?」
小さな蝙蝠が、靴の前で待っていた。




