19粒目
「あ、来た来た!遅かったねぇ!」
上目遣いでまた来てねと男の客に投げキッスをしている若い女は、単体で見ると、気取らぬ格好をしていても尚、夜の仕事かと思う。
今日も弾けるような胸の谷間を見せ付け、ぴちりとしたパンツ姿も女では珍しい。
街は2日目。
村のチーズケーキの店でメモを渡された、薬屋の若い女の仕事場へ向かってみれば。
少し名残惜しそうにしている客の存在などなかったかの様に、
「待ってたよー!」
我等の姿に、大きく手を振ってきた。
「先生はまだ寝てるんだけどね」
先生とな。
「私の先生、このお店の店主」
店構えは大きくはないけれど、立地はいい。
ではこの若い女は助手であるか。
「入って入って」
動物の何やらをと薬にと聞いていたけれど、店内の壁を埋めるような棚には、小瓶に入った粉や乾燥した草も多い。
剥き出しの骨や、毛皮も飾られている。
その割に臭いは強くなく、清潔さやほんのりと感じる建物の気配から、この店の店主は女だと知る。
「狭くてごめんねぇ、大勢で来る店でもないから、広さより立地優先で選んだんだって」
奥が薬を調合する部屋で、2、3階が倉庫と住居を兼ねていると。
「あ、ご飯食べた?私これからなんだ、付き合ってくれない?」
店はいいのか。
「お昼休みの札掛けとくから平気」
ここ美味しいよと、少し歩いた先、薬屋の3倍程の大きさのある観音扉の食堂は、昼を過ぎてもそこそこの賑わい。
この街はいつもこんなに人が多いのかと問えば。
薬屋のこの助手曰く、普段より少し賑やからしい。
「一月後に、お祭りがあるの」
何かのめでたい祭りとか何とか。
狸擬きが、机の上のメニューをじーっと吟味して、助手の話を話半分にしか聞いていないため、肝心な祭りの名目は曖昧。
「余所から仕事で来る人も多いよ」
宿が埋まるため早めに来てしまうのだと。
「いらっしゃーい。あれ、えーと、はじめましてですね?」
薬屋の助手より若い娘が、エプロン姿でニコニコやってきた。
助手とは顔馴染みらしく、仲良く両手を合わせてから、我等には愛想良くぺこりと頭を下げ。
「この店の看板娘を気取ってます」
と、どうやらノリは良さそうは娘である。
ランチはどれもおすすめですと笑ったかに思えば、新たに入ってきた他の客の姿に、
「そっちの窓際のお席にどうぞー!」
元気良く席を案内している。
我等と入れ違いに客が減って行き、運ばれてきた豚の揚げ焼きを食べていると。
「あのーですね」
他の席の皿を回収した娘が、通りすがりに足を止め。
「?」
「旅人さんたちも、もしお仕事を探している様でしたら、今は街は仕事は選び放題です、うちでも歓迎してるんです」
娘の視線は特に狼男へ。
おやの。
人手の必要な祭りの時期にやってきて、旅の資金を稼ぐ者も少なくないよと助手が教えてくれる。
(ふぬ)
旅の資金はともかく。
色々な職場を体験して見るのもありやもしれぬ。
「お主」
『なんだ?』
「ここで働くの」
提案してみれば。
『……んなっ!?』
椅子から軽く飛び上がる狼男。
男は肩を竦めるだけ。
もう少し驚けばいいものを。
狸擬きは、フンフンと豚肉に夢中。
『いや、あまりに急ではないか?その、働くつもりではいたけれど……』
ふぬ。
あまりに突飛な提案であったか。
それもそうの。
では。
「不安ならこやつを付けるの」
狸擬きを指差せば。
「フンッ!?」
突如自身にも白羽の矢の立った狸擬きも、椅子から飛び上がるも。
『えっ!?……あ、ああ、ええと、だ、大丈夫だ……。その、気持ちだけ受けとる……』
狼男が、狸擬きから気まずそうに目を逸らし。
「フンッ!?」
何だと何だと!わたくしめより頼りになる者などそうそういないと言うのになぜ断る、なぜ目を逸らす!!と椅子の上に4つ足で立ち、地団駄を踏む狸擬き。
店の若い娘は、言葉は通じずとも、場の空気を読み取り、ニコニコとその場で振り返ると。
「店長ぉー!働き手確保しましたー!」
声を上げ、厨房からは、良くやった的な声が聞こえてきた。
そう、あれよあれよと話が決まり。
『本当にいいのか、俺が働けば、キミたちの旅を足留めをしてしまう』
狼男は、自身が働くことよりも、そちらを気にしての躊躇もあった様子。
「なんの。急ぐ旅でなし、駆け足では見えぬものも多いの」
きっとあの娘が、手取り足取り懇切丁寧に教えてくれるであろう。
突如働くことになったことに付いては、
『人の世界での経験が欲しいから、俺などでいいなら働かせてもらいたい』
と、むしろ積極的な程。
ふぬふぬ。
では。
「我等はどうしようかの」
「そうだな」
とりあえず、寝床を変えようかと、薬屋の助手に貰ったメモを頼りに、街の橋から外れた西側へ向かえば。
お宿が建ち並ぶ1角。
少し離れた所には大きな厩舎もあり、旅人用の水場付きの小さな宿も多いと。
そして水場付きの宿は埋まりやすいと言うため、そのまま宿の1室を借りてしまい、お高い宿から引き上げ。
ちんまりとした宿にお引っ越しである。
それでも水場と寝室の2部屋で、村で宿泊していたお宿よりは大きい。
『宿も色々だな』
そう言えばどの宿も、狼男でも足が出ないくらいベッドは大きい。
土地が変われば、狼男が窮屈そうに身体を屈めて眠る姿も見られるかもしれない。
翌日。
食堂まで狼男を送り届け。
娘に預け、昼を少し過ぎた辺りに迎えに来ると手を振り、我等は街を歩き、橋の方まで歩いてみる。
橋の近くは土産物屋も多く、絵描きもチラホラ。
「フーン」
喉が乾きましたと狸擬き。
適当な茶屋へ入ると、狼男がいないことに違和感を覚える。
「彼は疲れているだろうから、食材だけ買っておこうか」
「そうの」
狼男の好きなものは。
「肉かの」
「肉だな」
「フーン♪」
賛成ですと狸擬き。
慣れない街で食材を探し、足りない調味料を買い足し、酒屋の前で足を止める狸擬きの毛を引っ張っていたら、あっという間に狼男を迎えに行くのによさげな時間が過ぎていた。
客は引いた食堂の扉を開くなり。
娘が我等に気付くなり。
「彼から聞いたよ!あなたたちも料理も出来るって!」
挨拶もなくぐいぐい来られた。
(ぬぬ?)
狼男の方は。
「覚え早いし、耳がいいから騒がしい時でもすぐに動いてくれて、すっごい助かる!」
とのこと。
優秀な様子。
今は、奥で着替えていると。
「でさ、厨房なんだけど、1人産休に入っちゃう人がいてね?」
褄先立ちで男の顔を見上げる娘。
「う……」
『あぁ、来てくれたのか』
嬉しそうにやってきた狼男は、
『キミたちが居てくれれば、安心する』
と。
働くのは楽しいけれど、やはり獣人であり、人の世界を知らないため、何かあった時に対処出来ず1人では不安があると。
(ふぬ)
世話を頼まれて突き放し過ぎも良くない。
「我は良いけれどの」
「君がいいなら」
男も同じ考えと見た。
「フーン」
どうでもいいと狸擬き。
明日からお願いしまーすと元気な看板娘に見送られ、薬屋へ向かうと。
「わー来た来た、赤ちゃん♪」
小さな鐘の付いた扉の音で、奥から出てきた助手が、手を拭きながらやってきたけれど。
赤ちゃん。
我の事か。
「目が赤いから赤ちゃん」
ののん。
赤ちゃんは、さすがに我でも躊躇する。
我は幼子であり、赤子ではなし。
「じゃあチビちゃん?」
の。
狼男だけでなく、男もあの店で働くと話せば、
「へー!ならチビちゃんはうちに来なよ!」
思わぬ提案を受けた。
のの?
「あそこ、お店だけで目一杯で休憩所も厨房の片隅か外の裏路地だけでしょ」
詳しいの。
「チビちゃんをそんな所に置いとく位なら、うちで一緒に店番してた方がいいでしょー」
我は構わぬけれど。
「チビちゃんと一緒♪」
とはしゃぐ若い女に、男はこれ以上ないくらい苦い顔をしている。
狼男は静観。
「フーン」
狭い厨房の一角で待たされるより、こちらの方がましですと狸擬き。
けれど。
そもそも預かる云々ではなく。
「の、我は大人しく貸し宿で留守番をしていれば良いのではないのの?」
宿無しでもないのだ。
「いや、それが……」
男が苦い顔をするだけで、この助手の提案を無下に断れない理由。
この国は、子供を1人にさせてはいけない決まりがあり、我の様な幼子は旅人でも、この国に街にいる限り適用されると。
「のん、また随分と過保護の」
理由は犯罪などでなく。
「この土地の人間の性質なのか、やたらと外へ飛び出したがるのよね」
靴屋の弟子を思い出す。
「大人はともかく子供もね、気付いたら旅人の馬車の荷台に隠れていたとか、お使いのふりして乗り合い馬車に乗って街を出ちゃったり」
ふぬ。
「それで幸せならいいのよ。でも親は勿論悲しむし、子供だから不幸な事故に遭うことも少なくなくて……」
人の多さと賑やかさに翻弄されていたけれど、少々おかしな癖のある街であるらしい。
「託児所は勿論あるけどさ。チビちゃん、託児所で大丈夫?」
懸念した目線で問われ、
(そうの)
「託児所は遠慮したいのの」
男を見上げれば。
「う……」
男は詰まり。
そして渋々、お願いします、と折れ。
「やったー!」
と両手を上げる助手。
狸擬きがスンと鼻を慣らし、
「?」
と思えば奥の扉が開き。
「えー……あらあら……お客様かしらぁ?」
店に現れたのは。
まず何より、腰まである長さの濃い茶色の髪が目に留まる。
緩いうねりは艶が美しく、薄茶色の瞳とよく馴染んでいる。
女の背は高く、細面の顔に均等の取れた身体、柔らかそうなニットにスカートは足首まで。
「あ、先生、この人たちですよ、例の変わった旅人さんたち」
変わった、は否定も出来ない。
挨拶の後に、我を預かると決めたと助手の決定後の報告にも、
「えー……あらぁ、大歓迎よ♪」
元々目尻の下がっている店主がおっとり微笑めば、更に目尻も下がり。
その店主の許可を貰い、
「やったー!可愛い娘が出来たよー、家族♪チビちゃんはもう、うちの子ー!」
(ぬぬん)
こう、この助手は、いちいち我の男の癇に触る、掠る様な言い方をする。
それが決してわざとではない、とも言い切れないため、男の作り笑顔でも、尚ピリピリした空気に。
半獣のくせに、この中では一番人のいい狼男が1人、そわそわ落ち着かなさそうで、少々気の毒になる。
「えー……、あななたちは、どちらからいらしたの?」
海を越えた先の土地からと伝えると、遠い場所から来たことだけは伝わった。
次の日から。
「フンフン。……フーン」
「の、こっちの方が草の質が良いそうの」
2つ並べられた乾燥した草。
1つを指差せば、
「ひゃーありがとう、見た目だと全く解らないから助かる」
乾燥した葉を比べていた助手が、ご機嫌で草をすり鉢に落とす。
売場の奥の部屋。
調合部屋。
こちらも壁を埋める棚だけでなく、壺や樽なども置かれ雑然としているけれど、掃除は丁寧になされている。
真ん中には古い色んなものが溢された跡のあるテーブルに、背凭れのない椅子が2つ。
椅子によじ登り眺めていると、
「チビちゃんもやる?」
「の」
やりたいと両手を伸ばせば、
「あーん、可愛いぃ♪」
全身で悶えている。
こやつは子供が好きなのか。
店の扉が開く音がし、大きなすり鉢から手を離し、椅子から飛び降りて店舗へ出ると、
(おやの)
若い男が、花束を持って立っていた。
我の後ろから付いてきた助手が、
「姉さんならまだ寝てるよー?」
なんだ客じゃないのかと、雑な声になるも。
「い、いえ、これは、魅力的なあなたに」
カチコチとした若い男の言葉に。
初めて、
「え、誰だっけ……?」
と言わんばかりに若い男を上から下まで眺め。
「あ、ガラス屋の倅だ」
「そうです、そうです」
こくこくとガラス屋の倅は頷くけれど、やっと我に気付き。
「……」
少しばかり。
そう、ほんの僅かに、右足が引いた。
助手に気付かれない程度に。
狸擬きがスンと鼻を鳴らす。
「あーうん、えっと、ありがと」
花を受け取った助手は、
「これ、薬の材料にしていい?」
困った顔で花弁を摘まむも。
「も、も、勿論です」
いいのか。
そもそも、助手からのやんわりとした断り文句だと気付いていないのか。
「受け取って貰えて嬉しいです」
(ののん)
気付いていない様子。
助手もさすがに困った顔で笑い、
「ありがと」
仕事中だからと踵を返すと、引き留めようとした若い男は、しかし我と目が合うと、ギクリと動きを止めた。
(なんの……)
そして、ただ怯んだ顔でぺこりと頭を下げて出て行き、我は若い男が出ていった扉を眺めていると。
「フーン」
主様を無条件に可愛いと崇拝するこの店の女や、いつかの蛇男の様な人間もいれば、奥底の部分で主様を、恐怖の対象として感じる人間もおりますと狸擬き。
「本能的な部分かの」
「フーン」
主様のその見た目もでごさいますと狸擬き。
(のの)
一風変わってることは自覚しているけれど。
それにしてもである。
「あやつは肝っ玉が小さすぎて、この店の女たちには到底相応しくないの」
「フン」
それには同意しますと狸擬き。
その助手の話では、
「先生のねぇ、あのミステリアスな感じが人気なんだよ」
とのこと。
日中店にはいない店主には、なかなか会えない希少さも、男たちが惹かれる理由の1つらしい。
この助手もなかなかではと思うけれど。
「先生と比べると全然」
大袈裟にかぶりを振り。
本人曰く、全然な理由はすぐに判明する。
「女の子が正義」
と。
ののん。
こやつ、黒子と同類か。




