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18/29

18粒目

荷を積みつつ、新婚旅行前に仕事を終わらせなきゃと手を振って帰って行った弟子の話を聞かせると、

『こじいん、とはなんだ?』

狼男が首を傾げる。

男が馬と荷台を繋げつつ説明すれば、

『……人の世界は、とても優しいな』

子供が嫌いではなさそうな狼男は、

『助け合う、のは獣の世界でも同じだけれど』

ええと、と少し考え。

『知能の高さ故か、幅がある』

幅?

「余裕かの」

『それだ、余裕だ』

ふぬ。

子が無尽蔵にポコポコ生まれないため、どこの孤児院も子は多くない。

『人は大きくなるまで時間がかかるな』

長にも苦労したと言われたと、そんな話をしながら、最後の挨拶に宿へ向かい、

男が馬車から降りて建物の中へ向かうのを待っていると。

『宿の女将や、この村の人間たちには、もう会えないのか?』

狼男に、そんな問い掛けをされた。

「の?ここまで会いにくればまた会えるの」

『あ、あぁ』

頷きつつも、何か言いたそうな顔。

ぬぬん。

「そうの。おじじおばばには、もう会えぬかもしれぬの」

寿命もある。

『そうか、そういうものなのだな』

「?」

『……この村を出る今になって、俺はやっと、“旅”と言うものを理解出来た気がする』

と胸に手を当てる。

ふぬ。

それは。

もしかしなくても。

「寂しいのの?」

問うてみれば。

『……君は、寂しくないのか?』

逆に問われた。

ふぬ。

「我は、あの男がいるからの」

おまけの狸擬きも。

口にはせずとも心を読んだのか、狸擬きがもふりと寄り添ってきた。

その背中を撫でてやれば、しかし狼男は、伏し目がちに、じっと黙ってしまったため。

「お主は、村に残るかの?」

無論、その選択も出来る。

けれど。

『……いや」

狼男はかぶりを振り。

『俺は、この心、“気持ち”と言うものが、とても弱いらしい』

情けないと困った顔で笑い、大きく息を吐き出す。

「くふふ。初めてならば、なんもおかしくないの」

むしろ、強い方なのではないか。

狼男は、それでも、しばし放つ言葉を選ぶように宙に視線を彷徨わせたのち。

じっと我を見下ろしてきた。

「?」

なんのと問えば。

『俺は、寂しさで、この山に近いこの村に残るより、君と一緒にいたいと強く思う』

おやの。

「では、先へ先へと行かねばの」

我と共に。

『あぁ』

狼男に呼応するように、ふわりと山から風が流れてきた。


人を見送る事など、それが仕事のはずの女将は、昨日に引き続き、けれど今日は元気に声を上げながら、大泣きして見送ってくれた。

師匠の店まで向かうと、

「……おぉ、なんだ、……ふん、もう出発か……」

新妻に搾り取られているであろうに、案外やつれてもいない師匠が、腰も軽く建物から出てきた。

狼男が、大変に世話になったと礼を伝えると、

「……いや、俺も、珍しくも貴重な仕事を出来た……」

自分に任せてくれたことを感謝すると。

なんの。

この師匠から礼とは。

季節外れの雪でも降るのか。

訝しむ我と、我の真似をして半目になる狸擬きに気付くと、師匠は、今日も喉の奥を鳴らすような独特の笑い方をして、

「俺の弟子が、いや、嫁が世話になった」

屈むと、我に片手を伸ばしてきた。

「のん、そうでもないの」

固く温い手。

とても柔らかく包まれ、

「大きくなったあんたの靴も、また嫁に作らせてやってくれ」

と、頼まれたけれど。

「……の」

それには、曖昧に頷くくらいしか出来ない。

盛大な見送りは好まないと、雑貨屋のおばばを始め、あまり話してくれるなと口止めしたせいか。

それでも、

「あら、お出かけ?え、出発!?」

物置や小屋の掃除を請け負った村の人間とすれ違えば、

「待って待って、……これね、せめてお礼よっ」

菓子やらなにやらを渡され。

我の膝にも狼男の膝の上も満員御礼の量の菓子やら果物やらが積み上げられ。

なんだかんだ声を掛けられ手を振りつつ村を抜けると、すぐに街、ではなく、煙草畑に果樹園が続き。

それすらもなくなれば。

左手にはなだらかな平地、右手には、まだ山が近い。

村から充分に距離を取ると、男が路肩に馬車を停めた。

それは村を出る前に、しばらくは会えなくなりそうな長に狼男が挨拶をしてくるため。

狸擬きも、途中まで付き合うと、1人と1匹、仲良く山の方へ駆けて行き。

我と男は、荷台に上がり、留守番。

「……2人きりは久しぶりだ」

「そうの」

男が、我を膝に抱き上げて、我のこめかみに目尻に唇を寄せてくる。

「くすぐったいの」

クスクス笑い、

「お返しの」

我も男の目尻に唇を寄せ。

指先で唇をなぞれば、その指を口の中に含まれた。

「のん……」

互いの唾液を指を介して与えていると、

「……」

男が、強く我の身体を抱き締めて来た。

「……の?」

我が顔を上げても動かず、男は、しばし耐えるように息を吐き出した後。

「俺は、君が可愛くて仕方ない」

ふぬ。

この身を持って知っているつもりだけれど。

「……別の意味でも、だ」

(ぬ……?)

どのような意味であろう。

言葉を待てど、しかし、男はそれ以上何を言うことはなく。

「……」

黙って男の呼吸を、体温を感じていると、街の方角から馬車の音。

男が気付くまでは口に出さずにいると、けれど徐々に近付いてきた車輪の音に、男がしぶしぶと我を膝から降ろし、荷台から降りて行く。

「こんな所でどうした?」

と不思議そうに訊ねられている様子。

男は、

「山のスケッチをしている」

と適当に誤魔化し、手を振り。

人通りの少なくない道、いちいち荷台から降りるのは億劫なくらいに荷馬車の行き来は多く、男は誤魔化しのつもりが、本当にスケッチをしつつ、通り過ぎる行商人や旅人に挨拶し、我は荷台で、ぼんやりと仰向けになり、1人と1匹が戻るまで、ぼんやりと荷台を覆う幌を見上げていた。

そう。

男の言葉の真意を、探りながら。


ーーー2ーーー


『建物が高い……人が、物凄く多いな……』

「の、わりと立派な街であるの」

早々と人酔いした狼男を案じ、男が越えた橋から見えた宿へ馬車を進めると、門番のいる立派なお宿。

「ご宿泊ですか?」

「部屋が空いていれば1部屋借りたいのですが」

「今はお祭りの時期からはまだ外れていますから、空室もございます」

馬車はこちらで移動させますと、にこやかに歓迎された。

荷台から取り急ぎの荷を取り出すと、石畳の階段を上がる。

どうやら、橋が見える事も売りの、少しばかり値の張る、主に新婚旅行などで使われる宿の様子。

大きな扉の内側、広間も大きく豪奢であり。

『おぉ……』

圧倒された狼男は人酔いも忘れ、建物を見回している。

橋の描かれた絵画の掛けられた階段を上がり、部屋へ通されれば。

『広いなっ!?』

「そうの」

村のお宿はベッドもキチキチであったからの。

部屋の壁に飾られた飾り布も、橋の刺繍がなされている。

『ここは、このまま座っていいのか?』

ソファにはしゃぐ狼男。

「平気の」

こちらも広いテラスへ出れば、またも大はしゃぎするかに思えた狼男は。

『……う』

途端に顔色が悪くなる。

どうやら建造物と道を歩く人々の姿に、再び酔った様子。

『うぅ……なんだこれは』

服を脱がせベッドに寝かせれば。

『……あの知恵熱、とはまた違う身体の不快さを感じる』

「そうの、たまあとはまた別物の」

これも慣れるまでの我慢である。

耳が良すぎる事も、今は悪い方へ作用しているのであろう。

村で多少人には慣れさせたけれど、人の数、密集しつつ大きな建物、高さ。

全てが桁違いである。

部屋をテラスをうろうろしていた狸擬きは、一通りの偵察が終わり満足したのか、

「フーン」

そろそろおやつの時間ではと、マイペース極まりない。

「仲間が寝込んでいるのの」

「フーン」

食べれば元気になりますと。

「それはお主だけの」

鞄から飴を取り出し口に放り込んでやれば、

「♪」

噛まずに大事に舐めている。

狼男が、自分はしばらく横になっていれば大丈夫だと緩く手を振り。

男が、じゃあ自分は先に街の方を見てこようと、留守番を頼まれ承知すると、

「フーン」

なんと、狸擬きも男に付いていくと。

「んん?ご主人様に付いていなくていいのか?」

男も驚いている。

「フーン」

弟分がいると狸擬き。

その弟分が寝込んでいるのだけれど。

まぁ、我は少しばかり強くはあるからの。

狸擬きは、来る途中に見掛けた屋台の食べ物でも男にねだりたいのであろう。

馬車でも振り返ってすら眺めていたし。

我は大丈夫のと、男と狸擬きを見送り。

狼男の横たわる大きなベッドに、

「んしょの」

よじ登り、額に手を当ててやれば。

『……小さい手だな』

口許に小さな笑みが浮かぶ。

「の、我は小さいからの」

狼男の手が重なり、そのままじっとしていると。

『……ずっと、気になっていることがある』

「ふぬ?」

なんであるか。

『……ほんの僅かに、あの彼から、君を感じる時がある』

ほうほう。

獣の勘であるか。

「そうの」

『……なぜだ……?』

なぜ。

それは、

「あやつには、我の血を与えているからのの」

『血……?』

狼男の身体がギクリと強張る。

「そうの」

『……どうやって?』

そんなもの。

「直接の」

『なぜ……そんな事を……?』

それは簡単な答えがある。

「あやつが望んだことであるからの」

『……彼が……?』

全く解せない様に、眉を寄せるけれど。

『……う』

人酔いに、更に理解不能な人の行動に、処理が追い付かないのであろう。

きつく眉を寄せ、辛そうに息を吐き出す。

「……お主は、少し眠るのの」

『……』

何か言いたそうな狼男は、しかし目も開けていられない様子。

そう待つことなく、額で重ねていて手が落ち、辛そうな呼吸も、一定になるまで狼男を見つめてから、我はベッドから飛び降りると、1人テラスに出た。


角の部屋からは、橋だけでなく街中も見渡せる。

テラスの手摺によじ登り、柵の上に足を放るように腰掛け。

じっと目を凝らして集中して気配を探ると、大通りを歩く男と狸擬きの後ろ姿。

先に気付いたのは狸擬きで、こちらを振り返り、我に気付くと、

「~♪」

と尻尾をくるくる回す。

男もこちらを振り返り、我の姿に、手摺に腰を下ろす我にギクリと固まるも、仕方なさそうに手を振ってきた。

そんな男と狸擬きに手を振り返し、

「大変に発展した街の……」

街を歩く人間は、フリンジと思われる飾りの付いた羽織物やゆったりした服を纏う人間が多い。

世話になった村の村人たちの様な、ごく簡素な服を着ているものも珍しくない。

色もベージュが多いかと思えば、驚く程鮮やかな赤色の上着を羽織る者もおり、ひたすら人が多く、旅人との区別も付きにくい。

橋の見える方へ視線を移せば、真ん中の橋にやはり人が多く、早々と外灯に梯子を掛けて灯りを点ける者がいる。

靴屋の師匠は、一体あそこで、弟子にどんな愛の告白をしたのか。

こんな我のことを、まさか可愛いとすら思ってくれていた様であるし、次に会った時には、彼等自身の子供か養子かは知らぬけれど、目に入れても痛くない程に子供を可愛がる姿が見られるであろう。

2人は、海を見ると言った。

男が手に入れた大きな地図では、ここから、西へ向かうと海がまだ近いらしい。

「彼に海を見せるためにも、俺たちも海を目指して見ようか」

「の」

男とはそんな話をした。

先の海は、どんな海なのであろうか。

大きな川を眺めていると、流れの緩い浅い川が少し恋しくなる。


男と、男にお目当ての屋台で肉を買い与えられ満足そうに戻ってきた狸擬きが買ってきてくれた、土産のビスケットを摘まんでいると。

間もなく目を覚ました狼男は、一眠りしたお陰か。

「もう大丈夫だ」

と復活は早く。

夕食の前に、宿の近くの服屋で、狼男に、宿のレストランで食事をするのに必要だからと伝え、狼男の三つ揃いを見繕った。

街の人間も大柄なため、サイズには事欠かない。

「どれも似合うの」

『そ、そうか?』

スーツに合わせたリボンも買い与え、髪を後ろで結んでやるも。

『……雑な動きが出来ない』

「くふふ、そういうものの」

宿のレストランでは、男があらかじめ、彼はあまりこういう場での食事に慣れていないと伝えると、給仕の人間が、丁寧に狼男に席での作法を教えてくれながら料理を運んでくれる。

『君の従獣は凄いな』

蝶ネクタイを付け、スンと澄ました顔でフォークとナイフを使いこなす狸擬きを、改めてまじまじと眺めている。

「確かに、食に関しての物覚えば良いの」

「あぁ、食べることに関しては間違いないな」

「フーン♪……フン?」

何か含みのあるような?

と首を傾げた狸擬きは、けれどおかわりのワインを注がれ、

「フンフン♪」

ご機嫌に鼻を鳴らす。

きちりとした場所できちりとした格好での食事は。

『美味しかったけれど』

けれど?

『人は、大変だな……』

些か疲れた顔の狼男。

「これも慣れの。こういう場は後にお主も利用することがあるであろうし、喜ぶ相手も多いの」

『君もか』

我であるか。

「そうの。我に対し、自身への窮屈さを我慢し、時間と手間とお金を掛けてもらうのは、悪い気分ではないの」

『……そうか』

真剣に頷く狼男。

それに。

『ん?』

部屋に戻った途端。

「今のお主や、我の男の様に、ほれの、そうやってネクタイを弛める姿を、我は好むの」

ぬふん♪と笑って見せれば。

『か、変わっているな』

「のん、その仕草を好む女は珍しくないの」

そう、嗜好と言うものの。

『……そ、そうなのか』

狼男の理解不能と言った顔。

男は苦笑いでソファに腰掛け、煙草に火を点けた。



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