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17/27

17粒目

翌日は昼過ぎから雨が降り出し。

雨足は徐々に強くなり、風まで出てきた。

この雨風は数日続き、それが終わると、この辺りは春の終わり、早い初夏の始まりになり、気持ちのよい気候が続くと女将。

(山を越えるだけでここまで違うかの)

雨で外には出られず、宿で女将の繕い物を手伝うと、

「あんたは何でも出来るね!?」

感心されたけれど、長旅の賜物である。

狼男は、隣で宿にある本を広げ、真剣に文字を追い、

「フーン」

雨の日は眠いのです、おやつの時間に起こしてくださいと部屋で惰眠を貪る狸。

男は日記を書き終えてからは、我や狼男、女将のスケッチ。

翌日の午後は、我も男に寝かし付けられ昼寝をし。

「フーン……」

目を覚ました狸擬きに、お腹が空きましたと起こされた。

変わらずやまぬ雨の中。

厨房を借り、パンを焼けば。

「へぇ!?これも軽くて食べやすくていいじゃない!」

この土地のみっちりもっちりのパンではないけれど、我等の作るサンドイッチも、そこそこに好評であり。

旅人も出先で足留めをされるため、宿に客も少なく。

刺繍をしたり、繕い方を狼男に教えたり。

やっと雨のやんだ数日後の昼前。

まだ晴れ間は見えぬ中、弟子の店へ向かうと。

「……ふぁ!?」

ぼんやりと椅子に座っていた弟子が飛び上がった。

「え?え?」

寝ていたのか、キョロキョロ建物の中を見回し。

(なんぞ)

「……あ、あれっ?もう仮合わせの日だっけ!?」

そうの。

「うわごめん、待って待って!」

とバタバタ動き出す。

なんとも。

どうにも、ぼんやり心ここにあらずな様子で迎えてくれた。

「ええっとぉ、ちょっと待ってねっ」

部屋を無駄に彷徨(うろつ)く弟子に、

「これでは?」

男が目敏く手前の棚を指差し、

「それそれ!あー良かった、無意識に仕事してたわ」

はーっと大きく胸を撫で下ろす弟子。

「凄いわ私。あ、黒ちゃんはこっちで足を見せてね」

黒ちゃん。

狸擬きだけでなく、我もなかなかに色々な名で呼ばれるの。

「ええとね、踵にさ、リボン付けたいんだけど?」

「いいですね」

我でなく男が即答する。

呆けているように見えても、仕事はしっかりとこなしている様子。

我の足に靴を履かせながら、

「ね」

「?」

「こっちから出向くからさ、黒ちゃんの持ってる他の靴も見せてくれない?」

良いけれど。

ぼんやりしていても、仕事熱心なのは変わらず。

ただ。

何か。

こう。

……色が。

目には見えずとも。

「の」

「ん?」

「師匠と何かあったのの?」

男伝に問えば。

「はっはぁ!?……べべべ別に何も……、ですけど?」

ギクリと身体を強張らせ、瞳はあからさまに泳いでいる。

なんの。

我等の前でも、あれだけ恥も知らずにぐいぐい迫ってた癖に、すっとぼけると申すか。

それでも。

「な、何もないですよぅ!」

どうやら、申すらしい。

けれど。

この弟子的には、これでもすっとぼけているつもりらしいけれど、顔は勿論、耳、手の甲まで赤く染めて、丸分かりである。

我等の無言と視線に。

「だ、だってさっ!」

声を上げる弟子。

なんであるか。

「ほらぁ、色々さぁ!段階とか、順序も順番もあると思ってたからぁ!」

ふぬ。

「いきなりプロポーズされて!プロポーズだけでなく、その日に最後までなんて、思ってもなかったのっ!!」

部屋中に響く声を上げられた。

(ほほぅ)

あの腑抜け、ではなく師匠も、やる時はやるではないか。

あの(あと)

この弟子は、子供たちをなだめすかして追い払い、着替えていたら。

妙に気取った姿で、更に貸し馬車に乗ってきた師匠に、街の方まで連れて行かれ、何だか洒落たレストランで食事の後に、橋の上まで散歩、そこでプロポーズされ、街の、大層いい宿へ泊まったのだと。

「……わ、私たちのね、子供のことを考えたら、あんまり、もたもたしてもいられんなって言われて……」

両手で顔を覆う弟子は、頭皮まで赤くしておる。

何とも。

「大変にめでたいの」

結婚式などはあるのであろうか。

「村で小さいのがね」

では、お祝いとして靴の報酬は弾ませてもらいますと男が控え目に手を叩けば。

それに対し、

「やったー!」

と喜ぶかと思えた弟子は。

「わ、悪いですよぅ……」

もじもじと指を絡め、そのまま上の空になる。

(ののぅ)

人はここまで変わるのか。

「新婚旅行は行くのの?」

男伝の我の問いに、

「ふあっ!?」

新婚旅行!?

と再びその場で飛び上がるけれど。

「……んんん。旅行は仕事があるからちょっと難しいかなぁ、両親に挨拶が、旅行代わりかなぁ……?」

そういうものであるか。

繁盛しているもの良し悪しであるの。

退屈そうにしていた狸擬きが、耳をぴくりとさせ、扉の方に鼻先を向ける。

おや、客であるかと思えば。

「……おい、邪魔するぞ……、あぁ、客か。いや、なんだ、あんたらか……」

「ひぁっ!?」

師匠の姿に椅子から飛び上がる弟子。

「……おい、旦那になる男に向かって、悲鳴を上げるな……」

不服そうに、近い未来の旦那が溜め息を吐くけれど。

「だ、だってぇ……」

数日前までの、あの威勢の良さはどこへ行ったの弟子に、師匠もさすがに苦笑いになる。

「……新しい少し仕事は()めた……お前も合わせろ……」

と煙草を咥える。

「へっ?」

「……お前の両親に挨拶したら……そのまま、なんだ、その、旅行へ行くからな……」

もごもごと口髭をなぞり。

「ふぇあ!?」

どうやら、師匠の方は新婚旅行へは行くつもりらしい。

「どちらまで行かれるのですか?」

男が穏やかに問いながら、我を抱き上げてきた。

「……でかい川とか湖とか聞く、うみ、とか言うのを見てみたい……」

海であるか。

「う、海!?すごい遠いって聞いてますよ!?」

「……あぁ、らしいな……」

「そんな所まで行ったら、お、お金なくなっちゃいますよぉ!!」

無理無理っ!と弟子は大きく手を振るけれど。

「……また、稼げばいい。……俺と、唯一の弟子のお前の腕なら、何の問題もない……」

ののん。

御馳走様であるの。

にーまにましていると、弟子は。

「……し、し」

し?

「し、師匠ぉぉぉ……っ」

ぶわっと涙を溢し始めたと思ったら、師匠の胸に飛び込んだ。

「……お、おい……っ!……客の前で……っ!」

「だ、だって……だってぇ……」

師匠にしがみつき、嬉しいよぉとわんわん泣き出す弟子に。

「こら……だから……っ……まだ客が……っ」

と言いつつも、幼妻を邪険に出来ない腕が泳ぐ師匠でもあり。

どうやらどうにもお邪魔虫な我等は、にまにまとしたまま退散することにし。

「春であるの」

雨の止んだ村を歩く。

『?……季節の春とは、違うのか?』

「めでたい事を春と言うの」

『春』

「そうの」

『春か。うん、あぁ、解る気がする』

今はもう爽やかな新緑の香りに、うんと頷く狼男。

『いい言葉だ』


村で声を掛けられては、掃除を請け負い。

報酬は小遣い程度のものだけれど、

「狭いけどお風呂どうぞ」

「お湯を溜めておいたよ」

風呂を所望してると周知され、有り難く使わせて貰い。

不満そうなのは、連日石鹸で毛を洗われる狸擬き。

そして、たまにでもなく。

『余計な手間をかけさせて済まない』

「ぜ、全然です。小屋の修理とお掃除、本当に助かりました」

狼男は、片付けを手伝った家の若い娘に髪を乾かして貰ったり。

娘の頬はほんわり染まっているものの、狼男はその辺りの機微には、まだ気付かない。

それは狼の血というより、この狼男の元々の性質と思われる。


「あ、いらっしゃーい。この間はごめんねぇ」

弟子の靴屋へ向かえば、エヘエヘと笑いながら迎えてくれた弟子は、大変に艶々しており。

この様子だと、師匠の方は、だいぶやつれているのではないか。

「黒ちゃんの靴できたよー」

「ぬぬ?」

布の敷かれたテーブルに置かれた小さな靴は、どうやって縫い付けてあるのか、貼り付けてあるのか、靴の表面には、細やかなレースがリボンが飾られていた。

「やー、作りがいあったよ」

であろうの。

履くものではなく、飾るものではないのかと思える装飾。

弟子に促され、履いてみれば、

「やっだ、私天才、可愛すぎ!」

自画自賛の弟子。

しかしなるほど、狼男の靴を作った師匠の弟子なだけある。

愛らしさは勿論、

「足にしっくり来るの」

自身の身体に誂えて作られるものは、こうも違うのか。

『凄いな、これは飾られたり、眺めるものではないか』

技術の高さに感銘を受けている狼男に。

「フーン」

花弁の多い花の様ですねと狸擬き。

狸擬きなりに褒めている様子。

大変に満足そうな男が残りの報酬を支払い、そろそろ出発するので、明日改めてご挨拶に伺いますと伝えれば。

「えっ!?もう!?」

もうでなはい。

弟子の勘違いとそれに乗った男のせいで、むしろ遅れているのだ。

「えーじゃあ黒ちゃんの靴見せて!あーこれから行きたいけど、無理だから明日朝一で行くから!」

新婚旅行のために、仕事を終わらせないといけないと忙しい様子。

雑貨屋のおばばにも挨拶しに向かうと、

「あらあらなぁに?秋までいるんじゃないの?」

夏どころか、いつの間にか秋までいると思われていた。

おばばに手を振り、先日の片付けの礼だと宿にまで肉を差し入れてくれた牛舎の方へも挨拶へ向かう途中。

(のの)

我のドレスを「変」とのたまった女児が、母親と思われる女と手を繋いで歩いている姿を見かけた。

三つ編みの先に、前回は見掛けなかった小さなリボンが揺れている。

ニコニコしながら母親に話しかけ、リボンを付けた髪先を指で摘まんでいた。

男も気付いた様だけれど、何も言わずに、代わりに、

「おいで」

手を繋ぐ我を抱き上げてきた。


世話になった村の人々に挨拶を済ませ、宿に戻り、男がそろそろ、明日にでも出発しますと女将にも伝えると。

「なんだい!?まーた唐突だねぇ!!」

とカラリと笑うに思えた女将は、

「も、もう少し、ここ居たって、いいんじゃないかい……?」

と予想外の動揺を見せ、

「出来のいい息子や可愛い孫が、一気に家から出ていっちまう気持ちだよ……」

存外に静かに泣かれてしまい、夫に慰められている始末。

「いつでも待ってるからね、いつでも帰ってくるんだよ……」

この村の女たちはどうやら泣き虫な様子。

最後だからねとビールをご馳走してもらい、

「フーン♪」

ここはいい宿ですと狸擬き。

「そうの」

酒のことを差し引いても、ほどほどに賑やかでざっくばらんとしており、細かいことは気にしない。

狼男にとっても、馴染みやすい宿であり、村であったのではないか。

隣の街は大きいと聞くけれど、いかほどのものなのか。

半日も掛からずに着くらしい。

街へ向かう前に、狼男には長へ挨拶へ行かせなくてはならない。


「おっはよー!」

雲一つない出発の朝。

泣き虫な1人、今朝は元気いっぱいの弟子が約束通り朝からやってきた。

その弟子を伴い厩舎の隣の荷台置き場へ向かうと、狼男と男が、

「いいところに来た、ちょっと荷物運ぶの手伝ってくれ」

と連れて行かれ。

我は弟子と荷台へ上がり、荷物の中からごそごそと我の靴を取り出せば。

「わーぉ、凄い、可愛いっ」

1足1足をまじまじと眺め、

「うーん、状態がいいね」

スケッチまでしている。

「閃きを感じる」

それは何より。

男2人は力仕事を請け負ってる様子で、離れていても声が聞こえてくる。

まだもう少し掛かりそうであり、弟子と並んで、荷台から膝下を落とすように座る。

しかし、この弟子は忙しいであろうに、帰らなくていいのかと思えば。

「……あのね」

足をぶらぶらさせ、我と弟子の真ん中にもさりと身体を割り込ませて来た狸擬きの背中をそっと撫でていた弟子が、ぽつりと呟いた。

「?」

「その、きっかけはね、黒ちゃんだったんだって」

恥ずかしいのを隠すかのように、弟子は唇をきゅっと噤んでいる横顔を見せている。

が。

「ぬ?」

一体なんの話であるか。

察しの悪い我が、隣の弟子を見上げたせいか。

「あの師匠がよ、私にプロポーズしてくれた事」

あぁ、そこかの。

いい年の男を煽ってやった事が、まさかの良い方に転じた様子。

我もからかった甲斐があるも言うもの。

黙ってしたり顔をして見せれば。

弟子はクスッと笑い、

「今までね、街の子供たちを見てもね、なんとも思わなかったのに、黒ちゃんが可愛くて、自分の子供なら、そ、その、私との子供ならね、もっと可愛いだろうなって思ったんだって」

(……のの?)

なんと。

狸擬きも、ちらと鼻先を上げている。

我が可愛いとな。

「口だけ達者な、ませたクソガキ」

くらいに思われているのは易々と感じていたけれど。

あのやりとりで、

「子を持ちたい」

思ったとは。

ぬぅ。

我が煽ったせいではなかった。

どうにもこうにも。

やはり。

(人とは、全く解らぬものである)

狸擬きも、鼻を鳴らさずとも、不可解極まりない顔をしている。

我等の表情に、それでもおかしそうに笑った弟子は、黙って空を見上げていたけれど。

「……あのさ、黒ちゃんは、海は見たことある?」

海。

「の」

あるのと頷けば、

「やっぱり遠くから来てるんだねぇ」

しみじみ頷かれ、

「海ってさぁ、1ヶ所じゃないんだね」

我だけでなく、狸擬きも今度こそ、

「フン?」

と鼻先を上げた。

学舎(まやびや)でも習わぬのか。

いやまさか。

「あー勉強はね、全っ然興味なくてさ」

あはっと悪びれずに笑う。

学舎の勉強は、覚えている限りで、近隣の土地の話だけだと。

なるほど、揚々と家出をするわけである。

器用さと技術はあれどオツムはとんと、興味のないことも、とんと頭に入ってこないらしい。

我は、荷台の箱に積まれた地図を見せ、なんなら、陸地より海の方が大きいはずであると書いて伝えれば、

「そうなのぉ!?」

ぺたりと俯せる狸擬きの背中に広げた地図を眺め、

「うわー、ホントだ。え、海が近いのはここ?んーでも、本当に行けるのかなぁ……」

海沿いに住む人はどんな靴を履いてるのかなと、やはり、若くともオツムがいまいちでも、職人ではある。

この土地は靴の形してると笑っていた弟子は、

「ね、この村にもまた絶対来てね。私たちの子供、黒ちゃんたちに会わせたいから」

じっと、我を見つめてきた。

ふぬ。

(そうの)

ぬんと頷くと、弟子は、我を更に見つめ、僅かに唇を揺らした後。

「……もしね」

もし。

「私たちに子供が出来なくても。街の方に孤児院あるから、そこで引き取ろうねって、師匠と話してるんだ」

おやの。

それはよい考えの。

実子でなくとも、あの師匠とこの弟子に育てられる子供は、幸せになるであろう。

けれど、そう返事をする前に、男と狼男が我等が脳筋馬を牽いて、こちらに戻って来るのが見えた。



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