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16粒目

狼男の靴が出来ても今度は我の靴で、靴だけに足留めをくらい。

村の住人たちからの依頼は途切れず、雑貨屋のおばばの店は繁盛し、夕刻前には宿で食事の支度を手伝い。

「……なんだ、掃除屋一家じゃないか……」

昼食のために外に出ていた師匠と遭遇し、これからお弟子さんの所へ向かうと男が伝えれば。

「……んん……」

紹介した手前、多少の負い目はあるのか、のそのそと付いてきた。

扉を開けば、

「あ、師匠!ちょうどよかった、暇なら外の椅子直して!」

真剣な顔で靴になるはずの革の厚さを見比べている弟子が声を上げた。

「……な、……別に暇じゃ……」

「私の所に来る時は暇過ぎる時だけって師匠自身がいつも言ってるじゃん!」

「……」

ぐぅと詰まる師匠。

一体、どっちが師匠なのであろうか。

弟子と熱心に話し始めた男を置いて先日も出た庭に出ると、端に置かれた小さな木のテーブルと椅子。

そのうちの1脚の足が草臥(くたび)れている。

単純に経年劣化と言うやつであろう。

師匠が勝手知ったる様子で、小さな物置から木材やらを取り出し、

「手伝ってくれ」

狼男に声を掛ける。

我も手伝おうかと、椅子を持ってひっくり返すと、

「……阿保みたいに力があるんだな……」

阿保みたいは余計である。

3人と1匹で椅子を囲むと。

『ええと、紳士。紳士は、ずっとここで暮らしているのか?』

大事な靴を作ってくれた相手、失礼にならない呼び名を考えた末、狼男は師匠を紳士と呼ぶことにしたらしい。

けれど。

「……はっは、今度は紳士と来たか……。勘弁してくれ……もう師匠でいい……。そうだ、俺はずっとここに住んでいる……」

苦笑いを越えて身体を揺らして笑う師匠は、

「……祖父や父親は鞄も作っていたけれど、鞄は、今は弟の方が専門で作っている。もっと街に近い方でな、店を開いている……」

妻子がおり、1人娘が後を継ぐと聞いていると。

兄弟仲はそう悪くもないと。

(ふぬふぬ)

では。

「の」

『?』

「師匠に、なぜ弟子に手を出してやらぬのとか聞いて欲しいの」

狼男に伝えれば、我の男と違い、狼男は率直に我の問いを口にして訊ねてくれる。

「……なっ……!?なん……!!」

狼男の問いに、口の端で咥えていた煙草の煙に、盛大に噎せた師匠は、

「……た、旅人の子供は……随分とませてるんだな……」

景気良く噎せたお陰で目尻に滲んだ涙を拭い。

「……み、見りゃ分かるだろう……。俺はもう、年も年だ……」

年とな。

愛弟子と比べれば確かに年は離れているけれど、男単身で見れば、まだまだ現役であろう。

それに。

「通りすがりの我でも分かるの、あの(むすめ)は諦めないのの」

「……う……っ……」

椅子の足を掴む硬そうな手が、ギクリと止まる。

「子を望むのならば、弟子だけでなくお主も早い方が良かろうの」

狼男伝の言葉に、師匠は煙草を千切る勢いで噛んでいるし、実際千切れかけている。

「そろそろ年貢の納め時の」

『ねんぐ?』

通訳者、狼男に問われた。

のの。

「ええと、そうの、

『諦めて嫁に貰ってやれ』

と言うのの」

そう促せど。

『……?』

狼男は我を見て不可解な顔をする。

「の?」

今度は我が首を傾げれば。

『……嫁と言うものは、“諦めて貰う”ものなのか?』

ののん。

これは、我が言葉選びを間違えたの。

「違うの。今のは“このへっぴり腰抜けの男の場合に限り”であるの」

半分程度は理解した様な狼男の言葉に、自棄になった様に、他の椅子を持ってきてひっくり返す師匠は。

「……なんだ、チビ助は。そんなちっちぇえ身体して、中身は世話焼き婆ぁか……」

(むむ)

唇を尖らせると、さもおかしそうに笑われるため。

「の。この腑抜け男に、

『弟子に、師匠が結婚の話をしたいから庭に出てこいと伝えに行く』

と言うのの」

狼男に伝えてから立ち上がれば。

師匠は、狼男の言葉を聞くなり、

「……なっ!?なんて小娘だ……っ!!」

声を上げ。

「くふふっ」

我は、チビ助から小娘に格上げである。

師匠に捕まる前に裏口から店へ駆け出すと、無論、従獣である狸擬きも楽しそうに付いて来た。

「……ま、待てっ……!!」

師匠の慌てた怒声を浴びながら、我は開いた扉から中に飛び込み、

「お?」

こちらに気づいた男に駆け寄ると。

「んん、どうした?」

男は立ち上がり、飛び付いた我をあっさりと抱き留めてくれる。

「んふー♪」

男に目一杯にしがみつくと、続いてやってきた師匠が、我に向かって何やら、騒がしく声を上げているけれど。

弟子には、呆れた顔で、

「もう、何やってるんですかぁ。そんな怖い顔しながら小さい子を追いかけて、いい年してもう、大人げないったらありゃしないですよ」

そう、弟子に諭されている。

いい気味である。

「の、まだの?」

男を見上げれば。

「もう少し」

優しく背中を撫でてくれる。

腰抜け師匠は、そんな男にべったり甘える我の姿に、

「どうやらこまっしゃくれの小娘にからかわれた」

と気付いたらしい。

憤慨しながら、がに股で再びドカドカと庭へ出て行く姿を見送り。

我はそのまま男の膝の上に収まれば。

「の」

靴に使うのかレースの生地を取り出す弟子に。

「お主は、家族の元へ帰ったりしないのの?」

問うてみれば。

「んー手紙のやりとりはしてるし、たまに妹は遊びにくるんだけど」

ど?

「帰る時はね、旦那様を連れて実家に顔出したいの」

自分勝手に飛び出した手前、見栄と意地もあると。

ふぬ。

一人前になるだけでは駄目なのか。

「あくまでも“私は”だよ。ほら、家出同然だったからさぁ」

えへっとそれでもおどける弟子。

そういうものであるか。

けれど。

師匠も、どうやら満更でもなさそうであるし、もう少しで、実家へ帰れるのではないか。

男の胸に凭れると、男が頬を顎を撫でてくれる。

その指に頬を擦り寄せると、

「君たちは、仲良くていいなぁ」

そうであろうの。

ぬふん♪としたり顔をしてやれば。

「ね、やっぱり年頃になったら結婚するの?」

ふぬ。

なぜかギクリと動きを止める男を。

「どうの?」

見上げれば。

「ねぇちゃんこんちはー!!」

「ねーね、またお仕事ー?」

「遊ぼー!」

扉が開き、村の子供たちがやってきた。

どうやら弟子は、村の子供たちに大層慕われてる様子。

しかし。

子供たちは、男の足許にいる狸擬きに目を輝かせ、狸擬きは男の椅子の下にささっと隠れている。

「もう少しだから、庭で師匠のお手伝いしてあげて」

「いいよ!」

「師匠、遊べー!」

男児2人はダダッと店の中を抜けて行くけれど。

「……」

我より少し大きいだけの女児は。

男児には続かず。

「?」

狸擬きではなく、じっと我を見ていた。

ぱちりと目が合えば。

「……変」

と一言。

言葉だけでなく、不満そうに唇を尖らせている。

(の?)

「変な服」

とも。

(おやの)

しかし、すぐに弟子が、

「ちょっと、何言ってるのっ」

少し強めの口調で(たしな)めるも、女児は不貞腐れた顔のまま、

「こーらっ、ダメだよ、謝りなっ!」

弟子の言葉を背中に浴びながらも、たたっと庭へ駆けて行ってしまった。


「ああもうっ。……ごめんね、ごめんなさい」

代わりに、弟子にぺこりと頭を下げて謝られたけれど。

弟子が謝ることではないのではないのか。

「んー、そうなんだけどさぁ……」

でもさと煮え切らない弟子に、男が差煙草を差し出せば。

「ありがと、貰う」

と1本引き抜くと、扉の向こうから聞こえる、子供たちのはしゃぐ声に耳を傾けてから。

「私は、あの娘の気持ち、ちょっとだけ解るから」

と浅く煙草を咥える。

ふぬ?

「ほら、私も隣の街から来たからさ。……この村、髪も服も自然が一番でしょ?」

そうの。

「だからさ、あなたのね、その可愛く結ばれた髪も、お洒落なドレスも靴も、……何もかもがね、羨ましいのよ」

ほうほうのほう。

子供には、鍛えられた肉体が一番のお洒落、など言われてもさっぱりであろうしの。

特に女児ならば。

我に「変」と物申してきた女児も、飾り気のない服であった。

(ぬん……?)

以前も、似たようなことが。

どこだったか。

あれは、そう、布の国。

今は花の国に呑まれつつある、近くは布の街になるであろう、あの閉鎖的な布で覆われた国は。

小さな食事処。

黒いドレス姿の我に、酷く不服そうな表情を見せていた小さな娘を思い出す。

自国に嫌気が差して隣の花の国へ出ていった、ドレスを売ってくれた服屋の娘のことも。

この村は、別に閉鎖的ではないけれど、村の子供に、服の選択肢はない。

したらば。

少しでもお洒落に興味のある娘であれば。

更に通りすがりでなく、村の中を着飾ったドレス姿でうろちょろされれば。

「これは、目に毒であるの」

乗り合い馬車でも、村を歩いている時も、ちらりちらりと、視線は感じていた。

我にではなく、我が纏うドレスに。

開いたままの裏口の扉からは、師匠ではなく狼男に遊んで貰っているらしい、子供たちのはしゃいだ声が聞こえてくる。

楽しげな女児の声も。

「フーン」

椅子の下からモサモサ這い出てきた狸擬きが、

「フンフン」

主様は賑やかな纏い物が一番似合いますと、珍しく慰め?の言葉をくれた。

「ありがとうの」

靴のデザインを細かく詰め、今度は合わせに来てと話が終わると、

「……椅子と、ガタ付いていたテーブルの修理、終わったぞ……全く……」

ぶつくさと文句を言いながら師匠が戻ってきた。

「わっ!ホント!?師匠ありがとー!ね、今日は前払いの報酬も貰ったからさ、夜は豪遊しましょーよ!」

ちゃっかりしている弟子が誘うと、全身で大きく息を吐いた師匠は。

「……弟子に奢らせる様な、情けない師匠がいてたまるか……」

夕方に迎えに来るから着替えとけ……、師匠はぼそりと呟くと、表の扉を開き、帰ってしまった。

「……へ?」

その出て行った扉を見つめながら、なぜか固まる弟子。

(?)

そしてこちらを振り返り。

「……なんで?」

とパチパチ瞬きされても。

なんでとな。

良かったではないか。

「だ、だって」

だって何であるか。

「い、何時ものようにさ、

『仕事しろ』

で、流されると思ったんですけどぉ……?」

そうかの。

「え?な、何かありました?え?」

と聞かれても、男も我も知らぬ。

「どうしよ、し、食事って、どこ??私、何着てけばいいの?」

途端にわたわた落ち着かぬ弟子は放っておき。

裏口から庭を覗けば、肩車をしつつ、両腕に子供たちをぶら下げ、その場で立ったりしゃがんだり、ぐるぐる回る狼男に、大はしゃぎの子供たち。

「え、え、どうしよ、一大事!!」

と、あわあわと落ちぬかぬままの弟子に子供たちを押し付けて店を出ると、

「の、この村での、我の服を買うかの?」

男に問うてみたけれど。

「いや、君はこのままでいい」

男は、笑いもせず、我を抱く腕に少しだけ力を込めてくる。

(ふぬ……)

男がそう言うならば、我は、このままで良い。

迷わず着飾ろうではないか。

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