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15/27

15粒目

風呂の礼に男が、

「何か手伝いますか?」

女将に問えば。

「そうだね!お願いしようかな!!」

旅人でも、野宿の時は料理はせずにそのまま食べられるものだけを食べて済ませる者たちも少なくないらしい。

「でも、あんたたちは料理をするんだね!」

今日は厨房でパン生地を捏ね、特に聞きたくもない女将と宿主の馴れ初めを聞かされる。

案の定、女将が押して押して押し倒した様子。

そのまま、

「そっちの根菜たちは雑な微塵切りでいいよ。あんたは包丁はまだまだなんだね!じゃあこっち手伝って!」

パンだけでなく、成り行きで夕食の支度も手伝い。

「はいはい!お礼のビールだよ!」

「フーン♪」

一番何もしていない狸擬きが、一番の恩恵を受けている。

「お嬢ちゃんとお兄さんにはジュース!」

知らぬ果実を煮詰めたものを水で割ったもの。

我等とは初めて顔を合わす、しかし宿の常連らしい旅人らしい男の2人連れが、椅子を引きつつこちらのテーブルにやってきた。

まともに話せるのは男のみのため、相手を任せると。

『俺も早く料理を覚えたい』

パン生地を捏ねる力仕事で役に立っていたけれど、包丁を使えるようになりたいと。

ふぬ。

妙に()くのは、我の男がわりかし何でも器用にこなすため、狼男の、独り立ちへの基準が高く見積もられていると思われる。

「フン♪フン♪」

男たちにビールのおかわりを奢ってもらい、大満足な狸擬きが先導し部屋へ戻ると、

「荷台から荷物を持ってくる」

男が我をベッドに下ろすと、部屋から出て行く。

大方、我が明日纏うドレスであろう。

『ええと』

隣のベッドに腰掛けた狼男に、

『俺は、他者から、どこから来たと聞かれた時に、どう返せばいいんだ?』

そう訊ねられた。

あぁ。

先刻、男も、

「あんたらはどこから来たんだ?」

と問われていた。

「ふぬ。ここらでは、少し遠く、北から来たと。ここから離れたら、この国の名を上げて、そこの山に近い小さな村とでも返せば良いの」

狼男は大きく頷き。

『君は、青のミルラーマから来たと言っていた』

よく覚えておるの。

『どれくらい、遠い?』

ふぬ。

「寄り道さえしなければ、そうでもないのかもしれぬの」

「フーン」

ほどほどに遠いですとベッドにごろりと転がる狸擬き。

のの。

「こやつ曰く、ほどほどに遠いらしいの」

『ほどほどか』

1つ2つ山を越えた程度の遠さ、ではないと察した様子。

船では、先の国の言葉を教えてくれる者を手配できたりすると話していると、男が戻ってきた。

もう外も暗い、これからの時間。

宿を出て、飲み屋へ飲みに向かう客も少なくないらしく、そんな者たちとすれ違ったと。

「お主等も行くかの」

冗談半分に男と狼男を促して見れば、

「飲み屋の存在も教えないと行けないな」

街に出たら行ってみるよと、冗談でもなく返された。

夜の世界、であるか。

あれも石の街、いや、あれは岩の街であったの。

男は、夜の女に誘われていた。

今思えば、我を連れているのに、である。

あの夜の女は、よく子連れの男に声を掛けたのと思ったけれど。

今思えば。

大変に意味ありげで悩まし気な顔を見せていたけれど、あの夜の女は、単に男の顔見知りで、

「その子、どうしたの?」

と訊ねられていたのかもしれない。

(なんせ)

夜の女の表情は、とんと読めぬからの。


翌日。

噂と言うものが広まるのは、一晩もあれば十分であり。

「助かるわぁ、小屋の方まで手が回らなくてねぇ」

我等は、村の手付かずの小屋や物置を片付ける清掃員との噂が大きく広まっており、女将伝に、知らぬ村人の家の物置掃除に駆り出された。

掃除だけでなく、壁の穴を埋めたり、建て付けを直したり。

狸擬きも、

「ムーン」

屋根の補修場所を探したり、棚の上がって物を落としたり埃を落としたり、仕事をしている。

1軒が済めば、

「うちもお願い出来ないかしら?」

と声を掛けられ向かい。

『な、なんだこれは』

「ぬ、カビだらけの」

小さな物置から、元はなんだったのか、見当も付かぬ謎の瓶が出てきたり。

洗えるものは洗い汚れを落とし、家主に許可を取り、ガラクタは纏めて昨日の雑貨屋のおばばの店へ持って行くと、おばばは、今日も店先に品物を並べていた。

「旅人さんたちにねぇ、これがまた意外と売れるのよぉ♪」

お気に入りの椅子も外に持ち出し、ウキウキと腰掛けている。


新たなガラクタ、ではなく品物を並ぶのを手伝い、宿に戻る前に、狼男の靴の進捗具合を確かめがてら、大きく遠回りして靴屋へ顔を覗かせると。

師匠は、我等の姿に気付くなり。

「……聞いたぞ……」

革に太い針を差し込んだまま、唇の端で煙草を咥えながら顔を上げ。

「……朦朧婆さんの店の掃除をしたってなぁ……」

離れた靴屋にまでも、噂が届いている。

男が成り行きでと肩を竦めつつ、明日は厩舎へ掃除をしに向かいますと答えれば。

「……なぁんかなぁ……読めねぇなぁ……あんたらは……」

ぶつぶつ呟くと、けれど喉の奥で独特な笑い方をしてから立ち上がれば、飾り棚から、まだ紐は通されていないブーツを取り出し。

『おお……っ』

「……まだこれから調整する、少し履いてみろ……」

裸足の足を拭くためのボロ布を渡される。

『あぁ、感謝する!』

「……いや、まだだ……」

『凄いな!!』

「……だから……まだ……」

『おおお……っ!!』

「……」

狼男は「靴」を履いてしまえば。

頭の耳など、飾りにしか見えず。

『どうだろう!?』

本人はその耳をピクピクさせて尻尾をブンブン振り立てて喜んでいるため。

「……ふん、まあまあだな……」

師匠も、そう満更でもなさそうに髭をなぞる。

狸擬きは自分の前足をひょいと上げ、

「……」

じっと眺めながら、なにやら考えている様子。

靴を履きたいのであろうか。

2本足で立つと言うのならば、考えぬこともないけれど。


更に翌日。

直接宿にまで訪ねられ片付けを依頼されていた厩舎へ向かい、

「お、出発か?」

「走るのか?」

と駆け寄ってきた我等が脳筋馬に、男がもう少しここで待機だと声を掛けてから。

こちらも長らく整理整頓されていない様子の、厩舎の物置に案内され、掃除を始める。

しかしである。

狼男を人里に慣れさせるどころか。

成り行きとは言え、

「掃除ばかりさせてしまっているの」

しかも赤の他人の。

『いや、これも新鮮で楽しい。それに、人に喜ばれるのは、とても嬉しいものだな』

とせっせと動く狼男。

今は片付けの手伝いもせず、馬たちと放牧場をテッテコ駆け回る狸擬きとはえらい違いである。

そもそも。

狸擬きと言う、まんま獣などと比べる事からして狼男に失礼な気もしてきた。

一軒家ではなく、厩舎の物置小屋は、小屋というには大きく。

昼を挟んでの大掛かりな片付けを済ませれば、礼として、狸擬きと狼男が馬に乗せて貰えた。

『これはとても楽しいなっ!!』

乗馬に感激する狼男に、

「フンフーン♪」

ご機嫌な狸擬き。

(ぬぬぅ)

連日掃除に勤しむ我の徳は、全て従獣の狸擬きに流れている様子。


靴が完成するまで、せいぜい掃除屋になろうではないかと、朝一で依頼された片付けに向かい、遅めの朝食兼昼のために食堂に入れば、食堂の人間や村人たちに、顔馴染みの体で挨拶される事も増えてきた。

村には若者も多いけれど、村自体が賑わい繁盛しているため、日々の忙しさで物置や小屋の掃除などは後回しになってしまうと雑用仕事は重宝され。

そして出たガラクタは雑貨屋へ。

連日商品が増えてホクホクの雑貨屋のおばばは、

「初夏のお祭りの時には、あんたたちに、この店の敷地を貸してあげようねぇ」

と、我等は初夏まで居座ることにされている。

狼男の靴が出来次第、この村から出発予定なのだけれども。

教授たちから、行商人を通じて手紙が届いた。

どうやら鳥便をケチッた様子。

眼鏡の彼女と共に無事に隣の国に到着し、仲間と合流した事。

そして、思わぬハプニングと思わぬ場所まで辿り着いた事で、はしゃいでしまい伝え忘れていた事があると。

「?」

小柄でふわふわした少年の様な青年と、青年の肩に留まる相棒の白い鳥とすれ違ったことが記されている。

白い花を探して旅する彼等であるか。

私たちの国まで向かうとニコニコしていたと。

「ほうほうの」

彼等は、白い花を探し、新たな山を目指すと見た。

いつか、再会を果たせれば、ゆっくりと旅の話を聞きたいものである。


小雨の降った朝方から空はすっかり晴れ渡り。

街外れは牛を育てる牛舎の、大きな小屋の1つから逃げて行くネズミを追い掛ける狸擬き。

放牧されている暢気な牛の鳴き声を聞きながら、我等は、今日は牛舎を管理する敷地の、物置小屋の清掃を依頼されていた。

「うんしょの」

壊れ掛けた長い(くわ)の様なものを外に出し、

「ぬんぬん♪」

長さもあるため、ついつい頭上でブンブンと振り回しつつ、架空の敵と戦っていると、

「フーン」

逃がしましたと狸擬きが不服そうに戻ってきた。

「おやの」

振り返ると、ブンッと鍬が狸擬きの耳先を掠り、

「フンッ!?」

べたりと地面に平伏す狸擬き。

「……おいおい……なんてぇ馬鹿力だよ……」

聞こえてきたのは、狸擬きの文句ではなく、歩いてきた靴屋の師匠。

おやの。

なぜこんな所に。

鍬を片手に持ったまま狸擬きと共に駆け寄り、

「?」

と見上げる我の無言の問いかけが通じたのか。

「……俺は仕事だよ……あんたらも“仕事”か……」

ほぼ無償奉仕であるけれどのと頷けば。

「……ふん……」

我と我の持つ鍬をじっと見下ろしてから。

「……なかなかにいい動きだった……踊っている様すら見える……」

壊れかけた鍬を振り回していた姿を、咎められる処か褒められた。

男に呼ばれ、師匠の姿を見かけた牛舎の人間もこちらにやってきたため、我も片付けの手伝いのために大きな物置小屋へ駆け込む。

ネズミを数匹、小豆を飛ばして捕らえ、外のゴミの中に放る。

「ムーン」

屋根は問題ありませんと狸擬き。

昼は牛舎の者に呼ばれ、牛舎の者たちに振る舞われた、煮込んだ臓物とパンを貰ったけれど、そこには師匠もちゃっかり混じってる。

「……兄さんの靴は、明日には……出来る……」

おや、早いの。

「……これでも一応は、プロだからな……」

にやりと笑って帰って行くけれど。

珍しい仕事だから、報酬のお陰か、狼男の靴を優先して作り上げていることくらいは、我でも解り。

喜びを隠せず尻尾を揺らす狼男に、

「フーン」

釣られて尻尾を振る狸擬き。


狼男が待ちきれないと、無駄に早起きし、靴屋へ向かうと、

「……あん?なんだぁ、まぁたえらく早えぇなぁ……」

師匠があくびながら、隣の住居から出てきたばかり。

それでも靴はしっかり完成しており、靴を履き、感極まる狼男だけでなく、男も丁重に礼を述べて代金を支払い。

師匠も忙しいだろうからと、踵を返せば。

「……あぁいや、その……ちょっと待て……」

呼び止められた。

「?」

「……なんだ。ほれ、ちょっと……茶に付き合え……」

朝から茶とな。

「……行けば、まぁ、その、菓子も、あるかも、しれない……」

かもしれない?

首を傾げると、

「……ここに来る時に、あっただろう、ちっちぇえ靴の木彫りのある店が……」

初めて来た時に、我の男が足を止めかけた靴屋か。

「……あそこでな、ちょっとその、チビ助の靴を見せてやってくれ……」

我の履く赤い靴を指差された。

おやの。

「……珍しいから、刺激になると思ってな……」

刺激とな。

男に抱っこされて、師匠と共に、つい先刻も通り過ぎた靴屋へ向かうと。

「あれ、師匠っ!?朝からどうしたの?あ、お客さん?あ!噂のチビちゃんたちだ!」

と店の奥からやってきたのは。

「やぁやぁやぁ、可愛いねぇ!」

やはりまずは目の向かう靴だけだなく、我自身をも褒めてくれるのは、そこそこの長身ではあるけれど、こちらは棒のように細い女。

そして、とても若い。

この村でなくとも、この女の華奢さは才能かと思える程に細く薄い。

「そ、お察しの通り私は余所者よ、普通に受け入れて貰えてるけどね」

離れた街で、店先に並べられていた師匠の作る靴を見掛け、その技術の高さと出来の良さに惚れ込み、この師匠の元へ押し掛け、師匠の元で修行し、そして追い出されるように独立した店を建てさせられたと、我の靴を眺めながら、ペラペラと話してくれる。

(ののん)

押し掛け弟子であるか。

この師匠も、のんべんだらりに見えても、どうやらなかなかに要らぬ苦労を背負っている様子。

そして、村の人間からも、靴屋ではなく師匠師匠と呼ばれているのは、この弟子のせいなのであろう。

「あれはねぇ、15位の時かなぁ?」

思い出すように視線を天井に向ける弟子に。

「……おい。まだたった13になったばかりだったろう……」

のぅ。

家出同然だったらしい。

「えへっ?そうだっけ?でもさぁ、肝心の師匠がさぁ、

“オレはムキムキの女が好きなんだ”

って手を出してくれなくてねー?代わりに街に帰らずにこの村に店を建てろって、ちょっと生殺しじゃなぁい?」

頬杖を付いてぶちぶちと愚痴られる。

ぬぬん。

一応、我等は初対面なのだけれど。

「ええー?そこ気にする?だって、もう会えないかもしれないじゃない?」

だから構わぬと。

「そうそ、いいの、いいの。それでこうやって間接的に師匠にプレッシャー掛けてるんだから」

ちらと流し目を受ける師匠は、苦虫どころか毒虫を噛み潰したような顔。

(のぅ……)

どうにも厄介な押し掛け弟子を持った師匠には、出発前の挨拶の折りには、何か土産でも差し入れよう。

弟子があまりにあっぴろげ過ぎて、この我でさえ、師匠が少しばかり気の毒になってきた。

しかし、その厄介な弟子の店は、それでもやはり独立を促された女店主なだけはあり。

主に女子供の靴に特化し、需要もあるらしい。

履いている靴を見てもいいかと脱がされて、改めてまじまじと観察される。

「……んんん色が深い。うちの赤とは明らかに違うね」

海が近い国のものですと男。

「海?へーぇ?」

陽の光に当て、臭いまで嗅いでいる。

どうやら師匠よりも癖が強い。

弟子は満足するまで我の靴を観察し終えると、

「それで?どんなの希望ー?」

と我と男を交互に眺めてきた。

(ぬ?)

いつの間にか、我の靴を作る話になっている。

そして男は、我を着飾るものには爪の先どころか、針の先程の躊躇もないため。

「そうですね」

早速真剣に悩み始める男に。

「の、我は、爪先や踵からナイフが出るものが良いの」

提案をすれど。

「……このドレスに合いそうな形のものをお願いします」

むむ。

我の意見は尊重されない様子。

「はーい。じゃあ、デザインから考えようか」

弟子が見本の革とデザイン見本の描かれた紙をどさりとテーブルに置き、どうにも長くなりそうである。

我等を連れてきた師匠は、仕事が残っていると、さっさと逃げるように帰って行き。

我と狸擬きと狼男は、飾ってある靴たちを眺めてからは、小さな庭に出て、植えられた葉を勝手に千切り。

1人と1匹に草笛を教えていると。

「お待たせ」

狼男がコツを掴み、綺麗な音を出し始めた頃、やっとこさ男が出てきた。


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