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10粒目

「あっはっはっ!参ったね!!」

大人がとかく丈夫なこの世界でも、失った手足は戻らないし、崖から落ちたら死ぬ。

そして、

「悪魔の一撃を食らっちゃったよ!」

なぜ寝込みながらも、女将はこんなに元気なのだろう。

「小麦の大袋を持ち上げようとしたらさぁ!」

朝なんだから悪魔も寝てりゃいいのねぇ全くさぁ!

とガハハと笑う女将は、どうやらぎっくり腰になった様子。

食堂を挟み、反対側の空間が部屋が女将たちの住居であり、

「悪いね!2日も寝てれば治るから!」

今日は夕食も無理だわ、外へ行っておくれ!

と告げられた。

朝はもともと用意はなく、今朝の食事はどうしようかのと部屋を出ると、受付に、女将でなはなく、大柄ながらもおっとりした宿の店主が立っており。

女将が調子を崩してしまい、少し不自由があるかもしれないと謝られたのだ。

では迷惑でないならと見舞いがてら住居の方に顔を覗かせたら、滅法元気な女将がベッドに横たわっていた。

『こういう場合は、どうするのが正解になる?』

狼男。

「本人が大丈夫だと言っていても、何かできることはないかと訊ねるのもいいかもしれない」

他の客を見送っている店主に、まだしばらく滞在する予定でもある、世話になりがてら手伝えることがあればと男が声を掛けると。

「ああ、それなら。お客様なのに申し訳ないのだけれど……」

と女将とはやはり真逆の、気の小さそうな店主が、

「今日に限って隣の街の方まで約束している仕入れの仕事があり、こちらから出向かねばならない。

けれど宿は客は安定して来てくれるため、客室の掃除が必要なのだ」

と。

掃除と言えど、客室の窓を開き空気を入れ替え、軽く掃き掃除のち、ベッドの敷物を換えるだけだと。

それくらいならば、我等にも出来そうである。

『ぬの。あの大きな寝床の布を、毎日、換えるのか?』

「そうの。知らぬ人間の使った布を利用したくない人間は少なくないのの」

『人間は、常に清潔を求めるのだな』

生まれながらにして山の中の土の上で寝ている者ならば、そう思うのも仕方ない。

今日は特に馴染みの客しかいないため、金額も決まっている、宿を出てく客から宿代を受け取ってくれるとありがたいとも。

恐縮している宿の主人を送り出すと、男が我の髪を軽く結ってから受付に立ち。

我と狼男と狸擬きは、すでに空いていると聞いた2階の端の部屋へ向かう。

『この、建物の中に入る時に、

“土足を許可しない”

と言う習慣は、俺はとても好きだ』

と狼男。

「そうの」

この村は、国は、住居に限り土足禁止の習慣がある。

狼男も、狸擬きと共に、足を拭いてから宿に上がっている。

「最近は、この国の習慣を真似する他国の人間も多いそうだよ」

と男にも聞いている。

「掃除もしやすいしの」

煙草の煙と匂いの残る客室の窓を開き。

狼男に掃除の仕方を教えつつも。

「フーン」

「そうの」

狸擬きには、頭と鼻先に布を巻いてやる。

「ムーン」

『それは?』

「埃避けの」

狼男を屈ませて、狼男の頭にも布を巻いてやる。

男は、出ていく客たちの対応だけでなく、言葉が流暢でもあるため、用事でやってきた村人や卸し業者と思われる人間たちの対応もしてと、すでに忙しそうな気配が伝わってくる。

「これは、箒の」

『ほうき』

「の。これでお空を飛べる者がいると聞いたの」

『これで空を飛ぶっ?』

「ムーンッ?」

驚く狼男と狸擬き。

「そうの。こうやって、お空を飛べるらしいの」

股がって見せれば。

『凄いな!!』

「の、凄いの」

我も飛んでみたいものである。

徐々に空いていく部屋の窓を開き箒で掃き。

「ムーン」

狸擬きは、濡らして絞った布を前足で押さえつつ廊下の床に滑らせながら走っている。

『せいけつ、は大事なものか』

狼男に問われる。

「そうの、綺麗であるに越したことはないの」

荷台の掃除を、そういえば屋敷を買って以来、まともにしていない我等が胸を張って言えるとこではないけれど。

狼男の靴が出来上がるまではこの村に滞在する予定であるし、今のうちに荷台の掃除もすべきであるか。

住居の方は大丈夫だと聞いているため、客室や食堂のみだったけれど。

それでも。

「案外、大きな一仕事であるの」

掃除が終われば、纏めたシーツを庭の方に持ち出し、男が、大きなたらいに風魔法を込めた万能石を落とし、洗濯。

『……魔法は凄いな』

「の、凄いの」

布を洗って濯いで庭に干し終えれば。

女将の方はと思うも、頻繁に村の人間が見舞いや差し入れに来ているため、客人に任せ。

新しいベッド用の布を仕舞ってある小さな部屋から、大判の布を取り出し。

『こうか?』

「そうの」

各部屋に、主に狼男がベッドへ広げ終えれば。

「ムーン」

お腹が空きましたと狸擬き。

「そうの」

『お……っ』

狼男の腹からも、盛大に虫が鳴いた。


女将の元へ顔を出せば、仲のいいと言う、女将と同じくらい逞しい、けれど穏和な婦人が、

「どうぞ、どうぞ、ご飯へ行って下さいな」

と留守番を買って出てくれ。

狸擬きの食い意地の勘頼りに、店を探していると。

「フーン」

ここがいい感じですと狸擬きが足を止めた店の扉の前。

向かいから、のったらのったら歩いてきたのは。

「……お……?なんだ、うん、あんたらか……」

靴屋の店主だった。

靴屋からは、わりと距離があるのに、わざわざここまで来るとは。

店主も、少し遅めの昼らしい。

男が自分達もこれから食事だと伝えると、

「……なんだ、勘がいいな……」

美味いんだよここ、と顎をしゃくり。

狸擬きの食い意地に特化した勘は、どんな時でも場所でも衰えることはない様子。

男が、

「ご迷惑でなければ一緒にお食事を」

と誘えば。

「……ふん……?まぁ、別に、ご迷惑、ではないな……」

痒くもなさそうな頬を分厚い爪を持つ指で掻くと、男が開いた扉の中へ、のそりと入って行く。

「いらっしゃい、師匠。お、噂の旅人さんたちですねっ」

わーようこそ、どうぞどうぞとニカッと笑ってくれるこの若い男は、とりわけ人懐こい大型犬か。

身体の割に、エプロンが小さい。

そして、噂の我等はともかく、師匠とな。

「……俺は、別に、お前の師匠じゃない……」

むっとした空気を醸す店主に。

「はいはい、あだ名みたいなもんでしょ。えーと、先に何か、飲み物、でも飲みます?」

明らかな異国の我等に対して、ゆっくりと訊ねてくれる。

店の中は、テーブルに食事の終えた皿が並び、一通りの客を向かえた後の様子。

靴屋の店主は、わざと混雑を避けて来たのだろう。

厨房に近い、片付けられたテーブルに通され。

「甘いジュースを3人分と、ええと、炭酸水を」

こちらの紳士には、私から一杯ご馳走させてくださいと男。

「……なんだ、また気前がいいな……」

犬男曰く師匠は、少し荒れた唇から、ちらと歯を見せて笑う。

「仕事の報酬が、多めに入ったので」

男があくまでもにこやかなまま笑みを浮かべたままなせいか。

「……そうか……?なら、ビール、でかいコップで……」

「師匠、まだ仕事あるんだろ?大丈夫?」

札に乗せた紙にメモを取る犬男の手が止まるけれど。

「……ビールの一杯、飲んだうちに入らん……」

眉を深く寄せる師匠に、

「はーいはい、分かったよ」

待ってて下さいと犬男。

狼男が、

『昨日も不思議だったけれど、料理を作る人間と、運ぶ人間は違うのか?』

「分担していることが多いな」

『君たちは、どちらも作る』

「あぁ、店とはまた違うからな」

すぐに戻ってきた犬男の片手には、大きな木の盆に、コップが5つ。

「はい、ジュースだよ」

レモネードと思われる飲み物が並々と注がれたコップを置かれる。

「ランチは牛肉の煮込みか、ガチョウのソテーです」

ガチョウとな。

師匠は牛肉がお決まりらしく、我等は物珍しいガチョウのソテーを頼んでみる。

「……あ?……あんたたちには、ガチョウは、珍しいのか……?」

「そうですね、あまり狩りでも捕りません」

「……狩り?……狩りをするのか……?」

こんな珍妙な集団が?と到底信じられないと言った顔をされる。

「旅の途中、食材が尽きることも珍しくないので」

「……おぉ?……山の中でも、抜けてくのか……?」

訝しげな瞳の色。

法螺でも吹いていると思われているのか。

「そうですね、なにもない草原を何日も掛けて抜けることもあったりします」

男は構わず、思い出す顔で言葉を続ければ。

「……ほぉ……?」

ちらと太い眉が上がる。

「はは、師匠、興味津々じゃないですか」

犬男曰く、師匠は興味津々らしい。

「……うるさい……料理を早く持ってこい……」

憎々しげにシッシッと犬男を追い払う。

どうやら犬男とは仲が良いらしい。

『そうげん、と言うのは、何もないのか?』

不思議そうな狼男。

「あぁ。先を見ても、野原と空しか見えない」

『山は?』

「遠すぎて見えなかった」

『……それは、怖い夢を越える』

顔を青くする狼男。

「……また、なんで、そんな無謀な道を、越えようとしたんだ……?」

師匠の怪訝な問いに。

男は、少し考える顔をしてから、狼男も首を傾げているためか。

「とある土地で、曲芸団と遭遇したのですが、その曲芸団は、善意で人助けをしていたんです。

主に、旅の最中に親を亡くした子を引き取ったり、思わぬアクシデントではぐれたりした子を、親許へ帰したり。

私たちがその曲芸団と遭遇したその国でも、この彼女の見た目は、少しばかり珍しかったので、親とはぐれた子供だと、早とちりされそうになりまして」

ふぬ。

そういえばそんな事もあった。

「……ふん……ふん……」

師匠は、そう興味のなさげな顔を見せてはいるけれど、髭を擦る指先に落ち着きがない。

狼男はすでにハラハラしながら続きを待っている。

「それで、その周辺の隣国を含め、その名も大きく知られた曲芸団だったので、彼等と旅先で再会を果たさないためには、草原を抜けた先にあると噂される村へ行くしか、選択肢がなかったんです」

「……ふ、ふん。それで、それでだ、村は、あったのか……?」

若干前のめりな師匠に、耳をそわそわピクピクさせているのは狼男。

「ありました。青い狼たちのいる、のどかな牧場村でした」

青い狼の言葉に身体ごと反応するのは狼男。

「いやいや待ってくださいよ。兄さんって保護者がいるのに、なんでチビ助が保護される対象なんですか?」

隣のテーブルを片付けていた犬男が、口を挟んできた。

チビ助。

我のことか。

「俺と彼女に見た目に共通点がなく、この通り、両親も不在ですので」

男が困ったように苦笑いしてみせると。

「……じゃあ、あんたは、人攫い、とでも、思われたのか……?」

師匠には、とても愉快そうに身体を揺らして笑われ。

「あー、うんうん、なるほどねぇ」

犬男も、あーはいはいと笑う。

何が、なるほど、であるのだろう。

そんなに胡散臭いのか、我の男は。

「曲芸団の彼等には、彼女は物珍しさもあるため、親許へ帰すまでの、いい客寄せになるとも思ったんだと考えています」

そして。

そう、何より。

我等が逃げた理由は。

「あの曲芸団は、私に対し、“その疑いを掛けることが出来る力”が、多分にありそうだったので」

慌てて逃げましたと男が話を締め括れば。

うーんと真剣な顔で耳を傾けているのは狼男。

師匠は、ゆっくりと頷き、

「……はぁぁ。あれだな、その団長辺りは、顔が広いし、口もさぞや上手いんだろうな……」

大きなため息。

(おやの)

随分と訳知り顔であるのと思ったら。

「……似たタイプの人間が。……自分の名を売るのに努力を惜しまない人間が……離れた隣の国にいる……」

ふぬ?

それはもしや。

男が、もしかして、お医者様ですかと訊ねれば。

「……なんだ。はは、やっぱり、あんたたちも、目敏く声を掛けられていたか……」

この師匠にしては、非常にらしくないと思われる、同情を含めた視線を向けられたけれど。

我等は、嘘っぱちの調査隊の名を掲げて、こちらから押し掛けた側である。

「はいはーい、お待たせ致しましたっ」

いつの間にか厨房へ消えていた犬男がやってきたと思ったら。

目の前に置かれた大きな皿には、ガチョウのソテー、赤キャベツの酢漬け、蒸かした芋。

そしてやはり。

「お、大きいのぅ」

茹でられたやわこいパンも、1人1皿どかりと盛られている。

「……ビール、おかわり……」

「2杯目はツケにしとくよ」

「……」

ガチョウの肉は。

「ぬぬ?」

「フン♪」

これはこれは。

「うん、美味い」

『凄いな、これは』

「フンフンッ」

今度はガチョウを捕まえましょうと狸擬き。

「ふぬ」

適度な噛みごたえがあり、何より旨味が凄い。

野生のガチョウを見掛けたら、涎が湧く位に、美味であり。

「うちで仕入れてるのは養殖なんで、柔らかさと旨味のいいとこどりですよ」

野生はもう少し噛みごたえがあると。

「ぬんぬん♪」

これからは積極的に狩って行こうではないか。

あやつらがいるのはどこであるか。

湖か、池か、空か。

ソースもパンで拭って残さず食べ切れば。

デザートは、檸檬のシャーベット。

『甘くて酸っぱくて冷たくて美味いっ!』

狼男の感想はいつでも真っ直ぐである。

男が差し出した煙草を、軽く手を上げてから引き抜く師匠に。

「……んで、あんたらは、一体、何の仕事をしてるんだ……?」

天井に煙を吐き出しながら聞かれた。

「一応、行商人を名乗っていますが」

「……が……?」

「狩りをして、毛を売ったりもしています」

今は子守もしている。

要は何でも屋である。

「……はぁーん……?」

そりゃあ、はぁ、また大変そうだなぁ、と言葉とは裏腹に。

師匠の瞳は、チラチラと、少年のような輝きを隠せなくなっている。

生計を立てるための石拾いも多いけれど、確かに話としては、狩猟の方がよっぽど華がある。

「こちらでは、あまり狩りは主流ではないですか?」

「……ないなぁ……」

壮大な煙草畑があるしの。

そして、我が積極的に狩りをする話は大っぴらに出来ないため、男が罠の仕掛けの話をすれば、

「……おぉ……ほぉぉ……っ」

「へー」

狼男に師匠だけでなく、犬男も、隣のテーブルの椅子に跨がり男の話に熱心に耳を傾けている。

ただ。

狼男だけは。

長年山で生きてきたせいか、熱心に耳を傾けつつも、どうやら罠に掛かった方の獣に感情移入している様で、絶えず悲痛な顔をしていた。


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