会談
8 会談
昼食は、賢者パスカルと巫女らと共にした。
大臣バンモも同席させたが、会話は弾まない。
パスカルはともかく、巫女らは皆不満顔だ。
私の采配が気に入らないのだろう。
「さて――」
そう切り出したのはバンモだ。
何か話したいことがあって、関係者を集めたのであろう。
「勇者様についてですが、もう一度召喚の儀を行うことは可能でしょうか?」
バンモは、巫女らとパスカルに目を配りながら訊ねる。
「無理や・・・」
イクイが、不機嫌そうに答える。
「あれだけの逸材、そう見つかるものじゃございません」
サクイが残念そうに言う。
「勇者様にも、異世界での生活があります。それを無理やりお呼びするわけですから」
ツナガイの声色に、非難めいた感じがした。
「拉致や、拉致、勇者召喚の儀なんて聞こえの良い言葉つこうてるけど、やってることは犯罪なんやで」
ハヒキは、怒っていた。
「何億人もの対象者の中から、独り身で、社会的影響の少ない人物を探しました。ヒデオさんが最良で、最適だったのです」
アスハは、感情を押し殺した目で淡々と語った。
確かに、これは拉致だ。
こちらの都合で、無理やり勇者の適合者を捕まえるのだから・・・
「あの勇者に、それほど利用価値を見出せません。高い能力を感じられませんでした」
私は、呟いた。
思う所をただ呟いた。
「あのなぁ、姫さん! どうしてそう上から目線やねん! あたしらは、ヒデオにお願いする立場やねんぞ」
イクイは、激しくテーブルを叩いて身を乗り出した。
「これ、騒がしいぞ」
パスカルが、穏やかにも威厳のこもった口調で、イクイを叱る。
イクイは、パスカルを睨みつけると黙って席に座った。
「前にも申し上げましたが、勇者はまだ混乱しているのです。もうしばらく時間を見ていただきたい」
賢者パスカルは、我々に対し言い聞かせるように言う。
「パスカル様、一度勇者殿と話していただけませんか?」
バンモも、険しい顔をパスカルに向けた。
「彼の思う所を訊き出していただいて、我々に至らぬところがあれば、修正いたしますし、彼の要望になるべく沿う形を採りたいと思います」
バンモは、穏やかな口ぶりでありながら、実行を強制させる強い意志が込められている。
私のために、闘ってくれているのだ。
いつも邪険にしてしまっているが、私に寄り添ってくれている。
「ええ、そうしましょう」
パスカルは、席を立った。
「では、さっそく」
パスカルは、深々と頭を下げて出て行った。
「あたしらも、帰る支度すんでぇ」
イクイが席を立つと、他の巫女らもそれに倣う。
「いつまでも、神殿を空けてはいられませんね」
サクイが、呟くように言う。
そうして、巫女らも一礼して去って行った。
彼女らの食事は、ほとんど手つかずで残されていた。
これも、抗議のつもりか・・・
私は、目の前のまだ手を着けていない料理に手を伸ばした。
豚肉の衣揚げ――トンカツと言っていたか・・・
私は、一切れを口の中に運んだ。
冷めていて、油っぽい。
味など感じないし、美味しくなかった。
この間は、とても美味しかったのに――
「エリリカ――」
私は、傍にいる側近の名を呼んだ。
「はい、ここに」
私は、エリリカの顔を見つめながら、他の者には聞こえないように言う。
「部屋に戻る。もう一度、泣いても良いかな?」
エリリカは、微笑して頷いた。
「ありがとう。でも、これで最後にする」
私は、食事の殆どを残したまま席を立った。
客の分も合わせて、大量に残った食事が痛々しい。
「エリリカ、シェフにも詫びておいてほしい。まずかったのは料理ではなく会談のほうだ」
私は、自室に戻るとベッドの上で膝を抱えその膝に顔をうずめた。
頭の中に、イクイの上から目線という言葉がこだましている。
私は、先王の代理だ。
上から目線で何が悪い・・・
ハヒキに言われた拉致と犯罪という言葉も痛かった。
私なのか?
私が悪いの?
私は咎人?
涙が出てきた。
こんなんじゃいけない。
たとえそれが罪だとしても、王が迷ってはいけない。
時として、罪を負わなければならない判断もあるのだ。
でも、私には王として足りないものだらけだ・・・
みんなに叱られ、罵られても仕方がない。
私は、膝から顔をあげた。
――助けて――
ううん。思っているだけじゃなくて、口に出して皆に言おう。
助けてください。
私は、先王のように強くはない。
弱い私を、助けてもらおう。
「エリリカ!」
私は、侍女の名を叫んだ。
エリリカは、必ず外に待機している。
「はい、姫様」
エリリカは、いつものように扉を開けて一礼する。
私は、ベッドから駆け出して、エリリカに抱きついた。
「エリリカ! エリリカ!」
エリリカは、何も言わずに私の背を撫でてくれる。
私は泣いた。
ワンワン泣いた。
これで最後にする。
涙が枯れるまで、泣いてやる!
涙が枯れるまで泣いてしまうと、妙にすっきりした気持ちになった。
顔を洗って、目の腫れが治まると、私はエリリカにバンモとサラ将軍を呼ぶよう命じた。
謁見の間の奥に、王の執務室がある。
謁見の合間の休憩にも使われるこの部屋は、先王の趣味の部屋でもあった。
先王は読書が好きで、壁に並べられた書棚には、びっしりと書物が詰め込まれている。
1冊を手に取ってみたが、1ページも読んでいられなかった。
歴史書のようだが、経文のような文字の羅列に、目がついていけない。
「失礼します」
ドアを叩く音の後に、しわがれた声が続いた。
バンモである。
彼は、一礼してゆっくりとした足取りで部屋の中央に進み出た。
「バンモ、西の情勢について報告はないか?」
私は、先王の使っていた席に腰かけながら訊ねた。
バンモは、少し驚いた顔をして頷きながら報告する。
「オーク軍と交戦中のギノ将軍から、戦況が優勢に転じていると報告を先ほど受けた所です」
バンモは、そこまで言って恭しく一礼する。
優勢に転じるとは・・・何があったのだろう。
「補給物資を届けた隊の隊長によりますれば、オーク軍がじわりじわりと退却しているようです」
私は、一抹の不安を覚えた。
「誘われているのではないか?」
私の不安に、バンモは笑みをこぼした。
「ギノ将軍なら、そのような幼稚な策にかかることはありません」
幼稚と言われ、少しイラっとする。
「いえ・・・まぁ、御安心なさいませ」
バンモは、慌てて取り繕う。
私は、感情がすぐ顔に出てしまうのだ。
改めなければ・・・
「失礼します」
サラ将軍が現れた。
私と対面していたバンモが、一礼して脇によける。
サラ将軍は、私の前まで来ると直立不動にて挙手の敬礼をした。
「サラ・サーラ参上しました」
私は、サラ将軍の敬礼に頷く仕草の王家の敬礼で答えた。
頷くだけだが、これもちゃんとした敬礼なのだ。
いや、敬礼というより答礼だな。
答礼でしか使わない。
「サラ将軍、索敵状況はいかがか?」
「はっ、南東のハース湿地に――」
サラ将軍が、直立不動のまま報告をする。
「休んでよろしい」
私は、楽な姿勢で報告するよう促した。
サラ将軍は、短い返事をして休めの姿勢をとる。
「南東ハース湿地に、リザード族の姿は数体見られますが、軍属ではないと見られます」
「ジープ国に動きはないと言う事か?」
「左様に御座います」
サラ将軍の報告に、私は顎をつまんで思案した。
ずっと不思議でならないのだ。
ジープ国のリザード族にとっては、我が国が西に主力を投じている今こそが、好機であるはずなのに全く動く気配を見せない。
「サラ将軍、どのように思いますか?」
私がそのように訊ねると、傍らに控えていたバンモが咳払いをする。
言い直せと言っているのだ。
「サラ将軍、貴殿の考えを述べよ」
私は、バンモを横目で睨んで訊きなおした。
「私は、2つの可能性を考慮しています。1つは、秘密裏に何かを画策している。もう1つは、本来穏やかなリザード族ですから、これ以上の戦闘を求めていない――」
「あまいぞ! そのようなことはない!」
サラ将軍の話の途中で、バンモが口をはさむ。
「バンモ、サラ将軍の報告の最中だ」
私がバンモを睨むと、彼は口ごもった。
さっきの仕返しだ。
「いえ、バンモ殿のおっしゃる通り、何かを画策していると見るのが正しいでしょう」
サラ将軍が、バンモの肩を持つようなことを言う。
ちょっとくやしい。
「しかし、何を企んでいるのかがわからない・・・」
バンモがそう言い、サラ将軍も同意した。
リザード族は、本来穏やかな種族で、好戦的ではなかった。
ある事件がきっかけで、リザード族が住まうジープ国とも交戦状態となり、その戦いで先王を失ったのだ。
忌々しいその事件を、今思い出す気にはなれない。
「サラ将軍、ギノ将軍の方は優勢と報告が来ている。もうじき西での戦闘は終結できるかもしれない」
私がそう言うと、サラ将軍は意外そうな顔をした。
「それまで、リザードどもの監視は怠らないでくれ」
「御意――」
サラ将軍は、一礼して出て行った。
バンモは、窓際に移動しながら思案顔でいる。
「姫様、リザードらを甘く見てはいけませんぞ」
立ち止まり振り返ると、厳しい顔でバンモは言った。
「わかっている」
先王だって、油断があったわけでは無い。
それでも、リザードの強襲に身まかられたのだ。
敵にはしたくない相手であった。




