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巫女たちの言い訳

6 巫女たちの言い訳 




 食事の後、私はポッコリ膨らんだお腹を人前に晒すわけにもいかず、自室に引き取っていた。

 食べ過ぎた――

 夢中になって食べ過ぎてしまった。


 吐きそうなほど苦しい。

 しかし異世界の人々は、こんなに美味しいものを毎日食べていて、太ってしまうだろうに・・・

 城に勤める料理人も、この料理のレシピを得たであろうから、私も毎日食べられるな。

 自制しないと、大変なことになる。





「姫様! 姫様!」


 ドアを激しくたたく音で、私は眠ってしまったことに気づいた。


「ど、どうした?」


 私は、慌ててベッドから起き上がり、手で口を拭った。


「失礼します」


 バンモが険しい顔で、慌ただしく入室した。


「なんと! 姫様、はしたないですぞ! 昼間から横になるなど、しかもドレスのままで」


 私の姿を見るなり、バンモはまくしたてた。

 寝ていたなどと決めつけて、若干腹立たしくもあったが、その通りだから何も言えない。


「わ、私だって今日は疲れているのだ・・・」


 言い訳がましく聞こえるだろうな。

 ただ、早朝から色々あったのだ。酌んでほしいものだ。


「で、何があった?」


 何か理由があって、訪れたのだろう。

 私を叩き起こした理由を、バンモに問う。


「特に何がというわけではございませんが、お姿が見えませんでしたので・・・」


 冷めた目で言うバンモに腹が立つ。

 叩き起こされれば、何か起こったと思うではないか。


「本日は、パスカル様や巫女様方、それに勇者様もおいでです。お相手もせず、気ぬかること御座いませんように――」


 そう言われれば、そうなのである。

 客を、ほったらかしにするわけにもいかない。

 ただ、あの料理がおいしすぎたのだ。


 私は、ポッコリ膨らんでいたお腹に目を落とす。

 さっきよりは引っ込んでいるようだ。

 少しゆったり目の服に着替えれば、目立たないだろう。


「着替える故、エリリカを呼んでちょうだい」


 私は、バンモを部屋の外に追い出して扉を閉めた。

 さて、巫女のところにでも行って勇者について問いただすか・・・ 





 まぁ、エリリカもひどい有様であった。

 私の着替えを手伝っている間、何度もゲップをして――


「姫様・・・このことは、どうかご内密に・・・」


 エリリカは、食べ過ぎてしまったことに加え、私に同席して客人に振舞う料理に手を着けてしまったことを恥じているようだ。 

 私だって、エリリカを責められるわけもなく、誰に報告するわけもない。


「言えるわけがなかろう・・・」


 客人らも食事を済ませたであろう。

 料理が少ないと、漏らしてはいまいか・・・


「エリリカ、何も心配することはないぞ。同席を拒否したのはあの者たちなのだから、少々料理が少なかろうが、文句など言わせん!」


 私は、自分に言い聞かせるように言った。

 言ってしまうと、気が楽になった。

 そうだ、私たちは悪くない。


「そうですね」


 エリリカは、にっこり笑って同意した。

 そして、またゲップをする。


「お前は、まだ休んでいろ。客人の前で吐かれたら困る」


「も、申し訳ございません――ウプッ」


「ここではやめろ――」





 私は、一人で壁を伝い歩きながら客人の部屋へと向かった。

 城の者とすれ違うたび、平静を装う。

 だが、誰もいなくなれば壁を借りた。


 体が重すぎて、壁に手を置かなければ立っているのも難儀する。

 だいぶゆったりとした活動服を身にまとったのだが、それでもまだ腹が苦しい。

 胸を引き締めるコルセットもないから、だらしなく見えないか、いささかの不安はある。


 にぎやかに談笑する声が聞こえ始めた。

 巫女らの部屋の傍まで来た。

 もうすぐだ。

 私は、重い足を引きずるようにして、少しずつ歩む。


「しかし、ヒデオの名前が、英雄えいゆうと書いてヒデオだったとはなぁ」


 これは、イクイの声か?


「姉さんが、英雄えいゆうなんてワードを最後の最後に付け加えるから、こんなことになったのですよ!」


 サクイが叱るように言っている。


「でも、勇者と言えば、英雄えいゆうですよね?」


 ツナガイが姉をかばう。


「もし、姉さんが英雄というワードを入れなかったら・・・」


 アスハの不安そうな声――


「あかん、あかん! そんなん言うたら、あたしら大罪人やで」


 ハヒキが悲鳴のような声をあげる。


「せや! 言うたらあかん。この事は、墓場まで持っていくんや」


 イクイの声が沈む。


「でも・・・勇者を間違えたなんて、いずればれてしまうのでは――」


 サクイが、不安げに言っている。

 な、何だと!


「勇者を、間違えただと!!」


 私は、巫女らの部屋の扉を、蹴破って叫んだ。


「ど、どういうことです!」


 私は、目をまん丸くして私を見つめている巫女らに叫び問うた。





 しばらく、通夜のような沈黙が続いた。

 静寂を破ったのは、一番末娘のアスハである。


「アザリナ姫様、ヒデオ様にお会いして、いかがでしたか?」


 はぁ? 何を言っているんだお主は?


「最悪だったに決まっているでしょう!」


 私は、アスハに食って掛かった。


「何なの? あの礼儀知らずで、如何わしく、破廉恥な男は!」


「ええ、そうでした」


 うんうんと、頷いて聞くアスハにイラっとする。


「あんなのが、勇者のはずはない!」


 私は、巫女らを睨みつけながら怒鳴ってやった。


「いいえ、彼は、まがうことなき勇者です」


 アスハは、涼しい顔で言い切った。


「ほほう。じゃぁ今、あなたたちが話していたことは、何なのよ」


 私は、腕を組んで問いただす。

 言い逃れなんて、させないのだから――


「サラ・サーラ様は、何とおっしゃっていましたか? 勇者に剣を向け対峙したあの方なら、ヒデオ様の事を一番理解されたと思います」


 アスハにそう言われ、サラ将軍が言っていたことを思い出す。


「・・・臆病な男ではないと・・・」


「そうでしょう。彼は、勇者ですから」


「いやいや、勇敢だから勇者では、足りないのよ、色々と!」


「足りぬものなどありません。彼は、完璧な勇者です。英雄であり、この国の救世主となるでしょう」


 まぁー、アスハは幼い顔をしてよく舌がまわる。

 しかし、私はしっかりとこの耳で聞いたのだ。


「では、何故勇者を間違えたなどという話しになったのかしら?」


「それは、葡萄酒を飲みすぎたイクイ姉さんの戯言に付き合ったまでの事・・・」


「戯言で済まそうだなんて――」


「イクイ姉さん。お酒ばかり飲まないでくださいね。姉さんが飲みすぎるといつもおかしなことになる」


 アスハは、冷ややかな視線を姉に送る。


「いやぁ~、もうちょっとつまみがあればなぁ~、酒で空腹を誤魔化したから、ついつい飲みすぎてもうたぁ~」


 イクイが、真っ赤な顔でアハハと笑う。


「おや・・・アザリナ姫様・・・お腹が大きいようなぁ」


 ハヒキが意地悪な目で、私の腹を見る。

 私は腹を手で隠し、巫女らに背を向けた。


「ま、まさかご懐妊!」


 ハヒキが、わざとらしく驚いた口調で言う。


「そんなわけないでしょう!」


 くぅ~、悔しい。

 私が、いっぱい食べちゃったのバレているし、そこをいじられるとは――


「食事が足りなかったのなら、何か持ってこさせましょう・・・お酒も必要ですね?」


 私は、肩越しに巫女らに告げた。


「さすが姫さんや~話しが分かるぅ~」


 イクイが、カカカと笑った。

 私は、逃げるようにして巫女らの部屋を後にする。





 くそぉ~、あの巫女どもめ~

 巫女の部屋を出ると、私は悔しさのあまり唇を噛み、拳を力いっぱい握りしめた。

 味方に裏切られた気分だ。

 まぁ、裏切られるのはもう馴れたが・・・


「ちょっといいか?」


 私は近くに人影を見つけ、その者を呼んだ。


「すまないが、バンモに客人の部屋に食事を届けるように伝えてほしい。あと酒もだ」


 巡回中の衛兵だった。

 その兵は、一礼して去っていく。

 城内の人影もまばらだ。


 王が健在だったときは、もっと大勢の家来たちが行き来していたのに・・・

 みんな去ってしまった。

 私には、彼らをつなぎ留める力はなかった。


 窓ガラスに映る自分の顔に目を止める。

 美しいだけでは、ダメなのだ。

 私は、ため息をひとつつくと、壁伝いに歩きはじめた。


 さて、次はどうしようか?

 勇者は・・・

 いや、あの男の顔など見たくもない!


 パスカル様のところへ行こう。

 パスカル様にも、訊きたいことがある。





 賢者パスカルは聖堂にいて、女神アルマ・テラスの御姿の足元に跪坐している。

 何か祈念されているようなので、私も傍で黙祷した。


「おや、姫様・・・」


 パスカルに声を掛けられて、私は目を開ける。


「どうかされましたかな?」


 賢者パスカルの顔には、何の表情もなかった。

 私は、しばらくそのお顔を見つめた後で訊ねる。


「パスカル様に、勇者についてお訊ねしたいのです」


 パスカルは、黙ってうなずくと私に近くの席に座るよう促した。


「ずいぶんと乱暴な勇者だと、驚かれた事でしょう」


 パスカルがそう言うので、私は何度も頷いて見せた。


「私も驚きました」


 遠い目をしてその老人は言う。

 いや待て・・・あなたは驚くなよ!

 そう言いたいのを、私はぐっとこらえた。


「しかし・・・勇敢でしたね。サラ・サーラ将軍に剣を突き付けられ、平気でいられる者などこの世におりますまい」


 それは、まぁ、そうなのだろうけど・・・

 大事なのは、あの男が戦力になり得るかなのだ。

 戦って、我々に勝利をもたらすのか。


「勇者が・・・強いかどうかは、あまり関係ないかもしれませぬぞ」


 賢者パスカルは、私の考えていることが読めるらしい。


「強くなくては、困ります。我々に必要なのは、戦での勝利です」


 私は、賢者パスカルを睨みつけるようにして言った。

 老人の探るような眼を見て、慌てて視線をそらす。


「今、西の戦地に赴いているギノ将軍は、とてもお強い方だ。サラ・サーラ将軍もしかり、先王も戦上手で知られたお方でした」


 老人は、どこか遠くを見つめている。


「それでも、勝てない・・・」


 パスカルがそう言った。

 私も、同時に同じことを思った。


「いいですか姫様・・・あの勇者が、鬼神のごとき強さを持っていたとしても、それだけでは、この戦は勝てません」


「では、どうすれば・・・」


 そんなこと・・・聞きたくは無かった。

 賢者パスカルの口から、そんな絶望的なこと聞きたくはない。


「愛しなされ・・・あの勇者を・・・」


「無理です!」


 私は、はっきりと確実に賢者パスカルを睨みつけた。


 何を言っているのだ、このジジイ!

 ボケてしまったのなら、退け!

 誰が、あんな品のない男を!


 勇者召喚の儀式のとき、このジジイが私の身を授けるなどと、抜かしていたことを思い出した。


「この戦に勝つためですぞ・・・」


 パスカルは、驚いた顔で私をなだめようとする。


「無理なものは、無理です」


 私は、立ち上がって賢者たる老人に宣言する。


「勝ちます! 私が戦って勝ちます!」


 パスカルは、何かを言おうとしていたけど、私はそれを訊かずに退室した。










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