勇者ヒデオ VS サラ・サーラ将軍
5 勇者ヒデオ VS サラ・サーラ将軍
勇者ヒデオは、聖剣エル・エヴァン・ヴァスカを受け取ると、石床にそれを叩きつけた。
なかなか、この状況を飲み込めなくて、私は今起こった出来事を頭の中で反芻した。
勇者ヒデオは、聖剣を床に叩きつけた・・・
「貴様ぁぁぁぁぁ」
叫びながら、サラ将軍が駆けてきた。
「剣を取れ! 私が決闘の末、殺してやる」
細い剣の切っ先を勇者に向けながら、サラ将軍は勇者に凄んだ。
「お前らいい加減にしろよ! 好き勝手しやがってぇ」
勇者ヒデオは叫んだ。
あまりもの気迫に、私は一瞬ひるむ。
「こらヒデオ! 説明したやろがぁ」
イクイが、ヒデオにしがみついて窘める。
「取り敢えず、ハイハイと儀式を終わらせましょう」
サクイが勇者をなだめた。
「お前ら、女だからって調子に乗んなよ!」
勇者の怒りは収まらない。
顔を真っ赤にして、サラ将軍に凄んでいる。
「女、女と舐めるなよ」
サラ将軍は、剣の切っ先を勇者の額に着ける。
勇者の額から、赤く細い線が鼻の脇を通って顎に流れた。
「上等だ! やれよ!」
勇者は、仁王立ちになって眉を寄せサラ将軍を睨む。
「剣をとれ! 丸腰の者をいたぶってもつまらん」
サラ将軍は、冷たい笑みを浮かべて言った。
「ハン! 女相手に武器なんかいらねぇんだよ! やれや!」
勇者ヒデオは、ズボンの腹に両手を突っ込んでサラ将軍をあおった。
「姫様・・・こいつ殺しても良いですか?」
サラ将軍は、私を振り返って訊ねる。
「よい。やれ」
私の口から、すんなりその言葉が出た。
もう良い。
こいつはハズレだ。
無かったことにしよう・・・
私は、納得した。
「姫様、お待ちを!」
傍らにいた賢者パスカルが、私の手を掴んで懇願する。
「姫様! 私たちが言い聞かせますので、しばしお時間を!」
巫女のツナガイも、勇者の前に躍り出た。
「ほら、ヒデオ! 出直すでぇ、いったん引っ込もう」
イクイが、勇者の手を取りこの場から連れ出そうとした。
「いいや、お互い納得してねぇ。やってもらおうじゃないか」
勇者は、舌を出してサラ将軍を挑発した。
「やれやー、ほらー、やれねぇーのか? お嬢ちゃん?」
勇者の態度に、私の中に怒りがこみ上げてきた。
サラ将軍は、尊敬に値する人物だ。
多くの家臣らが去っていく中、女の身でありながら将軍にまで昇りつめ、この国に忠義を尽くしてくれている。
その彼女を、ここまで嘲られたら――
「死んで償え!」
私は、腰の剣を抜きざまに勇者を袈裟に切りつけた。
勇者のわき腹から肩にかけて、赤い線が引かれる。
白い騎士の正装は、赤い線から下がひらりと剥がれ腰に垂れる。
勇者は、切られながらも微動だにしなかった。
私の事を見もしない。
サラ将軍を睨んだままだ。
「姫様! おやめください!」
背後から、パスカルに羽交い絞めにされた。
老人のわりに力が強い。
抵抗は無駄のようなので、私は大人しくした。
それよりも、切られてはだけた勇者の肌に驚いている。
「あかんー、お前そっち系やったんかぁ」
イクイが、勇者のはだけた胸を見て項垂れた。
勇者の肌には、赤や青の色彩で異形の者の絵が描かれていた。
巫女らの打ち掛けに、施されている絵柄に似ている。
私は、玉座の上で項垂れた。
――はぁぁぁぁ――
ため息しか出ない。
色々と手間をかけて召喚した勇者が、あんなのだったとは・・・
その勇者は、少し前に巫女らに抱え込まれるようにして出て行った。
サラ将軍と賢者パスカルもついて行った。
私の剣がなまくらでなければ、あの一撃で殺せたのだろうに・・・。
勇者召喚を、無かったことにしたい。
もう一度儀式を行って、別の勇者を召喚できないものか・・・
謁見の間の大扉が開いた。
深紅の甲冑姿が、一礼して入室する。
サラ・サーラ将軍は、玉座の前まで来ると、片膝をついて頭を下げた。
「アザリナ姫様、先ほどは大変失礼いたしました」
彼女はそう言うが、何のことかわからなかった。
「あなたが、謝るようなことがありました?」
私は、たいして考えもしないで訊ねた。
あまり先ほどの光景を思いだしたくはないし、あの勇者の顔も記憶から消したい。
「姫様に、剣を抜かせてしまいました」
サラ将軍は、一瞬上目で私を見て答えた。
「ああー、残念だったわ。仕留めそこないました。あなただったら、一撃で仕留めたでしょうに」
「誠に申し訳ありません」
サラ将軍は、改めて深々と頭を下げた。
決して、私は彼女を責めているわけでは無かったのだが、そう聞こえてしまったかもしれない。
「とんだハズレを引いたわね。あんなのが勇者だなんて――」
私は玉座を降り、サラ将軍の元まで階段を下った。
サラ将軍の前まで来ると、彼女の手を取って立たせる。
サラ将軍は、立ち上がると私よりも頭一つ大きい。
「姫様、あの勇者ですが・・・」
サラ将軍は、優しい目で私を見つめた。
「何かしら?」
サラ将軍は、私を見つめたままなかなか切り出さない。
言いにくいことなのか?
「ハズレではないかもしれません・・・」
サラ将軍は、言いにくそうにぼそりと言った。
「何ですって!?」
私は、彼女を睨んでしまったかもしれない。
それほどびっくりしたのだ。
サラ将軍から、そのような言葉が出るとは思わなかったし、将軍には、あいつを私と一緒に否定してほしかったのだ。
「ど、どういうことです?」
「少なくとも・・・臆病な男ではありません。勇敢な男です」
勇敢!?
確かに、サラ将軍に剣の切っ先を向けられても、微動だにしなかったし、私が切りつけてもサラ将軍を睨み続けていた。
「ん~~、勇敢・・・なのかぁ」
私は、悩んだ。
勇敢なのか? 勇敢なのかもしれないが・・・
「少し、時間を与えてもいいかもしれません」
諭すような眼で、私よりだいぶお姉さんで背の高いサラ将軍が言う。
「わかったわ」
私がそう答えると、彼女は満足そうに笑って去って行った。
大広間に、勇者をもてなす料理が整えられていた。
肉が多い。
牛のステーキ、ハンバーグのサンドイッチ、鶏肉の串焼き、鶏肉の揚げ物、豚肉のパン粉包み揚げなど、あとは見たこともない黒いスープなど変わった食事である。
巫女様らが、事前に勇者の好みを調べていたようで、このような内容になったのだ。
本来なら、勇者を交えて皆でこの食事を囲むはずであっただ、あの騒動の後で誰もまだ手を着けていない。
「姫様、先にお召し上がりください。他の方々は、後にされるそうです」
エリリカが、上座の椅子を引いて私を座らせようとする。
「巫女様たちは?」
巫女様らとの食事は楽しかった。
また、ご一緒したかったのだが・・・
「巫女様たちは、勇者様とご一緒されるのでしょう」
「そうか・・・では私も・・・」
「なりません。今日は、同席されることはありません。姫様が召し上がられないと、誰も食事ができないのです」
エリリカの説明に、イラっとした。
「それは、私に気を使っているようで、失礼なことだぞ!」
私と、一緒に食事をしたくないと言う事だろう!
不愉快だ。
悲しい・・・寂しい・・・
「姫様。勇者様は異世界の方ですから、作法など粗相があるのを巫女様たちが気にかけているのです。どうかご容赦ください」
エリリカは、私の肩を押し付けて無理やり席に着かせた。
3つ年上のこの従者は、私には厳しいのに、いつも客には優しい。
まぁ、あの騒動の後だ、また問題が発生してもおかしくはない。
なら、勇者などどこかの部屋に閉じ込めて、巫女様たちだけ一緒に食事をすればよいものを・・・
「で、これはどうやって食べればいいのだ?」
私は、あれこれ考えるのをやめて、目の前の食器に目を向けた。
ナイフとフォークはわかるのだが、見慣れない2本の棒があったり、スープの大鍋の脇に大きなスプーンがあったりと、普段とは食事の方法すら違うようだ。
「それは・・・ハシというもので、異世界の方は、これですべての食事をされるようです」
エリリカが、木製の木の棒に関して説明してくれたのだが、そこには偽りが混じっていた。
「これで、スープが飲めるわけがないだろう?」
私は、冷ややかな目でエリリカを見てやった。
「まぁ、それはそうなのですが・・・」
エリリカは、細い顎をつまんで考えを巡らせている。
「まぁ、やってみるか」
私は、2本の木の棒を両手に1本ずつ持ってみた。
「姫様、それは違います。こう2本を片手で・・・」
エリリカが、私の右手にハシを持ち直させた。
2本の棒を親指と人差し指の間に挟んで、ピンセットのように物をつまむと・・・
「できるか!」
私は、2本の木の棒を床に叩きつけた。
「こんな物で物をつまむなど、指が10本無ければ無理に決まっている!」
私は、いつものようにナイフとフォークを手に取り、手近にあった豚肉のパン粉の包み揚げを口に放り込む。
――ムムム!!! ――
美味なり。
何という事でしょう。
噛むと心地よいサクッとした感触、口の中に広がる肉汁、甘味すら感じる。
「エ、エリリカ! お前も食べてみろ!」
私は、遠慮するエリリカの口に、無理やり豚肉のパン粉の包み揚げを、一切れ放り込んだ。
「ふぁぁぁ」
エリリカは、両の頬を掌で押さえてうっとりとした顔をする。
「こ、これは・・・神のお召しになるものか」
私は、恐る恐る鶏肉の串焼きに手を伸ばした。
手づかみで食すなど、品のない蛮人の食べるものと馬鹿にして見ていたが・・・
「うぐぐぐぐ」
何という事でしょう。
鼻に抜ける香ばしい香りに、甘くてしょっぱいソースが、噛むたびに肉汁と合わさって結合する。
口の中で完成されるこれは、味覚の芸術だ!
私とエリリカは、我を忘れ目の前の料理をむさぼり食した。
エリリカなど、進めてもいないのに私の隣の席に座っている。
醜くも、最後は奪い合いながら、私たちは神の馳走を食したのだった。




