表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

勇者ヒデオ

4 勇者ヒデオ




 私は、泉の中から伸びてきた手を、四角い箱を持ったまま両手でつかんだ。

 ごわごわした堅い手だった。

 温もりは感じない。


 濡れているから?

 私は、その手を掴んだのだけれど、その手から伝わってくる様々な情報に呆気に取られてしまっていた。

 ただ、手を握っているだけ・・・


「姫さん! 何やってるんや! 引け! 死んでまうで――」


 イクイに叱られ、私は我に返る。 

 私は、慌ててその手を引っ張った。


 重い――


 私は、体重をかけてその手を引いた。

 泥にはまった者を救い出すかのように、重くぬっとりとした抵抗を感じる。

 勇者の手は、私が持っていた小さな箱を掴んだ。


 そのとたん、その手からすさまじい力を感じる。

 引き戻そうとする力だ。


「わ、まって――」


 私は、逃げられないように、渾身の力でその手を引いた。


――お願い。行かないで――


 せっかく掴んだこの手を、放すものですか!

 何かの拍子に、糸が切れたみたいに力が抜ける。

 私は、勢い余って後ろに倒れ、泉の中に没した。


 頭の先まで水に浸かって、その水の冷たさに息が詰まる。

 目を開けると、水中に黒い影が見えた。

 黒いズボンをはいた、男の足が見える。


 私は手で水を掻き、体勢を直すと、ゆっくりと水面に顔を出した。

 裸の胸を隠し、目の前の人物をそっと観察する。


「ぶぅえへ!」


 男が、激しくせき込んでいる。

 私がもたもたしていたから、水を飲んでしまったのだろう。

 咳をするたびに、男の黒髪が飛沫を飛ばす。


 黒髪の毛先だけ、金色だった。

 変わった毛色だな。

 私は、水面から顔だけ出して、声をかけるタイミングをうかがう。


「最悪だ、どうなってんだぁ」


 男が、おどろおどろしい声で言う。

 今が声をかけるチャンスなのだろうが、私は怖かった。 


「ああん? 何だここは?」


 男は、怪訝そうな顔であたりを見渡す。


「何だお前ら?」


 男は、泉の周囲にいる巫女らに気づいた。


「ようこそ――と、言いたいところやけどな、ひとまず水から上がろうかぁ」


 イクイがニコニコと良い笑顔で言う。


「あ!」


 男は、手に持っていた小さな箱を見て叫んだ。


「おいおい、交換したばかりなんだぞ! うそ! 電波はいんねぇー」


 男は天井を見上げる。


「地下か?」


 そう呟いて、その箱を尻のポケットにしまう。

 その時、水面に顔だけのぞかせている私と目が合った。


「おいおい・・・何で裸なの?」


 男は、私を凝視していた。

 え! 見えてる!?

 水中に身体を沈めていたが、傍にいる男からは見えたのだろう。

 私は、鼻まで水に浸かって後ろに下がった。


「勇者様! こちらへ」


 階段傍で、エリリカが勇者を呼んだ。

 男は、私を気にかけながら階段へと進む。

 ありがとう。エリリカ・・・でも・・・見られたよ・・・


 私は、悲しいやら恥ずかしいやらで、水の中で背を丸めた。

 視界の隅で、エリリカが男に階段を上がるよう勧めている。

 巫女らやパスカルも階段に向かっていた。

 男の後に続いて、巫女らが階段を上がり始めると、エリリカが声をかけてきた。


「姫様、着替えましょう」


「エリリカ――」


 私は、傍にやってきたエリリカに抱きついた。

 エリリカは、優しく私の背を撫でてくれている。

 肩から羽織っていた羽衣は、すっかりはだけ、私の足にまとわりついている。

 それを、エリリカが丁寧に取り除いてくれた。


「さぁ、みなさん移動されましたから、我々も行きましょう」


――クシュン――


 くしゃみが出た。


「ほら、急がないと風邪をひいてしまいます」


 私は、エリリカに肩を抱かれて階段を登った。





 先ほどの小部屋に戻ると、エリリカが私の身体を拭いてくれた。

 寒さで震えが止まらない。


「アザリナ様、勇者召喚の儀、成功おめでとうございます」


 エリリカは、そう言ってくれるが、めでたい気分には全くなれなかった。

 私は、勇者が怖かった。

 本当に、我が国を救ってくれる勇者なのだろうか?


「この後、謁見の間で授剣じゅけんの儀となります。パスカル様が、エヴァ大神殿で清めてくださった聖剣は、まだご覧になっていませんよね?」


 私は、頷いた。

 歯が鳴って、言葉が出ない。

 勇者に聖剣を授受する。


 単なる物の受け渡しではない。

 この国を救うという重責を授けるのだ。

 あの勇者、受け取るだろうか・・・


 私は、甲冑に身を包むと謁見の間に向かった。

 まだ寒かったが、震えは止まった。

 早く暖かいスープが飲みたかった。


 授剣の儀が終われば、食事となる。

 勇者を馳走で振舞うのだ。

 謁見の間に着くと、私は玉座に座った。


 すでにバンモが玉座の隣にいて、私を見ると一礼した。

 まだ勇者の姿はない。

 パスカルや巫女らの姿もないことから、勇者の支度に時間を要しているのだろう。


「姫様、お茶をお持ちしました」


 エリリカが、温かいお茶を持って来てくれた。

 ありがたい。

 私は、温かいお茶の入ったカップで手を温めた。


 手から温もりが、全身に行き渡るようだ。

 外から騒がしい声が聞こえ始めた。

 従者らが使う小用路から、巫女らの声がする。


「おいヒデオ! そっちやない!」


「あかんてぇ~」


「ヒデオさん。お行儀よく」


 何だか不安になるような文言が続き、脇の通用戸が勢いよく開け放たれた。

 開け放たれた扉から、正装に着替えた勇者が巫女らを引き連れ現れる。

 上下白の騎士の正装だ。

 胸と背中に、金糸で刺繍が施されている。


「お、さっきの裸のねぇーちゃんじゃねぇーか」


 ニタリと、勇者は私を見て笑う。

 そして、ずかずかとだらしのない足取りで入室した。


「まちーや! ヒデオ!」


 イクイが勇者の腕を掴んで制するも、勇者はその手を振り払って進む。

 あー、こいつ嫌いだ。

 節操がない。


 私は、項垂れた。

 事もあろうか、勇者ヒデオは玉座に続く階段を、そのままの勢いで登ってきた。


「お待ちなさい! 無礼ですよ!」


 傍に控えていたエリリカが、玉座の前に出て声を荒げた。


「ここなに? コスプレの店なの?」


 勇者ヒデオは、にやけた顔で私を見ている。


「お姉さんたち外人さん? ええー乳してたねー」


 勇者は上座に登り着くと、掌を広げたり閉じたりしながら、私を卑猥な目で見た。

 私は、全身の血が沸き上がるのを感じる。

 恥ずかしくて、逃げ出したかった。


「いい加減にしろ!」


 何者かがさっそうと現れ、玉座の前に立つ勇者の腕を掴みひねり上げると、足を払って投げ飛ばした。

 勇者の身体が、階段を跳ねながら落ちていく。


「ちょっと! やりすぎです!」


 サクイが、階段を落ちてくる勇者を抱きとめて非難した。

 私の目の前には、深紅の甲冑があった。

 背に長い金髪を垂らしている。


「サラ・サーラ様!」


 エリリカが、その者の名を呼ぶ。

 私の前に立つ深紅の甲冑は、サラ・サーラ将軍だった。

 女性でありながら、将軍まで昇りつめた強者である。

 今は、王国の守護と索敵の任に当たっていた。


「ヒデオもヒデオやでー、いやらしいわぁ」


 あちこち痛がりながら身を起こす勇者を、イクイが小突く。


「どうかされましたかな?」


 そこに、聖剣を携え賢者パスカルが現れた。


「この者、たったいま大罪を犯しました」


 サラ・サーラ将軍は、階段を降りながら腰の剣を抜いた。

 細身の剣だ。


「処刑します」


 冷淡に、サラ将軍は言い放った。


「まってぇーな」


 イクイが、勇者を無理やり座らせながら弁解する。


「こいつも、いきなりこの世界に連れて来られて混乱してんねん」


「どうか、ご容赦くださいませ」


 ツナガイが、勇者の頭を押さえつけながら一緒に謝罪する。

 サラ将軍は、振り返って私を見上げた。

 私に裁量を求めている。


 難しい判断だ。

 イクイが言うように、無理やりこの世界に連れてきてしまった。

 しかし・・・この者を殺して、すべて無かったことに・・・


 いや、さすがにそれは駄目だ。

 私は、玉座から立ち上がると宣言する。


「許す――」


 私は、言った。

 しかし、出来るだけ冷ややかな目で勇者を見下ろした。

 次はないぞ!


 そういう意味でだ。

 サラ将軍は、舌打ちをして剣を鞘に納めた。


「ええー、では授剣の儀を執り行いたいと・・・」


 賢者パスカルは、まだ状況が飲み込めていないようであったが、やるべきことをさっさと終わらせてしまおうとしているようだ。


 少し、投げやりになっているようにも見える。


「では、勇者ヒデオ・・・少し下がりなさい。近すぎる」


 玉座の真下に跪かされていた勇者に、パスカルが言う。

 勇者は、巫女らに引きずられるようにして、謁見の間の中央付近に移動する。


「おい、放せよ!」


 自分を押さえつけている巫女らに、勇者は低い声で言う。

 声色から、イラつきを感じさせた。


「えぇから―― パスカル様、はじめちゃってぇ」


 イクイが、勇者の頭に圧し掛かって儀式の開始を促した。


「バンモ殿、よろしい」


 パスカルは、玉座の下に移動して頭を垂れた。

 バンモは頷いて、謁見の間の入り口付近にいる衛兵に合図する。

 甲高い笛の音が、謁見の間に鳴り響いた。

 それを合図に、ラッパが吹鳴される。


「これより、授剣の儀を執り行う」


 バンモが宣言すると、サラ将軍が、剣を抜いて眼前に垂直に持つ。

 騎士の敬礼だ。

 私は玉座を降り、大臣バンモを従えて階段を降りた。


 巫女らに押さえつけられている勇者の前まで進み出る。

私は勇者を見下ろしながら、告げた。


「我、エルスカ王国第一王女アザリナは、先王ヴァスカに代わり貴殿に命じる――」


 嫌な目だ。

 私は、勇者の目を見ていた。

 細く吊り上がった目に、激しい怒りが見える。


「勇者ヒデオよ、汝に命じる。この聖剣――」


 私の傍らに膝をつく賢者パスカルが、両手で恭しく聖剣を掲げる。

 私は、パスカルから聖剣を受け取ると、鞘からその刀身を抜いた。


「エル・エヴァン・ヴァスカを貴殿に授ける」


 刀身は、丸みを帯びた金属だが、その周りに付く刃は透明で、光にかざすとうっすらと輪郭が見えた。

 美しい剣だ。

 先王ヴァスカの、父の名のついたこの剣を――


 こんな奴に、くれてしまうのは惜しい。

 残念な気持ちを隠しながら、私は聖剣を鞘に納め勇者の頭上に掲げる。


「奮闘せよ。悪しき者からこの国を守れ――」


 私が、そう告げるのを合図に、巫女たちは勇者の身体から離れ、勇者ヒデオが立ち上がる。

 私から、勇者が聖剣を受け取って、儀式は終わる。


「いるかこんなもん! ボケぇ」


 勇者ヒデオは、私から聖剣を受け取ると、そう吐き捨てて聖剣を石床に叩きつけた。

 ・・・え?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ