アルカナンサスと勇者の逃亡劇 2
33 アルカナンサスと勇者の逃亡劇 2
湿地帯を超え、さらに進むと水に浸かった森がある。
そこには、特殊な植物が群生し、私たちは湖の森と言っていた。
見たことも無いから、聞いた話しか知らない。
書物などで、たまに記述を見かけるが、大昔の記録ばかりで今日の実情を知る手掛かりにはなりえないものだ。
「きっと驚くよ! 早く姫様をジープに連れていきたいよ」
アルカナンサスは、エリリカが差し出した茶を受け取りながら、上機嫌に言う。
「その時は、私も是非お供させてください」
エリリカは私の隣に腰を掛け、私とアルカナンサスの会話に参入した。
「それで、ジープ国国王様はヒデオをどうしたの?」
アルカナンサスの話は、ヒデオをジープ国国王に謁見させるところだった。
「マルベリア様は、君たちとの件もあって人間が大嫌いだからね、大変だったよ」
アルカナンサスは、うなだれて見せた。
まぁ、あのヒデオだ。どこに出したって大変だろう。
「話なんて、一切聞いてくれなくて、即刻その者の首をはねよ、の一点張りさ」
アルカナンサスは、何故か立ち上がった。
「そこで、俺は言ったのさ!」
ほうほう、何だ何だと私は身を乗り出す。
「ヒデオに、ゴメンって・・・」
ダメじゃん・・・。
でも、ヒデオの首はつながっていたよな?
腕は、怪我をしていたようだけど。
「そうしたら、ヒデオが悲しそうな顔で言ったんだ・・・」
ヒデオの悲しそうな顔は、想像できなかった。
たぶん、アルカナンサスが話を盛っている。
「俺は、ここに逃げてきたわけじゃねぇ。かと言って押し込み強盗に来たわけでもねぇ」
悲しそうな顔で、そんなこと言う訳がない。
きっとヒデオは、あの嫌らしい目で険しい顔して言ったはずだ。
「あの不細工な顔したトカゲに言ってくれ! 勘違いすんなってな!」
アルカナンサスは、ヒデオの口ぶりを頑張ってまねて言う。
「言える訳ないでしょう?」
アルカナンサスは、目を丸くして私に同調を求める。
まぁ、自分の国の王様に、言えたらたいしたものだ。
「で、どうしたの?」
「幸い、マルベリア王は人語を知らないから、ヒデオの代わりに命乞いをしてあげた」
アルカナンサスは、大変だったと肩を落とす。
「まぁ、それでヒデオ様の命が助けられたのですから、良かったですね」
エリリカは、含み笑いを隠しながら言った。
「良くないよ! その後、ヒデオは王様になんて言ったっと思う?」
アルカナンサスは、ゆっくりとソファーに腰を戻す。
「お前みたいな小物じゃ話にならねぇ、もっと話の分かるヤツだせや―― だよ」
また、アルカナンサスは自分の苦労を同調させようとする。
王様を小物呼ばわりした挙句、無理なことを言う。
「暴れるヒデオをなだめすかしてさ、その足でデルガンに向かったのさ」
「え! ジープについてすぐに?」
何と言うことだ。私たちがまだ森の中を捜索してたであろう時に、2人はすでにデルガンに旅立とうとしていたのだ。
「あのままジープに居たら、命がいくつあっても足りやしないよ」
そして2人は、4,5日程かけてデルガンに到着したそうだ。
「大変な旅だったと思うのですが、特になにもなく?」
エリリカは、不思議そうな顔をしてアルに訊ねた。
言葉で4,5日と言ってしまえば簡単だが、何もない4,5日もないだろう。
でも、アルは口をへの字に曲げて首を振る。
「デルガンのオークには、何かツテがあったの?」
「無いよ。ヒデオが行くって言うから――」
アルカナンサスの酔いは、だいぶ醒めたようだ。
さっきからお茶を何杯もお替りして、舌の動きが滑らかになった。
「聞いたって面白くないだろうから、ざっと話すけどさ、デルガンに着くなり大勢のオークに取り囲まれて、あっという間に拿捕されたのさ」
アルカナンサスは、つまらなそうな顔をして一気にまくしたてる。
そこ、面白そうだと思ったんだけど・・・。
「狭い洞窟の中に閉じ込められてさ、何の肉かわからない臭い腐肉を食わされ・・・」
今度こそ絶体絶命のピンチよね?
私は、アルの話の先に期待しつつ固唾をのむ。
「デルガンって、どのようなところなのですか?」
隣に座るエリリカが口を挟んだ。
もう、そんなことどうでも良いでしょうに。
「岩だらけ・・・オークは生物なら何でも食べちゃうから、草も木も生えない不毛地帯さ」
アルカナンサスは、肩をすぼめて茶を飲んだ。
でも・・・それじゃ生きていくのが大変だ。
「飢餓や病気が蔓延していたりはしないの?」
私は、シオリの身が少し心配になった。
お国に返すより、この国にいたほうが良いのかもしれない。
「あいつら丈夫だしね。国に食い物がなくなれば、隣の国に取りに行けば良い」
「そ、それって――」
私たちエルスカ王国は、つい最近までデルガンと戦争状態にあった。
侵略の理由は、そこにあったのだ。
「でも、急にオーク軍は退いたのですよね? それで、ギノ様が帰還された」
エリリカは、アルのカップに茶を注ぎながら訊ねる。
「ああ、俺たちが行った頃だね。きっと・・・」
戦地から、大勢の兵士たちが帰って来たとアルカナンサスは話を続ける。
それで、2人はユーサクと出会うわけだ。
戦地から呼び戻されたユーサクは、王の見守る中で2人の尋問を行う。
尋問は、屋外で岩山の中腹にある広らけた場所で行われた。
大勢のオークらに取り囲まれ、王の目前で行われたそれは、尋問と言うよりは糾問であったと、アルカナンサスは回想する。
「王は、お前の腸をご所望だ。そっちのトカゲは、鱗をはぐ手間がかかるから、保存食だ」
ユーサクは、そう2人に宣告する。
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ、お前ら豚が俺の腹に入るんだろうが!」
ヒデオは、ユーサクにそう言って挑発した。
「おい、お前! そこのぶくぶく太った豚に訊け! 丸焼きが良いか、ゆで豚が良いか!」
ヒデオは、人語の話せるユーサクに言った。
それが、ユーサクを激怒させる。
「生きたまま、腸を引き抜いてやる――」
激高したユーサクは、王と何事かを話した後、ヒデオに正対する。
「上等だ! やってやろうじゃないか」
手かせ足かせをされたまま、ヒデオは跪いた状態で啖呵を切った。
「まてまて、せめて手かせと足かせを取ってやってくれ、せめてもの情けだ」
ヒデオの隣で、同じように跪いているアルカナンサスがユーサクに懇願する。
ユーサクは、無言でヒデオに近づくとヒデオの手かせを掴んだ。
雑な見た目だが、金属製であることは間違いない。
ユーサクは、それを握りつぶし破壊した。
足かせも、同様に破壊する。
「ふん、良いのかよ。ちょうど良いハンデだったのによ」
「ヒデオ、もう謝ろう。強がるだけ無駄だって」
強がるヒデオを、アルカナンサスは必死で諫めようとする。
「はぁ~、何言ってんだアル? 何で俺が食い物に頭下げなきゃならねぇんだ」
ヒデオは、指を鳴らしながらユーサクに対し斜に構えた。
「かかってこい・・・その度胸があるならな」
ユーサクは、平然と仁王立ちでいる。
「かかってくるのは、小物のお前からだ! 軽く相手してやるから安心しな」
ヒデオは、自分の倍もあろうかという相手を手招きして挑発する。
「貧弱な人間の分際で――」
ォォォオオオオオオオオ――
ユーサクは、雄叫びをあげてヒデオ目掛け突進した。
まさに、猪突猛進のごとく。
「うほぅ――」
ヒデオのそばにいたアルカナンサスは、転がりながら巨大なイノシシの突進を交わす。
ヒデオも衝突の直前で身をひるがえし、かろうじてかわせたようだ。
「はっ! なかなかすばしっこいじゃねぇか、まるで野兎みてぇだ」
バックステップで距離を取りながら、ヒデオはユーサクを嘲笑する。
「あのぅ、どなたか俺のこれも取っていただけません? そのうち巻き込まれそうで――」
アルカナンサスは、無言で取り囲むオークらに手かせを外すよう頼んでみたが、応じる者はいなかった。
再び、ユーサクはヒデオに突進した。
今度は、ヒデオに衝突する直前で腕を振り回す。
ヒデオは、ユーサクの脇腹を前回り受け身ですり抜け、反方向へ走り抜ける。
勢い余ったユーサクは、取り囲むオークらに突っ込んで、数体のオークが殴り飛ばされた。
「ははは――、お前誰を相手にしてんだ? 敵も味方も分からねぇポンコツかぁ」
ヒデオは、お道化た顔をしてわざとらしく笑う。
しかし、その額はびっしょり汗で濡れ、毛先の黄色い黒髪が張り付いていた。
倒れているオークらの中から、ユーサクが身を起こし咆哮をあげた。
凄まじい咆哮に、ヒデオは耳を抑えて顔をしかめる。
ユーサクの目は血走っていて、正気を失っているように見えた。
怒りで我を忘れている。
「あぁー、本気で怒らせちゃったよ・・・」
アルカナンサスは、壁となっているオークらの足元でうずくまり、遠くからヒデオの身を案じる。
ユーサクは、足で土を掻き渾身の突進の構えだ。
ヒデオは、騎士装束のズボンのポケットに手を突っ込み、舌を出して挑発している。
「もう逃げようー、ヒデオ!」
取り囲むオークらが、ユーサクとヒデオの勝負に夢中になっているのをよそに、アルカナンサスは手かせで足かせを叩いて破壊を試みていた。
ドーンっと、ユーサクが大地を蹴る音と衝撃が走った。
発生した風が、土埃を舞いあげる。
ユーサクの体が、広場の中ほどまで来たとき、ヒデオが動いた。
逃げるでもなく、かわすでもなく、ヒデオも前に走る。
先ほどまでヘラヘラと笑っていた顔は、目を見開いた真顔であった。
衝突の直前、ユーサクは右腕を振りかぶりその腕をヒデオに振り下ろす。
2人が、広場の中央付近で衝突した。
衝撃音と、何かが破壊された音が響く。
いったい何が起きたのか、広場の中央付近にいるユーサクとヒデオは、互いに拳を突き出した格好で止まっている。
何かのきっかけで、再び映像が動き出す。
ユーサクの巨体が、ゆっくりと大地に沈んでいき、大木が倒れるような衝撃が響き渡った。
広場の中央には、右腕をだらりと下げ、左腕を天に突き上げたヒデオだけが立っている。
「ヒデオが勝ったとわかったら、周りのオークたちが大騒ぎさ」
話し疲れたと言わんばかりに、アルカナンサスはソファーの背もたれに両腕を広げた。
「俺もヒデオも、あいつらに殴り殺されると思ったよ」
アルカナンサスは、遠い目をして天井を眺めた。
「でもさ、違ったんだ。あいつら、大喜びしているの」
クククと、アルカナンサスは思い出し笑いを漏らす。
「オークの王様まで、立ち上がって涙を流しながら手を叩いていたよ」
私とエリリカは顔を見合わせて、お互いの疑問符だらけの顔を見比べた。
「オークってさ、不思議な生き物でさ、強い者が1番、強い者が正義、強い者が大好き、そういう種族なのさ」
私とエリリカは、話の意図を理解し感嘆の声をあげた。
「ヒデオ、ヒデオって、大歓声だったよ」
そうして、ヒデオはオークたちの心を掴んだそうだ。
ヒデオの右腕は、その時に折れたらしい。
ヒデオが本当に強いのか? まぐれなのか? 見ていたわけではない私には、わからないけれど・・・。




