アルカナンサスと勇者の逃亡劇 1
32 アルカナンサスと勇者の逃亡劇 1
夕食は、リリノの他にギノ大将軍とバンモ、アスハとアルカナンサスも同席した。
それには、私の企みがあったのだ。
酒を振舞い、みんなの前でアルカナンサスを問い詰めようという魂胆である。
今まで何度かそれとなく聞いてはいたのだが、のらりくらりとかわされ続けたのだ。
今日こそは、聞き出してやるのだ!
「リリノ、アルはね。お酒が大好きなのよ。いっぱい進めてあげてね」
テーブルの角を挟んで左側にリリノが座っている。
その隣にアルカナンサス、アスハという並びにした。
リリノとアスハによる酒攻めだ!
リリノの背後には、給仕としてサンハ・ルーインがタキシード姿で葡萄酒のボトル携え構えている。
そして私の右には、バンモ、ギノ大将軍という盛り上げ役も用意している。
「では、私から一献」
リリノが、背後のサンハに目配せをすると、アルの持つグラスに葡萄酒が注がれた。
「こちらは、私がサルベルト帝国から持参いたしました。少し酸味の強いお酒と聞いております」
「う~ん。美味しい。確かに酸味が少し強いですが、美味です」
アルは、注がれた酒を一気に飲み干して味の余韻に浸っている。
「アル~、これも飲んでみて――」
身を乗り出して、隣のアスハがボトルの口をアルカナンサスに向けた。
「お米のお酒ですよ――」
アスハがアルのグラスに酒を注いだ。
それは、まるで真水のように透明で濁りのない物であった。
「うほほー、何だこれは! 水のようだけど、とても甘くて芳醇な香りだ」
アルカナンサスは、アスハが注いだ酒をとても気に入ったようだ。
お替りを所望する。
「まるで水のように飲みやすくて、それなのに果実の汁のような甘味、それから体の芯から温まる」
アルは、うっとりとした目で天井を見上げる。
なんだ・・・そんなにおいしいのか?
私は、お酒の味がわからないが・・・そんなにおいしそうにされると気になってしまう。
それは、バンモやギノ大将軍も同じのようで、アスハに試させてほしいとグラスを向ける。
「な―― 何と言うことだ・・・この世にこのような味の酒があっただなんて」
酒を飲みほしたギノ大将軍が、感動で震えている。
「こ、これは美味ですな・・・さすがはエヴァ大神殿の酒」
バンモも感嘆の声を上げる。
「このお酒は、異世界のお酒なのです。神様にお供えするためだけに、神殿で少しだけ作っているのです」
アスハが、自慢げに言う。
異世界の、神の――
当然、私も気になってしまう。
お酒は飲めないけど、これを逃したらもう二度と飲めないかもしれない。
「あ、アスハ・・・私にも少しだけ頂けないかしら」
私は、俺も私もとグラスを向けられているアスハに、躊躇いながら訊ねた。
「ダメです。姫様にはまだ早いです」
軽くあしらわれた。
そんなー 大人だけずるい!
「お姉さま、私たちはジュースで我慢いたしましょう。お酒は、大人になった時の楽しみに」
リリノのほうが、よっぽど大人だ。
しかし、ほどなく私はあしらってくれたアスハに感謝することになる。
俺も俺もと、勇んで飲み続けたバンモとギノ大将軍が、テーブルに額を付けて沈んだ。
酒を注いでいただけのはずのアスハも、何故かアルカナンサスにもたれ掛かって寝息を立てている。
何これ・・・毒?
「このお酒、水のように飲みやすいから、飲みなれないと危ないね~」
アルカナンサスは、グラスのお酒をちびちびとなめるように飲んでいた。
「アルは、本当にお酒が強いのね」
私は、作戦の失敗に苦笑する。
「サンハ、皆さんを部屋に送り届けなくてはいけないわ。どなたか呼んできてくれる」
リリノは、サンハに命じた。
この中で一番まともなのは、リリノだけだ。
私は、食い散らかされたテーブルを眺めながら思う。
ヒデオも、こんなお酒の強いリザードとよく一緒に飲めたものだ。
私は、大広間で醜態をさらしたヒデオの姿を思い出す。
「・・・この国を襲撃した日、ヒデオとは何を語ったの?」
私は、半分諦めていたが、それとなく聞いてみた。
アルもずいぶん酔っぱらっている。
今なら話してくれるだろうか・・・。
アルは、フォークを伸ばしてテーブルのオードブルを口に運んだ。
「本当に、この国の食べ物は美味しい。積極的に貿易したいよ」
商人の顔になってアルが言う。
やれやれ、今日もだめか――
そう諦めていたのだけれど・・・。
「あいつは、可哀そうな奴だった」
突然、アルが語り始めた。
天井の先の空を見つめている。
あいつは、戦士だった。
平和な国に生まれ育ち、戦争も飢餓も知らずに大人になって、海の向こうでは多くの不幸があることを知る。
善意から、あいつは傭兵となり多くの戦場を駆けまわり、自らの名前と同じ英雄となるはずであった。
しかし、そうはならなかった。
屍を盾にし、屍を積み重ねて土豪にする。
そんな戦場を渡り歩くうちに、英雄とは程遠い者になっていった。
いつしかあいつは、殺戮の英雄と呼ばれるようになる。
毎日、毎日、人が人を殺める。
敵が味方を殺し、味方が敵を殺す。
前の戦場で敵だった者が、今度の戦場では味方であったり、その逆だったり・・・。
目の前にいるのが敵で、隣にいるのが味方、それぐらいの区別しかできなくなる。
いつしか、ヒデオは戦っている意味すら忘れ、ただ人を殺すだけの殺戮者となっていた。
そんな中、ヒデオはある事件に巻き込まれる。
「その事件って?」
私は、アルカナンサスに話の先を急かした。
「さぁー、あいつもその先は詳しくは語らなかったよ。でもさ、戦場ってのは色々あるから・・・」
アルカナンサスは、口を閉ざしてしまう。
気にはなるが・・・もう十分な気もした。
この国を救うために召喚した勇者は、英雄ではなかったわけだ。
「ヒデオがね。こう言ったんだ。この国は、この世界はまだ救えるって」
「どういうこと?」
「大量破壊兵器が生まれる前に、まともな奴が世界を平定すれば、この世界は救えるそうだよ」
「大量破壊兵器?」
「この世界には、まだ無いものだから――」
アルカナンサスは、良い例えを探している。
「たぶん、火山の噴火のような威力の武器だね」
火山の噴火を、人が武器として使用する。
それは・・・確かにおぞましい。
「ヒデオに誘われたんだ。世界を平定しようって・・・」
アルの言う言葉に、私は虫唾の走る思いだった。
あいつが・・・世界を手に入れようとしている。
「ダメよ、アル! あいつの口車になんかに乗ったら!」
私は、身を乗り出してアルカナンサスに詰め寄る。
「姫様、君はヒデオを知らないから――」
「知らなくて結構! 知りたくもない! アル、お願い。獣人と人族が仲良くすることは良いことだけど、それで世界を手に入れようだなんて考えないで!」
今にも掴みかからん勢いで、私はアルに言った。
それを、背後にいたエリリカが諫める。
「姫様、まず座りましょう」
エリリカの顔を見れば、ちょっと怒った顔をしていた。
「お姉さま、立ち入ったお話になりそうでしたら、私たちはこれで・・・」
リリノは席を立ち、腰をかがめて礼をする。
人を呼びに出ていたサンハが、慌てて駆け戻って来た。
その後に、数人の給仕が入室する。
「姫様、お茶の用意をいたしますので、そちらでお待ちください」
エリリカは、私に執務室に行くよう促し部屋を出て言った。
「ごめんアル。ちょっと興奮してしまって・・・でも、もう少しお話をさせて」
私はアルカナンサスと共に、執務室へと向かった。
さて・・・何を話そう・・・いや、何を訊こうか。
執務室のソファーに、私とアルカナンサスは向かい合って座った。
暖炉の火が時折はぜるほか、室内は静寂に包まれている。
「今思えば、ヒデオがアルを逃がしてくれて良かったと思っているの」
私は、心の中に浮かんだ言葉を口にした。
ヒデオのことは好きにはなれないが、アルは好きだ。
あの時、アルカナンサスを処刑してしまっていたら、こうやってアルカナンサスと会話することもなかったのだ。
「捕まる前に、逃げる算段をつけていたのかしら?」
「まさか・・・でも、いつでも逃げられたよ。ヒデオが助けてくれなくてもね」
アルカナンサスは、ソファーの背もたれにのけぞって酒臭い息を天井に吐き出す。
「ねぇ、アル? 聞かせてくれないかな、あの後の事、あなた達が連合軍としてこの国を取り囲むまでのことを」
パチンと、暖炉の火が大きくはぜて、私はちょっと驚いて身をすくめた。
「そうだね~、どこから話そうかね~」
この国の城門は、たやすく通ることができた。
それは、前日の私の命令があったことと、正装で身だしなみを整えた勇者ヒデオの存在があったからである。
ヒデオは、アルカナンサスを処刑場所まで連行すると、門の警備兵に告げ城の外に出た。
他に護衛もなかったことから、警備兵も最初は訝しくは思ったらしいのだが、勇者ヒデオの存在がそれを払拭した。
アルとヒデオは夜闇の中、街道をひたすら走り続け、夜が明けると目立たぬよう森に入る。
森に入ると、半野生の馬を見つけ、それを使った。
このあたりにいる馬は、リザードには小さすぎるので、馬を使ったのはヒデオだけらしい。
そもそも、リザード族は馬と同等の足を持つ。
人がリザードを追うのは、そもそも困難なのだ。
私たちが、2人の逃亡に気づいて捜索隊を送った頃には、2人はすでに国境まで半分の距離にまで到達していたようだ。
「後手、後手だったのね」
私は、自分の至らぬ采配にため息をついた。
しかし、追う側は不利だ。
逃げる方は、目的地まで一直線だが、追う方は360度全周探さなくてはならない。
まぁ、予察を重ね逃走路を絞り込まなければならなかったのだが、それが甘かったな。
これも、経験か・・・。
「国境付近にね、我々の本隊が展開していたんだ。だから、国境を超えた時点が、俺とヒデオのゴールになった」
それは、バンモにも言われていたことだ。
本隊が、国境付近にいるはずだと・・・本来なら、我々も国境付近に捜索隊を集中すべきだったかもしれない。
でも、私にはできなかった。
リザード軍を刺激し、それこそ戦争になりかねない。
当時は、オークとの戦闘でギノ大将軍も不在だった。
戦火を広げるわけには、いかなかったのだ。
「城を出てから、3日目の夜だったかな・・・本体に合流できたのは・・・」
アルカナンサスは、顎に拳をあてて思案顔でいる。
酔いの回った頭で、記憶のたどるのはしんどそうだ。
「合流はできたけどね、やっぱり騒ぎにはなったよね。俺以外戻らなかったし、ヒデオもいたから」
アルカナンサスは、急に思い出して饒舌に語り始めた。
そこから、舞台はジープ国に移っていく。




