緊急会合
31 緊急会合
リリノとその護衛の兵士らが退室した後、私はエリリカにバンモとギノ大将軍、近衛銃士隊の隊長を呼ぶように命じた。
バンモとヴァンズナーはすぐに参じたが、ギノ大将軍は離れたところに居て、遅れそうだった。
まぁいい。
「ヴァンズナー、サンハ・ルーインについてだが・・・」
私は、執務室の机に肘をつき、重ねた拳の上に顎を乗せ訊ねる。
ヴァンズナーは、机の前に休めの姿勢でいた。
「気づくのが遅れまして、申し訳ありません」
ヴァンズナーは、気を付けの姿勢をして頭を垂れた。
「いや、よく気づいてくれた。顔の痛みは引いたか?」
私はヴァンズナーの顔を観察する。
もう紅葉に腫れてはいない。
「姫様・・・彼女の反応を見るために、わざと殴られたのです」
真剣な眼差しで、ヴァンズナーは言う。
良い年のおじさんなのだが、この男は真顔で冗談を言う。
いや、本当にそうなのかもしれないが・・・。
「用心の必要はないと言っていたが、それは何故だ?」
「我々は、狙われていないからです」
こいつ――我々の中に、アルとシオリを入れていないだろう!
「アルカナンサスとシオリも、大事な仲間だ」
私は、叱るような口調で目の前の中年に言った。
「ええ、2人にも危険はないでしょう」
平然と、ヴァンズナーは言った。
「何故そう言える? アルはサンハに刺されたのだぞ」
「昔の事です。今は大丈夫・・・」
言葉尻を、ヴァンズナーは濁す。
「どうなのだ!?」
私は厳しく問うた。
「私だって、神様じゃないんだから絶対とは言えませんよ!」
ヴァンズナーは、ふてくされた言い方をする。
「でもまぁ、たぶん、大丈夫ですよ」
なんだよ・・・。
だんだん自信なさげに言うヴァンズナーに、私は不安に駆られる。
「何故、そう言えるのかを訊いている」
私は、ため息をついて訊きなおした。
「いやぁ~、こんなことは姫様に言いたくはないのですがね・・・」
私の顔色を窺うように、ヴァンズナーは切り出した。
「リリノ様がいるからです」
「どういうことだ?」
私は、身を乗り出してヴァンズナーを問い詰める。
ヴァンズナーは、ため息をついた。
私だ! ため息をつきたいのは!
「護衛対象であるリリノ様に、危険が及ぶようなことは、しないと言うことです」
ヴァンズナーは、私から目を背け、宙を見つめる。
「私が、リリノに何をするというのだ!」
私は、思いっきり机を叩いてヴァンズナーに詰め寄った。
「だから、何もしませんけど・・・最悪、そう言うこともできると――」
言いにくそうに言うヴァンズナーを、大人しく聞いていたバンモが諫めた。
「姫様、とにかく、誰にも危害が及ぶことはないと、ヴァンズナーは申しているのです」
何故だろう。バンモに言われると、安心する。
「わかった・・・。サンハ・ルーインについては、もう少し調べてくれないか?」
私は、椅子に座りなおすと2人に命じた。
「何故、元暗殺者がリリノの護衛をしているのか―― 気になる」
2人は、了承して部屋を出て言った。
しかし、リリノもそれを知りながらよく平気でいられるものだ。
私は、額に手を当てて頭を休ませる。
くぅー、次から次へと、どうして問題ばかり起きるのだ。
「姫様、遅くなりました」
ノックの後に、ギノ大将軍が入室して来た。
「ああ、お忙しいところお呼び立てしてすみません」
私は、席を立ってギノ大将軍を迎えた。
入り口の近くにある応接用の席に、ギノ大将軍を誘う。
「今、ちょうどヴァンズナーとバンモに、サンハ・ルーインについて訊いていたところです」
私は、茶を入れてギノ大将軍に差し出した。
「恐れ入ります」
「まさか、リリノの護衛が暗殺者だったとは――」
私は、ギノ大将軍の正面に座り茶をすすった。
「恥ずかしながら、私は気づきませんでした。さすがはヴァンズナーです」
感心したようにギノ大将軍は言う。
そう・・・何故か、ギノ大将軍はヴァンズナーを高く評価している。
前に、将軍に推挙したことがあるほどだ。
「サルベルト帝国に、暗殺部隊があることも驚きですが、サンハ・ルーインがアルを襲ったことがあったというのも、驚きました」
「サルベルト帝国は、我が国に対して表立った支援を拒んできましたが、陰ながら支えようという向きもあったのかもしれません」
「我が国のために、アルを暗殺しようと?」
「ええ、ジープの特務隊長を暗殺できれば、我が国の戦況は大きく改善されたことでしょう」
「では、私はサンハ・ルーインに感謝しなければならないのですか?」
「まぁ、過去についてはですね。今は違う。我々も、サンハもです」
私の知らないところで、色々なことが起きていて、色々な人がいろいろな思惑の中で行動している。
国政と言うのは、難しいものだ。
私に、できるのだろうか・・・。
「サルベルト帝国というよりも、シス様のご実家であるクァリム男爵家の計らいかもしれませんね」
ギノ大将軍は、茶で一息ついたところで、思い出したように言う。
そう言えば、サンハはクァリム男爵家に雇われたと言っていたような気がする。
「お婆様が?」
母方の祖父はすでに他界していて、今は祖母のキキ・クァリム男爵夫人が当主である。
母によく似ていて、優しいお婆様だ。
そういえば、リリノもこの祖母によく似ていた。
3人とも性格も似ていて、とても穏やかで優しい。
その祖母が、要人の暗殺など企てるだろうか・・・。
「話は変わりますが――」
私は、何気なく聞いた。
世間話の一端のようなつもりで。
「ヴァンズナーは、何故サンハ・ルーインが暗殺者だと気づいたのでしょう?」
「会ったことはないはずですからね。まぁ、同じ匂いがしたのかもしれません」
ギノ大将軍は、気楽に答えた。
ん?
「同じ匂いとは?」
私がそう訊き返すと、何故かギノ大将軍は狼狽える。
「いや、さすがはヴァンズナー。彼の知見の広さには感心します―― あ、そろそろ戻らなくては」
ギノ大将軍は、大きな体を揺らして大慌てで席を立つ。
何か怪しいな―― この反応・・・。
「ギノ大将軍? どうしたのです?」
「いえ、また何かありましたら、お声がけください。では――」
ギノ大将軍は、大将軍のマントをひるがえし、慌ただしく部屋を後にした。
何なのだ・・・あの慌てようは・・・。
同じ匂い・・・。
何のことだろう?
誰もいなくなった執務室にて、私は窓際に立ち外を眺める。
分厚い雲が、空一面を覆い隠していた。
やだなぁ、雪でも降りそうだ。
気が付けば、窓ガラスが私の吐く息で白く曇っている。
雪が降りだす前に、ジープ国に向け発ちたいものだ。
私は、ライティングテーブルに戻り、引き出しから書簡箋を取り出すとジープ国国王宛てに親書をしたためた。
簡単な挨拶だ。
一報しておけば、急に発つことになっても慌てなくて良いだろう。
私が人語で書いたものに、後でアルカナンサスに訳書を付けてもらわなければならないな。
しかし、まさか獣人の王に手紙をしたためることになるとは――
ジープの王って、どんな方だろう?
私は、アルカナンサスの頭の上に王冠を乗せた図を想像した。
絶対に違うな・・・。
確か名前が――
スルカノン・マルベリア――
いや、マルベリア・スルカノン?
あれ、どっちだった?
すでにスルカノン・マルベリアで宛名は書いてしまっていたが、急に不安になる。
私は、慌てて部屋を飛び出した。
「アル―― アルカナンサス――」
私は、誰もいない廊下にリザード族の友人の名を呼んだ。
遠くから、衛兵が駆けて来る。
「どうされました? 姫様?」
「ごめんなさい。アルカナンサスを呼んでくれる?」
衛兵は畏まって了承し、来た道を駆け戻っていく。
私は、執務室の扉の前でアルカナンサスを待った。
すぐに来てくれる確証なんてないのだが、一度気になってしまうと他のことが手につかない。
ほどなく、アルカナンサスが大きな体を揺らして現れた。
「やぁ、呼んだかい? 姫様」
アルカナンサスは、目を細めてにこやかに聞く。
「ごめんなさい。忙しいでしょうにお呼び立てして」
「いや、何もしていなかったよ。寒いからね。冬眠しようと思ったぐらいさ」
カカカと、アルカナンサスは笑った。
リザード族も爬虫類なのかもしれないが、冬眠するなんて話は聞いたことがない。
「もうアルったら―― ささ入って、寒いのでしょう」
私は執務室にアルカナンサスを誘った。
「おおー、この部屋は暖かいね。南国のようだ」
アルカナンサスは、上機嫌で応接用のソファーに身を預けた。
三人掛けのソファーだが、アルが座ると一人用のソファーに見える。
「ちょっと、大変失礼なことを訊くのだけれど・・・」
私は、書きかけの手紙を胸にアルの前の席に座った。
「ジープ国の国王様のお名前って――」
「マルベリア様ね」
アルは、さも当たり前に言う。
それは、知っているのだ。
「フルネームだと・・・」
「マルベリアだよ」
「いや、だからスルカノン・マルベリア様で良いのかしら?」
「ああ、そういうことね。君たちとは名前の仕組みが違うからね」
「あ、マルベリア・スルカノンだった?」
「どっちでも良いんだよ」
アルカナンサスは、笑う。
どういう意味だ? どっちでも良いとは?
「君たちのような家族名と言うよりは、役職名と言ったほうが良いのかもしれないな」
アルカナンサスは、思案顔をして続ける。
リザード族の名前について、わかりやすく説明してくれた。
リザード族は、職業や立場などを家族名のように使っているらしい。
同一世帯の家族は、同じ名前を使用するが通例だが、仕事が変われば名前も変わるそうだ。
例えば、アルのように商人から軍人になったら、同じ家族でも名前が違うと言ったことになるそうだ。
アルカナンサス・ガン・スリマーは、アルカナンサス・軍・役職、と言うことになる。
よって、ジープ国国王の名前は、マルベリア・スルカノン。
マルベリア・王となる。
「あら、じゃぁマルベリア・スルカノン王と言ったら、マルベリア王王になってしまうの?」
「まぁ、そうなるけど問題はないよ。王マルベリアでも別に良いし」
「あの~、あまりこだわらないという事かしら?」
「そうそう、覚えるの大変じゃない? だから1つだけ覚えておけばいいのさ」
「一つだけって・・・マルベリアとは呼べないでしょう」
「大丈夫だよ」
あっけらからんとアルは言う。
「王様を呼び捨てにしても!?」
「あ~、呼び捨てはまずいかぁ」
「もう、どっちなのよ!」
何だか、どうでも良い話になってしまったが、私はサンハの件で少しこわばった思考がほどけていくのを感じる。
アルと話していて、気が楽になった。
アルカナンサスは、本当に素敵な人だ。
一緒にいると穏やかな気持ちになるし、楽しくて華やいだ気持ちになる。
ただ問題なのは、時間があっという間に過ぎてしまうことだ。




