暗殺者
30 暗殺者
朝食のために、私はダイニングテーブルの席に着き、妹を待っていた。
背後にエリリカがいるだけで、他には誰もいない。
姉妹水入らずでとエリリカは言う。
ほどなくして、真っ白な羊毛とウサギの毛を使ったドレス姿で、リリノが現れた。
サンハ・ルーインという女兵士を伴って、私の右隣の席に着く。
「リリノ、もう体調は良いのか?」
「はい、お姉さま。ご心配をおかけしました」
リリノを椅子に座らせると、何故かサンハ・ルーインが私のそばで跪座した。
何だ? 仰々しい挨拶はいらないぞ・・・。
「アザリナ姫様、昨晩は私の所為で眠れない夜をお過ごしになったと伺いました。誠に申し訳ありません」
女兵士が、頭を垂れて言うのである。
何のことか全くわからない。
私が呆けた顔をしていたからか、リリノが補足を入れる。
「お姉さま、私からもお詫びいたします。サンハは、サルベルト帝国の―― その――」
何だ? 言いにくそうだな。
リリノは、サンハに視線を落とし、何かを決心したかのように頷いた。
「サンハは、暗殺部隊に所属していたのです。それを、ヴァンズナーさんが気付いたらしく」
何だって!
私は、驚いて半身、サンハから遠ざけた。
「それを、今朝方ヴァンズナーさんに問い詰められたときに、うちのサンハがヴァンズナーさんを叩いてしまったようで――」
リリノは、申し訳なさそうに私に頭を下げる。
なるほど、ヴァンズナーが頬をはらしていたのはそれでか・・・。
しかし、ヴァンズナーは、悪くなかろう。何故叩かれたのだ?
「そうか、話してくれてありがとう。でも暴力は良くない。何故叩いたのだ?」
私は、なだめるようにサンハに訊く。
「それは・・・」
サンハは、申し訳なさそうな声色で私の問いに答える。
どうやらヴァンズナーは、今朝、私の部屋を離れた後サンハの元を訪れたらしい。
そこで、誰を狙っているのかと詰問された。
この私アザリナか、バンモか、ギノ大将軍か問われたらしい。
サンハが答えるのを渋ったため、警護対象であるリリノではないかと問われ、ヴァンズナーを殴ってしまったそうだ。
「他の方を狙っていると、怪しまれるのは致し方ありませんが、リリノ様の命を狙うような輩と思われるのは心外です」
申し訳なさそうに話すのだが、何か引っかかる言い方だ。
「ヴァンズナーは、それで納得したと?」
「いえ、子細を説明いたしました。2年前からリリノ様のお側で働かせていただいて、もう前の部隊とは関係がないことを・・・」
「この国で、誰かの命を狙っているのか?」
「滅相もございません! リリノ様の姉上を手にかけるなど、たとえ命じられたとしてもできません!」
サンハは、顔をあげて必死に弁解する。
その顔に、嘘の色はなかった。
それでヴァンズナーが納得するとは思えないが、その場を見ていたわけでもないし、これで納得するしかあるまい。
「そうか、よくわかった。今日までリリノを守ってくれたことに感謝する。これからも頼むぞ、サンハ・ルーイン」
私は、穏やかにそう声をかけた。
しかし、半身避けた体の位置を戻す気にはなれなかった。
暗殺者サンハ・ルーイン。
調べる必要がある。
それからの朝食は、穏やかにとることができた。
リリノと色々なことを話して、あっという間に時間が過ぎていく。
私とリリノが離れていた時間を、埋め戻すかのように、私たちは絶え間なく語り続けた。
サンハ・ルーインは、常にリリノの背後に立っていたが、すぐに気にならなくなった。
さすがは元暗殺者、気配を消すのが上手だと感心する。
しかし、もっと恐ろしいのがいた。
エリリカだ。
いつの間にか、私の背後にいた。
もしやこいつ、我が国の暗殺者なのではないか! と疑ってしまう。
昼近くまでおしゃべりに興じていると、バンモがしびれを切らして中座を求めてきた。
そう、リリノと両親の墓所へ参じる予定を立てていた。
皆待ちくたびれたのだろう。
「ごめんなさいバンモ、お姉さまとのおしゃべりが楽しくて――」
リリノは、席を立ちながら目を細めバンモに詫びる。
何だか、大人になったな。
所作が洗礼されている。
・・・私は大丈夫かな。
先王ヴァスカと王妃シスの墓所は、北の庭地にある。
エヴァ大連峰を見渡せるその場所は、2人のお気に入りの場所だった。
北庭には、大勢の家臣らが集まっていて、私たちに気づくと皆小さく頭を垂れた。
私とリリノは、最初に父の墓に挨拶をする。
「お父様、ただいま帰りました。リリノは恙なく今日まで過ごしてきました。お守りくださり感謝いたします」
リリノは、先王ヴァスカ在りし日の姿を模した墓石に、膝をつき手を合わせる。
久しぶりに見たが、王の像はきれいに磨かれていた。
庭木もこまめに手入れされている。
後で家臣らに礼を述べよう。
そして、私とリリノは父の墓の隣に立つ母の墓石の前に立つ。
少しだけ首を傾げ、隣の父に微笑を向けている母の像は、まるで生きているかのようだった。
そう―― いつも、こんな顔をしていた。
父といるときも、私やリリノといるときも、母はいつも微笑んでいた。
リリノは、母の像の前で跪こうとしたのだけれど・・・。
「お母さま!」
リリノは、母の像の足にすがりついて泣きじゃくった。
私は、リリノの邪魔にならないように少しだけ後ろに下がる。
さっきまで、大人になったという印象を抱いていたが、今のリリノは幼い頃のリリノだった。
泣き虫で、いつも母のスカートにしがみついていたリリノ。
我慢していたのだ・・・ずっと・・・。
ごめん・・・リリノ・・・。
リリノの疎開は、私が母に進言した。
当時は先王ヴァスカが倒れ、大混乱であった。
リザード族との戦いも継続中である。
兵士らは皆、戦場に駆り出され、城の防御など無いに等しい状態だった。
もし、戦線が瓦解すればこの国はひとたまりもない。
夫を失い、慣れない戦争の指揮も執らねばならない母シスは、日に日に心労を蓄えていた。
あの時、私は15歳だった。
父の死に、復讐の火を燃えたぎらせていて、とてもリリノにかまってはいられなかった。
母とも、何度も衝突して・・・良くない娘だったな。
嫌がるリリノを、無理やり母から引き離し、港で船に乗せた。
今思えば、鬼のような姉だな。
でも、あの時の私は必死だったのだ。
妹だけでも、救わなければと・・・。
母が心労に倒れると、私が全軍の指揮を執ることになった。
多くの臣下が離反したのはこの頃だ。
あの頃は、裏切りに腹を立てたが、今にして思えば当然のことに思う。
戦況思わしくない中、15歳の小娘が最高指揮官なのだから、国が亡びると誰しも思うはずである。
しかし、この国は滅びなかった。
残った兵が、奮闘してくれたのである。
殉職したシャイオン将軍を筆頭に、ギノ将軍、サラ将軍が土地の利を生かして抗戦したのだ。
ついには、越境したリザード軍を、退かせることに成功する。
その後の戦況は、膠着状態となり、冬が近づくとリザード軍は自国領へ撤退した。
そして母シスも、病床から起き上がることなく永眠したのである。
リリノを戻してやりたかったが、春になるとオーク族と国境付近でにらみ合うこととなり、小規模な衝突が頻発した。
それが、最近まで続いたのだ。
リリノには、申し訳ないとずっと思っていた。
「リリノ・・・すまなかった」
私は、リリノの背に近づき、少しだけ大きくなった背に手を置く。
リリノは、嗚咽を漏らしながら首を振った。
「これからは、ずっと一緒だ」
私は、リリノの背に頬をつけ寄り添う。
温かい。
さて・・・いつまでも隠しておくわけにもいかない。
私は、リリノとサンハ・ルーイン、もう一人の付き添い兵を執務室に呼んだ。
もう一人の付き添い兵は、エカと言う名前らしい。
全然、喋らない。
呼吸すらしていないのではないかと、心配してしまうくらい、大人しくしている。
男性だ。
おかっぱ頭――とても強そうには見えない。
「リリノ、これから我々が同盟を組んだリザード族とオーク族の客人を紹介する。驚かないでくれ、彼らは人語も話せるし、穏やかだし――」
咳払いをして必死に説明する私を、リリノはクスクスと笑った。
「大丈夫ですよ。お姉さま、見た目の違いなど、私は気にしません」
「そうか・・・では・・・」
私は、外で待機しているアルカナンサスとシオリを呼んだ。
「やぁ、はじめまして――」
アルカナンサスが、にこやかに挨拶をしながら入室するが、それをリリノが遮った。
「きゃぁぁぁ」
リリノは、黄色い悲鳴を上げながらアルカナンサスに駆け寄る。
「可愛いぃぃ」
リリノは、アルカナンサスが抱っこしているシオリを奪うようにして抱き上げた。
「また、美味そうな―― ちがう、良い香りのお姉さんだぁ」
シオリは、リリノの胸の中で鼻を引きつかせている。
「そ、その子はシオリ。父親が、人間に育てられたオークで、人語が話せるのよ」
私は、リリノが抱くシオリの頭を撫でながら紹介した。
「シオリ、私の妹のリリノよ。仲良くしてね」
「死んじゃっても、俺は食わないから安心してな!」
シオリは上機嫌で言うが、リリノは首をかしげる。
知らないほうが良いな。
オークに、人食の習慣があることは・・・。
「あのぉ~」
遠慮がちに、アルカナンサスがリリノに近づいた。
「あ、ごめんなさい。この子があまりにも可愛かったものですから――」
リリノは、シオリを私に預けると、アルカナンサスに正対する。
「アルカナンサスです~」
苦笑いを浮かべながら、アルはリリノに手を差し出した。
2人は、ごく自然に握手する。
あれ・・・ずいぶんと反応があっさりしているな。
「リリノ? びっくりしてない?」
「何がです? おお姉さま?」
「リ、リザード族よ!」
「見ればわかります」
「そ、そうよね」
初めて見る巨体のリザード族にも、怯まない・・・。
この子のほうが、肝が据わっているのかも。
「アルカナンサスは、元商人なの。人間とも取引があったらしくて、人語を覚えたそうよ」
「そうだったのですか。勤勉な方なのですね」
リリノは、天井近くにあるアルの顔を見上げながら微笑んだ。
先王を討った相手であることは、伏せておこう。
また悲しませてしまう。
「サンハ―― 君たちにも紹介しよう。アルカナンサスは、ジープ国の特務大隊長なんだ」
私は、リリノのそばに控えている2人の兵士に声をかける。
「やぁ、君の顔は・・・いや、気配かな? 覚えているよ」
アルカナンサスは、サンハを見て冷笑する。
「その節は、ご無礼をいたしました」
サンハは、小さく頭を下げる。
「あら、お知り合いだった?」
私は、アルとサンハを交互に見る。
ちょっと緊迫した雰囲気があった。
「もしかして、また俺を狙っているのかい?」
アルカナンサスは、肩をすぼめて訊ねた。
「いえ、今回はリリノ様の護衛ですから・・・」
「ねぇ、ちょっと! 何故2人は知り合いなの?」
私は、2人の間に入って横槍を入れる。
「アルカナンサス様は、昔、暗殺対象でした」
さらりというサンハに、私は絶句する。
「どこかの街でさぁ、物陰からいきなりブスリだよ」
言いながら、アルカナンサスは脇腹を見せる。
そこは、鱗の薄い場所で白い傷跡があった。
「あら、酷い! サンハ、ちゃんと謝らないとダメですよ」
リリノが怖い顔をして、サンハを叱った。
「アルカナンサス様、昔の事とは言えサンハが酷いことをして、ごめんなさい」
リリノは、アルカナンサスの古傷を撫でながら謝罪する。
「いやぁ、あれはあれで、勉強になったからいいけどね」
アルは、にこやかに言う。
何故にこやかに言えるのか、不思議でならない。
これは、ギノ大将軍とヴァンズナーに相談しなければならないな。
正体がばれた以上、サンハがこの国でアルを襲うことはないとは思うが・・・。
「まぁ、とりあえず顔見せは終わりということで――」
私は、リリノからシオリを取り上げると、アルとシオリを部屋の外に連れ出した。
「・・・ちょっと検討するから・・・2人はなるべく姿を見せないで」
「大丈夫だと思うよ。気配が、穏やかになっていたからね」
アルは、シオリを抱きあげながら言う。
「念のために――」
私は、目に力を込めアルの顔を見上げた。
「わかったよ」
アルカナンサスは、微笑して私の頭を撫でる。




