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勇者召喚

3 勇者召喚


 

 

 勇者召喚の儀式は、城の地下にある泉で行われる。

 城で使われる水は、この泉の水を使用しており、古くから神聖な場所とされていた。

 その泉の水に浸かるため、私は身体を清める必要がある。


 ここは、泉の清掃用具などを収めた管理室だ。

 粗末なテーブルと椅子が一つあるだけで、人が二に入るのがやっとの広さしかない。

 燭台に灯る仄かな蝋燭の火を眺めながら、私は身に着けている鎧を外した。


「水は、冷たいのだろうなぁ」


 当たり前のことだった。

 ぬるかったことなど一度だってない。


「集中していれば、気になりませんよ」


 エリリカは、小さな机の上に置かれた水桶に塩とハッカ油を投じて混ぜている。

 私は、着ている物をすべて脱ぐと、その桶に手拭いを浸した。


「背中をたのむ」


 手拭いの一枚をエリリカに渡して、背を拭ってもらう。

 私は身体の前面を拭きながら、モップやホウキなどを立て掛けている石壁を、ぼんやりと眺めた。

 蝋燭の火で、私の影がゆらゆらと踊っている。

 乳房を拭いていると、突然に気づいたことがあった。


「勇者様に、私は初対面で全裸を晒すのか!」


「良いではありませんか。どのみち、いずれはお見せするのですから」


「そうとは限るまい」


 アスハの反応が、どうも怪しかったのだ。

 勇者 = 強い、カッコイイ、長身、スリム、筋肉、ハンサム、優しい。

 と言うのは、私の願望か虚像でしかない。


「見るも無残な、醜い男だったら・・・」


「姫様・・・」


 エリリカは、窘めようとする。


「お前は、他人事だから・・・」


「私でしたら、容姿なんて気にしません。この国のために志を持っていらっしゃる方なのですから」


 なるほど・・・確かにそう考えるべきだ。


「何だか緊張する」


 私は、ため息をついて項垂れながら太腿も拭った。


「こちらにお座りください。足を拭いて差し上げます」


 エリリカに座るように促された木の粗末な椅子は、いつ誰が座っていたかもわからない汚らしい椅子だ。


「せっかく綺麗にしたお尻が・・・」


 私がためらいがちに佇んでいると、エリリカは笑う。


「また拭いて差し上げます」


 姉のようなエリリカの前だと、私は素直に従う妹のようなものだ。

 椅子に腰かけ、屈みこんだエリリカの膝の上に足を投げ出す。

 エリリカからは、私が人に見せたことのないところまで丸見えなのだろうが、気にはならなかった。


「あ・・・パスカル様もいらっしゃるのだろう! やはり全裸は嫌だ!」


 あの老人のいやらしい視線に晒されるのは、まったくもってごめんだ。


「羽衣を掛けますから、全裸ではありません」


 駄々をこねる妹を、なだめる姉の口ぶりだ。


「スケスケではないか」


 机の上に丁寧にたたまれた羽衣を見れば、気休めでしかない。

 折りたたまれているのに、机の色が透き通って見える。


「泉は、窓のない暗がりです。この部屋よりも暗いですよ」


 立ち上がるように促され、私はエリリカにお尻を拭かれた。

 そして、肩から薄っぺらの羽衣を掛けられる。


「さぁ、参りましょう」


 エリリカは机の上の燭台を取り、少し屈まないと通れない小さな扉を開けた。

 私は、指が透けて見える薄い羽衣の胸をしっかりと押さえ、その部屋を後にした。





 地下へと続く階段を降りていくと、湿り気を帯びた水の香りがした。


「ここから少し濡れています。滑らないようお気を付けください」


 先に行くエリリカが、手を差し出してくれたので、私はその手を取った。

 足の裏に、ひんやりと水で濡れるのを感じる。

 曲がり角を曲がり終えると、幾分広くなっている。


 そこにはたっぷりと水があった。

 水面に浮かぶ燭台には、蝋燭の火がたゆたう。

 円形の部屋になっていて、周囲には人一人が通れる程度の歩道がある。


 巫女らは、泉の水面を囲むように直立不動で立っていた。

 白衣びゃくえに朱袴のいでたちで、皆が携帯用水鏡を眺めている。


「おお! 姫様! 何と美しきや」


 賢者パスカルは、一番奥の歩道にいた。

 私を見つけるなり、目を見開いて叫ぶように言う。


――見るな――


 私は、叫びそうになるのを堪えた。

 その代わりに、涙が零れそうになる。


「パスカル様、殿方であるあなた様には、ご配慮いただきたく存じます」


 私を気遣って、エリリカが厳しい口調で言ってくれた。


「エロジジイ! 目ぇつぶれや!」


 パスカルの隣にいたイクイが、険しい目で老人を睨みつける。

 イクイ様、口は悪いけど良いお方なのかも・・・


「では、始めますぞ!」


 パスカルは、ふてくされた顔で怒鳴った。

 エロジジイと言われ、ちょっと怒っているようだ。


「姫様、中央へお進みください。足を滑らせないように」


 エリリカは、私の手を放すと泉の奥へ行けと言う。

 私は、すり足で少しずつ泉の中央へ進んだ。


――冷たい!


 涙がこぼれた。

 泉は、中央に近づくほど深くなっていく。

 泉の最奥にいるパスカルが、もろ手を掲げて語り始めた。


「これより、女神アルマ・テラス様に申し上げます。あなた様を母のごとくお慕いし、大地を照らす日の光のように恋焦がれるは、あなた様の子供たちなり――」


 泉の周囲を囲む巫女らが、手にしていた携帯用水鏡を泉に向けて掲げる。

 巫女らの持つ携帯用水鏡から、一筋の光が放たれた。

 5本の光の線が、泉の中央で交わり水下を照らす。


「勇者、御名はヒデオ! よわい33にて、剣を極めし者なり」


 イクイが、携帯用水鏡を見つめながら言う。


「勇者ヒデオ! 馬術に長けその駆姿は、疾風のごとし」


 イクイに続いて、サクイが言う。


数多あまたの戦場を駆け抜け、負傷知らずは鬼神のごとく」


 ツナガイの声は、歌のようだった。

 泉の中央へとたどり着いた。

 水面から、少し上に私のへそがある。

 水面には、不安げな面持ちの私が、私を見つめていた。


「民草を守る背は、岩盤のごとく強固なれど、慈しみを忘れぬ者なり」


 ハヒキは、私を見て片目を瞑る

 ああ、そうだった。

 私は、胸の前で両の手を組み、勇者の名を呟いた。


――勇者様――勇者ヒデオ様――


「万人に愛を! 万敵に制裁を!」


 アスハが叫ぶのを合図に、皆が勇者の名を呼んだ。


――出でませ勇者! ヒデオ!


 皆で勇者の名を叫んだ後、間髪を入れず賢者パスカルが叫ぶ。


「エルスカ王国第一王女アザリナ姫を、貴殿に差し出す! 叶えたまえ!」


――何だと!


 何を勝手なことを!!

 私が、賢者パスカルを睨みつけたその時、泉の水面が朝日を受けて輝く海のように輝き始めた。

 薄暗かった石づくりの壁面と天井が、青と白の色彩で染まる。


 私は、光り輝く泉の水を見つめた。

 真っ青な空が映っている。

 ここは、城の地下で窓なんてどこにもない。

 青い空を囲むように、城のような大きな建物がいくつも見えた。


「何なの!? どこなのこれは?」


 私は、見たこともない景色に驚いた。

 多くの人々が、右へ左へと闊歩している。


日本にっぽんや」


 イクイが言った。


「ニッポン?」


 これが・・・異世界!?

 私は、自分が見ている光景が信じられなかった。

 なんて色鮮やかな世界なの――


 3色の明かりのついた灯火が、あちこちに灯され人々がその前で立ち止まったり、一斉に歩き始めたりする。

 大きな箱が、人を中に乗せて走っている。

 馬のいない馬車だ。


 大きな建物の壁面には、絵画が飾られているが、次々とその絵が変わる。

 魔法の絵か?

 私は、不思議なその世界に目を奪われた。


 これは、神々が住まう世界なのか!

 誰かが、泉の中を跨いでいった。

 何かが落ちてくる。


 いや、何かがこちらに向かってくる。

 水の中から水しぶきが上がり、四角い物体が飛び出してきた。

 目の前に現れたその物体を、私は両手でつかむ。


 何これ?

 水鏡?

 それは、巫女らが持つ携帯用水鏡によく似た物だった。


――うわー、マジかよ――


 男の声がする。

 先ほど通り過ぎて行った人物であろうか?

 泉の中から、私を見つめている。

 私の胸が高鳴る。


――勇者様!?


 泉の中の男が、手を伸ばしてきた。

 掴まれるような気がして、私は少し身を引いた。


――あれ、深いな――


 泉の中から、手が伸びてきた。

 男の手で、長い指をしていた。

 人差し指と小指に指輪をしている。


「姫さん! 捕まえろ! そいつが、勇者だ――」


 私の真後ろにいるハヒキが叫んだ。

 私は、無我夢中で泉から伸びるその手を掴む。










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