表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/33

用心

29 用心

  



 我々は、まだ日のあるうちに城下にたどり着くことができた。

 フーリワ・ソーゲンの馬車は、城門前で停車する。


「リリノ、大丈夫か!?」


 私は、馬を降りて馬車に駆け寄った。

 馬車の中にいるリリノは、ぐったりしていて隣に座るサンハ・ルーインに肩を抱かれていた。


「酔ってしまったようです。しばらくこのまま休ませていただきます」


「わかった。今、水を用意させる」


 私は、馬車を離れると、水の用意を近くにいた近衛兵に指示した。


「申し訳ございません」


 御者席から降りてきたフーリワ・ソーゲンが、帽子を取って謝罪する。


「お前に責任はない。それより、よくやってくれた。心より感謝する」


 私は、太った商人の労を最大限に労った。

 本当に、心から感謝している。


「姫様、お疲れ様でございました」


 大将軍のマントをひらめかせながら、ギノ大将軍が階段を降りて来る。

 きっと、リリノを迎えるための儀仗礼を用意してくれていたのだろうが、リリノが現れないから様子を見に来たのだろう。


「リリノは、体調を崩してしまいました。今日はこのまま休ませるので、皆別れさせてください」


 私は、出迎えの準備をしている兵士たちを、解散させるようギノ将軍に告げたのだ。


「かしこまりました。それと、アルカナンサスとシオリを見たら驚かれるでしょうから、あの二人には、自室に待機しているよう伝えてあります」


「ああ、そうですね。ありがとうございます」


 その後、ギノ大将軍とヴァンズナーが隅で話し始めた。

 女性で腕が立つ者? とギノ大将軍が聞き返す声だけが聞こえた。

 誰のことだ?





 城内に入り、様々な雑務を済ませ、私はエリリカを探した。

 リリノが帰って来たこの喜びを、分かち合いたかったのだ。


「エリリカ――」


 城内のあちこちを探し回り、やっと私の自室近くでその姿を捉えた。

 私は、エリリカに駆け寄って抱き着いた。

 いったいどこに隠れていたのか。


「痛っ!」


 抱き着いたエリリカの胸元と、お腹のあたりに固い物があった。


「何これ?」


 私は、エリリカを見上げて訊ねる。


「お気になさらず。姫様、今日は姫様のお部屋でご一緒させていただきます。アスハ様もいっしょです」


「何それ? 何かあるの?」


 アスハも一緒に私の部屋に泊まるなんて・・・。


「リリノ様を歓迎するパーティを行うにあたって、事前打ち合わせです」


 エリリカは、作り笑いをする。

 自然に笑っているように見えるだろうが、私にはわかる。

 まぁ、良いか。

 楽しそうだし―― 




 

「あー、姫様ズルしたでしょう―」


 アスハが、手札のカードをばらまきながら抗議する。


「していません! アスハが弱いだけよ」 


 私たちは、床に敷いたカーペットの上でカードゲームをしていた。

 楽しいことに、私の3連勝中だ。

 リリノは、懐かしい自室で休んでいる。

 あれだけ悪路に揺られれば仕方がない。


 何度か様子を見に行ったが、ずっと眠っている。

 サルベルト帝国からの旅疲れもあるだろう。

 無理をせず、乗り心地の良い馬車にしたほうがよかったのかもしれないが、本人の希望だったのだから仕方がない。


「はい。私の勝ちです」


 エリリカが、カーペットの上に勝ち札を並べた。

 しまった。集中力を欠いていた。


「も~、全然勝てない。つまらない~」


 アスハが愚痴をこぼしながら、敗者の務めであるカードの回収をした。

 前かがみになったアスハの着物の胸元に、木製の筒状の物が見えた。

 短刀?

 そう言えば、エリリカも胸とお腹に何か仕込んでいた。


「ねぇ、あなた達・・・私に何か隠していない?」


 私は、アスハの胸に指をさして指摘する。

 アスハは、慌てて襟を直す。


「そう言えば、これから寝るのに、あなた達の恰好おかしいでしょう!」


 私が寝間着なのに対し、2人は普段の格好だ。

 武器まで身に着けて――


「姫様――」


 エリリカは、真剣な眼差しを私に向けて、唇に指をあてる。

 黙れと言っている。

 何だ・・・何を警戒しているのだ?


 私は、辺りを見渡してみる。

 何も、変化は見られない。

 いつもの私の部屋だ。


「さぁ、そろそろ寝ましょうか」


 にこやかに、エリリカは言うのだ。

 わざとらしい笑顔だ。


「はい、じゃぁ~皆さんどいてください」


 アスハは、持参した敷布団をカーペットの上に敷く。


「そこで寝るの!?」


「ええ、私の育った地域では、当たり前のことですから、お気になさらず」


 言いながら、アスハは布団の中に潜り込む。

 私も、疑念を残したまま渋々ベッドに入った。

 エリリカは、部屋の燭台の火を消して回った。

 最後の火を消すと、エリリカも私のベッドに入ってくる。


「え、そのまま寝るの?」


 アスハもそうだが、着替えることなく床に就くエリリカに驚いた。


「姫様、今日は少々環境が変わったので用心しているだけです。お気になさらず眠ってください」


 すぐ隣で横になったエリリカが、暗闇の中で呟いた。

 何を気にかけているの? とは思ったが、ベッドの下の方から伸びて来る睡魔の手が、私をずぶずぶと眠りの中に引き込んでいく。





 早朝だろうか・・・。

 エリリカが、ベッドから起き上がる気配で目を覚ました。

 トイレか――


 気にせず再び眠りに就こうとすると、遠くから男女の話す声が聞こえた。

 エリリカと・・・誰か。

 男の声は、声質が低いためほとんど聞き取れない。

 エリリカが、相槌を打つ声だけが聞こえた。

 でも、そこから先はわからない。

 また、眠りに落ちた。





 次に目を覚ました時には、だいぶ明るくなっていた。

 夜が明けたばかりだ。

 まだ、窓の外には暗がりもある。

 隣にいたエリリカはいない。

 ぬくもりも残っていなかった。


 あのまま起床したのかもしれない。

 アスハは、床で寝息を立てている。

 寝顔が子供みたい。

 微笑ましくて、少し笑った。

 今日は冷える。


 私は寝間着を脱いで、黄みがかった白い羊毛のドレスに着替えた。

 生地が厚くて暖かいのだが、体に密着して体のラインがくっきり出てしまう。

 食べすぎ注意だ。

 私は、アスハを踏まないように注意しながら身支度を終え部屋を出る。

 廊下に出ると、息が白かった。

 今夜からは、暖炉に火を入れてもらおう。


「姫様、お早いですな」


 私の部屋の扉の陰から、何者かの気配と声、私は驚いて身構える。


「ヴァンズナー! 何だ、私の部屋の前で!」


 近衛銃士隊長のヴァンズナーだった。

 部屋の扉の横に、椅子がある。

 そこに座っていたようだ。

 男性に、私室の前に居られるのは気分が良くない。

 私の寝言や、寝息まで聞かれたのではないかといぶしんでしまう。


「エリリカから聞いていませんか?」


 ヴァンズナーは、大きく伸びをして欠伸した。


「用心していると聞いた」


「それですよ。何事もなかったなら、結構です」


 ヴァンズナーは、そう言って去って行った。

 不快だ。子供じゃないのだから、ちゃんと説明してくれればいいのに。

 私は、執務室に向かった。


 何をするわけでもないが、今日の予定ぐらい確認しておくかと、思いついて立ち寄る。

 執務室への廊下を歩いていると、遠くから駆けて来る足音が聞こえた。

 小気味よく、石床を蹴る音はエリリカだ。


「姫様! 申し訳ありません。お支度のお手伝いもせずに――」


 エリリカは、私に駆け寄ると、前掛けのポケットから櫛を取り出して私の髪をとかそうとする。


「いや、中で頼む」


 私は、執務室にエリリカと共に入り、窓際のチェストに座った。

 部屋の中はまだ薄暗い。

 窓際は、かろうじて朝日が漂いこんでいる。


「で、何だったのだ? 昨夜の用心とやらは?」


 髪をすかれながら、私は背後のエリリカに訊ねた。


「・・・昨日、姫様がお戻りになられた後、ヴァンズナー様に呼ばれまして、用心するように指示されました」


 エリリカは、周囲を気にして小声で答えた。


「アスハもか?」


「いえ、アスハ様が、どなたに指示されたのかは存じませんが、一緒に行きましょうと声をかけていただいて――」


 思い出すように、エリリカは言う。

 何だかあやふやだな。

 ごまかそうとしているのか?


「で、何に対しての用心だったのだ?」


「さぁ、詳しくは聞いていませんが、いつになく真剣な顔でヴァンズナー様が言うものですから――」


 まぁ、あのヴァンズナーが真剣に言えば、大事に感じるのは頷ける。

 

「はっきりしないなぁ。エリリカ、ヴァンズナーとバンモを呼んでくれ」


「そ、それは――できません!」


 エリリカはきっぱりと言う。


「姫様を、お一人にするわけにはいきませんから」


「したではないか。私はここまで一人で来たのだぞ」


「それは、アスハ様とヴァンズナー様がいらっしゃるから・・・」


「お前は、どこに行っていたのだ?」


「か、厠です!」


 エリリカは、ふてくされたように言う。

 そんなことまで言わせるなと、言いたげだ。

 ちょうど、髪も整った。

 ヴァンズナーを探しに行くか・・・。


 問い詰めてやる。

 そう思って、私はエリリカを伴い執務室を出る。

 この時間なら、食堂か兵士の詰め所だろう。

 私が、そちらへ向かう通路を歩みだすと、当の本人が現れた。


「ヴァンズナー! 説明し――」


 私は、ヴァンズナーを問い詰めようと声を張り上げたが・・・。


「どうしたのだ? その顔は?」


 私は、ヴァンズナーの顔を見て続く言葉を切り替えた。

 左の頬が、モミジの葉の形に赤くはれている。


「ええ、まぁ、色々ありまして――」


 ヴァンズナーは、左の頬をさすりながら苦笑いをする。


「エリリカ、もう用心は不要だ。いつも通りにしてくれて大丈夫だ」


 ヴァンズナーは、そう言い残して去って行く。

 私は、多くの疑念を残したままその後姿を見送った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ