用心
29 用心
我々は、まだ日のあるうちに城下にたどり着くことができた。
フーリワ・ソーゲンの馬車は、城門前で停車する。
「リリノ、大丈夫か!?」
私は、馬を降りて馬車に駆け寄った。
馬車の中にいるリリノは、ぐったりしていて隣に座るサンハ・ルーインに肩を抱かれていた。
「酔ってしまったようです。しばらくこのまま休ませていただきます」
「わかった。今、水を用意させる」
私は、馬車を離れると、水の用意を近くにいた近衛兵に指示した。
「申し訳ございません」
御者席から降りてきたフーリワ・ソーゲンが、帽子を取って謝罪する。
「お前に責任はない。それより、よくやってくれた。心より感謝する」
私は、太った商人の労を最大限に労った。
本当に、心から感謝している。
「姫様、お疲れ様でございました」
大将軍のマントをひらめかせながら、ギノ大将軍が階段を降りて来る。
きっと、リリノを迎えるための儀仗礼を用意してくれていたのだろうが、リリノが現れないから様子を見に来たのだろう。
「リリノは、体調を崩してしまいました。今日はこのまま休ませるので、皆別れさせてください」
私は、出迎えの準備をしている兵士たちを、解散させるようギノ将軍に告げたのだ。
「かしこまりました。それと、アルカナンサスとシオリを見たら驚かれるでしょうから、あの二人には、自室に待機しているよう伝えてあります」
「ああ、そうですね。ありがとうございます」
その後、ギノ大将軍とヴァンズナーが隅で話し始めた。
女性で腕が立つ者? とギノ大将軍が聞き返す声だけが聞こえた。
誰のことだ?
城内に入り、様々な雑務を済ませ、私はエリリカを探した。
リリノが帰って来たこの喜びを、分かち合いたかったのだ。
「エリリカ――」
城内のあちこちを探し回り、やっと私の自室近くでその姿を捉えた。
私は、エリリカに駆け寄って抱き着いた。
いったいどこに隠れていたのか。
「痛っ!」
抱き着いたエリリカの胸元と、お腹のあたりに固い物があった。
「何これ?」
私は、エリリカを見上げて訊ねる。
「お気になさらず。姫様、今日は姫様のお部屋でご一緒させていただきます。アスハ様もいっしょです」
「何それ? 何かあるの?」
アスハも一緒に私の部屋に泊まるなんて・・・。
「リリノ様を歓迎するパーティを行うにあたって、事前打ち合わせです」
エリリカは、作り笑いをする。
自然に笑っているように見えるだろうが、私にはわかる。
まぁ、良いか。
楽しそうだし――
「あー、姫様ズルしたでしょう―」
アスハが、手札のカードをばらまきながら抗議する。
「していません! アスハが弱いだけよ」
私たちは、床に敷いたカーペットの上でカードゲームをしていた。
楽しいことに、私の3連勝中だ。
リリノは、懐かしい自室で休んでいる。
あれだけ悪路に揺られれば仕方がない。
何度か様子を見に行ったが、ずっと眠っている。
サルベルト帝国からの旅疲れもあるだろう。
無理をせず、乗り心地の良い馬車にしたほうがよかったのかもしれないが、本人の希望だったのだから仕方がない。
「はい。私の勝ちです」
エリリカが、カーペットの上に勝ち札を並べた。
しまった。集中力を欠いていた。
「も~、全然勝てない。つまらない~」
アスハが愚痴をこぼしながら、敗者の務めであるカードの回収をした。
前かがみになったアスハの着物の胸元に、木製の筒状の物が見えた。
短刀?
そう言えば、エリリカも胸とお腹に何か仕込んでいた。
「ねぇ、あなた達・・・私に何か隠していない?」
私は、アスハの胸に指をさして指摘する。
アスハは、慌てて襟を直す。
「そう言えば、これから寝るのに、あなた達の恰好おかしいでしょう!」
私が寝間着なのに対し、2人は普段の格好だ。
武器まで身に着けて――
「姫様――」
エリリカは、真剣な眼差しを私に向けて、唇に指をあてる。
黙れと言っている。
何だ・・・何を警戒しているのだ?
私は、辺りを見渡してみる。
何も、変化は見られない。
いつもの私の部屋だ。
「さぁ、そろそろ寝ましょうか」
にこやかに、エリリカは言うのだ。
わざとらしい笑顔だ。
「はい、じゃぁ~皆さんどいてください」
アスハは、持参した敷布団をカーペットの上に敷く。
「そこで寝るの!?」
「ええ、私の育った地域では、当たり前のことですから、お気になさらず」
言いながら、アスハは布団の中に潜り込む。
私も、疑念を残したまま渋々ベッドに入った。
エリリカは、部屋の燭台の火を消して回った。
最後の火を消すと、エリリカも私のベッドに入ってくる。
「え、そのまま寝るの?」
アスハもそうだが、着替えることなく床に就くエリリカに驚いた。
「姫様、今日は少々環境が変わったので用心しているだけです。お気になさらず眠ってください」
すぐ隣で横になったエリリカが、暗闇の中で呟いた。
何を気にかけているの? とは思ったが、ベッドの下の方から伸びて来る睡魔の手が、私をずぶずぶと眠りの中に引き込んでいく。
早朝だろうか・・・。
エリリカが、ベッドから起き上がる気配で目を覚ました。
トイレか――
気にせず再び眠りに就こうとすると、遠くから男女の話す声が聞こえた。
エリリカと・・・誰か。
男の声は、声質が低いためほとんど聞き取れない。
エリリカが、相槌を打つ声だけが聞こえた。
でも、そこから先はわからない。
また、眠りに落ちた。
次に目を覚ました時には、だいぶ明るくなっていた。
夜が明けたばかりだ。
まだ、窓の外には暗がりもある。
隣にいたエリリカはいない。
ぬくもりも残っていなかった。
あのまま起床したのかもしれない。
アスハは、床で寝息を立てている。
寝顔が子供みたい。
微笑ましくて、少し笑った。
今日は冷える。
私は寝間着を脱いで、黄みがかった白い羊毛のドレスに着替えた。
生地が厚くて暖かいのだが、体に密着して体のラインがくっきり出てしまう。
食べすぎ注意だ。
私は、アスハを踏まないように注意しながら身支度を終え部屋を出る。
廊下に出ると、息が白かった。
今夜からは、暖炉に火を入れてもらおう。
「姫様、お早いですな」
私の部屋の扉の陰から、何者かの気配と声、私は驚いて身構える。
「ヴァンズナー! 何だ、私の部屋の前で!」
近衛銃士隊長のヴァンズナーだった。
部屋の扉の横に、椅子がある。
そこに座っていたようだ。
男性に、私室の前に居られるのは気分が良くない。
私の寝言や、寝息まで聞かれたのではないかと訝しんでしまう。
「エリリカから聞いていませんか?」
ヴァンズナーは、大きく伸びをして欠伸した。
「用心していると聞いた」
「それですよ。何事もなかったなら、結構です」
ヴァンズナーは、そう言って去って行った。
不快だ。子供じゃないのだから、ちゃんと説明してくれればいいのに。
私は、執務室に向かった。
何をするわけでもないが、今日の予定ぐらい確認しておくかと、思いついて立ち寄る。
執務室への廊下を歩いていると、遠くから駆けて来る足音が聞こえた。
小気味よく、石床を蹴る音はエリリカだ。
「姫様! 申し訳ありません。お支度のお手伝いもせずに――」
エリリカは、私に駆け寄ると、前掛けのポケットから櫛を取り出して私の髪をとかそうとする。
「いや、中で頼む」
私は、執務室にエリリカと共に入り、窓際のチェストに座った。
部屋の中はまだ薄暗い。
窓際は、かろうじて朝日が漂いこんでいる。
「で、何だったのだ? 昨夜の用心とやらは?」
髪をすかれながら、私は背後のエリリカに訊ねた。
「・・・昨日、姫様がお戻りになられた後、ヴァンズナー様に呼ばれまして、用心するように指示されました」
エリリカは、周囲を気にして小声で答えた。
「アスハもか?」
「いえ、アスハ様が、どなたに指示されたのかは存じませんが、一緒に行きましょうと声をかけていただいて――」
思い出すように、エリリカは言う。
何だかあやふやだな。
ごまかそうとしているのか?
「で、何に対しての用心だったのだ?」
「さぁ、詳しくは聞いていませんが、いつになく真剣な顔でヴァンズナー様が言うものですから――」
まぁ、あのヴァンズナーが真剣に言えば、大事に感じるのは頷ける。
「はっきりしないなぁ。エリリカ、ヴァンズナーとバンモを呼んでくれ」
「そ、それは――できません!」
エリリカはきっぱりと言う。
「姫様を、お一人にするわけにはいきませんから」
「したではないか。私はここまで一人で来たのだぞ」
「それは、アスハ様とヴァンズナー様がいらっしゃるから・・・」
「お前は、どこに行っていたのだ?」
「か、厠です!」
エリリカは、ふてくされたように言う。
そんなことまで言わせるなと、言いたげだ。
ちょうど、髪も整った。
ヴァンズナーを探しに行くか・・・。
問い詰めてやる。
そう思って、私はエリリカを伴い執務室を出る。
この時間なら、食堂か兵士の詰め所だろう。
私が、そちらへ向かう通路を歩みだすと、当の本人が現れた。
「ヴァンズナー! 説明し――」
私は、ヴァンズナーを問い詰めようと声を張り上げたが・・・。
「どうしたのだ? その顔は?」
私は、ヴァンズナーの顔を見て続く言葉を切り替えた。
左の頬が、モミジの葉の形に赤くはれている。
「ええ、まぁ、色々ありまして――」
ヴァンズナーは、左の頬をさすりながら苦笑いをする。
「エリリカ、もう用心は不要だ。いつも通りにしてくれて大丈夫だ」
ヴァンズナーは、そう言い残して去って行く。
私は、多くの疑念を残したままその後姿を見送った。




