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リリノ

28 リリノ




 私は、町はずれにある商会場を訪れた。

 やはり、リリノはここに居るようだ。

 近くで見ると、とても堅牢な門を持ち、石造りの建物は強固そうであった。

 こんな贅沢なもの、この港町に必要なのか?

 そう訝しく思ってしまう。


「これは、これは。アザリナ姫様、なんとお美しい――」


 格子付きの大きな門を開けて現れたのは、緑色のフワフワした帽子をかぶり、黄色いシャツを着た腹の大きな男だった。


わたくし、この度リリノ様のご送迎を仰せつかりました、商人のフーリワ・ソーゲンと申します。以後――」


「自己紹介は要らない。覚える気など無い」


 私は、その商人に一瞥をくれてやり門をくぐった。


「姫様、リリノ様を無事に送り届けてくれたのですから、労いの一つも――」


 ついて来るヴァンズナーが、小言を言う。

 何だ、こいつもバンモみたいなことを言うのだな。

 私は、立ち止まって後からついて来る商人を制止させた。


「ヴァンズナー、この建物の造り、強固すぎないか? 気に入らないのだ・・・」


 私は、小声でヴァンズナーに訊く。

「姫様、考えすぎですよ。商館が強固なのは、当然のことです。商品や客を守るためです」

 ヴァンズナーは、深いため息をついて私に説明する。


「リリノ様を預かってもらっている今、何より重要なことでしょう」


 一応、納得のいく説明であった。

 ただ、私が間違っているとは思わない。


「あいつの名前は、何だった?」


 私は、再び小声でヴァンズナーに訊く。


「フーリワ・ソーゲンです」


 ヴァンズナーが耳打ちする。


「フーリワ・ソーゲン。先ほどはすまなかった。船の入港を事前に知らされなかったので、苛立っていた。貴殿の尽力に感謝する」


 私は、そう言って赤いじゅうたんの敷かれた階段を上る。


「ああ、ありがたき幸せ――」


 フーリワ・ソーゲンは、大きな腹を弾ませながら階段を駆け上り、私とヴァンズナーを追い抜く。


「ささ、こちらでございます。リリノ様も大変お美しい方でございますが、アザリナ様も大変お美しく、ご案内するのを忘れてしまいました」


 フーリワ・ソーゲンは、額に汗をかきながら、大慌てで先導した。


「入港のお知らせが遅れましたこと、心よりお詫びいたします。鳩を飛ばしたのですが、鷹にでもやられたのでしょうか・・・」


 二階にたどり着くと、フーリワ・ソーゲンは、廊下の端に身をよけて謝罪した。

 まぁ、言い訳としては十分だ。

 そういうことは、度々ある。


「さぁ、こちらでございます」


 フーリワ・ソーゲンは、小走りで廊下を進み、奥にある部屋の前で恭しく頭を垂れる。

 そこには、簡素な甲冑を身に着けた兵士が2人立っていた。

 私たちに気づくと、直立不動で敬意を示す。


「リリノ姫様、アザリナ姫様がお越しになられました」


 フーリワ・ソーゲンは、分厚い扉をノックする。

 音が、ゴンゴンと分厚いのだ。


「はい」


 中から、小さく返事がした。

 可愛らしい声だ。

 リリノの声だ。

 私の目頭が熱くなる。


「失礼します」


 フーリワ・ソーゲンは、そう声をかけて分厚い扉を開ける。

 部屋の中に、出迎えようと椅子から立ち上がろうとするリリノがいた。

 青味がかった赤いドレスに、肩から羊毛で格子柄のスートールを羽織っている。

 私は、駆け出してリリノに飛びついた。


「お姉さま・・・痛い」


 勢いよく飛びついてしまった。

 私は軽装だが、胸当てなどの防具もつけている。


「ああ、すまんリリノ」


 私は、リリノの肩を掴んで身を離した。

 あれ・・・。


「お前、背が伸びたか?」


 別れた時は、私の顎のあたりだった背丈であったが、今は目の高さが同じだ。


「ええ、少し伸びました」


 はにかんで笑うリリノは、やはり可愛い。

 少し目尻が下がっていて、優しい印象を受ける。

 いや、実際優しい。

 気立てが良いのだ。

 私と違って・・・。


「それに・・・」


 私は、視線を落として、彼女の胸を見る。

 ずいぶん膨らんだな。


「もう、お姉さま。私だっていつまでも子供じゃないのですから」


「ああ、そうだな」


 私は一歩後退し、目尻に溜まったままの雫を指で払った。

 とにかく、無事でよかった。


「リリノ様、アザリナ様、よろしいでしょうか?」


 背後から近づく気配があって、そう声をかけてきた。

 振り向けば、扉の前にいた兵士の一人である。

 女性だ。

 さっきは気に留めなかったが、その人は肩には届かない黒髪で小柄だった。

 甲冑の胸部に膨らみがなければ、気づかなかっただろう。


「今後の予定について、ご相談したいのですが・・・」


 今、丁度昼ぐらいか・・・微妙な時間だ。

 今出れば、日のあるうちに帰城できるだろう。

 しかし、馬車がまだ来ていない。


「それは、食事をしながらお話しいたしませんか?」


 リリノが、女兵士と私を交互に見て言う。


「そうしよう」


 私は、リリノに同意しヴァンズナーを呼んだ。


「食事にする。他の近衛兵にもそうさせてくれ」


 ヴァンズナーは了解して、部屋を出ていく。


「それと、馬車が着いたらすぐ知らせてくれ」


「かしこまりました。姫様」


 振り返ると、ヴァンズナーは一礼する。

 しかし、その目は私を見ていなかった。

 探るような視線を、女兵士に向けている。





 フーリワ・ソーゲンに案内され、私は1階にあるレストランへとやってきた。

 入り口から、中の喧騒が漏れ出てきている。

 昼飯時ということもあり、混雑していた。

 室内は、雑多な印象を受ける。


 粗末なテーブルがいくつもあり、それを囲むように椅子代わりの樽が置かれている。

 私とリリノが入室すると、潮が引くようにざわめきが消えた。

 皆、帽子を取り、頭を垂れている。


「気楽にしてくれ」


 私は、手を挙げてそれに答えた。

 私たちは、フーリワ・ソーゲンに続いてレストランの奥へと向かう。

 みんな、何を食べているのだろう?


 私は、横目でテーブルに乗っている料理を盗み見る。

 やはり、魚料理が多いようだ。

 港町と言うこともあり、ここには新鮮な魚が水揚げされる。


「こちらの部屋をお使いください」


 部屋の入り口を示し、フーリワ・ソーゲンは恭しくお辞儀する。

 そこは、貴賓室と表札が付けられていた。

 中に入ると、外とは大違いで豪華なつくりとなっている。


「入り口を、別に作ればよいものを・・・」


 私は、独り言ちる。

 この部屋の造りは、城のダイニングによく似ていた。

 白いクロスの敷かれた長テーブルが部屋の中央にあって、豪華な椅子が取り囲んでいる。

 私は、一番奥の上座に席を用意された。

 角を挟んで右隣にリリノが座る。


「皆も座ってくれ、時間が惜しい。話しながら食べよう」


 私は、部屋の入り口で様子を窺っていたリリノの兵士らに声をかけた。

 ヴァンズナーは、すでに私の左に腰かけている。 


「フーリワ、食事をどんどん持ってきてくれ、お前に任せる」


 私は、兵士らを席に案内する太った商人に指示した。


「かしこまりました――」


 フーリワ・ソ―ゲンは、額の汗を拭きながら部屋を出ていく。





「サンハ・ルーインと申します。クァリム男爵家で雇われていまして、リリノ様の身の回りのお世話と警護を務めさせていただいております」


 リリノの隣に座った女兵士が自己紹介をする。

 クァリム男爵家と言うのは、母シスの実家にあたる。

 母は、サルベルト帝国の男爵家の出身だ。


 我が国がリザードと戦争状態に入り、父が亡くなった時、リリノはクァリム男爵家に疎開させたのだ。

 引き続き、サンハ・ルーインの隣に座った兵士が自己紹介したが、聞き流してしまった。

 料理が運ばれてきたのだ。

 白身魚を素揚げし、フルーツのソースをかけたものである。


 この街の名物だ。

 これよ、これ!

 ここに来たら、これを食べなかったら来た意味がない。

 揚げたてで、身はホクホクしている。

 フルーツを何種類も溶かしたソースも、甘じょっぱく酸味があって格別だ。


「馬車は、我々の食事が済んだくらいに着くと思いますが、いかがなさいます?」


 ヴァンズナーが、魚の身をナイフで切り刻みながら訊いてきた。

 そうなのだ。時間が微妙なのだ。


「どうする? リリノ?」


 私は、リリノに振ってみた。


「私は、早くお城に帰りたいです。お母さまには、まだお会いできていませんから・・・」


 リリノは、沈んだ声で言う。

 そう、リリノは別れてから、母の死に立ち会うことなく今日にいたっている。


「お急ぎでしたら、馬車をお出ししましょうか?」


 脇に控えていたフーリワ・ソーゲンが発言した。


「おお、それが良い」


 ヴァンズナーは感嘆し、補足する。


「姫様、フーリワなら4頭立ての馬車を持っています。乗り心地はいまいちでしょうが、足は速いです」


「うむ、フーリワ頼めるか」


 私は、フーリワ・ソーゲンに笑顔を向けた。

 見た目は好めないが、誠実な人間のようだ。


「姫様のお役に立てることを、誉に感じます」


 フーリワ・ソーゲンは、深々と頭を下げ部屋を出て言った。

 私たちは、大急ぎで食事を済ませ、出立の準備に取り掛かることにした。




 

 商会場の外に、黒い馬4頭に引かれた馬車が用意された。

 馬車自体に屋根はなく、後部に折りたたまれた幌があるだけで、装飾などは見られない。


「リリノ、すまないがこれに乗ってもらえるか?」


 私は、ドレス姿のリリノの手を引いて馬車の前まで誘導する。


「十分ですわ、お姉さま」


 言いながら、リリノは馬車に乗り込む。

 それを手伝っていたサンハ・ルーインも、リリノの後に続いて乗車した。


「お前は、御者ぎょしゃもするのか?」


 私は、御者席に座っているフーリワ・ソーゲンに声をかける。


「ええ、他の御者は出払っておりまして――」


 フーリワ・ソーゲンは、背後の座席に座るリリノらを気にかけながら答えた。


「フーリワ、最初にひどい態度をとってしまった。申し訳ない」


 私は、御者席に背伸びをして小声で謝罪した。


「いえいえ、姫様がまだお小さい時、最初におかけ頂いたお言葉が、「おいデブ」でしたから、それに比べれば――」


 会った事があったのか――

 全く覚えてはいないが・・・。


「それも、重ねて詫びる。すまない」


 私は、頭をかきながら謝罪した。

 まったく記憶にないのだ。





 フーリワの操る馬車は、単馬に引けを取らない速力で走った。

 さぞかし、揺れることだろう。

 馬車に乗るリリノの身を案じつつ、私は馬車と並走した。

 馬車の先に、ヴァンズナーが先導している。

 やはりこのヴァンズナー、乗馬の技術が優れている。

 馬車を引く4頭の馬を、上手く導いていた。


「いやはや、隊長様は馬が達者でございますなぁ。楽させて頂いています」


 御者席のフーリワが上機嫌で言う。

 街道の先に、城へと戻る馬車が見えた。

 伝令を先に送り、引き返させた我々の用意した馬車だ。

 引き返す馬車は、我々に気づくと馬車を道端によけて停車する。


「すまない。ゆっくり帰ってきてくれ!」


 私は、御者席にいた兵士に駆け抜けながら謝罪した。

 兵士は、にっこりと笑って手を振っている。

 馬車の通れる街道を進んでも、この時間なら日没には優に間に合う。






 


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