ウリ坊
26 ウリ坊
城下町の目抜き通りの先に、人だかりができていた。
城壁の外と内とを隔てる大門のあたりだ。
その人だかりの中に、ポコッと一つだけ頭が飛び出している。
見まがうはずもない、その頭は・・・。
「ギノ大将軍!」
私は、遠くからその頭に叫んだ。
「おおー、姫様――」
私に気づいたギノ大将軍は、人をかき分けながら私のもとへとやってくる。
「オークが攻めてきたのですか!?」
私は、あまりに平静でいるギノ大将軍の様子を訝しく思った。
オークが攻めてきたにしては、この人だかり・・・。
それに、キャーキャーと黄色い悲鳴が混じっている。
「いやぁ、デルガンから鉄鉱石を持ってきたようです」
ギノ大将軍は、困った顔で頭をかいている。
「それをどうしろと?」
なんだ、攻めに来たわけではないのか・・・。
ちょっと安心した。
「まぁ、姫様も話を聞いてやってください」
「人語が話せるのか?」
「ええ、ユーサク殿の息子らしいです」
「何だって!?」
私は、人垣を割っていくギノ大将軍の後に続く。
人垣の先には、警衛兵に取り囲まれた大きなオークが2体いた。
あれか・・・ユーサクほどではないが、でかいなぁ。
オークの後ろには、黒々と輝く鉱石を積んだ荷車がある。
「シオリ、こちらがアザリナ姫様だ」
ギノ大将軍が、オークに声をかけた。
私は、オークを見上げてなるべく威厳ある顔つきを心掛ける。
たぶん、睨みつけた。
怖くて、引きつった顔になっていただろうな・・・。
「あんたが姫さんかぁ~、若くて綺麗で、美味そうだなぁ」
あれ?
目の前の大きなオークは、口を動かしていない。
腹話術か?
「こらシオリ、美味そうは失礼だぞ!」
ギノ大将軍は、屈みこんでシオリと呼ばれたユーサクの息子を叱る。
私は、大きなオークから視線を落とす。
そこには、私の膝上ぐらいの身丈の小さなオークがいた。
毛は茶色で短く、牙は八重歯のように、ちょこっと口から出ている。
ユーサクはイノシシみたいな姿であったが、この小さなオークはまるでウリ坊――
「キャー―」
私を追い越して、シオリに飛びつく人の姿があった。
「可愛いぃぃぃぃ」
アスハだ。
アスハが、シオリにしがみついて頬ずりしている。
「おおー、お前も美味そうな臭いがするなぁ。食って良いのか?」
シオリは、鼻を引きつかせながらギノ大将軍を見上げる。
「食ってはダメだ! 御父上に言われているだろう? もう人間を食べてはいけないと」
「俺さ、人間の雌って食ったことがないんだよ」
シオリは、目をキラキラさせて私を見ていた。
食い物を見る目だ。
「お前・・・トンカツにしてやろうか・・・」
私が、ぼそりと言うと、シオリにしがみついているアスハが私を非難する。
「こんな小さな子に、何てこと言うのですか!」
私は、食われてしまえと思った。
オークのシオリの手を引いて、アスハとエリリカが私の前を歩いている。
シオリに街のあれこれを、楽しそうに話すアスハとエリリカを、私は恨めしく眺めた。
後ろから荷を引きながらついて来る2体のオークは、終始無言だ。
それも怖い。
「なんてことを――」
遠くの方から、走りくる小さな姿があった。
時折立ち止まり、呼吸を整えている。
老人を走らせるのも気の毒なので、私が駆け寄った。
「な―― 何故、勝手に――」
老人は、石畳に手をついて肩で息をしている。
抗議しているようだ。
私だって、入れたくはなかったけど、同盟を組んだ以上、街に入れない理由もあるまい。
「事前に、通告をしてから来るのが―― 筋であろうに――」
老人は、路肩に座り込んで呼吸を整えながら言った。
「獣人に、こちらの常識を充てるのが、そもそも難しかろう」
私は、老人の背を擦ってやりながら冷ややかに言った。
同盟を組みたがったのは、あなたでしょう。
そう言ってやりたかった。
「おい、トンカツ――」
私は、マズそうな目でバンモを見るシオリに声をかけたが・・・。
「姫様! やめてください。その呼び方!」
エリリカに窘められる。
「何だか、ヒデオさんに似てきましたね」
アスハには、そんなことを言われた。
くそぉー、それだけは言われたくなかった。
「ねぇ、シオリ。人間の街に来るのだったら、人間の決まり事を覚えて守りましょうね」
私は、丁寧に小さな体のオークに説明した。
目尻がピクピクしていたから、きっと引きつった顔をしていたに違いない。
「わかってるよ! 人間を食うなってことだろう」
シオリは、得意満面に胸を張って答える。
ああ、そうだそれが一番大事だ・・・。
「バンモ、後でシオリに色々と教えってやってくれ」
私は、呼吸の落ち着いた老人を立たせると、そう依頼した。
「え、私が、ですか!?」
老人は、悲愴な顔をする。
「バンモ様、シオリをそれほど恐れる必要はありませんよ。オークが人を食べると言っても、死肉だけです。オークには、食葬の習慣があるのです」
「知っとるわ!」
ギノ大将軍がバンモに丁寧に説明したが、一喝して一人歩きだした。
「あの爺さんはマズそうだから、死体になっても食いたくないなぁ」
シオリが、去っていくバンモの背に言う。
「食わんで結構!」
振り返ったバンモが怒鳴った。
鉄鉱石を運んできた2体の大きなオークは、積み荷を置くとデルガン国へと帰っていった。
彼らの空になった荷車には、葡萄酒と鶏肉の燻製、パンなどの食料と、斧やつるはしなどの鉄製品を入れてやった。
シオリだけは、この国に残って見聞を広めるのだという。
ユーサクにそう指示されていたようだ。
シオリは、バンモに預けてある。
私は、あまりシオリには近づきたくなかった。
父親の怖い姿を思い出すし、シオリの食い物を見るような眼で見られるのも嫌だった。
シオリは今、バンモと共に城の図書室にいる。
人間の歴史や、習慣などを教わっているのだ。
私は、執務室にこもり先日送付した救援を乞う手紙を、訂正する文章を作成している。
一度、救援を乞うておいて、獣人の仲間になりましたぁ。などとは、書きにくい・・・。
ペンが、なかなか進まない。
まぁ、返事など数通しか来てないし、救援に応じてくれた国もないのだが。
そう言えば、今日はあまり人が来ないな。
いつもなら、バンモやエリリカが出たり入ったり忙しないのだが。
まぁ、バンモは仕方ないが、エリリカやアスハはどこへ行ったのだろう?
アルは、ギノ大将軍と今後のことについて話しているようだが・・・。
どれ、図書室にでも行ってシオリとバンモの様子でも見てみるか。
決して、寂しいとかではない。
図書室行くと、執務室に誰も訪れない理由が判明した。
「何をしているのだ・・・」
アスハとエリリカは、図書室にいた。
私は、冷ややかに彼女らに問う。
「シオリちゃん。人間の食事が合うみたいで、私の作ったクッキーを美味しいって全部食べてくれたのですよぉ」
キャッキャと、エリリカが嬉しそうに話す。
「シオリンぬいぐるみみたいで、可愛いなぁ」
アスハは、シオリの隣に座ってウリ坊の頭を撫でている。
シオリン?
何より驚いたのは、バンモの変わりようだ。
シオリを自分の膝の上に乗せて、目を細めている。
「・・・どうなんだ? 覚えたのか我々のことは?」
私は、バンモを軽蔑の眼差しで見てやった。
「いやぁ、シオリは素晴らしく優秀ですぞ。次々に物を覚えていきます。このまま、我が国で文官として取り立てても良いかもしれませんなぁ」
バンモは、おじいちゃんの顔をしている。
「お前たち、忘れているのなら教えてやるが、こいつは人間を食うのだぞ」
私は、仁王立ちになって我が家臣らに忠告した。
「そんなことしませんよね~、シオリン~」
アスハが、シオリの頭に頬ずりをしながら言う。
「アザリナ姫様! 俺、もう人間を食ったりしないよ!」
濁りのない純粋な眼差しで、シオリは私に言う。
か、可愛いな・・・。
「葬儀と言うものを学んだんだ。お別れの儀式だね。食わなくても故人の魂と共生できるんだ」
確かに、利発そうだ。
そうか、オークは故人と共に生きるという意味で、死者を食う・・・食葬という文化を持っていたのだな。
人間でも、太古にはそう言った習慣のあった地域もあったらしい。
結局は、伝染病の流行などで消えていったようだが・・・。
「シオリ、お前の母が心配するだろう? もう帰ったほうが良いのではないか?」
私はまだ幼いシオリが、一人で人間たちの世界にいることを不憫に思った。
「お母さんも、兵隊なんだ。お父さんと一緒にいるよ」
「そうなのか!」
すごいな、オークの女性は、戦場に出るのか!?
「オークは、体力的な性差が無いのですよ。女性も男性に負けない戦闘力を保持しているのです」
バンモが、シオリの頭を撫でながら言う。
「それはすごいな。一度会ってみたいものだ。シオリの母上に」
私は、迷いながらもシオリの頭に手を伸ばす。
「気づかなかったと思いますが、この間ユーサクさんの隣にいましたから、お会いしてはいますよ」
アスハに言われて、シオリに伸ばした私の手が止まる。
え、あの中にいたの!?
私は、この国を取り囲んでいたオークの集団を思い出した。
全部一緒に見えた。
とても、女性がいたようには・・・。
お会いしたくは、無いな。
私は、止めていた手をシオリの頭に乗せた。
あっ・・・。
温かい。柔らかい。気持ち良い。
「アザリナ姫様、お花の臭いがするね。とても良い臭い」
シオリが鼻をクンクンさせて、私の手を嗅ぐ。
「シオリ、良い臭いの時は、香りと言うのだ」
私は、シオリの頭を撫でた。
「わかった。良い香りのお姫様、これからよろしくね」
シオリが、ニコニコと言うのだ。
胸が、キュンとなる。
か、可愛いぞぉ~




