旅に出たい
25 旅に出たい
「何を馬鹿なことを言っているのですか!」
バンモとエリリカが、口をそろえて私を叱責する。
私は、あまりの剣幕に驚いて耳をふさいだ。
「怒鳴らなくたっていいじゃない!」
私は、両手で耳をふさいだまま反撃を試みる。
「ちゃんと聞きなさい!」
エリリカが、私の腕をつかんで耳をふさぐ手を外そうとする。
あなた達が怒鳴るから、耳をふさいでいるのよ!
「姫様――あなたは、ご自分のお立場を理解されていない――」
バンモの説教が始まった。
あー、うるさい!
もう、嫌になっちゃう。
ジープ国に行きたいって、言っただけよ。
たったそれだけで、悪魔の首を取ったみたいに大騒ぎして――
「良いですか姫様――」
バンモは、辺りを警戒しながら言葉を続ける。
ここは執務室で、室内には私とバンモとエリリカしかいない。
「アルカナンサス殿を信頼なさっているようですが、気を付けなくてはいけません」
「何を! 気を付けるのよ!」
私は、執務室の私の席に座り、そっぽを向いてふてくされた。
「何か、企んでいるのかもしれません」
それを聞いて、私は怒りがこみ上げるのを感じた。
「何を言うか! アルは!」
アルを弁解したい! 気持ちはあるのだが、何と言って良いのかわからなかった。
「姫様、落ち着いて聞いてください」
エリリカが、優しくなって穏やかに言う。
「何事も、早急になそうとすれば、ほころびが生じるものです。編み物もそうでしょう」
エリリカが言うことに、背の低い老人が頷いている。
「落ち着いて、一旦よく考えましょう」
エリリカは、それだけ言うと部屋を後にした。
一緒に出て行ったバンモも、外でぶつくさ言っている。
はぁ~ 何なのよ~
私は、ため息をいっぱい吐き出した。
サラ将軍がいてくれたら、もしかしたら私に味方してくれたかもしれない。
・・・いや、どうだろう・・・。
私は、自分を傷つけて散々殴られたのを思い出した。
また殴られるかもしれない。
居なくてよかった。などと、一瞬思ってしまった。
扉が、ノックされた。
誰だろう? バンモか?
私は返事をして、入室を促す。
「失礼します。姫様、アスハ様と参りました。今よろしいですか?」
遠慮がちに、ギノ大将軍が現れた。
私は、ギノ大将軍の後ろからすました顔で入室するアスハに笑顔を向ける。
「姫様、実はお願いがありまして――」
ギノ大将軍は、書類で山積みになった私の机の前まで来ると、私の顔色を窺うような態度で語りだす。
「ジープ国への外遊が予定されていると聞きました。我々もお供させていただければと、参上した次第です」
おいおい、誰だ、そんな情報流したのは――
さっき叱られたばかりだぞ・・・。
「ん~、ギノ大将軍、今の所そのような計画はありません。誰に聞いたのかは知りませんが――」
「姫! 行くべきです!」
アスハが、横やりを入れてきた。
自分が、観光気分で行きたいだけなのではないか?
私は、そう邪推してしまう。
「行きたいのは、私も同じです。でも、国の警備や公務を考えれば難しい話です」
私は、さっきバンモに叱られた文言をそのまま使用した。
「その事ですが――」
ギノ大将軍は、リザートとオークが味方となった今、近い脅威はないのではないかと説く。
なるほど!
私も、バンモにそう言えば良かった。
「ですが、王の代理である私と、大将軍が不在になるのは、厳しいでしょう?」
私は、頬杖をついてため息をついた。
私だって行きたいのだ。
「妹さんの、リリノ様に戻っていただいたらどうです?」
アスハが言う。
この娘、遠慮を知らないのか?
妹のリリノは、この国が危険な状況だから、疎開させているのに――
んっ・・・危険は、無くなったのか・・・。
私は、部屋の隅を見つめて熟考する。
その私の横顔に、ギノ大将軍が進言した。
「それと――私の代わりですが、ヴァンズナーをこの際、昇任させてはいかがでしょう。最近の活躍は、将軍にあげるに十分な功績です」
私は、机の引き出しから書簡箋を取り出し、ペンを走らせた。
「ああ、早速ありがとうございます」
ギノ大将軍は、恐縮して深々と頭を下げる。
私は、手紙を書く手を止めギノ大将軍を見上げた。
「違います。妹のリリノに出す手紙です」
私は、再びペンを走らせる。
リリノに会いたい。
今なら、会える!
「あの~、姫様・・・」
「何です?」
ギノ大将軍が、躊躇いがちに私を呼ぶ。
私は、うわの空で聞いていた。
「ヴァンズナーの昇任は――」
「ありません」
私は、妹リリノへの手紙を書き終えると、目の前にいる大将軍に速達を依頼した。
ギノ大将軍は了承し、何故か肩を落として部屋を出ていく。
あら、どうしたのかしら?
私が、ギノ大将軍を不思議そうに眺めていたら、アスハが口を開く。
「どうしてヴァンズナーさんを、将軍にしてあげないのです?」
アスハは窓際のチェストに腰かけ、足をブラブラさせている。
「そうね~、あの人ちょっとふざけているじゃない」
「良いのじゃありません? そういう将軍がいても」
私は、頬杖をついて天井を見上げた。
「まじめな人じゃないと・・・この国は、もう2人にも将軍に逃げられて――これって、恥ずかしいことなのよ」
ため息が出た。きっと他国では笑い種であろう。
「でも、ヴァンズナーさんは、ギノさんよりも年上なのでしょう」
「たぶん・・・そうだと思う。あまり変わらないと思うけど・・・」
それがどうしたのだろう?
アスハが、そんなことを心配する意図がわからない。
「やりづらいのではないでしょうか? 年上の部下で」
「え~、そんなことないでしょう。いっぱいいるわよ。年上の部下だなんて。第一、ヴァンズナーとギノ大将軍は、隊が別だし」
そう、ヴァンズナーは王家直轄の近衛銃士隊なのだから。
「わかった! 実は、ヴァンズナーさんは、ギノさんの師匠だった!」
「ない!」
「じゃぁ~、実は、ヴァンズナーさんは、ギノ将軍よりも強い!」
「な――」
ない! と言おうとして、私は口を閉ざした。
そう言えば、私は2人が戦っているところなど見たことがない。
私が戦場に立たないからでもあるし、2人が指揮官だからでもある。
しかし、ギノ大将軍とヴァンズナーでは体格差がありすぎる。
ヴァンズナーのほうが強いなんてこと・・・。
「ない!」
しかし―― ヴァンズナーは、なぜ近衛銃士隊の隊長なのだろう?
近衛銃士隊は、名家の集まりだ。
ヴァンズナーは、とても名家の出身には見えないが・・・。
まぁ、そのうちバンモにでも訊いてみよう。
ジープ国外遊の話は、急展開し現実味を帯びてきた。
リリノが帰省することとなり、渋っていたバンモも首を縦に振りそうだ。
さすがにギノ大将軍は連れていけないが、王族の行くところには近衛兵も付き従う。
護衛として、ヴァンズナー隊長と2人の近衛兵を連れていくことになるだろう。
それと、同行者としてアルカナンサスとアスハだ。
これでジープ国との貿易が開けば、両国にとって喜ばしい結果を招くだろう。
私は、リリノから今朝がた届いたばかりの返事を胸に抱え、寒風の吹くバルコニーに出た。
リリノからの返事には、雪で帰路がふさがれる前に帰郷したいと記されていた。
急いでくれているのだと思う。
手紙の往復で10日程かかったとして、リリノが到着するのは、あと5日から10日の間であろうと推測する。
船での旅になる。
どうか無事に着いてほしい。
知らせが来たら、港まで迎えに行こう。
港までは、半日ほどの距離があるが、それぐらいはバンモも許してくれるだろう。
「アザリナ姫」
背後から、アスハに呼びかけられた。
「いつぐらいに発てますか? 私は、もう準備できています」
せっかちだなぁ。
リリノが来ても、すぐ立てるわけではない。
雪の降る時期にはなってしまうだろう。
ただ、我々が行くのは南方で雪はない。
「春まで待つことはないと思いますよ」
私は、にこやかに答えた。
「え~、そんなに待つのですかぁ」
アスハは、うんざりした顔ですねる。
「リリノに会ったら、出発を遅らせたくなりますよ。可愛い子ですから」
「姫様の妹でしょう? 興味ないなぁ」
む、なんかちょっと棘のある言い方だな。
「それよりもアスハ、エヴァ大神殿には戻らなくて良いのですか?」
アスハには居て欲しい。
でも、ちょっと意地悪で訊いてみた。
「私には、私の役割があるのです」
えへんと、自信満々に答えるアスハである。
役割とは、何なのだろう?
しかし、妹のリリノが到着する前に、珍客が現れ城下が騒ぎになる。
「姫様―― 一大事でございますぞ――」
私が城下町を散策していると、城壁の方が騒がしくなり、そのうちバンモが飛んできた。
「何だ、騒々しい――」
私は、リリノに渡す贈り物をアスハとエリリカを連れ選んでいる所だ。
当然、忙しい。
「姫様、このドレスどうでしょう?」
アスハが、黄色いドレスを自分の体に当てて踊る。
「あなた用じゃないのだから―― 小さすぎます」
却下だ。
「姫様、きっと今より冷えますから、コートなどいかがでしょう?」
エリリカが見つけてきたのは、薄くなめしたウサギの革に、羽毛を詰めたコートだった。
「良いわねぇ~」
「姫様! お買い物どころじゃありませんぞ!」
「何よ、バンモ! 要件があるなら、早く言いなさい!」
イラっとして、私は強い口調で訊いた。
「オークがやってきたのです! 王都への入り口で、街に入れろと揉めておるのです」
なんだと~
なぜこんな時に――
「ギノ大将軍は!?」
「すでに向かっております」
どうなっているのだ。
同盟を結んだはずではなかったのか!?
ヒデオに一杯食わされたのか――
私は、エリリカにウサギのコートを投げ返し、城壁まで駆け出した。




