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遺恨

23 遺恨




 アルカナンサスと、巫女のアスハを連れ、私は城に戻った。

 ギノ大将軍は、一足先に城に戻っている。

 バンモと調整があるそうだ。


 まぁ、こんなことになったのだから、色々あるだろうなぁ。

 ぼんやりと、そんなことを思う私は、無責任な王女だろうか。

 城下町の至る所には、祭りの飾り付けが残されているが、もう、収穫祭どころではなくなっている。


 城下の民たちの顔には、疲れの色が見て取れた。

 私も、安堵を得てどっと体の疲弊を感じたが、休んでいる場合ではない。

 そんな我々とは対照的に、リザード族のアルカナンサスは上機嫌だ。

 街を歩きながら、アレはなんだ、これはなんだと、まるで観光に来ているかのようである。


「人間って、器用なもんだね~ 何でも作っちゃうんだから」


「リザードの街は、どんな感じなのですか? 一度行ってみたいとは思っているのです」


 アルカナンサスの矢継ぎ早に繰り出される質問に答えつつ、アスハは自分の疑問を投げかけた。


「ん~、やっぱまだまだ田舎な感じだね~、俺たち力持ちだから、道具ではなく、力に頼っちゃうよね。鉄の製品っていえば、単純なナイフと槍ぐらいだよ。人間の道具には、憧れちゃうな」


 友好的に聞こえるんだよなぁ。

 会話だけ聞いていると・・・。

 アルカナンサスが、砕けた性格なだけかもしれないが、とても戦争をしていた敵には思えない。

 私たちは、城門で衛兵たちの歓迎を受けた後、朝食のためにダイニングへ移動した。

 すでにパンとスープが用意されていて、給仕がオムレツの皿を配っている。


「ああ、これこれ! これ美味いんだよね~ どうやったら卵がこんなふわふわになるんだろう?」


 アルカナンサスは、席に座る前に皿の上のオムレツをペロリと食べてしまった。


「こら! お行儀悪い! それも一口で――」


 アスハが、アルカナンサスを叱る。

 何だかずいぶん打ち解けている。

 出会ってからの日数は浅いはずなのだが、私より親密そうだ。


「気にしなくていい。私も普段はそんな感じだ」


 私は、テーブルに腰かけて、手近にあったパンをかじった。


「ひ・め・さ・ま」


 背後から、怖い声が聞こえてきた。

 エリリカだ。怖い顔で私を睨みつけている。

 私は苦笑して見せ、席に着いた。


「アルカナンサス殿も座ってください」


 私は、丁重に大柄なリザードに席を進める。


「アルで良いよ。姫様」


 アルカナンサスは、機嫌よくそう言って着席した。

 私は、頷いて了承した。

 前からそう呼びたかった。長いのだ名前が・・・。


「今日から、私たちは味方です。長い間争ってきましたが、遺恨を忘れ仲良くやっていきましょう」


 私は、なるべく友好的にアルに語り掛けた。

 言葉の終わりに、微笑するのも忘れずに・・・。


「う~ん。なかなか簡単ではないよね」


 以外にも、アルの反応は冷ややかなものだ。


「それは・・・そうですが、努めていかなければ――」


 私は、言葉を途中で飲み込んだ。

 アルの険しい視線を感じたからだ。


「姫様、湿地帯のことだけど、そもそもあそこが原因で我々は争ってきたわけだ」


「ええ、存じています」


「あの湿地帯には、パリオムという集落があったのは、知っているかい?」


 私は、パリオムという単語に背筋が凍るのを感じた。

 やはり、あれだ。


「もちろん存じております」


 私は、目を伏せて軽く頭を下げた。

 我が国にとっては、国を混乱に陥れた大きな事件であった。


「我がジープ国国王は、貴国の謝罪を望んでおられます」


 私は、アルの顔を見ることができなかった。

 我が国にとっては、都合の悪い事件だった。

 湿地帯にあるパリオムと言うリザード族の集落を、我が国は10年程前に焼き払っている。

 当時、カーヴァと言う将軍の独断での行いであったが、彼はその咎だけを置いて国外に逃亡した。

 我が国は、それ以来リザード族と険悪になっている。


「本当にごめんなさい」


 私は席を立って、アルに頭を下げた。


「私が頭を下げて許してもらえるのなら、何度でも謝ります。でも、先王もそうしてきたはずで――」


 アルは、私を冷ややかな目で見ている。

 そして、肩をすぼめて首を振った。

 私に失望した――

 そう言われているかのようだった。


「姫様、よろしいですか」


 バンモが、屈みこみながらやってきた。


「謝罪というものは、簡単にしてはいけません。簡単ではないからです」


 バンモが声を、押し殺して言う。

 じゃぁ、どうしろというのだ!

 私のような若輩者が、先王だって上手くいかなかったことを、どうにかできるわけがない。


「バンモ、どうしたらいいの?」


 私は口を手で隠し、テーブルの陰で訊ねた。

 バンモは、思案顔ですぐには答えない。


「あのさ、姫様。先王ヴァスカ様は、確かに偉大な方ではあったけど、謝罪のあとすぐに挙兵したのさ。それってもう、謝罪は無効だよね」


「それは、貴国が進軍して来たからやむなく・・・」


 私は、テーブルの陰に助けを求める。


「アルさん、貴方の気持はわかるけど、アザリナ姫を責めるのは可哀そうだよ」


 助けてくれたのは、アルの隣に座るアスハだった。

 アルは、深いため息をついて取り直した。


「そうだね。ごめん、アザリナ姫様。もっと建設的な話をしたかったのだけれど・・・」


 ため息は、テーブルの陰からも聞こえた。

 バンモも安堵したようだ。

 もちろん、私も。

 ただ、それっきりアルは黙り込んでしまった。


「・・・アルさんからは、話しにくいだろうから・・・アザリナ姫、それからバンモさん。聞いてくれる」


 アスハは、隣のアルカナンサスに話しても良いか確認し、了承を得られると語り始める。





 アルさんは、当時パリオムで暮らしていました。

 奥さんと、2人のお嬢さんがいて、アルさんは家族を養うために一生懸命に働いていたそうです。

 パリオムの集落は、湿地でとれる魚を軸に生計を立てていました。


 日中、男の人たちは漁に出て、女の人やご老人は集落で籠を編んだり魚を加工したりして、平和で安定した暮らしを営んでいたそうです。

 アルさんは、お父さんの影響で近隣集落や街に出て、魚や工芸品を売り歩く行商をしていたそうです。


 お父さんの代から、人間との付き合いもあったそうで、アルさんはお父さんに連れられて子供のころから人間と接触していたの。

 南東の人間の街によく出向いたそうで、そこで取引をしていた兼ね合いから人語を覚えたそうよ。


 アルさんは、幼少より人間の生活に憧れていたし、便利な道具や綺麗な衣服など、自分たちの暮らしに次々と取り込んで行きました。

 アルさんが持ち帰る商品は、集落の生活を楽にしたし、装飾品や家具などもあって、とても豊かになったそう。


 でも・・・あの事件が起きました。


 あの時、アルさんは南東の人間の港町にいたそうです。

 人間たちと酒場で談笑しているときに、その一報がもたらされたの。

 パリオムが、人間に襲撃されたって――


 アルさんは、夜通し馬を走らせて、翌朝には集落にたどり着きます。

 そこで、アルさんが見たものは――

 焼かれた家屋、殺された家族の遺骸にすがりつく男たちの姿、そして・・・。

 焼け落ちた自宅と、その残骸の中に、真っ黒に焼き焦げたご自分の両親と、奥さん・・・2人のお嬢さんの――





「もう良い! やめてくれ!」


 アルは、そう言ってアスハを黙らせた。


「いやはや、こんなつもりじゃなかったんだけど、しみったれた雰囲気になっちゃったね~」


 アルは、いつもの調子に戻っておどけたように言う。


「俺の話ばかりで、申し訳ない。アザリナ姫様、これは、言っておかないと思って・・・」


 一度言葉を切ってから、アルカナンサスは続ける。


「君の御父上は、いっぱい謝っていたよ。8年前の俺との戦いでね」


 私は、顔をあげた。

 滲んだ景色に、ぼんやりとアルの姿が溶けている。


「あっちは剣で、こっちは槍で、戦っていてさ、ずっと謝っていた・・・。でも、俺の耳にはもちろん聞こえていたけど、俺の心には届かなかったんだよ。俺、その時めちゃくちゃ怒っていたから・・・怒りで我を忘れるって、この事なんだな」


 私の隣で、バンモが立ち上がった。


「アルカナンサス殿、貴殿の心痛お察しいたします。しかしながら、あれは当時の将軍カーヴァ・ドリエスが独断で――」


 言い訳だ。

 バンモの言い訳を、アルカナンサスは睨みつけて黙らせたのだろう。

 私にはもう、アルの表情を窺い知ることはできないけど、バンモが口篭もるのだから、きっとそうなのだ。


「アザリナ姫、俺も謝るよ。ごめんね・・・」


 私は、アルの言葉に驚いて顔を手で拭った。

 何で? 何を謝るの?


「君のお父さん・・・いっぱい謝ってくれたのに、殺しちゃった。ごめん」


 アルは、優しい目で私を見ていた。

 でも、またぼやけて見えなくなった。

 私にだって、目の前のこのリザードを許せない気持ちがある。


 でも・・・でも・・・。

 アルカナンサスも、可哀そうで――

 申し訳なくて・・・。


「手にかけておいて言うのも変だけど、俺は君のお父さん、好きだよ。それから――」


 アルは、そう言って立ち上がった。

 私の方へ近づいて来る。

 隣のバンモが、制止しようと私の前に出ようとした。


「バン、モ」


 私は、手を出してバンモを下がらせる。

 声が、ちゃんと出ない。

 嗚咽となりそうだったので、私は唇をかんで堪える。


 アルカナンサスは、私の前に立つと、小さく屈んで私のことを抱きしめた。

 冷たい鱗の感触が、頬に伝わる。


「そんなに、いっぱい泣いてくれる君のことは、大好きだよ」


 途切れることなく流れ出る涙は、冷たくはなかった。

 私は、アルの背に手を伸ばし、しっかりと抱き寄せる。

 いや、しがみついた。

 ずっと、我慢していたのだけれど、声をあげ泣いた。 






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