贖罪
22 贖罪
深夜、私は眠りにつきたいのに、自室のベッドで膝を抱えて月を見ている。
もう朝が近いのかもしれない。
ヒデオらとの話はどうなったのだろう?
バンモやギノ大将軍は、まだ話しているのかな・・・。
この国は、獣人と同盟を組むことになるのだろうなぁ。
私は、どうなるのだろう?
もう、王女じゃなくなるのだろうか?
誰かに傅かなきゃならないのだろうか?
ぼんやりと、そんなことを考えていた。
風を感じて、部屋の扉を見る。
少し開いていた。
小さく、鎧の音が聞こえた。
音を出さないように、配慮している。
「誰か?」
私は、小さく誰何した。
「起きてお出ででしたか・・・」
声は、サラ将軍であった。
サラ将軍は、燭台に火を移し、小さな明かりを持ってやってきた。
彼女は、私のベッドのそばまで来ると、恭しく膝をつく。
「姫様、長い間お世話になりました。私サラ・サーラは、獣人連合に合流いたします」
サラ将軍は、そう言うと腰の細剣を鞘ごと取り出し、私に差し出した。
「将軍の職を、返上いたします」
頭を垂れる将軍を、私は無言で眺める。
サラ将軍が床に置いた燭台の火が、彼女の影を壁に映し出していた。
ユラユラ揺れている。
「姫様・・・罰するなら、今しかありません」
サラ将軍は、私に受け取れと言わんばかりに細剣を差し出す。
「何を・・・」
私は、首をかしげる。
彼女が何を言っているのか、判ってはいたがとぼけた。
「貴方様に対する傷害、王家に対する反逆・・・それから、アルカナンサスの件もまだお裁きを受けておりません」
サラ将軍は、私を見ない。
床に目を落としたままだ。
「アルカナンサスの件は、保留としました。それに――」
私は、彼女から視線を外して窓を見る。
今は、黒いただの板だ。
月光で、窓枠がほんのり輝いているだけ。
「私には、貴方を裁いたりなんてできないわ。私だって、家臣や民を裏切る行為をしたのだから」
私は、自分を傷つけた。
それは、すなわちそう言うことだ。
「私が、獣人連合軍に合流すれば、敵同士となります。そうなったら――」
サラ将軍が言い終わる前に、私は笑った。
サラ将軍は、何が可笑しい? と言わんばかりの顔で私を見る。
「貴方が獣人連合軍に行ったところで、敵にはなりません」
私は、ベッドの上から彼女を見た。
「それは――」
「同じ獣人連合軍の仲間です」
私は、サラ将軍を従えて謁見の間でもある広間に向かった。
途中の通路で、エリリカに呼び止められる。
「姫様、これを――」
それは、黒い生地に金糸で草花の刺繍が施された面紗であった。
何で? と思ったが・・・。
「申し訳ありません」
私の顔に面紗を付けるのを手伝いながら、申し訳なさそうにサラ将軍が言う。
「え・・・見せられないほど酷いの?」
私は、不安になってエリリカに訊ねる。
「誰だかわかりません」
エリリカは、無言で言い。
サラ将軍は、再び小さな声で謝罪する。
うむ~、サラ将軍を責めるようだから、何も言えないが、とても不安だ。
元に戻らなかったらどうしよう・・・。
自分で言うのも何だが、自慢の顔だったのに――
「姫様! このような時間に!」
広間に入る直前で、バンモに出会った。
老人こそ寝ていなければならないだろうと、思いはしたが口には出さない。
そうさせてしまっているのは、私なのだ。
「刻限が迫っているだろう? ヒデオはどこだ?」
私は、歩きながらバンモに訊ねる。
「ヒデオ殿は、自軍に戻られております」
「そうか、話はどうなったのだ?」
「同盟を結ぶ前提で、姫様が起床されたらご意思を確認し、使者を送る手筈となっております」
「なんだ・・・では、急ぐ必要はないのか?」
私は、広間に入る通用口の扉の前で、歩を止めた。
「ええ、姫様にはお休みになっていていただいて構いません。獣人連合に与すると言うことで、よろしいですね?」
「ああ、そうしよう」
私は、夜更けまで尽力してくれたバンモを労うため、笑顔で頷いた。
でも、面紗の下で見える訳もなく、ただ私の顔が痛いだけだった。
「使者は不要だ。私が行く」
私は、サラ将軍を一瞥する。
サラ将軍は、この経緯を知らなかったのか?
サラ将軍は、私の視線に気づくと目を落とした。
ああ、勝手に謹慎でもしていたのかもしれないな・・・。
私は、広間の扉を開ける。
広間には、まだ大勢の兵士が残っていた。
申し訳ないな。
みんな、状況に応じるために起きていてくれたのだ。
「聞いてくれ、みんな!」
私は、玉座の前に立つと、居合わせた兵士たちに告げた。
「我がエルスカ王国は、獣人連合に参加する。我々は、降伏するわけではない。これは、同盟だ。良いな!」
メチャクチャ顔が痛い。
でも、頑張って言い切った。
広間の兵士らからは、盛大な喝さいが得られた。
「ありがとうございます。姫様―― よくぞ・・・よくぞ・・・」
頭を垂れる老人の背が、震えていた。
「あのぉ~」
兵士らの中から、躊躇いがちに声をかけてくる者があった。
「何だ?」
見れば、ヴァンズナーである。
近衛銃士隊の隊長だ。
「街からさらってきた子供たちは――」
言いにくそうに、ヴァンズナーは訊ねる。
あっ・・・そうだ。
街中の子供たちを、避難させるために集めていたのだった。
「ゆっくり寝させてやって―― 目が覚めたら、みんなに美味しい食事を」
私は、目だけの微笑をヴァンズネーに送った。
彼の尽力にも感謝している。
「馬を用意してくれ」
私は、誰ともなく近くの誰かに言った。
「わかりました。私もお供いたします」
恭しくバンモが言う。
「いや、お前はもう休んでくれ。お前に倒れられたら、それこそこの国の終わりだ」
私は、口答えしようとするバンモを抱きしめた。
「ありがとうバンモ・・・大好き」
私は、バンモの耳に、彼にだけ聞こえるように言った。
幼い頃は、よくバンモに抱っこされながら同じことを彼に言っていた。
「ありがたき幸せにございます」
バンモも、小さくそう言った。
夜明けと同じころ、私はギノ大将軍とサラ将軍を引き連れて城門を出た。
城壁の外に展開している獣人連合の兵士たちは、その数を半減させていた。
どうしたのかと訝しくはおもうが、残った半分だけでも十分に威圧的だ。
「よう、姫さん。何で顔を隠しているんだ?」
ヒデオが馬でやってきて、馬上から声をかけてきた。
私は答える代わりに、馬から降りる。
「降りなくていいのに――」
ヒデオは、面倒くさそうに言う。
「あんたが来たということは、同意してくれたのだろう。それで十分だ」
ヒデオは、馬を操りながら話を続ける。
どうやら急いでいるようだ。
「よく決断してくれた。ありがとう」
馬上のヒデオが、まっすぐに私を見つめている。
ちょっと、ドキッとした。
「兵が減っているようだが・・・」
私は、心の動揺を悟られぬよう馬を引きながら辺りを見渡す。
獣人どもが、奇妙な声を発しながらこちらの挙動を窺っている。
正直、気味が悪い。
「ユーサクを先に行かせた。俺も、もう出る。アルカナンサスを置いていく、あとはアルと上手い事やってくれ」
ヒデオは、馬を繰りながらアルカナンサスを呼んだ。
アルカナンサスは、スキップをしながら上機嫌でヒデオの隣に立った。
馬上のヒデオと頭の位置が変わらない。
「あとは頼むぞ、アル!」
「お安い御用さ! いっぱい飲んじゃうぞぉ」
「ほどほどに頼むぜ、帰ってきて飲む酒が無かったら、ぶっ飛ばすからな!」
「へい、へーい」
私は、ただ2人のつまらないやり取りを眺めている。
畏まったやり取りをするものだと、勝手に思っていたから拍子抜けだ。
「それから、将軍のどちらかについて来てほしい。我々の現状を見てほしいんだ」
ヒデオは、馬をこちらに向けて言う。
突然そんなことを言われても、支度だってあるし・・・。
「将軍は厳しい。他の者でも良いか?」
私の頭にあったのは、ヴァンズナーだ。
あの男なら、どこでだってうまくやるだろう。
「いや、将軍だ。そこにいる2人のうちどちらかが良い」
ヒデオは、私の背後にいる2人の将軍に目を向けて言う。
「わかりました。私が行きましょう」
ギノ大将軍が、そう言ってはくれたが、大将軍の不在は困る。
「いえ、私が参りましょう。ギノ大将軍は、先の戦にも出られているのですから」
サラ将軍が馬上で言い、馬を前に進める。
「いや、君はお――」
ギノ大将軍は、言いかけて口を閉じた。
君は女だからと、言おうとしたのであろう。
しかし、それを言うとサラ将軍はきっと激怒する。
「サラ将軍、色々身支度もおありでしょう?」
私は、ギノ大将軍同様サラ将軍を留めようとする。
2人の存在は、この国から外せない。
「サラ、来い!」
ヒデオは、命令するかのような口ぶりで言う。
サラ将軍は、それに応じるように馬を進めた。
「サラ将軍!」
私は、何とかして彼女を引きとめたかったのだけれど、それに続ける言葉が思いつかなかった。
「姫様、大丈夫です。貴方様を傷つけたこと、償わせてください」
サラ将軍は、馬上から美しい笑顔で言った。
朝日を受けて、それは美しい顔だった。
戦う女神――
赤い甲冑を身にまとい、金色の長い髪をなびかせる馬上の女性は、まさしく女神のようであった。
「ヤァ――」
ヒデオが、鐙を蹴って馬を走らせると、獣人らも走り出した。
むせ返るほどの土埃が舞い、地震のように大地を揺らした。
脅威が、この国を脅かした脅威が去っていく。
安堵する気持ちがあった。
あれは、脅威でしかなかったのだ。
ただ、大事なものを失った気がする。
私のそばから、大事なものが・・・。
さっきまでそこにいた赤い甲冑の人を、獣人らの中に探しながら、彼女の無事を祈らずにはいられなかった。
「行っちゃったねー」
代わりに、奇妙な生き物が残った。
アルカナンサスがそばに寄ってきて、一緒に獣人らを見送っている。
「ねぇ、朝ごはん。何かな?」
巨体のトカゲが、私の顔を覗き込んできた。
私は、思わず身構える。
「アルさん! あなた体が大きいのですから、不用意に姫様に近寄らないでください!」
アルカナンサスの大きな体の陰から、可愛らしい声がした。
「アスハ!?」
私は、アルカナンサスの背に回った。
そこには、煌びやかな打ち掛けを羽織った小さな黒髪の娘がいた。
「良かった! あなたも残ってくれたのですね」
私は、嬉しくなってアスハの手を取った。
「さすがに、戦場にはついてはいけません」
私は、大きなトカゲに怯えつつ、アスハにぴったりと寄り添った。
何故か、アスハのそばにいるとちょっと安心できた。
「では、戻りましょう」
馬上のギノ大将軍が、帰城を促す。
私たちは、城壁に向かって歩き出した。
城に戻ったら、また騒ぎになりそうだ。




