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四面楚歌

21 四面楚歌




 朝まで返答の猶予が得られたと、安堵していた矢先に、私はまたしてもヒデオに裏切られた。

 急に手のひらを返してきて、返答を迫ってきたのだ。

 テーブルを囲む我が陣営の面々も、ヒデオのこの態度に怒り心頭の様子だ。


「お前! 話が違うではないか!」


 サラ将軍が勢いよく席を立ち、激しく抗議する。


「俺は、朝まで待つだなんて一言も言ってねぇぜ。姫さんに合わせろと言っただけだ」


「おのれー」


 サラ将軍は、拳を握りしめヒデオを睨みつける。

 今にも飛び掛かりそうな剣幕だ。

 使者として敵陣にて交渉した際も、このようなやり取りで喧嘩になったのではないだろうか。


「サラ、落ち着いて」


 穏やかに席を立ち、ギノ大将軍がサラ将軍をなだめる。


「ヒデオ殿、ずいぶんと急いでおられるようですが、何か理由がおありか?」


 ギノ大将軍は、サラ将軍を座らせながらヒデオに訊ねる。

 一方的だった流れが、少しこちらに猶予をもたらした。

 さすが、ギノ大将軍だ。


 私も、少し呼吸を整えることができる。

 ヒデオは、黙ったまま椅子に座った。

 しばらくギノ将軍を睨み、それから静かに語り始める。


「まず、そこのデカいお嬢さんが言うように、糧食には限りがある。1日だって無駄にはしたくない」


 ヒデオは、テーブルの上に肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せた。

 ヒデオにしては珍しく、言葉を探しているようにも見える。


「先ほど、ちらっと聞いたが、姫さんが降伏を拒否しているそうだな?」


 ヒデオの目が、私に向いた。

 肩が、ビクッとなる。

 悪戯を咎められた子供のようだ。


「わ・・・私は・・・」


 言葉が見つからない。

 膝元の手を眺めながら、言葉を探した。

 何と言えば良い?


 私は―― 私は――


 私は、テーブルに勢い良く手をついて立ち上がった。


「私は! 降伏などしない!」


 私は、ヒデオを睨みつけて叫んだ。

 興奮して、目から涙が零れた。

 ボロボロと次々に流れ出て来る。

 構うものか!


「たとえこの国が滅ぼされても! たとえこの身がお前たちに食われようとも! お前たちに降伏などしない!」


 私は、手元にあるフォークを手に取ると、皿に乗せられた牛肉に渾身の力で突き刺した。


「食われながらでも、食ってやる!」


 目から排出される液体で、何もかもがぼやけて見える。

 嗚咽が出そうになるのを、必死でこらえた。

 サラ将軍が、静かに席を立つ。


「そういう訳だ。お前たちを帰すわけにはいかない」


 サラ将軍は、腰の細剣を抜刀する。


「やめんか! 何をしている!」


 血相を変えて、バンモがサラ将軍に飛び掛かった。


「ま、直接対決ってのを、やってみたかったのですよ。実は私も・・・」


 ギノ大将軍も、立ち上がり抜刀する。


「ギノ大将軍まで! やめないか!」


 バンモは、サラ将軍にしがみついたまま、ギノ大将軍をいさめる。


「上等だ。やってやろうじゃないか」


 オークのユーサクも立ち上がる。

 天井に頭が付きそうだ。


「あらあら、せめて食事が済んでからにしない?」


 アルカナンサスは、葡萄酒を口に運びながら肩をすぼめる。

 そこに、場違いな笑い声が聞こえた。


「クククッ、頭の悪い女には、本当に困るぜ・・・」


 ヒデオは、ゆっくりと立ち上がると、ユーサクに対し座るよう促した。

 ユーサクは、ヒデオを一瞥し静かに座った。


「わかったよ姫さん。まず、朝までの返答の延長をのもう」


 ヒデオは、手振りでサラ将軍とギノ大将軍にも着座を促す。


「――それから、ひとつ提案する」


 ヒデオは、自分の席に座り腕組みをした。


「――こちらの条件をのんでもらうことを条件に、和睦を考えても良い」


 ヒデオのその発言に、バンモが身を乗り出した。


「条件というのは?」


「ジープ国に対しては、湿地帯の完全放棄だ。デルガンに対しては、糧食の譲渡であったが・・・これは、保留する」


 ここで言葉を切り、ヒデオは両手で顔をさすりながら深呼吸をした。


「もうめんどくせーから、ぶっちゃけるけど――」


 ヒデオは、獣人連合軍の現状を語り始めた。

 それは、とにかく急いでいるとのことだった。

 当初、エルスカ王国は大軍勢で取り囲めば一瞬で降伏すると読んでいたらしい。


 思いのほか時間をかけるものだから、余裕がなくなってきたとヒデオは語る。

 急ぐ理由は、現在ゴブリン族が交戦中の第三勢力の所為だそうだ。

 地理的理由から、その第三勢力と戦うためには、このエルスカ王国の協力が不可欠だと言う。


「この国の城壁にだって傷一つ付けたくないし、民ならず兵士も失いたくないのさ」


 ヒデオの一人語りは続いていた。


「降伏してもらうのが一番楽だったが、この際同盟でも良い。貴国も獣人連合に名を連ねてほしい」


 ヒデオは、私を見ていた。

 それに続くように、皆の視線が私に集まる。


 バカも休み休み言え――


 何故、人間の私たちが、獣と手を組まなければならないのだ。

 人肉を食うような奴らと、行動を共にできると思っているのか?

 サラ将軍やギノ大将軍も、何だかヒデオの話に乗り気のような顔をしている。

 バンモなんて、私を見つめながら、何度もうなずいている。

 私にも、うなずけと促しているようだ。


「ふざけるな! 私は騙されないぞ!」


 私は、獣人どもだけではなく、自分の家臣らに対しても、心からそう叱責しっせきした。

 目を覚ませみんな!

 もうヒデオに騙されないで!


「お前たちと――」


 私は、立ち上がって胸の谷間に忍ばせていたニードルを抜いた。


「お前たちと手を組むぐらいなら――」


 私は、抜いたニードルを自分の首筋にあてがった。


「姫様!」


 悲鳴のような叫び声――

 首にチクリと痛みがさすと同時に、私は何者かに後ろから羽交い絞めにされた。


「姫様を連れ出して!」


 背後の人物が、私を羽交い絞めにしながら叫ぶ。

 サラ将軍と、ギノ大将軍が、血相を変えて駆けて来る。

 背後の人物は、エリリカだ。


 背中にあたる胸の感触と、声で理解した。

 私は、ギノ大将軍に持っていたニードルをむしり取られる。

 今までにない強い力で、腕の骨が折れたかもしれない。


 私は、極度に興奮状態にあったようだ。

 自分の鼻息の荒さに気づいた。

 サラ将軍に、頭を抱え込まれた。

 ヘッドロックだ。


 サラ将軍の甲冑に挟まれて、激痛だった。

 私は3人がかりで抱え込まれて、部屋の外に連れ出される。

 誰かに突き飛ばされて、私は廊下の壁に激しく体を打ち付けた。


 その直後に、激しい衝撃が顔面に走った。

 何事かと、私は目の前にいる人物に目を向けた。

 サラ将軍だった。

 メチャクチャ怒っている顔をしていた。

 また、頬に衝撃があって頭が飛びそうになる。


「バカ! バカ!」


 また頬を打たれた。

 サラ将軍に、私は殴られているのだ。

 サラ将軍は、泣きながら私を叩いている。


「サラ、もうやめろ」


 ギノ大将軍に止められなかったら、私はサラ将軍に殴り殺されていたのではないかと思う。


「いい加減にしてよ! みんな、誰のために――」


 言いかけて、サラ将軍はその場から駆け出して、どこかへ行ってしまった。


「私も、また殴ってやりたいところですが・・・」


 エリリカが、かがみこんでハンカチを私の顔にあてがう。

 エリリカの持つハンカチが、赤く染まっていた。

 私は、鼻と口から血を流していた。

 久しぶりだ。

 怪我をするの・・・。 





 私は、エリリカに肩を抱かれ執務室に連れてこられた。

 ギノ大将軍は、バンモと共にヒデオらと話している。

 サラ将軍は、わからない。

 私は、椅子に座らされると、鼻に綿を詰め込まれ、手拭いで頬を冷やされた。


「綺麗な顔が台無しですね」


 エリリカが、私の顔のすぐそばで苦笑する。


「本当に、また殴ってやりたい」


 エリリカは、そう言って私の鼻を指ではじいた。


「痛い!」


 血が出ているのに! 

 まさか、家臣にこれほどまで殴られる事があろうとは・・・。

 犯罪だ。

 間違いなく。


 しかし、サラ将軍を咎める気にはなれなかった。

 彼女が私を叱るときは、いつも決まって私が悪い時だ。

 今回は、何がいけなかったのだろう・・・。


 エリリカが、私の首に布をあてる。

 見下ろすと、着ていた純白のドレスの胸が真っ赤に染まっていた。

 チクッと刺すような痛みがしただけだったけど、結構切れていたのだな。

 そう、ぼんやりと思った。


「エリリカ・・・私たち、どうなっちゃうんだろう」


「姫様は、他の者のことは考えなくていいのです。自分のことだけを考えて」


 エリリカは、優しく諭すように言う。


「みんなそう言うけど・・・みんながいないと・・・私ひとりじゃ、生きていけないんだよ・・・」


 悲しい気持ちになって、私は鼻をすすった。


「みんな、優しい姫様が大好きなの。ね、だからわかって」


 エリリカは、そう言って私を抱きしめた。


「私だって、みんな大好き・・・ずっと一緒に――」


 私は、エリリカの胸の中で、幼い日のように声をあげて泣いた。

 エリリカは、そんな私の背を優しくさするのだ。

 幼い頃のように。





 私は、月を見ている。

 エリリカは、水を変えてくると言って部屋を出た。

 月が高い。

 もう夜中かな・・・。


「姫様・・・失礼します」


 暗がりの中、バンモが明かりを持ってやってきた。


「蝋燭の火が消えそうだと、エリリカに聞きまして」


 バンモは、執務室に点在する燭台に新しい蠟燭入れ火を灯していった。

 部屋が、昼中のように明るくなる。


「おやおや、おいたわしい」


 私の姿をまじまじと見て、バンモは嘆いた。

 ひどい顔をしているのであろうな・・・。


「サラ将軍は、後で私から叱っておきますが、どうか許してやってください」


 バンモは、水差しからカップに水を汲んで私に差し出す。

 私は、首を振って辞した。


「しかし、姫様。お手柄でしたな」


 バンモは、私の前で腰をかがめるとにこりと笑った。

 何のこと?

 きっと私は、不思議そうな顔でバンモを見返したのだろう。


「姫様が時間を作ったから、和睦案が提示されたのです。獣人軍に包囲された時、降伏を即決されていたら、そうはなりませんでした」


 なんだ・・・そんなことか。


「姫様、まだ納得がいかぬかもしれませんが、この和睦案受け入れましょう。先ほどから、ギノ大将軍と細部を煮詰めてきましたが、決して悪い話ではありません」


 もう・・・どうでも良い。


「好きにしろ」


 私は、もう疲れた。

 もう眠りたいのだ。

 夢の中で、父に母に会おう。

 それから、妹のリリノと花でも摘みに行こう。





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