夜になる
20 夜になる
夜の帳が下りた。
獣人たちが襲ってこないところを見ると、使者の申し出は受け入れられたのであろう。
しかし、サラ将軍は、まだ戻らない。
私は、大広間を行ったり来たりしながら、彼女の帰りを待っている。
「姫様、少し落ち着いたらいかがです?」
エリリカが、手に茶の入ったカップを持って現れた。
「ああ、そうする」
私は、大広間の真ん中で立ったまま茶をすすった。
大広間の扉に目が行く。
知らせはまだか、気になって仕方がない。
バンモとギノ大将軍は、場所を変えながら議論を続けているようだ。
賢者パスカルは、礼拝堂にこもってしまった。
城壁には、多くの兵が警戒にあたっていて、獣人らの動向に目を引からせている。
サラ将軍が見えれば、誰かが知らせに来てくれるのだろうが・・・。
無事でいてほしい。
どうか無事で――
大広間の外から、ざわめきがあった。
帰ってきたのか!
私は、体内の鼓動が大きく早くなるのを感じる。
「ギノ大将軍は、どちらか!」
大声で叫ぶ声が聞こえた。
私は、居てもたってもいられず、駆け出して大扉を押し開ける。
「どうした!?」
私は、外で騒いでいる兵らに問うた。
「いえ・・・ギノ大将軍への伝令に・・・」
兵士の一人が、ためらいがちに答える。
「わかった。伝えるから報告しろ」
私は、その兵士に詰め寄って報告をせかす。
「いえ・・・ギノ大将軍に・・・」
答える兵は、もじもじして落ち着かない様子だ。
「良いから言え!」
私は、その兵士の胸倉を掴んで恫喝する。
「はっ・・・獣人が来ます・・・」
「何だと! 攻めてきたのか!?」
私は、はっきり答えないその兵士に苛立ち、両手で胸倉を揺さぶった。
「アザリナ姫様!」
女性の声に、私は反射的に傾注する。
しかし、その声がサラ将軍の声ではないことは、聞いた瞬間にわかる。
その女性は、息を切らせながら階段を駆け上がってきた。
「アスハ!」
私は、階段を駆け下りて巫女装束のアスハを迎え出る。
「無事だったのですね!」
私は、アスハを抱きしめた。
「私は、ずっと無事ですよ」
アスハの息は荒い。
ずっと、この動きにくい格好で走って来たのだろう。
「逃げてきたのですか?」
私は、アスハから体を離し訊ねた。
「まさか」
アスハは、私の胸の前でくすりと笑う。
「あなたのところの女将軍が、ヒデオとケンカしちゃって、中々動かないから代わりに私が伝えに来たのです」
「サラは、サラ将軍は無事なのですか!」
彼女は、一人でヒデオと戦っているのか?
もしそうなら、速やかに援軍を送らなければ・・・。
「無事ですよ。口喧嘩です。アルさんがなだめて、今は治まっているでしょう」
「アルさん?」
「ほら、ジープ国の特務隊長の――今は、獣人連合軍ジープ隊大将ですが――」
「アルカナンサス!」
私は、驚いて大きな声を出してしまった。
アルカナンサスを、アルさんだなんて・・・。
「あ、ギノ大将軍! ご報告です」
騒ぎを聞きつけてか、ギノ大将軍が現れた。
それを見て、先ほどの兵士が報告に駆け寄る。
「現在、獣人らしいものがこちらに向かってきております」
「何だと!」
ギノ大将軍は、報告を受け色めき立つ。
「あぁ~、違うのです。私の足が遅いから、遅くなっちゃったけど――」
アスハは、階段を上がってギノ大将軍のそばに立つ。
「返答の猶予は得られました。その代わりに、獣人連合軍の三将を夕食でもてなすということです」
なんだ、そんなことか・・・それぐらいで済んでよかった。
サラ将軍が無事ならそれで良い。
私は、ほっと胸を撫でおろした。
「急報――」
また、兵士が血相を変えて参上する。
「獣人が、城壁の前まで来ています! 中に入れろと――勇者殿が――」
兵士は、息も切れ切れに報告する。
「どうされますか? 姫様・・・」
ギノ大将軍は、少々困った顔で私に聞いてくる。
どうするも何も、入れるしかないじゃない。
「通してください。急いで食事の準備も――」
私は、近くにいた兵士に食事の支度と、客人をもてなす準備をするよう指示した。
「アスハ・・・もう・・・ここに居てくださいね」
私は、階段を上がりアスハの肩を抱いた。
もう・・・どこにも行かせない。
獣人連合軍の三将の入城を許可すると、城下は大騒ぎになった。
逃げ惑う人々がいるのに対し、一目恐ろしい獣人の姿を見ようと目抜き通りに出てくる人たちで大混乱だ。
私は、その喧騒を遠くに聞きながら大広間の玉座に座して待つ。
大広間の大扉が開く。
現れたのは、正装姿のサラ将軍だった。
「サラ!」
私は、玉座を立って彼女の名を呼んだ。
思わず、子供の時のように呼び捨てにしてしまった。
「姫様、遅くなって申し訳ありません」
サラ将軍は、玉座の前で跪座すると遅延を詫びる。
「良いのです。あなたが無事なら・・・それで・・・」
私は、安堵して玉座に身を沈めた。
――獣人連合軍総大将 ヒデオ・ノノイ殿――
――獣人連合軍ジープ隊大将 アルカナンサス・ガン・スリマー殿――
――獣人連合軍デルガン隊大将 ユーサク殿――
客人の名が告げられ、6回の笛が吹鳴された。
「あー、もういい。楽にしてくれ。今日二度目だぜ」
先頭を、だらしのない足運びで歩いてくるのは、あのヒデオだ。
「姫さん。堅苦しいのは抜きにしよう。時間がもったいない」
そう言ってヒデオは、進められてもいないのに、ダイニングへと移動しようとする。
ヒデオの後から、巨体のアルカナンサスと、それよりもさらに巨大なオークが入室してきた。
私は、オークを見るのは初めてだった。
人の倍はあろうかという体躯は、筋肉に覆われていて、身に着けている銅の鎧ははちきれそうである。
顔は毛に覆われ、口には上に伸びる大きな牙が生えていた。
豚と言うより、巨大なイノシシだ。
「アザリナ様、ご無沙汰しております」
アルカナンサスは、ヒデオの後を追う足を止め、私に一礼する。
「ほほうー、こいつが姫さんかぁ、柔らかそうで旨そうだ」
オークは、私のことを食料として見ている。
背筋に悪寒が走った。
おぞましい。
「そこの威勢の良い嬢ちゃんも旨そうだったがな」
オークは、そう言って豪快に笑う。
サラ将軍は、立ち上がってオークをにらみつけた。
「やめろ、ユーサク! ぜってー手を出すなよ」
先を行くヒデオが、オークを窘める。
「わかってるよ」
オークは、私を横目で見据えたままヒデオについていく。
私は、何も言えない。
恐怖で震えていた。
こんなのと、ギノ大将軍は戦っていたのか・・・。
「お、おめーは?」
私のそばに控えていたギノ大将軍が、階段を下り始めると、オークが足を止めた。
「やぁ、ユーサク殿、その節は――」
「おめーさんとは、一度話がしたかったんだ」
オークは、満面の笑みでギノ大将軍に歩み寄る。
「ええ、私もです」
ギノ大将軍とオークは、手の届く距離でにらみ合った。
いや、見つめあった?
対峙しているものの、険悪な感じはしなかった。
何だかんだと話しながら、客人たちは広間からいなくなる。
静かになった広間に、私は玉座に座ったまま動けないでいた。
「姫様、立てますか?」
エリリカが、歩み寄って私の肩を抱く。
「姫様、お気を確かに」
バンモも近づいてきた。
私は、腰を抜かしていたし・・・。
恥ずかしながら、失禁してしまっていた。
おもらしなんて、子供の時以来だ。
全裸になった私の体を、エリリカが香水を入れた湯で拭いてくれている。
「姫様、恥ずかしいことなんてありませんよ。お気になさらず」
私の体を拭き終えると、エリリカが肌着を着せてくれた。
私は、無言でされるがままでいる。
そっか・・・恥ずかしいことだよな・・・。
正直、そう言われるまで恥ずかしいという感情すら忘れていた。
心が、疲れた。
私は、軽いドレスを着せられる。
お腹を締め付けない、ゆったりとした純白のドレスだ。
スカートも膝上程なので、動きやすい。
帯刀はしなかった。
胸の谷間に、ニードルと呼ばれる細い短剣を、エリリカにねじ込まれた。
護身用とのことだが、こんなペーパーナイフのようなもの、役には立つまい。
エリリカに付き添われ、ダイニングへと移動する。
室内の声が外に漏れていて、だいぶ賑やかだ。
私は、扉の前で硬直する。
何故だろう・・・中に入れない。
体が、拒否している。
「姫様・・・」
エリリカは、私の頬を軽くなでると、扉を開けて私の背を押した。
「お、やっと来たぜ!」
ヒデオの大きな声だ。
私の体が、ビクリと反応する。
恐る恐る、ヒデオに目を向けた。
見れば、真っ赤な顔でグラスを掲げている。
そのヒデオの胸倉を、サラ将軍が掴んでいて、ギノ大将軍はオークの肩に頬杖をついて談笑していた。
何だ・・・。
ケンカ中なのか・・・。
「一旦、みんな席に戻ろう」
ひとつ咳払いをして、ギノ大将軍が自分の席に着いた。
サラ将軍も席に着く。
私は、怪訝な面持ちで上座にある王の席に座る。
それを見て、慌ててギノ大将軍とサラ将軍が立ち上がった。
「申し訳ありません。先に――」
先に着座したことを、ギノ将軍は謝罪しようとしたのだろう。
しかし、ヒデオがそれを遮った。
「堅苦しいのは、なしにしようぜ。ちゃっちゃと話を進めよう」
私が頷くと、ギノ大将軍とサラ将軍は私に一礼して腰を下ろした。
「まず、食事をありがとう。こいつらがさ、この国の料理と酒を知りたいってうるさくてさ」
ヒデオは、自分を挟んで座るリザードとオークを叩きながら言う。
「いや、前にも頂いたけど、この国のお酒は格別ですなぁ」
アルカナンサスが、舌なめずりをする。
「酒はわからんが・・・料理は懐かしいな」
オークのユーサクの様子は、先ほどとは打って変わって大人しい。
「これが、日本の料理だ。懐かしいだろう?」
ヒデオが、オークの脇腹を小突く。
「そう言っただろうが、酔っぱらってんのか?」
ユーサクは、ヒデオをにらみつける。
「話が見えないと思いますが、実は、ユーサクさんは人間に育てられたんですって」
ユーサクの大きな体の陰に、アスハがいた。
「そうだったのか、それで人語が話せるのですな」
感心したように、真っ赤な顔のギノ大将軍が何度もうなずく。
「ユーサクというお名前は、その方につけられたのですね?」
アスハは、ユーサクに優しい笑顔を向けている。
確かに、美談に聞こえるが・・・。
「おお、あんたによく似た婆さんだったよ」
ユーサクは、隣に座る小さなアスハを懐かしそうに眺めた。
「私、お婆さんじゃないですけど・・・」
アスハは、不服そうに口を尖らせる。
「髪の色と、体の大きさがよく似ている」
「髪はともかく、体の大きさを似ているとは言わないと思いますけど」
アスハは、難しい顔をしながらナスを一切れ口に入れた。
ナスの煮びたしという料理だ。
単純そうな料理だが、味付けの工程が複雑だと料理人から聞いている。
「まぁ、最終的には食っちまったけどな――」
ガハハハッとユーサクは笑うが、隣に座るアスハは引きつった顔をしている。
私も、少し警戒感が薄れてきたところに、強い衝撃を受けた。
「食べちゃったのですか? お婆さん?」
「ああ、老衰で死んじまったからなぁ――」
ユーサクは、その後今の国に移ったと話を続けているが、私の耳には全く入ってこなかった。
育ての親を、食った・・・。
やはり、魔物だこいつらは。
同じ空間にいるなど、あり得ない。
恐怖と嫌悪に襲われた私は、後ずさりをしたが、椅子の背もたれに阻まれる。
「姫さんも来たことだ、本題に移ろうか――」
ヒデオがゆっくりと席を立ち、一同を見渡す。
「俺たち3人がここに来たのは、仲良くご飯を食べに来たわけじゃない。この場で返答を頂きたい」
ヒデオは、にらむような眼を私に目を向けた。
え、待って。
朝まで猶予をくれたんじゃないの?
私は、狼狽えた。
どうしよう・・・。




