ザマ5姉妹
2 ザマ5姉妹
巫女たちを、ザマ5姉妹ともいう。
賢者パスカルの話では、彼女らは異世界の神だという。
とても、そうは見えないが・・・
今回、我々は窮状を脱するべくエヴァ大神殿にすがり、異世界から勇者を呼び寄せるという打開案を享受された。
勇者とは、異世界の英雄であり、この世界において万の兵に匹敵する強者である。
パスカルの話では、その異世界は何人も剣に優れ、光や炎まで操って戦をするそうだ。
その頂点に立つ勇者を召喚できれば、獣人どころか全人類ですら跪かせられるという。
私に、そこまでの野望はないが・・・
見てみたい、会ってみたい――
そんな願望はある。
ちょっとドキドキするし、華やいだ気持ちにもなる。
「わぁ~すんごいご馳走やぁ」
巫女たちは、大理石の長テーブルに並んだ食事を見て歓喜していた。
様々な肉料理に、パンと穀物のスープ、葡萄酒も用意した。
巫女らはエリリカに進められた席に座ると、ワイワイとはしゃいだ。
私は、そんな彼女らを見ていて、久しぶりに楽しい気分になった。
いつも隅っこしか使わない長テーブルが、今日は半分も埋まっている。
私は、横並びに座る彼女らの向かいの席に座った。
「姫様!」
バンモが、非難がましく声をあげる。
席が違うのは知っている。でも、ここが良いのだ。
「ここで良い。パスカル様は、私の隣でよろしいですか?」
「いやいや、それは恐れ多い」
パスカルは、真っ赤な顔で震えるバンモを気にかけている。
「バンモ、エリリカ、お前たちも座れ」
「何をおっしゃいます!」
バンモとエリリカも、口をそろえて私を非難する。
「良いのだ。これが上手くいかなければ、皆で共にする最後の食事となるかもしれない」
渋々だが、バンモとエリリカも私の隣の席に着き、巫女らと向かい合う形になった。
「さぁ、みなさん召し上がってください」
こういう時は、王家の者が賓客に挨拶を述べ乾杯で始めるものだが、今日は割愛した。
バンモは、形式破りのこの食事会に苛立ちを隠せない様子だが、致し方あるまい。
「いただきまぁす~」
長女のイクイが発声し、掌を合わせる異世界の簡単な挨拶を皮切りに、ザマ5姉妹は目の前の食事に手を伸ばした。
「うわぁ~うまぁ~」
四女のハヒキが、頬に手を当て舌鼓を打つ。
「お姉ちゃんたち、お行儀が悪いですぅ~」
五女のアスハが、姉らを睨みつける。
「申し訳ございません。神殿では、なかなかこのような美味しいものはいただけないものですから」
すまなそうに次女サクイが頭を垂れる。
「いえ、存分にお召し上がりください。長旅でお疲れでしょう」
彼女らの振舞など、まったく気にならなかった。
それよりも、久しぶりに同世代の女性と和気あいあい食事できることが、楽しくて仕方がなかった。
この国が健全であった時でも、このようなことはなかったような気がする。
「これ、姫の御前であるぞ! 少しは慎まんか!」
左隣のバモンが、目の前に並んで座る巫女らに苦言を吐く。
「良いと言っているだろうが」
巫女らに聞こえぬよう、私は小声でバンモを窘めた。
「それより、お主こそ控えよ。この方たちはこの世界では巫女でいらっしゃるが、異世界では女神さまであると聞くぞ」
「なんと・・・」
「祟られても知らんぞ・・・」
私は、声を押し殺しバンモを脅した。
「祟ったりしませんぞ、悪霊や悪魔ではありませんからの」
右隣の賢者パスカルが、バンモを安心させるためか横やりをはさむ。
そう言われると、失言であったように思った。
「失礼しました。パスカル様」
「いえいえ、彼女らは気にしませんよ。無邪気な女神ですから」
そう言ってパスカルは陽気に笑った。
エヴァ大連峰からの道のりは、御老体には難儀であったろうに、パスカルは微塵にもそんな様子を見せない。
「巫女様は、勇者様について何かご存じでしょうか?」
私は、目の前に並んで座る巫女らに訊ねた。
「ん~と、元自衛官だっけ?」
長女イクイが、葡萄酒の入ったグラスを開けてから答えた。
傍に控えている給仕が、慌ててイクイのグラスに葡萄酒を継ぐ。
グラスを空けるペースが速い。
で・・・ジエイカンとは?
「お巡りさんやなかったっけ~」
四女のハヒキが、パンを頬張ったまま言う。
何だ? オマワリサンって?
「お姉ちゃん汚い! 口の中のものが無くなってから話して!」
五女アスハに叱られて、ハヒキはアスハを睨んだ。
「武術に長けた人物であると、認識しております。傭兵となって様々な戦場を渡り歩いているとか・・・」
次女サクイが、丁寧に答えた。
どうやら、次女サクイと三女ツナガイ、あと末っ子のアスハがしっかりしているようだ。
「なるほどぉ~、それで~、え~とぉ」
なかなか、私の聞きたい情報が出てこない。
「ああ、そうそう、えらい男前らしいでぇ~」
四女ハヒキが、言ってくれた。
「おお!」
これよ! これ! 大事なことでしょう。
「せ、背は高いのかしら?」
私は、容姿を気にしているバカ娘だと思われないように、関心が無さそうな素振りを醸し出しながら訊ねる。
「どうやったかなぁ~」
長女イクイが、首をひねって考える。
「そんなの決まっているじゃない。そんなに男前だったら、お姉さんが忘れるわけないじゃない」
次女サクイが、姉の脇を肘で突いた。
「それもそうかぁ~」
あはは、と笑いながらイクイが葡萄酒のグラスを開けた。
おいおい・・・どっちなのだ?
「心の美しい方と、感じております」
三女のツナガイが、優しい眼差しで話し始めた。
「直接お姿を拝見したわけではないのですが、水鏡から伝わる波紋が、とても美しいのです」
ほうほう。見た目はわからないが、性格は良しか・・・
「ハヒキ様は、お姿を見たのですか?」
うう、苦しい。
訊ね方が難しい。
私が知りたいのは――
「様なんて付ける必要ないでぇ~、ハヒキってよんでなぁ」
「わかりました。そのようにさせていただきます。で?」
私は、再度ハヒキに問うた。
「え? ・・・ああ、勇者が男前かどうかってことやろ!」
ハヒキは、テーブルから身を乗り出して、私の顔をまじまじと見つめる。
「姫さんも、好きやなぁ~」
ハヒキがにたりと笑った。
「ち、違います! ど、どのような些細なことでも、知り得ることは知っておきたいのです! や、やましい気持ちなど、微塵もありません!」
うっかり、必死に弁解してしまった。
それに気づいてしまうと、顔が急激に熱を帯びる。
「やだぁ~姫さまったらぁ~可愛いぃ~」
イクイも、酒に酔って真っ赤な顔をしているくせに!
「こら! 貴様らいい加減にせんか!」
しばらく大人しくしていたバンモであったが、我慢の限界が訪れたらしい。
「姫様も、お戯れが過ぎます」
私もエリリカに叱られてしまった。
「でも・・・気になりますよね。この国にとっては、とても大事なことだし、アザリナ姫様にとっては、一生添い遂げることになるかもしれないのですから」
五女のアスハが、静まり返った一同にそう語った。
いや・・・添い遂げるとか・・・そこまでは――
そんなことを考えていたら、全身が熱くなってしまった。
「す、すみません。ちょっと外します」
私は、ナプキンを二つに折って給仕に手渡した。
ナプキンを受け取った給仕は、それを椅子の背もたれにかける。
これは、離籍を意味する表示で、男性なら開いたまま、女性なら二つに折って背もたれにかける。
つまらないルールなのだが、男性にはどこに行ったか訊ねられるが、女性には一切訊いてはいけないというルールだ。
それで、席を開けている人物の性別がわかるようにしている。
席を開けているのだから、大体わかりそうなものだが・・・
まぁ、これが国家間の交渉事だったりすると、色々あるのだろう。
ともかく私は、席を外して2階のテラスに出た。
風にあたりたかった。
珍しく興奮しているのは、来客の所為かまだ見ぬ勇者様の所為なのか・・・
自問自答しながら、城下を見下ろすと、平和な街並みに安堵した。
遠い西の地で、今も厳しい戦場を闘っているギノ将軍率いる兵士たちには申し訳ないが、この光景とこの風に、私は平和を感じてしまっている。
張りぼての平和なのに――
「アザリナ姫様――」
背後から、巫女のアスハが声をかけてきた。
追いかけてきたのか?
「どうされました?」
私は、少し驚いたふりをして訊ねた。
一人にしてほしかったのに。
「あの場では、ちょっと言い出しにくかったので――」
アスハは、懐から四角い小さな箱を取り出した。
箱と言っても、平べったい手のひらサイズだ。
煙草入れかしら?
「ご覧ください」
アスハは、その箱を私の眼前に差し出す。
「何ですか? これは・・・」
箱の表面は、ガラスで覆われていて真っ黒だ。
「ちょっと画面を指で触ってみてください」
アスハに言われるまま、私は黒いガラスを指で押した。
すると、そのガラスに青やら赤やら色々な色の線が映し出された。
「な、何ですか!」
「これは、携帯用水鏡です。水の入った器を、ガラスの板で塞いだものです」
「へぇー、便利なものですね」
「ええ、これを、こうして」
アスハは、私の隣に並んで、水鏡の表面を指で撫でたり突いたりし始めた。
「私たちの検索に、引っかかった方のプロフィールはですね・・・」
アスハが、ガラスを覗き込んで表示されている内容を読み上げた。
「男性・・・年齢は・・・33歳・・・」
33歳かぁ~、ちょっと年上ね。
「軍歴あり・・・」
「グンレキ?」
「ああ、兵隊の経験があるということです」
なるほど!
しかし、私も同じものを見ているのに、何が書いてあるのか全く分からない。
色々な色が浮かび上がっては消えて行き、綺麗だなぁ~と、うっとりするばかりだ。
「天上天下唯我独尊・・・流・・・免許皆伝・・・」
全く何のことかわからない。
「てんじょう――何ですかそれは?」
「わかりません。でも、すごそうでしょう!」
キラキラした目でアスハに言われると、だまって頷いてしまう。
「馬術に長けているようです。物凄いスピードで走る馬に乗っています」
アスハが目を細めて言った。
「ん? バイクかなこれ?」
「何ですって?」
「いえ、何でもないです」
アスハは、口ごもる。
何か都合の悪いものでも映っているのだろうか・・・
「お、剣術の動画か・・・二刀流か・・・」
アスハの声が華やいだ。
小さな水鏡の中に、2本の剣を操り戦う男の姿が、微かに見て取れる。
「おお、何と勇ましいお方か!」
私の胸がキュンとなった。
カッコイイ――
「ん? 木刀? 暴走族か・・・」
アスハが怪訝な面持ちで言う。
「何です? そのボウソウって?」
「いえ、独り言です」
何だろうなぁ? アスハの表情が、懐疑的と言うか・・・不可解なものを見るような眼で、水鏡を見つめているのだ。
「何か不安なことでも? 何でもおっしゃって! 私には大事なことなの!」
私は、アスハの手を取って瞳を見つめた。
瞳の中の真実を探す。
「いえ、何でもありません。私たちが選んだ勇者に間違いはありません」
アスハは目を閉じて、満面の笑みで答えた。
「そうですか・・・そうですよね! 5人の巫女様が導き出した勇者様に間違いなんてあるはずがありません!」
私は、鼻と鼻がくっつきそうなくらいアスハの顔に顔を近づけた。
目を開けて私を見ろ!
「ええとぉ~、さすがに女性同士とは言え・・・近すぎます」
アスハは顔を背け、目をそらす。
おかしい・・・女性とは言え、私の美しさに目を逸らす者なんていないはず。
私は、アスハの顔を両の掌で挟んで私の顔を見させた。
私の目を見ろ!
「キスしますよ・・・」
そう言って、アスハは私の顔に唇を近づける。
!!
唇と唇とが触れそうになった。
な、何を!
私は、アスハを突き飛ばした。
「無礼ですよ!」
そう言いながら、私は動揺していることに戸惑っていた。
「信じてください。私たちが選んだ勇者に、間違いはありません」
アスハは、そう言って去って行った。
背中には、角の生えた悪魔の姿が描かれている。
何と恐ろしい絵柄だろうか・・・
私は動揺もしていたし、これから始まる運命の転換に緊張もしていた。
高鳴る胸の鼓動を、沈めようとしても、なかなか治まるはずもない。




