降伏条件
19 降伏条件
私は、執務室にてバンモの説教を受けている。
部屋のドアからは、昼食の匂いが漏れてきていて、お腹が何度も鳴った。
「もう時間がないのですよ!」
私は、バンモの口から飛んでくる唾を避けるため身をよじる。
しょっちゅうバンモには叱られているのだが、ここまで怒っているのは久しぶりだ。
「あろうことか、使者を切りつけるなど――」
この件は、3回目だ。
私だって、判っているつもりだ。
王都を大軍勢に囲まれているのだもの、このままでは大変なことになることぐらい、判ってはいる。
多くの家臣に見捨てられ、今度は頼りに召喚した勇者に裏切られた。
何がいけなかったのか・・・。
窓の外は、昼中の光だ。
そんなことを考えながら、窓を眺めていると涙が流れた。
頬に伝わる感触で、初めて泣いていることに気づいた。
「・・・姫様・・・申し訳ありません。言いすぎました」
バンモは力なく肩を落とし、私に謝罪する。
「違うのだ・・・バンモ・・・ありが――」
バンモに感謝の意を告げようとしたら、心の奥底にある恐怖や悲哀が一気にこみ上げてきた。
私は、子供のように両手で顔を隠して、声をあげて泣いた。
「姫様!」
外で私の鳴き声を聞いたのであろう。
エリリカが、乱暴に扉を開け私に抱き着く。
声にならない、うめき声のような声をあげながら、私は必死に自分の感情を打ち明けた。
――怖い、怖い、怖い――
「姫様・・・失礼します」
バンモは、静かに去っていった。
その去っていく音が、いつもより遅い歩調が、もう会えないのではないかと思えるほど、寂しい音だった。
ヒデオが席に着いたという知らせを受け、私は顔を洗い腫れた目を冷やした。
鏡を見ると、目の周りを真っ赤にはらした幼い娘がいる。
「姫様、そのままで構いません。客人がお待ちですから・・・」
私がなかなか出てこないので、サラ将軍が待ちかねて迎えに来た。
私はまた、あの男に泣きはらした顔で会わなければならないのか・・・。
私がダイニングに入室すると、先に席についていた皆が起立する。
その中には、当然ヒデオもいた。
私は、ちょっとだけヒデオの顔を見て、すぐ目をそらす。
ヒデオは、私を探るような眼で見ていた。
私は、ヒデオから顔を背けて無言で席に着く。
本来なら、私が皆に何かしら声をかけて席に着くのが建前なのだろうが、私が無言で座ったため不思議な間ができた。
騒めくほどではないが、気まずい沈黙があった。
「皆様、ご着席ください」
隣に立つバンモが、私の代わりに皆を座らせる。
「ヒデオ殿、先ほどは失礼いたしました」
最初の料理が配られている間に、ヒデオの正面に座っているギノ大将軍がヒデオに謝罪する。
「はて? 何のことですかな?」
つまらなそうな顔で、ヒデオはとぼけた。
それを見て、ギノ大将軍は微笑する。
ヒデオは、自分の前に料理の皿が来ると、私が手を付けるのを待つこともなく、勝手に食べ始めた。
バンモが、私に咳払いをして、早く料理に手を付けるようにと促す。
正直、食欲などなかったが、私はフォークを取って野菜の小さなかけらを口に運んだ。
「ヒデオ殿、この数か月の間に獣人らを束ねるなんて、いったい何があったのです?」
サラダを食べながら、ギノ大将軍は陽気な調子で訊ねた。
いきなり突っ込んだ話をする。
「簡単なことさ」
ヒデオは、咀嚼しながら返答した。
「共通の敵を作ったのさ。共通の敵がいれば、団結する」
ヒデオは、共通の敵と言うところで、フォークを私たちに向けた。
ヒデオの隣に座っているサラ将軍が、険しい顔をする。
「なるほど、我々を敵にするということは、彼らは何かしら我々から得たいものがあるのでしょう」
少し、ギノ大将軍の声が低くなった。
感情には出さないようにしているが、ギノ大将軍にも思うところはあるのだろう。
「ええ、実はその話がしたかった」
ヒデオは、都合の良い話の流れになったと言わんばかりに、フォークを置いて話し始めた。
「獣人たちは、種族ごとに求めているものが違う。リザード族は、国境線の変更――すなわち、国境の曖昧な南東の湿原域の自国管理を求めている」
リザード族なら、求めてくるものはそれしかない。
納得できる話だった。
あの地域では、大昔からリザード族とのいさかいが尽きない。
「で、オーク族は?」
つい最近まで、オーク族と戦っていたギノ大将軍は、テーブルに身を乗り出して訊ねる。
「オーク族は、糧食だ」
ヒデオは、テーブルの背に寄りかかって尊大な態度で告げる。
「オークが求める物は、麦や野菜ではあるまい・・・」
ヒデオの隣に座るサラ将軍は、フォークを握りしめて聞いた。
その手は震えていて、カタカタとテーブルを小刻みにたたいている。
「人肉だ」
ヒデオがそう告げると、同席している者皆が戦慄した。
「ひ、人を差し出せというのか――」
割と大きい声が、私の口から洩れてしまった。
「クククッ、まぁ、そこは俺に任せてくれ。俺も人間だ。悪いようにはしない」
皆のこわばった表情を見て、ヒデオは笑った。
「この国に求めるのは、無条件の降伏だ。領内の国民に危害を加えるつもりはない。日没までに返答してもらいたい」
ヒデオは真顔になって、大きな声で宣告した。
まるで、恫喝されているようだった。
皆が、押し黙ってしまった。
そこに、次の料理が運ばれる。
豚肉をパンの粉で包んで油で揚げたものだ。
トンカツという、異世界の食べ物だ。
「おお――トンカツじゃねぇーか!」
ヒデオは、用意されたトンカツに歓喜の叫びをあげる。
すぐさま口に運んで、再び歓喜した。
「知ってたかい? オーク族ってのは、これから分離した種族らしいぜ」
ヒデオは、フォークで突き刺したトンカツを目前に掲げて言う。
「食われるってのは、どんな気分なんだろうねぇ」
にやりと笑って、ヒデオはトンカツの一切れを口に放り込んだ。
食事を済ませると、ヒデオは自軍のもとへ帰っていった。
城壁の門を出ていく後ろ姿は、普通の人間で、とても獣人らを統べる将軍には見えなかった。
我々は城の執務室にこもり、あれやこれやと雑多な会議を行うことになる。
降伏か、籠城かで意見を交わしているのであるが、ほとんどの者は降伏を受け入れるつもりでいるようだ。
私は、反対はするが、自分の意見なんてものは持ち合わせてはいなかった。
話し合いは平行線で、意見などまとまりなどしない。
そうこうしているうちに、時間ばかりが過ぎていった。
「もう、時間がありませんぞ」
バンモが、西に降りはじめた太陽を気にかけて言う。
「選択の余地など無いではありませんか」
イライラしながらサラ将軍が言う。
「姫様と子供たちを逃がしつつ、降伏しましょう」
サラ将軍は、終始同じことを言っていた。
「うまくはいくまい。戦闘が始まれば、降伏など受け入れられないかもしれない。いや、そんな暇もなく壊滅するだろう」
ギノ大将軍は、サラ将軍の案に否定的だ。
ギノ大将軍と、バンモは無抵抗の降伏に考えが揺れているようだ。
私は、籠城したいと言いはするが、その結果どうなるのかはわからない。
ただ、まだ猶予が欲しいのだ。
日没までなんて、短すぎる。
「アスハは、どうしているのでしょう?」
私は、部屋の隅に無言でいるパスカルに訊ねた。
「あの娘が、あちらにいるなら悪いようにはならないとは思いますが・・・」
賢者と言われるパスカルも、いささか不安そうな顔をしている。
「脅されているのではないでしょうか?」
私がそう訊ねると、老賢者は黙り込んでしまった。
「嫌な方法ですが、下水道を使うのはいかがでしょう?」
サラ将軍が、ためらいがちに言う。
「その線は、きっとリザードが押さえている。攻めて来るなら、下水道をまた使うかもしれない」
ギノ大将軍にそう言われると、サラ将軍は押し黙った。
「皆様、よろしいでしょうか?」
意見が出尽くし、沈黙が訪れると賢者パスカルが遠慮がちに口を開いた。
バンモとギノ大将軍が無言で頷く。
「こちらも使者を送り、返答の延長を願い出てはいかがでしょう?」
「それは・・・良い考えではありますが・・・」
バンモは、唸りながら考え込んだ。
「・・・あちらは、最高指揮官を送ってきましたから、送るならそれなりの人物を送らなければなりません」
バンモは、難しい顔で言いながら私を見る。
え!?
私?
絶対いや――
「私が行きましょう」
ギノ大将軍が、名乗りを上げた。
申し訳ないけれど、ちょっとほっとする。
「ダメです! あなたに何かあったら、姫様を守り切れない! 私が行きます」
サラ将軍が、毅然と言った。
「・・・うむ。それが妥当かもしれませんな・・・私のような老いぼれでは、獣人どもになめられるでしょうし」
仕方がなさそうに、バンモは言う。
いや、お前が行けよと、私は心の中で思った。
「心配には及びません。あちらも、使者に危害を加えることはありません」
賢者パスカルは、穏やかに言う。
何故そう言い切れる?
私は、賢者パスカルをにらんだ。
「アスハが無事なのですから・・・」
賢者パスカルは、私に微笑みかける。
確かにそうだけど・・・。
結局、日没の直前になってサラ将軍が使者として敵軍に向かうことになった。
「サラ様――いくら何でも、軽装すぎるのじゃありませんか?」
サラ将軍の金色の髪を結いあげながら、不安そうにエリリカが訊ねる。
「あいつも軽装であったからな、私も甲冑姿というわけにはいくまい」
サラ将軍は、若干不服そうに答えた。
サラ将軍のいでたちは、ヒデオが着ていたような白い騎士の正装である。
ただし、女性の正装は上着の丈が膝上まであり、ワンピースのようになっていた。
「ごめんなさい。サラ将軍」
私は、申し訳なくてサラ将軍に頭を下げた。
「姫様が、気になさることないのですよ。私の務めですから」
サラ将軍は、にこりと笑う。
怖くはないのだろうか・・・。
「大丈夫です。御心配なさらないでください」
サラ将軍は、そっと私の頭を撫でた。
「サラ将軍! お急ぎください。獣人どもが動き出しそうです」
執務室の外から、大声をあげながらヴァンズナーが駆け込んできた。
「わかった! 今行く」
そう言って、サラ将軍は椅子から立ち上がると駆け出した。
「サラ将軍!」
私とエリリカは、声をそろえてサラ将軍の背に名を呼んだ。
サラ将軍は振り返らない。
軽く片手を上げただけで、行ってしまった。




