獣人連合軍総大将
18 獣人連合軍総大将
あれほど沸き立っていた広間が、一瞬にして静寂に包まれた。
獣人連合軍だと!
獣人が、連合軍を結成するなんて・・・。
その総大将が、自ら使者として訪れるのも不可解だが、その者の名が・・・。
――ヒデオ・ノノイ――
訳が分からない。
常軌を逸している。
「――姫様、姫様――」
名を呼ばれていることに気づき、私は声に応じた。
「姫様、いかがされますか?」
ギノ大将軍が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「え・・・何が?」
「使者です。お会いしますか?」
私は、答えられない。
頭が、ぼーっとして何も考えられなかった。
「お会いしましょう。よろしいですね姫様?」
私の代わりに、賢者パスカルが答えた。
確認されたが、私は訳も分からず頷くことしかできなかった。
玉座の背もたれに、私の体のすべてを預けていると、正面の鎧戸が開き、トンビの鳴き声のような笛が吹鳴される。
6回、笛が鳴って輻輳する。
――獣人連合軍総大将――
――ヒデオ・ノノイ殿――
――ザマ・アスハ殿――
鎧戸の向こうに、我が国の騎士の正装姿で、その者は現れた。
右腕を三角巾で吊っている。怪我でもしているのか?
その背後には、煌びやかな打ち掛けを羽織った巫女装束のアスハがいる。
良かった。無事だったんだアスハ。
私は、そんなことを思った。
騎士姿の男は、ゆっくりと玉座の前に進み出ると、私の前で膝をつき口上を述べる。
「獣人連合軍総大将ヒデオ・ノノイ、参上いたしました。アザリナ姫様に置かれましては、変わらぬお美しさから、恙なくお過ごしであったことと存じます」
誰だ、こいつは?
何をしゃべっている?
こんな声だったか?
私は、目を見開いて何かをしゃべっている男のことを観察した。
あの、勇者ヒデオなのか?
我が国の騎士の白い正装を身にまとい、先の黄色い髪を後ろになでつけていた。
剣は帯刀していない。
背後に控えているサラ将軍が、聖剣エル・エヴァン・ヴァスカを携えていることから、入り口で預かったのだろう。
それもそうだ。
いきなり切りかかられても困る。
「――姫様――」
隣に立つバンモに声を掛けられ、私は我に返った。
「何だ?」
「お声がけを・・・」
バンモは、頭を垂れ恭しく進言する。
ああ、そうか・・・。
私は、私の足元で跪いている男に視線を落とす。
いつからそこにいたのだ・・・この男は?
ずっと黙っているのか?
声をかけろと? 何と?
私は、無意識だった。
玉座から立ち上がって、男のもとへと階段を降りる。
何故そうしたのかはわからない。
本当に無意識だった。
気が付くと、私はバンモに羽交い絞めにされ、手に持っていた剣をギノ大将軍に取り上げられていた。
「――なりませんぞ! 姫様!」
背後で、バンモがずっとそう叫んでいた。
耳元でだ。
うるさくてかなわない。
私は、無理やり玉座に座らせられた。
それで、少し落ち着いた。
深呼吸をして、改めてヒデオを見やる。
こいつ、微動だにしていない。
上目遣いで、私を見ている。
嫌な目つきだ。
突き刺すような、鋭い目――
口元はよく見えないが、笑っている?
嫌な男だ。
獣人連合軍だと・・・何故、私が召喚した勇者が、我が国を脅かすのだ。
こんなやつを召喚してしまったのが、間違いだった。
勇者を召喚したつもりで、とんでもない悪魔を召喚してしまった。
「何用か?」
私は、跪く男に訊ねる。
「ご承知の通り、我が軍は貴国を完全包囲してございます。当方としては、無益な争いを望みません。獣人連合軍の最高指揮官として、貴国に対し降伏を勧告するものでございます」
本当に、これがガサツで粗野なあの勇者なのか?
私の前にいるこの男は、姿かたちはそっくりだが、まるで別人のようだ。
「お主は・・・我が国の勇者であったはず・・・それが何故、獣人連合軍の総大将なのだ?」
ヒデオが、初めて顔を上げた。
凛々しい顔をしている。
ニタニタとしたあの嫌らしい顔つきは、芝居だったのか?
そう思えるほど、真摯な面構えだ。
ヒデオは、私の問いに答えない。
ただ、私のことを見ている。
「アスハ・・・無事で良かった・・・」
私は、ヒデオを見ているのが辛くなった。
代わりに、ヒデオの背後で両ひざをつくアスハに声をかける。
「ええ、ここを出てすぐこの方たちと遭遇しまして・・・私の目的は、あっという間に叶ったわけです」
アスハは、苦笑しながら言う。
「ヒデオ殿、返答の刻限はいかに?」
隣のバンモが、静かに訊ねた。
緊張した面持ちだ。
頭のいいこの老人には、私には見えていないものが見えているのかもしれない。
「我々も悠長にしているわけにもいきませんので、日が沈むまでにはご返答いただきたい」
ヒデオは、私から目を離さずに言う。
私を見るな。
汚らわしい。
「フン、糧食が乏しいのであろう? あの数の軍勢だ。一晩明かすのも苦しかろう」
サラ将軍が、蔑むような眼でヒデオを見下ろす。
「心配には及びません」
ヒデオは、にやりと笑った。
この顔だ・・・嫌らしい目つきで人を見る。
「糧食なら、この王都の中に十分ございますので・・・」
私を見たまま、ヒデオは白い歯を見せた。
その顔を見て、私は血の気が引くのを感じた。
王都の中に・・・それは王都の中に住む民らのことを言っているのか・・・。
私は、獣人たちに人々が蹂躙される様を思い描き、身震いした。
「ヒデオ殿、猶予を頂き感謝します」
バンモは、見たこともないような卑屈な笑顔を作って、ヒデオに歩み寄る。
「その腕は、どうされたのです?」
バンモは、ヒデオの右腕について訊ねる。
「獣人を手なずけるのは、なかなかに大変で・・・」
ヒデオは、右腕を少しだけ動かし意味深に笑う。
「もうじき昼になりますし、一緒に食事でもいかがですかな?」
バンモは、かがみこむと、小声でそう訊ねた。
ヒデオは、背後のアスハに顔を向ける。
アスハは小さくうなずいた。
「わかりました。ご相伴に預かりましょう。ただ、私が戻らないと部下たちが心配しますゆえ、アスハは戻らせていただきます」
ヒデオは、そう答えると許可を得ることなくなく立ち上がった。
アスハの手を取り立ち上がらせると、我々には聞こえないよう何やら耳打ちする。
アスハには、居てほしかったのに・・・。
むしろ、お前となんて食事を共になどしたくないのだ。私は・・・。
「食事の支度ができるまで・・・」
ヒデオは、私に向き直って語りだす。
「アザリナ姫様、お庭など案内していただけませんか?」
「私に?」
「ええ、2人で・・・私に聞きたいこともおありでしょう?」
ヒデオは、卑屈ではない笑顔を見せた。
こんな顔もするのかと、思いはしたが・・・。
「話したいことなど、一つも無い」
私は、即決で辞退した。
花など咲いていない中庭に、私はヒデオを連れてやってきた。
少し離れたところには、ギノ大将軍とサラ将軍が待機している。
私は、ヒデオの申し出を断ったのに、バンモに少しでも時間を稼ぐよう言われたのだ。
ヒデオと庭を散歩して作れる時間など、些末なものであろうに・・・。
「にぎやかなお祭りでしたな。私は、祭りが好きで――」
ヒデオは、腰をかがめて地面の苔を撫でている。
やはり、昨晩我々が祭りに興じている間に来たのだな。
「そのわざとらしいしゃべり方をやめろ。気持ちが悪い」
私は、ヒデオを睨みつけながら言った。
ヒデオは、微笑して立ち上がる。
「では、無礼講で」
ヒデオが近づいてきたので、私は後ずさりをして背後の将軍らに目を向ける。
「そう嫌いなさんな。何もしやしねえよ」
いつもの言葉づかいで、ヒデオは笑う。
「姫さんは、何で俺が獣人とつるんでいるのか知りたいんだろう?」
ヒデオは、左手を腰に当て空を見上げた。
「すぐには信じてもらえないだろうが、あんたらを助けるためだ」
何を寝ぼけたことを言っているのだ。
私は、呆れ果てて開いた口が塞がらない。
「獣人を引き連れて、城壁を取り囲んでおいて何を言っている? 頭が悪いのか?」
私は、左手で剣の柄を握りしめながらヒデオに詰め寄った。
「・・・これは、アスハに説明させるんだったな」
ヒデオは、舌打ちをして顔をしかめる。
「まぁいい。後は食事の時に話そう。お前みたいな頭の悪い女に話したところで、話が進まない」
ヒデオは、肩をすぼめて残念そうに私を見る。
「貴様――」
私は、剣を抜いてヒデオに切りかかった。
「姫様!」
背後から、サラ将軍の悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。
私の振りかざした剣は、怪我をしているはずのヒデオの右手に払われた。
ヒデオの左手が、私の顎をつかむ。
痛い!
頬の内側が、歯に食い込む。
少しでも動いたら、顎を砕かれる。
そんな恐怖で、私の全身は硬直した。
「姫さんよ。お前は、獣人に食わせたりしねーよ。俺が大事にしてやる」
ヒデオの顔が、私の顔のすぐそばに迫る。
卑屈な笑みを浮かべ、クククッと笑った。
「貴様! その手を放せ!」
サラ将軍が、すぐそばにいる。
私からは見えなかったが、抜刀する音が聞こえた。
「ヒデオ殿、速やかに・・・」
ギノ大将軍だ。
ヒデオの背後に回ろうとしている。
「フフッ、面白いことをする。お前たちにやるれのかい?」
ヒデオが、私の額に頬ずりしながら将軍らに言う。
気持ち悪い・・・。
離れろ、こいつ――
「ヒデオ殿、どうか姫様をお放しください」
何という事か・・・。
ギノ大将軍は、ヒデオの足元に跪いて頭を垂れる。
大将軍ともあろう方が、こんなやつに跪くなんて――
「・・・わかったよ。さすがは、大将軍だな」
ヒデオは、私を突き飛ばすようにして放した。
私は、サラ将軍の固い朱色の甲冑に抱きとめられる。
「そこのデカいお嬢さんも、ギノ大将軍を見習うんだな」
ヒデオは、サラ将軍を一瞥して去っていった。
私を抱きしめるサラ将軍は、小刻みに震えている。
「姫様――大人になって・・・」
私を抱きしめるサラ将軍の腕に、力が込められた。
苦しい・・・。




