表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

絶望

17 絶望




 ――早朝――

 私は、たたき起こされた。

 何が起きたのか理解できぬまま、喧騒に包まれる。


「待ってくれ、ゆっくり話してくれ」 


 私の顔を覗き込みながら、泣きそうな顔でエリリカがまくし立てている。

 その背後では、バンモが騒いでいた。

 部屋の外にも、大勢の人が行き交う気配がする。


「姫様! お急ぎください!」


 部屋の外から、誰かが叫んだ。

 私の寝ぼけた頭では、状況の理解が進まない。

 何かが起きたな・・・。


 とても、重大なことだ。

 窓に目をやる。

 外はまだ薄ら暗い。


「姫様――お逃げください、姫様だけでも、せめて・・・」


 エリリカが、私のシャツのボタンを外そうとするが、その手は激しく震えていた。


「だめです! 完全に囲まれています」


 バンモが外の兵士に、そう報告を受けている。

 何が、何に囲まれているのだ? 

 私は、ベッドから出て窓の外に目を向けた。


 城下の家々や城壁に、収穫祭の飾り付けがされている。

 そうだ、昨夜は前夜祭で夜遅くまで大騒ぎしていたのだ。

 まだあの騒ぎが続いているのか・・・。


「姫様、とかく身支度を!」


 バンモが大きな声で言う。

 わかっている。

 着替えるから出ていけ・・・と言いかけた私の目に、違和感が映し出された。

 城壁の外に広がる刈り入れの終わった麦畑に、何かがある。


「何だ、あれは・・・」


 目を凝らしてみてみると、黒い影がうごめいている。

 目を、西のほうへ向けてみれば、そこには朝日が届いていて、それが何だか理解できた。

 リザードだ・・・それも、ものすごい数の・・・。


「やつら、攻めてきたのか」


 私は、視線を変えながら呟く。

 次々に、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。


「な・・・何だ・・・何なんだ、これは・・・」


 私は、驚愕のあまり眩暈がしてふらついた。

 エリリカが抱き留めてくれなかったら、倒れていただろう。

 王都が、囲まれていた。


 リザード族だけではない。

 オーク族もいる。

 数千か、いや数万の獣人らに包囲されていたのだ。





「いつからだ!?」


 私は、手早く身支度を済ませ歩きながらバンモに問うた。


「わかりません・・・おそらくは、深夜には・・・」


 何てことだ、我々が祭りで浮かれているときに、獣人たちは進軍してきていたのだ。


「見張りは、気づかなかったのか? 国境の警備は、どうなっていたのだ?」


「何もわかりません・・・姫様・・・」


 険しい顔で、バンモはうめいた。


「姫様・・・退路を探しております。逃げる準備を・・・」


 喉の奥から、絞り出すように言うバンモの言葉に、私は立ち止まって反論する。


「囲まれているのだぞ! どこへ逃げろというのだ」


 まるで叱られた子供のように、小さな老人はうなだれた。

 私は、再び歩き出して、広間に向かった。

 広間には、多くの兵士でごった返していた。


 皆、私の姿を見ると私の名を呼びながら注目する。

 私は、階段を上がり玉座の前に立つ。

 兵士たちは、私を見上げて、発言を待っている。


 言うことなど何もない。

 どうすればいいのだ?

 何を語ればいい?


「姫様!」


 兵士たちの背後から、巨体の青い甲冑が人をかき分けながら進み出る。

 ギノ大将軍だ。

 ギノ大将軍は、私の前で膝をつき進言する。

「申し訳ございません・・・完敗です・・・」


 いきなり敗北を認めるなんて・・・。

 周囲の兵士たちもざわめいている。


「大将軍ともあろう方が、いきなり何を・・・」


 私は、膝をつきうなだれている体格の良い男に、少し失望した。


「バンモ、何か言ってやれ! これでは士気が落ちる」


 私は、隣に立つバンモに声を荒げ言った。

 バンモは、血走った目でギノ大将軍を見下ろしている。


「姫様・・・いたずらに兵を失うより、退路を確保し、逃げられるものだけでも逃げるべきです」


 バンモは、ギノ大将軍を見下ろしたまま言う。


「お前まで、何を言っている!」


 私は、バンモを叱った。


「姫様・・・申し上げにくいのですが・・・勝算は万に一つもありません。逃げるべきです」


 うつむいたまま、大将軍は言う。


「では、籠城ろうじょうすれば良い。今年は麦も豊作だった。2~3か月は持つだろう?」


「攻撃されれば、この城は明日には落ちます」


「何故だ!」


 私は、叫んでいた。

 納得がいかない。

 全てが、納得がいかない。


 一夜にして、獣人たちに取り囲まれたことも、強固であるはずのこの城が、明日には落ちるなど妄言も、納得がいくわけがない。


「サラ・サーラ将軍はどこか?」


 私は、広間に集まっている兵士たちの中に赤い甲冑を探した。


「ここに」


 サラ将軍は、悲愴な面持ちで通用口にたたずんでいる。


「貴方はどう思うか?」


 私の問いかけに、サラ将軍は微笑した。


「勝てる訳ないじゃない。 リザード1匹倒すのに、何人の兵を失ったの?」


 サラ将軍は、私をあざけるように言う。

 こんなサラ将軍は、初めてだ。

 いくら将軍とはいえ、王族にこのような言い方をすれば、普段であれば誰かが叱るのであろうが、今は誰も何も言わない。


「姫様、こちらの兵は軍属でない商人らを入れても5千に届きません」


 ギノ将軍は、跪座したまま私をにらむようにして言う。


「籠城すれば良いと言っている!」


「・・・姫様・・・ギノ大将軍が持ち帰られた弩弓を憶えていらっしゃいますか?」


 優しい語り口で、バンモが訊ねてきた。


「そうだ! あれもあるではないか!」


「敵も、あれと同じものを、確認できるだけでも8台配備しております」


 ギノ大将軍が、バンモの代わりに答える。

 その顔は苦渋に満ちていた。


「どういうことです?」


「私がオーク族との戦闘で使用したものを、彼らも模倣もほしたのでしょう」


「何故・・・そんなことが・・・」


 オークだぞ・・・頭の中、エサを食う事しか考えられないような獣人だぞ!

 我々の最新兵器が、こうも簡単に真似されるなんて、考えられない。


「リザード・・・かもしれませんな」


 その声に、皆が注目した。


「私も詳しくはありませんが、リザードなら南方の人族と交流があるようですから、技術を得たのかもしれません」


 賢者パスカルだった。

 ゆっくりと通用口から歩いてきて、ギノ大将軍の前で立ち止まる。


「パスカル様、お知恵を頂けませんか? 私たちは、どうすれば?」


 私は、玉座の前の階段を降り賢者パスカルの手を取った。


「先ほど、簡単な足し算や引き算は将軍方が申されましたな・・・」


 賢者パスカルは、私の肩に手を置き、小さな声で告げる。


「お逃げなされよ」


「そ、そんな・・・」


 私は、立っていられなくなり、賢者の手を取ったままその場に座り込んだ。

 足に、力が入らない。

 恐怖? いや・・・絶望?


「作戦を立てよう。まずは、逃がす者を決める」


 ギノ大将軍は、立ち上がるとサラ将軍を手招きして呼ぶ。


「君は、姫様と行動を共にしてくれ」


「しかし――」


 サラ将軍は、ギノ大将軍の指示に抗おうとする。

 それを、大将軍は口に指をあてて黙らせた。


「賢者パスカル様も、お連れしてくれ・・・それから、街の子供たちだ」


「我々が、今からかき集めてきましょう」


 そう声を上げたのは、近衛騎士隊隊長のヴァンズナーだ。

 ギノ大将軍が了承すると、ヴァンズナーは声を張り上げて部下たちに指示する。


「野郎ども! 街中の子供たちをさらってこい! 怪我はさせるな!」


 威勢の良い掛け声を挙げて、近衛兵らは広間を出て行った。

 私は、老人の手を引いた。


「パスカル様、リザードとオークが手を組むなんて・・・」


 泣き出したい。

 こんなこと、誰が予想できる?

 リザード族とオーク族は他種族だ。

 争うことがあっても、手を組むことなどありえない。


「何者かが、手引きしたのでしょうな・・・しかし・・・動く者なら何でも食すと言われるオークを共闘させるとは・・・」


 賢者パスカルは、言いながら何かを思いついたようで、私の手を両手で握って跪いた。


「姫様、希望とまではいきませんが・・・近くにアスハがいるはずです。何ができるというわけではありませんが、彼女からの連絡を待ってみましょう」


 そうだ・・・アスハが旅立ったばかりだ。

 むしろ、無事でいるのかが心配だ。


「アスハは、無事にしていますでしょうか?」


「ええ、あの娘は大丈夫です。何か行動を起こしてくれることに期待しましょう」


 パスカルはそう言うが・・・あの小さな体の巫女に何ができるのだろう・・・。


「姫様、動きやすく目立たない格好に着替えましょう」


 私の前に出て、サラ将軍が膝をつく。


「先ほどは失礼いたしました」


 小声でそう付け加えて頭を垂れる。

 一瞬何のことかわからなかったが、私は頷いてから微笑した。

 あれぐらいのことで、根に持ったりはしない。

 彼女が忠実な家臣であることは、疑うことなく確信している。


「聞け! 皆の者!」


 ギノ大将軍が立ち上がって、広間にいる兵士たちに告げる。


「我々の忠義を示す時が来た! このエルスカ王国の未来のため、我々は戦い散るであろう――」


 ギノ大将軍は、腰の剣を鞘から抜いて頭上に掲げる。


「しかし、我々の足跡は後の世に語り継がれることだろう。名を示せ! 名を叫べ! 名を轟かせ、敵を怯ませ! 我はエルスカ王国大将軍ギノ・グランシア――」


 広間に、歓声が沸き起こる。

 男たちの雄叫びだ。


「我に続け――」


 まるで狂気――

 死を前にして、男たちが狂気の叫びをあげている。

 私は、怖い。


 王国を取り囲んでいる獣人たちも、それに挑もうとしているこの男たちも。

 震えが止まらない。

 その震えは、手を取り合っている老人にも伝わっている。


 わかりますでしょう? この恐怖――

 誰か、助けて・・・

 この恐怖から救って。


 私は、目をつむって天を仰ぐ。

 目をつむった拍子に、頬を涙が伝った。


――急報・急報――


 何者かが、叫びながら広間に飛び込んできた。


「どうした!?」


 ギノ大将軍が、飛び込んできた兵士のもとに駆け寄る。


「使者です!」


 息を切らせながら、急報をもたらした兵士は叫ぶ。


「敵軍からの使者です!」


「何だと! リザードか?」


 サラ将軍も兵士に駆け寄って詰め寄る。

 私の頭にも、リザードのアルカナンサスの姿が浮かんだ。


「いえ、人間です!」


 人間?

 もしかして・・・。

 私は、賢者パスカルの顔を見上げる。

 賢者パスカルは、じっと兵士のほうを見ていて、目を合わすことはない。


「獣人連合軍総大将――」


 兵士は、広間にいるすべての者に聞こえるよう声を張った。


「ヒデオ・ノノイ――」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ