絶望
17 絶望
――早朝――
私は、たたき起こされた。
何が起きたのか理解できぬまま、喧騒に包まれる。
「待ってくれ、ゆっくり話してくれ」
私の顔を覗き込みながら、泣きそうな顔でエリリカがまくし立てている。
その背後では、バンモが騒いでいた。
部屋の外にも、大勢の人が行き交う気配がする。
「姫様! お急ぎください!」
部屋の外から、誰かが叫んだ。
私の寝ぼけた頭では、状況の理解が進まない。
何かが起きたな・・・。
とても、重大なことだ。
窓に目をやる。
外はまだ薄ら暗い。
「姫様――お逃げください、姫様だけでも、せめて・・・」
エリリカが、私のシャツのボタンを外そうとするが、その手は激しく震えていた。
「だめです! 完全に囲まれています」
バンモが外の兵士に、そう報告を受けている。
何が、何に囲まれているのだ?
私は、ベッドから出て窓の外に目を向けた。
城下の家々や城壁に、収穫祭の飾り付けがされている。
そうだ、昨夜は前夜祭で夜遅くまで大騒ぎしていたのだ。
まだあの騒ぎが続いているのか・・・。
「姫様、とかく身支度を!」
バンモが大きな声で言う。
わかっている。
着替えるから出ていけ・・・と言いかけた私の目に、違和感が映し出された。
城壁の外に広がる刈り入れの終わった麦畑に、何かがある。
「何だ、あれは・・・」
目を凝らしてみてみると、黒い影がうごめいている。
目を、西のほうへ向けてみれば、そこには朝日が届いていて、それが何だか理解できた。
リザードだ・・・それも、ものすごい数の・・・。
「やつら、攻めてきたのか」
私は、視線を変えながら呟く。
次々に、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
「な・・・何だ・・・何なんだ、これは・・・」
私は、驚愕のあまり眩暈がしてふらついた。
エリリカが抱き留めてくれなかったら、倒れていただろう。
王都が、囲まれていた。
リザード族だけではない。
オーク族もいる。
数千か、いや数万の獣人らに包囲されていたのだ。
「いつからだ!?」
私は、手早く身支度を済ませ歩きながらバンモに問うた。
「わかりません・・・おそらくは、深夜には・・・」
何てことだ、我々が祭りで浮かれているときに、獣人たちは進軍してきていたのだ。
「見張りは、気づかなかったのか? 国境の警備は、どうなっていたのだ?」
「何もわかりません・・・姫様・・・」
険しい顔で、バンモはうめいた。
「姫様・・・退路を探しております。逃げる準備を・・・」
喉の奥から、絞り出すように言うバンモの言葉に、私は立ち止まって反論する。
「囲まれているのだぞ! どこへ逃げろというのだ」
まるで叱られた子供のように、小さな老人はうなだれた。
私は、再び歩き出して、広間に向かった。
広間には、多くの兵士でごった返していた。
皆、私の姿を見ると私の名を呼びながら注目する。
私は、階段を上がり玉座の前に立つ。
兵士たちは、私を見上げて、発言を待っている。
言うことなど何もない。
どうすればいいのだ?
何を語ればいい?
「姫様!」
兵士たちの背後から、巨体の青い甲冑が人をかき分けながら進み出る。
ギノ大将軍だ。
ギノ大将軍は、私の前で膝をつき進言する。
「申し訳ございません・・・完敗です・・・」
いきなり敗北を認めるなんて・・・。
周囲の兵士たちもざわめいている。
「大将軍ともあろう方が、いきなり何を・・・」
私は、膝をつきうなだれている体格の良い男に、少し失望した。
「バンモ、何か言ってやれ! これでは士気が落ちる」
私は、隣に立つバンモに声を荒げ言った。
バンモは、血走った目でギノ大将軍を見下ろしている。
「姫様・・・いたずらに兵を失うより、退路を確保し、逃げられるものだけでも逃げるべきです」
バンモは、ギノ大将軍を見下ろしたまま言う。
「お前まで、何を言っている!」
私は、バンモを叱った。
「姫様・・・申し上げにくいのですが・・・勝算は万に一つもありません。逃げるべきです」
うつむいたまま、大将軍は言う。
「では、籠城すれば良い。今年は麦も豊作だった。2~3か月は持つだろう?」
「攻撃されれば、この城は明日には落ちます」
「何故だ!」
私は、叫んでいた。
納得がいかない。
全てが、納得がいかない。
一夜にして、獣人たちに取り囲まれたことも、強固であるはずのこの城が、明日には落ちるなど妄言も、納得がいくわけがない。
「サラ・サーラ将軍はどこか?」
私は、広間に集まっている兵士たちの中に赤い甲冑を探した。
「ここに」
サラ将軍は、悲愴な面持ちで通用口にたたずんでいる。
「貴方はどう思うか?」
私の問いかけに、サラ将軍は微笑した。
「勝てる訳ないじゃない。 リザード1匹倒すのに、何人の兵を失ったの?」
サラ将軍は、私をあざけるように言う。
こんなサラ将軍は、初めてだ。
いくら将軍とはいえ、王族にこのような言い方をすれば、普段であれば誰かが叱るのであろうが、今は誰も何も言わない。
「姫様、こちらの兵は軍属でない商人らを入れても5千に届きません」
ギノ将軍は、跪座したまま私をにらむようにして言う。
「籠城すれば良いと言っている!」
「・・・姫様・・・ギノ大将軍が持ち帰られた弩弓を憶えていらっしゃいますか?」
優しい語り口で、バンモが訊ねてきた。
「そうだ! あれもあるではないか!」
「敵も、あれと同じものを、確認できるだけでも8台配備しております」
ギノ大将軍が、バンモの代わりに答える。
その顔は苦渋に満ちていた。
「どういうことです?」
「私がオーク族との戦闘で使用したものを、彼らも模倣したのでしょう」
「何故・・・そんなことが・・・」
オークだぞ・・・頭の中、エサを食う事しか考えられないような獣人だぞ!
我々の最新兵器が、こうも簡単に真似されるなんて、考えられない。
「リザード・・・かもしれませんな」
その声に、皆が注目した。
「私も詳しくはありませんが、リザードなら南方の人族と交流があるようですから、技術を得たのかもしれません」
賢者パスカルだった。
ゆっくりと通用口から歩いてきて、ギノ大将軍の前で立ち止まる。
「パスカル様、お知恵を頂けませんか? 私たちは、どうすれば?」
私は、玉座の前の階段を降り賢者パスカルの手を取った。
「先ほど、簡単な足し算や引き算は将軍方が申されましたな・・・」
賢者パスカルは、私の肩に手を置き、小さな声で告げる。
「お逃げなされよ」
「そ、そんな・・・」
私は、立っていられなくなり、賢者の手を取ったままその場に座り込んだ。
足に、力が入らない。
恐怖? いや・・・絶望?
「作戦を立てよう。まずは、逃がす者を決める」
ギノ大将軍は、立ち上がるとサラ将軍を手招きして呼ぶ。
「君は、姫様と行動を共にしてくれ」
「しかし――」
サラ将軍は、ギノ大将軍の指示に抗おうとする。
それを、大将軍は口に指をあてて黙らせた。
「賢者パスカル様も、お連れしてくれ・・・それから、街の子供たちだ」
「我々が、今からかき集めてきましょう」
そう声を上げたのは、近衛騎士隊隊長のヴァンズナーだ。
ギノ大将軍が了承すると、ヴァンズナーは声を張り上げて部下たちに指示する。
「野郎ども! 街中の子供たちをさらってこい! 怪我はさせるな!」
威勢の良い掛け声を挙げて、近衛兵らは広間を出て行った。
私は、老人の手を引いた。
「パスカル様、リザードとオークが手を組むなんて・・・」
泣き出したい。
こんなこと、誰が予想できる?
リザード族とオーク族は他種族だ。
争うことがあっても、手を組むことなどありえない。
「何者かが、手引きしたのでしょうな・・・しかし・・・動く者なら何でも食すと言われるオークを共闘させるとは・・・」
賢者パスカルは、言いながら何かを思いついたようで、私の手を両手で握って跪いた。
「姫様、希望とまではいきませんが・・・近くにアスハがいるはずです。何ができるというわけではありませんが、彼女からの連絡を待ってみましょう」
そうだ・・・アスハが旅立ったばかりだ。
むしろ、無事でいるのかが心配だ。
「アスハは、無事にしていますでしょうか?」
「ええ、あの娘は大丈夫です。何か行動を起こしてくれることに期待しましょう」
パスカルはそう言うが・・・あの小さな体の巫女に何ができるのだろう・・・。
「姫様、動きやすく目立たない格好に着替えましょう」
私の前に出て、サラ将軍が膝をつく。
「先ほどは失礼いたしました」
小声でそう付け加えて頭を垂れる。
一瞬何のことかわからなかったが、私は頷いてから微笑した。
あれぐらいのことで、根に持ったりはしない。
彼女が忠実な家臣であることは、疑うことなく確信している。
「聞け! 皆の者!」
ギノ大将軍が立ち上がって、広間にいる兵士たちに告げる。
「我々の忠義を示す時が来た! このエルスカ王国の未来のため、我々は戦い散るであろう――」
ギノ大将軍は、腰の剣を鞘から抜いて頭上に掲げる。
「しかし、我々の足跡は後の世に語り継がれることだろう。名を示せ! 名を叫べ! 名を轟かせ、敵を怯ませ! 我はエルスカ王国大将軍ギノ・グランシア――」
広間に、歓声が沸き起こる。
男たちの雄叫びだ。
「我に続け――」
まるで狂気――
死を前にして、男たちが狂気の叫びをあげている。
私は、怖い。
王国を取り囲んでいる獣人たちも、それに挑もうとしているこの男たちも。
震えが止まらない。
その震えは、手を取り合っている老人にも伝わっている。
わかりますでしょう? この恐怖――
誰か、助けて・・・
この恐怖から救って。
私は、目をつむって天を仰ぐ。
目をつむった拍子に、頬を涙が伝った。
――急報・急報――
何者かが、叫びながら広間に飛び込んできた。
「どうした!?」
ギノ大将軍が、飛び込んできた兵士のもとに駆け寄る。
「使者です!」
息を切らせながら、急報をもたらした兵士は叫ぶ。
「敵軍からの使者です!」
「何だと! リザードか?」
サラ将軍も兵士に駆け寄って詰め寄る。
私の頭にも、リザードのアルカナンサスの姿が浮かんだ。
「いえ、人間です!」
人間?
もしかして・・・。
私は、賢者パスカルの顔を見上げる。
賢者パスカルは、じっと兵士のほうを見ていて、目を合わすことはない。
「獣人連合軍総大将――」
兵士は、広間にいるすべての者に聞こえるよう声を張った。
「ヒデオ・ノノイ――」




