旅立ちと収穫祭
16 旅立ちと収穫祭
アスハは城で一泊すると、翌朝には荷物をまとめて出立した。
無謀な旅に出ようとする人を、止める術を私は知らない。
アスハは、緑色で渦巻き状の紋様の入った包みを背負っている。
唐草模様と言うらしい。
魔よけの効果のある紋様だとか・・・。
「アスハ・・・本当に護衛をつけなくても良いのですか?」
私は、足早に去ろうとするアスハを早歩きで追いかけながら訊ねた。
「旅は慣れていますから」
アスハそう言う。
確かに、エヴァ大神殿からこの城までの往復を何度も旅しているのだから、慣れてはいるのだろうが、今度の旅は危険度が違う。
蛮族のエリアに赴こうとしているのだから・・・。
「せめて、荷を誰かに持たせては?」
私は、アスハが背負う唐草模様の荷を手で支えた。
ほら、こうするだけでも楽でしょう?
「この国に、そんな余裕ないでしょう?」
意地悪な目をしてアスハは言う。
「2~3人ぐらい、どうにかなります」
城下の目抜き通りを、アスハは脇目も振らずに突き進む。
私は、民に挨拶をされるたびに微笑して会釈しなければならないのに、アスハは気にも留めてくれない。
「アザリナ姫、もうここでいいですから」
アスハは迷惑そうに言う。
ここでなんて言わなくても、もうすぐ城門だ。
せめて門まで送らせてよ。
私は、そう言う代わりに口を尖らせた。
「危険を感じたら、すぐに戻ってください」
「ハイハイ」
「逃げるときは、荷を捨てるのですよ」
「ハイハイ」
「路銀が足りなくなったら、私の名前でどなたから――」
「も~、あなたは私のお母さんですか!」
アスハは頬を膨らませてはいたが、怒ってはいなかった。
「心配してくださって、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
アスハは、足を止めると私の手を握る。
「ヒデオさんを見つけたら、必ず連れ戻しますから」
アスハは、にっこりと微笑みかける。
いや・・・いらないよ。
連れ戻したって、あいつは死刑だ。
私はそう言いかけたが、アスハの無垢な笑顔にそれは言えなかった。
「では、これで」
アスハは、深くお辞儀をすると城門を出て行った。
門を警護する兵士の2人が、私に気づいて槍を立てて敬礼する。
私は、アスハの背を見送りながら、片手をあげるだけの答礼をした。
麦の刈り入れが、もうじき終わる。
戦場から帰還した兵士らも、僅かな休息で農作業に駆り出されてしまった。
これでやっと、休ませてやれる。
収穫祭は、盛大に行おう。
城の酒庫も開けて、存分に飲ませてやろう。
私は、酒の味などわからないが、男たちは酒が大好物だ。
秋の昼下がり、私はバルコニーで刈り取られた麦畑を眺めながら、お茶をすする。
春が来る前に、隣国の支援を得なければ・・・。
春が来る前に、城の防護を固めなければ・・・。
春が来る前に・・・。
春が怖い。
春って、待ち遠しいものじゃなかったか?
春を恐れなければならないなんて、獣人族めぇ。
「姫様――」
現れたのは、皮の鎧を纏った軽装のギノ大将軍だ。
「ギノ大将軍、お呼び立てしてすみません」
私は、すでにお茶の用意がされているテーブルに、ギノ大将軍を誘う。
「バンモやパスカル様とも話したのですが――」
私は、席に座るとすぐ話を切り出した。
ギノ大将軍は、私が座るのを見てから自分も席に着く。
「あの弩弓をもう少し増やせないかということです」
弩弓、ギノ大将軍が戦場で作製した大型の弓だ。
「そうですねぇ~、春までには2,3台造れそうですが」
「ええ、春までには整えたいです」
私は、ギノ大将軍にお茶を進める。
ギノ大将軍は、改まってお茶に口を付けた。
「少し、小型にして城壁の上に配備してはいかがでしょう?」
お茶の香りを楽しみながら、ギノ大将軍は言った。
「なるほど! とても良いお考えです」
実際どうなのかはわからない。
私は、武器や戦略に疎い。
ギノ大将軍にすべて任せよう。
「ギノ大将軍に、すべて一任いたします。この国を守るためよろしくご尽力くださいませ」
私は、軽く頭を下げた。
「いえ、姫様、恐れ多い」
ギノ大将軍は、席を立って深々と頭を下げた。
「では早速、準備させましょう」
大将軍は、にこりと笑って去っていった。
先王が亡くなってから、少し距離ができた気がする。
私に気を使っている。
昔は、肩車をしてくれたり、腕にぶら下がらせてもらったりしたのに・・・。
いや・・・それは子供の時の話か・・・私だってもう大人なのだから、仕方のないことか・・・。
私は、ほとんど口をつけていないギノ大将軍のカップを眺める。
ああ、私は気が利かないな。
お酒を用意するべきだった。
数日かけて、収穫祭の準備が国中で行われている。
近隣の民は、城下に集まり飾りつけや舞台の設置など忙しくしていた。
遠方の集落の民たちは、それぞれの集落で収穫祭を行うのが通例だが、今年は遠方の民も集まっているようだ。
戦場から帰ってきた兵士たちの顔も、険が取れてきたように感じる。
城下町の北東には、鍛冶職人が集う一角があった。
その方向から、カンカンと鉄をたたく音が聞こえて来る。
普段は、剣や槍、日用品などを打っているのだが、さっそく最新兵器の作製に取り掛かってくれているのだろう。
いつも以上に音が激しく、ちょっとうるさい。
「姫様、鉄が冷めますから、迷惑になります」
自然と、私の足は鍛冶屋街に向いていたようで、背後のエリリカに止められた。
「そ、そうよね・・・」
みんな忙しそうにしているのに、私に何か手伝えることはないのかしら。
私は、周囲を見渡してみる。
城壁に、麦わらで作った案山子らが、服を着せられて飾られている。
畑を鳥たちから守った勇者たちだ。
その案山子たちに、子供たちがお手製の勲章やメダルを飾り付けている。
「エリリカ! 私たちもあれを手伝いましょう!」
私はエリリカの手を引いて、子供たちの輪の中に入った。
子供たちは、大喜びで私たちを受け入れてくれた。
私とエリリカは、子供の手の届かない案山子の頭や首に、かわいらしい勲章を飾り付けてやる。
「良かったなぁアラミス――アザリナ姫様から勲章を頂けるなんて、すごいことだぞ!」
6,7歳の男の子が、案山子に話しかけ、功績を称えた。
名前があるのね。
「アラミス――立派なお名前ね。勇者に相応しいわ」
私は、男児に笑いかけた。
「うん。ヒデオには負けるけどねー」
うお、思いがけないところでアイツの名前が出てきた。
「いえいえ、アラミスのほうが立派よ。麦を守ったのですから」
私がそう言うと、男児は不思議そうな顔で私を見る。
「姫様知らないの? 僕、見ていたんだ。勇者ヒデオが、大勢の人を助けて礼拝堂に避難させたんだよ。それから、大きなトカゲを追い払ってくれた」
ああ、そんなような事を、誰かも言っていたなぁ。
「ねぇ? 本当なの?」
私は、背後のエリリカにそっと訊ねた。
「前にも話しましたよ。嘘だと思っていたのですか?」
エリリカが、むっとした表情で言う。
「いや・・・信じないだろう」
アイツは、トカゲの将軍と酒を飲んでいただけだ。
子供には、追い払ったように見えたのだろう。
アレが、人助けなどするわけがない。
今頃どこで何をしているのか・・・どこかで野垂れ死んでいるのかもしれない。
それならそれで、一向にかまわないのだが・・・。
街中が飾り付けられて、目抜き通りには屋台が建てられた。
設置された舞台では、この地方に昔から伝わる音楽や踊りが披露される。
そしてこの夜、収穫祭の予行練習、前夜祭が行われた。
例年、本祭よりも盛り上がると言われる前夜祭、今年は皆の気迫が違う。
戦と、リザード襲撃の憂いを晴らさんと、大騒ぎで始まった。
笛や太鼓が鳴り響き、男と女の歌声が、あちこちから聞こえてきた。
煌びやかに仮装した集団が、音楽に合わせてダンスを披露する。
「わぁー、すごい騒ぎだ」
私は耳を手で塞いで、おどけてみた。
「はぁー、警備は大丈夫でしょうか? 心配です」
私の隣には、サラ将軍が黒いドレス姿で立っている。
サラ将軍のドレス姿を、久しぶりに見られて嬉しい。
背が高いから、すらっとしてとても素敵だ。
本人は、警備があるからとドレスを嫌がったが、私が無理にお願いしたのだ。
エリリカも、黒いドレスを着ている。
2人とも私を目立たせるために、黒を選んだのだろうけど、2人とも体形が美しく素敵だ。
私は、白いドレスを着てみたが、何だか祭りには向かない気がする。
「アスハも、もう少しゆっくりしていたらよかったのに」
収穫祭の前に出立したアスハを、やはり留めておくべきだったと後悔した。
「一緒に楽しみたかったですね」
エリリカも同意した。
「アザリナ姫様に――」
ひと際大きな声に、私はそちらへ目を運んだ。
「カンパーイ――」
酔っぱらいの集団が、私を見つけてグラスを掲げている。
私は、苦笑いで会釈した。
もうあんなに飲んじゃって、本番は明日なのに・・・。
あ・・・ギノ大将軍――
その集団の真ん中に、真っ赤な顔をしたギノ大将軍がいた。
すっかり民たちに溶け込んでいて、すぐにはわからなかった。
今日だけは、何もかも忘れて徹底的に楽しむ。
そんな男たちの姿は、羨ましくもあった。
広場まで来ると、大きな焚火が組まれ、その周りを老人たちが囲んでいた。
「姫様、温かい生姜湯などいかがですか?」
火にあたっていた老婆が、私にカップを差し出す。
「ありがとう。いただくわ」
私は、それを受け取ると息を吹きかけながら唇を付けた。
生姜の香りと、蜂蜜の味がした。
焚火から飛び立つ火の粉を見上げる。
火の妖精たちは、夜空を舞いながら闇の中に消えていった。
息が白い。
もうすぐ冬がやってくるのだ。
私は、舞い上がる火の粉に白い息を吹きかける。
様々な災いも、面倒事も、この火の粉のように、白い息のように、闇に溶けて消えてしまえば良いのに・・・。
そうして夜は更けていき、祭りは深夜まで続いた。




