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嬉しい来客

15 嬉しい来客




 ギノ大将軍の帰還により、城下の街は毎日が祭りのような賑わいだ。

 実際、収穫祭が近いこともあり、その準備も兼ねての騒ぎだろうが、良いニュースは国民の意気を高揚させている。


 景気も悪くはない。

 国外との貿易は鈍調ではあるが、農作物は豊作だ。

 これを機に、他国との交易を盛り上げて戦火の憂いを晴らしたいところなのだが・・・。


「姫様、手が止まっておりますぞ」


 バンモの鋭い視線が飛んできた。


「いったい何通書かせれば気が済むのだ・・・」


 私は、蛇のような文字の這う紙切れに目を落とした。

 机の隅には、書き終えた手紙が山のように積み上げられている。


「戦況が停滞しているうちに、他国との関係を改善しませんと――」


「もうオークどもも、諦めたのではないか?」


 私は、びっしりと奇麗な字で書かれた文末に、自分の名を書きなぐった 


「もう! 姫様! 丁寧に書いてください!」


 わきから身を乗り出して、エリリカが口を尖らせる。

 字の奇麗なエリリカは、バンモの推薦でこの作業に駆り出されていた。

 バンモとエリリカで本文を書き、最後に私がサインしているのだが、量が多すぎるのだ。

 飽きてくる。


――どうせ書くなら――


 私は、引き出しを開けて書きかけの手紙を覗く。

 疎開させている妹、リリノへの手紙だ。

 書き始めても、リリノとの思い出が泉のように湧き出てきて、なかなかペンが進まないのだ。


「休憩にしましょう。お茶を入れてきます」


 エリリカが、そう提案してくれた。

 気持ちの逸れた私を、エリリカは察してくれたのだろう。

 さすがエリリカだ。

 彼女なしでは、私の生活は成り立たない。





 エリリカの入れてくれたお茶を持って、私は中庭の植物を見て回った。

 冬が近く、花は少ない。

 寒さの苦手なリザード族は、春までは動かないだろうし、戦場を退いたオーク族も体制を整えているだろう。


 春までは、この平和が続くと、私は思っている。

 バンモに言えば、甘い考えだと叱られるのだろうが、私の見立ては間違ってはいまい。

 城内は静かだ。


 麦の刈り入れで、必要最小限の人員を残し兵士たちも麦と戦っている。

 今年は、例年以上の豊作だから人手はいくらでも必要だった。


「姫様――」


 バンモの声だ。

 うるさいのが来た。

 もう作業に戻れというのだろう。


「姫様――」


「わかった!」


 私は、不快感あらわに振り返る。

 そこに、しわしわの老人が立っていたのだが、しわしわがもう一人いた。


「パスカル様!」


 私は、驚いてカップを落としそうになった。


「しばらくです。お変わりなく安堵いたしました」


 賢者パスカルは、深々と頭を垂れた。

 その背後に、もう一人の人物がいる。


「アスハ!」


 私は、カップを手放して駆け出した。

 背後で、カップの割れる音がする。


 巫女装束と呼ばれるえんじ色の袴と白衣びゃくえに、刺繡の入った上着――打ち掛けというらしい――を羽織った小柄な女性――

 私は、アスハに抱き着いた。


「おや、おや・・・」


 私に抱き着かれて、アスハは驚いている。


「来ていただけないと思っておりました」


 私はアスハから体を離すと、私より頭一つ背の低いアスハの顔を覗き込んだ。


 かわいい顔をしている。私より年上なのだろうけど・・・。


「申し訳ありません。来られたのは、私とそこのお年寄りだけです」


 アスハは、迷惑そうな顔をして、私の体を押しのける。


「お二人だけでも、来ていただけて嬉しいです」


 私は、アスハの手を取り、振り返って賢者パスカルに言った。

 少し前に、賢者パスカルと巫女らに助力を願い出たのだ。

 リザードの襲撃があった頃だ。


「いろいろあったようで、すぐ駆け付けたかったのですが、今になってしまい申し訳ありません」

 賢者パスカルは、黒いローブの腰を折って謝罪する。


「いえ、私の力不足で何度もご足労いただき、申し訳ありません」


 私も、心からの謝罪の意を込め、頭を下げた。


「アスハ様も――」


 私は、アスハにも向き直って頭を下げた。


「様はいりません。来られたのは私だけです。でも、姉さんたちを恨まないでください」


「恨むなど・・・」


 恨んではいないが・・・なんだかなぁ――





 ちょうど、昼食の時間に近かったので、私たちはテーブルを囲んで食事の準備を待ちながら会談した。


「勇者が、敵将を逃亡させたというのは――予想外でした」


 困った顔でパスカルは弁明する。


「しかし、勇者を突き放したのはそちらなのですから、私たちに責任はありません」


 淡々とアスハは言った。

 その通りだ。

 勇者を解き放った。

 我々の責任であって、彼女らに罪はない。


「今回、お二人に来ていただいたのは、勇者の件ではありません」


 私は、身を乗り出して、2人を交互に見た。


「いえ、お二人だけではなく、ザマ姉妹の皆様にお会いしたかった。ご迷惑ばかりおかけして、本当にごめんなさい」


 私は、テーブルに頭がつくほど頭を下げた。

 本心だ。

 彼女らがいなくなって、心細かった。

 私に必要だったのは、勇者ではなく、彼女たちだったのではないだろうか?


「あの後、いろいろなことが起こりました。皆さんがいなくなってすぐです」


 私は、起こった出来事を思い返しながら、2人に説明した。


「何とか、今日までやってきましたが、苦しかったです」


 私は、スカートの裾を握りしめた。


「怖かったです・・・」


 後は、何を言えばいいのかわからなくなってしまった。

 給仕が、サラダをテーブルに並べ始めている。


「いただいても?」


 アスハは、お腹がすいているのだろう。

 舌なめずりをして、サラダを眺めている。


「ええ、もちろんです」


 私は、座って自分の皿に手を付けた。

 食べたかったわけではなく、皆に食事を促すためだ。


「イクイ様たちは、神殿に残られているのですね?」


 バンモがパスカルに訊ねる。


「ええ、神殿を空にもできませんから、彼女らには残ってもらいました」


 パスカルはそう言うが、実際には彼女らは来たがらなかったのだろう。


「きっと、お怒りなのでしょう?」


 私は、ためらいがちに訊ねた。


「ええ、姉さんたちは、もうこの国には関わらないと断言しています」


 アスハは、野菜を咀嚼そしゃくしながら言う。


「これ!」


 慌ててパスカルがたしなめる。 


「良いのです。それでも、お二人は来てくださったのですから」


 私は、二人に改めて感謝する。


「パスカル様、どうも獣人たちの動きが読めんのです。何か獣人たちの間で変化があったのでしょうか?」


 話題を変えようと、バンモがそう訊ねる。

 余計なことをする。

 ともおもうが、バンモが訊ねたことは、私も知りたいことだった。


「ん~、噂程度ですが、獣人たちも危機に瀕していると聞きます」


 パスカルが、思案顔で語り始めた。

 パスカルの話では、獣人たちを脅かす第三勢力が存在するとのことだった。


「その話は初めて聞きました。何なのです獣人たちを脅かす存在というのは?」


 黙って聞いていればよかったのだが、アスハが黙っているが気になって、つい口をはさんでしまった。

 アスハが、私をどう思っているのか、気になっているのはそれなのだが・・・。


「今、ゴブリン族がその勢力と交戦中と聞きますが、多くの人族はこれ幸いと傍観しているのが現状で、情報は乏しいのです」


 なるほどと呟いて、バンモも黙り込んだ。


「リザード族は、南方の人族と交流があるようなので、その線で情報が得られないかと、考えてはいるのですが・・・」


 パスカルも天井を見上げる。

 獣人と付き合いのある人間がいるのか!

 私は、そのことのほうが驚きだった。


 でも、アルカナンサスも人語を操り、他にも人語を話せるリザードがいるとも聞く。

 それは、必要だからだと考えれば、ありえない話ではない。


「実は、それについて――」


 パスカルが話し始めると、アスハがそれを遮る。


「私、ジープ国に行ってみようと思っています」


 え!? 

 何故?

 どうやって?

 ?がいっぱい私の頭の中を飛び回って、言葉にできない。


「しかし、それは危険すぎますぞ!」


 バンモも驚いたようで、まごつきながら言う。


「大丈夫ですよ。私は巫女ですから」


 アスハは、自信満々に言う。

 その自信は、何を根拠に噴出しているのか。


「ええ、まぁ、アスハはそれが目的で神殿を出たのです」


 苦笑いをしてパスカルは言った。

 何を笑っているのか、止めるべきだろう。

 私は思う。


「ヒデオさんにも会いたいし、リザードという種族にも興味があります」


 サラダを食べ終えたアスハは、次のメニューを気にかけている。


「り、リザードはめちゃくちゃ強いのですよ! 私の兵も、この間の襲撃で大勢亡くなったのですから!」


 私は、テーブルに身を乗り出して、アスハの浅はかな考えを全力で否定する。


「戦わなければ、強いも弱いも関係ありません」


 アスハは言い放つ。

 この子には、何かが欠如している。


「まぁ、アスハなら大丈夫です。御心配にはおよびません」


 苦笑いのまま、パスカルは言った。

 この老人も、いったい何を考えているのか?

 私よりも体の小さな女子を、危険な旅に出すなど正気の沙汰ではない。


「死んでしまいます! 殺されて食われます!」


「姫様、お言葉をお慎みください」


 背後から、エリリカがおどろおどろしい声で言う。

 そんなことは、かまってはいられない。

 アスハを止めなければ!


「リザードは、人を食う習性はありません。オークは別ですが・・・」


 給仕がスープを持ってくると、アスハは目を輝かせてスプーンを手に取る。


「これアスハ、お行儀が悪い」


 パスカルが窘めると、アスハはふてくされた。


「私のことは、気にしなくて結構です」


 私はアスハに、食事を促す。


「アスハ、行ってはなりません。あなたを失いたくない」


 私は、スープをすするアスハを諭すように語り掛けた。


「はいひょーぶれすよ」


 アスハは、熱いスープを飲み込むと私を見つめて言い直す。


「大丈夫ですよ。アザリナ姫・・・戦わなければ良いのですから」


 少し意味深に聞こえたが、アスハは当然のように言う。

 私を諭すかのような口ぶりだ。

 間違っているのは、私だと・・・。






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