ギノ将軍帰還
14 ギノ将軍帰還
アルカナンサスと勇者が逃亡してから、一月が経とうとしていた。
城内は、襲撃の傷も癒え平穏を取り戻している。
城壁の外に広がる麦畑は、黄金色に輝いていて収穫時機の到来だ。
「姫様・・・」
背後に近づく気配があった。
声を掛けられたが、聞かなくてもそれが誰だかわかる。
「おおー、何と美しい! まるで女神様かのような後光が――」
「それは、もう良い。何だ?」
私は、振り返って質素なローブを纏った老人に訊ねた。
「はっ・・・実は、ギノ将軍からの戦況報告が届いておりまして・・・」
バンモは、懐から痛んだ紙切れを取り出す。
戦場の臭いがした。
ギノ将軍には、申し訳ないことをしている。
援軍も送れず、奮戦してもらっているのだ。
兵らも疲弊している事だろう。
バンモは、紙切れを広げると読み上げる。
「戦況、好転す。敵下がり、我前進」
小さな紙切れには、それだけが書かれていたようだ。
「好転したのか?」
私は、意外な文面に驚いた。
「そのようですな・・・いかがしますか? 好機に乗じて援軍を送ってみては」
バンモはそう言うが、私はかぶりを振った。
「もう・・・もう十分だ。帰投させてくれ」
申し訳ないという気持ちは残ったまま、少し安堵し、嬉しくもあった。
私は、城下へと目を戻した。
これから麦の刈り入れも始まる。人手はあった方が良い。
「バンモ、速やかにギノ将軍率いる部隊を帰投させよ」
背後でバンモが了承し、去ろうとする気配を感じた。
「それから――」
私は、バンモを呼び止める代わりに言葉を続ける。
「アルカナンサスの捜索は、打ち切る」
「・・・御意」
バンモは、了承して去った。
私は一人、バルコニーから麦の香を含む風を愉しんだ。
結局、アルカナンサスと勇者は取り逃がしてしまった。
皆、責任を感じている。
私の顔色を窺っている。
どうでもいいのに・・・
夜、湯浴みを終え、私室でくつろいでいると、扉を叩く音がした。
私は、思わず笑顔になる。
待ちに待ったこの時が来た。
扉を開けると、そこには待ち人が立っている。
「おかえり、エリリカ」
私は無表情で立つ、その人に飛びついて、ふくよかな胸に顔をうずめる。
エリリカは、何も言わずに、私の頭に何度もキスをした。
それから、クンクンと臭いを嗅いでいる。
「ちょっと~、やめてよ。臭いを嗅がないで」
私は拗ねたふりをして、エリリカを見上げた。
「お元気そうで何よりです。姫は、体調が悪い時、腐った玉ねぎのような臭いがしますから」
「やめてって!」
怒ってなどいない。
私は、エリリカの手を取って私室に誘った。
エリリカの謹慎は、今日の夕方までであった。
手続きや、身辺整理を終えた後、私の部屋に出頭するように命じていたのだ。
私は、エリリカの手を引いたままベッドに入る。
「もう、今日だけですよ」
エリリカも仕方なさそうなことを言いながら、私の隣で横になった。
今夜だけ、エリリカを独り占めにする。
今夜だけ、エリリカにたっぷりと甘える。
私は、エリリカの胸に顔をうずめ、その感触と臭いを愉しんだ。
甘くて、少し焦げた臭いがする。
柔らかくて、温かい。
エリリカは、私の頭を撫でてくれた。
それから、私の頭に頬ずりをする。
「ごめんね。エリリカ・・・でも、何があっても、もう・・・」
私は、エリリカの胸の中で泣いた。
「もう、あんなことやめて、死ぬなんて言わないで・・・私に、裁かせるなんて――」
そこまで口にしたら、堪えていたものが胸の奥からこみ上げてきて、私は声をあげて泣いた。
号泣した。
エリリカに、しがみついたまま。
麦の刈り入れが始まったころ、ギノ将軍率いる部隊が、遠い西の戦地から凱旋した。
街道には、農作業の手を止め農夫たちが、その行軍に歓声を浴びせる。
私は、秋晴れの地平線に彼らの姿を見つけると、飛び上がって手を振った。
向こうから見えるわけもないのだが、私の気分は高揚していた。
「ん? あれは・・・」
大勢の兵士らが、連ね歩くその最後尾に、布をかぶせられた大きな荷が引かれている。
「戦利品か?」
目を細め、私は独り言ちる。
「出征時には、無かったものですな」
隣のバンモも首をかしげる。
「姫様、ひとまず彼らをお迎えする準備をなさいませんと・・・」
思い出したように、バンモが告げた。
準備など、もう済んでいる。
私は、白いドレスに銀の胸当てを着け、丈の少し短いベルラインのスカートの腰に儀礼用の細剣を佩いていた。
「髪飾りをお忘れです」
傍に控えていたエリリカが、そっと口を寄せる。
「え・・・いるの?」
私は、王位を継承していないため、王冠――女王ならティアラ――を身に着けられない。
「王女用の物がございます」
とぼけないでと言いたげに、エリリカが顔をしかめた。
ああ、あれね。
ギノ将軍らの出立時にも着けたのだが、バランスが悪いのだ。
デザインは悪くないのだが、頭の左側に荷重がかかって、常に首をかしげていないと落ちそうになる。
ティアラを半分にしたような、頭の片側だけに装着するティアラなのだ。
女王の半分という意味なのかと思えば、そうではない。
品よく頭を傾げさせるためだそうだ。
首が、疲れるのよ!
ギノ将軍の軍列が城下に入ると、私は謁見の間の玉座にて彼らの到着を待った。
首を傾げ、ティアラが落ちないように気をつけながら・・・
ほどなくして、大きな鎧戸が解放され、輻輳する4つの笛が吹鳴された。
――エスカル国 ギノ・グランシア将軍 帰還されました――
長い金髪を後ろに結い、濃紺の甲冑に身を包んだ巨体の男が、悠々と入室した。
その後ろを、20名の指揮官たちが続く。
「ギノ・グランシア、只今帰還いたしました」
そう言いながら、ギノ将軍は玉座の前に膝をつく。
「長い間、ご苦労であった」
私は玉座を立ち、階段を降りてギノ将軍の前に進み出る。
跪くギノ将軍の肩に手を置いて、労をねぎらう。
「お疲れさまでした。援軍を送れずに申し訳ありませんでした」
私は、他の者に聞かれないように、小声で自分の正直な謝意を伝えた。
ギノ将軍は、微笑して首を垂れる。
私は、すぐそばにいるサラ将軍に目配せをした。
サラ将軍は、畳まれた布を私に渡す。
不思議そうに私を見上げているギノ将軍の前で、私はその布を広げた。
周囲から、歓声が沸き起こる。
その布には、王国全土の地図が刺繍されており、隙間なく金の葉飾りが施されていた。
「本日をもって、ギノ・グランシアをエルスカ国大将軍に任ずる」
私がそう宣言すると、大歓声が沸き上がった。
これは、大将軍が身に着けるマントだ。
ギノ大将軍は、立ち上がってそれを受け取ったが、腑に落ちない顔をしていた。
それもそのはずだ。
このマントは、勇者が身に着けることになっていたのだから・・・
勇者は、勇者任命式の後、時機を見て大将軍に任じられるはずであった。
しかし、あいつはもう勇者ではないばかりか、咎人となった。
「どういうことでしょう? アザリナ姫様?」
サラ将軍にマントを背に着けられながら、ギノ大将軍は私に訊く。
「色々あったのです・・・後で話します」
私は、抑揚なく淡々と答えた。
宴の席は、私の右にサラ将軍、左の席にギノ大将軍が座った。
「アハハハハァ~」
ギノ大将軍は、葡萄酒のグラスを掲げて大爆笑している。
「笑い事ではありません!」
それを、顔を真っ赤にしてサラ将軍が怒る。
「いやはや、そして君は決闘刑かぁ~ ガァハハハハ」
ギノ大将軍は、テーブルを叩いて笑い苦しんだ。
「もう・・・」
サラ将軍は、拗ねた顔をしてそっぽを向いた。
ギノ大将軍の前では、兵士たちに恐れられるサラ将軍も乙女のようだった。
「いやぁー、その勇者殿に会ってみたかったですなぁ」
ニコニコとギノ大将軍は言う。
大柄で体格だけ見たら怖そうなのだが、いつもニコニコしていてとても優しそうだ。
実際、優しい人だ。
とても戦場で、大斧を振り回しているようには見えない。
元々、このエルスカ国には4人の将軍がいた。
先王が崩御されるとほぼ同時期に、2人は国外に消えた。
そのうち一人は、大将軍になるであろうと目された人物であったが・・・
結局、4人の中で若い2人の将軍だけがこの国に残ってくれたのだ。
「もう勇者の事は忘れましょう。どうでもいいです」
私は、テーブルに頬杖をついて言った。
「はしたないです」
背後にいたエリリカに、テーブルに着いた肘を払われ、私はテーブルに顔をぶつけそうになる。
「ちょっとー」
私は、振り向いてエリリカを非難した。
「相変わらずだねぇ~、エリリカちゃんも~」
ギノ将軍は、エリリカを見て、エリリカ自首の話を思い出したのであろう。
またゲラゲラと笑い出した。
「しかし、僕の留守中に色々と面白いことが――」
ギノ大将軍は、また何かを思い出したのか、腹を抱えて笑い出した。
「そんな事よりも!」
私はテーブルに身を乗り出して、ギノ大将軍に迫る。
「オークとの戦はどうだったのです!」
「ああ、それねぇ~」
ギノ大将軍は、笑いをこらえながら語った。
「めちゃくちゃ強かったですよ~、あいつら身体もデカいし、力も強いし、防戦で手いっぱいでした」
「でも、好転したのですね?」
「ええ、突然ね・・・」
ギノ将軍は、葡萄酒で喉を潤す。
「そういえば、大きな荷がありましたが、あれは何ですか?」
私は、軍列の最後尾にあった大きな荷を思い出し訊ねた。
「ああ、あれは最新兵器ですよ!」
「最新兵器?」
サラ将軍も最新兵器と聞いて身を乗り出す。
「現地で、戦況を打開するために作ったのですがね。これが、良い結果をもたらしました」
「何なのです?」
私とサラ将軍は、ギノ大将軍に迫る。
「近い、近い――」
ギノ大将軍は、鼻息の荒い私たちからのけ反るようにして話しを続ける。
「超大型の弩弓ですね。丸太をそのまま矢に使えるような」
へぇ~
と、サラ将軍は感心する。
「よく現地で造れましたね?」
私は、感心して訊く。
「兵士の中に、元鍛冶職人がいましてね。現地で鉄を叩いてもらいましたよ~」
「威力は、いかほどで?」
サラ将軍の興味は、威力なのだ。
「そうだねー、城壁に穴ぐらい開けられるんじゃないかなぁ」
サラ将軍は、感嘆の声をあげた。
「それで敵が逃げたのですね?」
戦場で兵器を作製するなんて、さすがギノ大将軍だ。
「まぁ、それだけではないでしょうけどねぇ~」
ギノ大将軍は、顎をつまんで思案する。
「他の要因もあったとは思うけどなぁ~、なんでだろう~」
「まぁ、良いではないですか」
サラ将軍が、ギノ将軍の空いたグラスに葡萄酒を注いだ。
「では、改めまして――ギノ大将軍の戦勝と大将軍就任を祝して――」
私は、サラ将軍にその先を促されジュースの入ったグラスを掲げる。
「乾杯!!」




