処刑
13 処刑
私は、執務室でバンモの小言を聞き流していた。
窓の外を流れる雲を眺め、これからどうなる可能性があるか、色々なシチュエーションを思い描いた。
勇者とアルカナンサスは、まだ見つかっていない。
あの巨体がどこに消えた?
もしアルカナンサスが、ジープ国にたどり着いたなら、攻めてくるだろうか?
エリリカは、何故自ら出頭したのだろう。
喧嘩ぐらい、今までだってたまにはあったのに・・・殴り合いになるのは久しぶりだが・・・
エリリカの自首は、少し慌てたが、彼女が死刑になることは絶対にないのだ。
私が、許可しなければ良いだけの事―― しかしなぁ、何もなかったというわけにはいかないよなぁ。
ヒデオは・・・死刑だな。
私が望もうが、望むまいが、あれは死刑だ。
そうだ、パスカル様にも言っておかねば・・・
「聞いていますか!? 姫様!」
バンモが、顔を真っ赤にして怒っている。
「バンモ、すぐにパスカル様に伝書を送ってくれ。今起こっていることを伝えてくれるだけでいい」
バンモは、何かを言いかけた口をゆっくりと閉じ、承諾した。
「巫女様たちも、5人じゃなくても2人ほど来てはもらえないだろうか・・・」
これは独り言だ、バンモに言ったわけでは無い。
「巫女様はともかく、パスカル様の知恵はお借りしたいですな」
バンモはそう言って、部屋を出て行った。
仕事を与えれば、仕事は早い。
バンモは、老人だが仕事が大好きなのだ。
結局、あれから三日が過ぎ、勇者とアルカナンサスは見つかっていない。
もう、見つからないだろう。
口には出せないが、私は諦めていた。
「失礼いたします」
執務室に、バンモと入れ替わりに赤い甲冑の女性が入ってきた。
きびきびとした所作が、かっこいい。
「サラ将軍、お疲れでしょう。少し休まれては?」
私は、サラ将軍に着席を促したが、彼女はそれを辞して姿勢を正す。
「アザリナ姫様、此度の事」
サラ将軍は、そこまで言って顔をくしゃくしゃにした。
泣かないで――あなたが悪いわけじゃない。
「此度の事、すべて私の不徳の致すところ――」
頭を下げるサラ将軍の頬に涙が伝う。
サラ将軍は、突然真顔になって、指で涙を払った。
「つきましては、わたくしサラ・サーラと牢番長のクゥアース・ラフロアデライスに決闘刑をお与えください」
サラ将軍は、毅然と言い放った。
ムムム――
そう来たかぁ。
決闘刑とは、責任のある2人がどちらかが死ぬまで決闘をする刑のことだ。
決闘をすることで、どちらかが死刑となり、どちらかが無罪となる。
もちろん、双方が死亡することもあるが、双方が無罪となることはない。
この刑の厄介なところは、どちらが生き残るかがわからない事だ。
罪の軽い方が生き残ったり、下位者が生き残ったりする。
要するに、望まない結果が度々発生するのだ。
強い方が生き残って、弱い方が死ぬとは限らない。
たぶん、今回も・・・サラ将軍は負けるつもりなのだろう。
「サラ将軍、決闘刑はもう無いのです。廃止されました」
私は、サラ将軍の前に立って告げた。
「そのような取り決めはないはずです。最近行われていないだけで・・・」
サラ将軍は、淡々と答える。
そう、彼女の言っていることは正しい。
廃止されたという記録は、どこにもない。
「では、言い直します。決闘刑は廃止します」
どうだ――参ったか!
私には、刑を廃止する権限があるのだ。
「・・・言いにくいのですが、姫様に刑法廃止の権限はありません」
サラ将軍は、淡々と言う。
え、何で?
「姫様は、載冠の儀を行われておりません」
言い切るサラ将軍の言葉に、私は目の覚める思いがした。
確かにそうだ・・・私は王ではない。
私は、王家の人間だが、王位を継承していないのである。
あくまで、今は代行・・・
刑法の改正権は、国王のみが持つ。
「両名には、相応の処罰を考えております・・・決闘刑は――」
私が言い淀むと、サラ将軍は畳みかけるように言う。
「すでに、バンモ様の承諾を得ております」
あのクソジジィ――
私が否定してもバンモとサラ将軍、それにギノ将軍が賛同すれば、この刑は実行可能となってしまう。
「ダメです! 私は絶対に許可しません!」
私は、サラ将軍に抱きついて懇願した。
「ダメです――」
もう・・・みんな勝手なことばかり言わないでよ・・・
翌日、私は執務室にこもって刑法に関する記録を読みあさった。
そして一つの結論にたどり着く。
もう、こうする他ない。
誰かが、また血迷ったことを言い出す前に、私が心を決めて言うしかない。
本当なら、賢者パスカル様のお知恵をお借りしたいところなのだが、今すぐ決断しないと、我儘な姉貴分たちがいつ暴走するかわからないのだ。
私は席を立つと、外で待機している衛兵にバンモとサラ将軍を呼ぶように命じた。
しばらくして、2人そろって入室する。
「捜索の状況は?」
私は、2人の堅苦しい挨拶を遮って訊ねた。
「もうしわけありません」
2人揃って頭を下げる。
「わかりました。その件はよろしい」
私は、椅子から立ち上がって横に並ぶ2人の前に出た。
「明日の朝、今回のアルカナンサス逃亡に関する件と、エリリカによる王家への反逆に関して、その処置を表明したいと思います。関係者に出頭するよう命じてください」
私がそう告げると、背の高い女性と、背の低い老人が目を合わせる。
「御意」
声をそろえて、そう答えた。
翌朝、私は誰よりも先に大広間に参上した。
高所にある窓から、柔らかい光が石壁を白く滲ませている。
広い空間に漂う塵が、妖精のようで美しかった。
「姫様、朝食はいかがされましたか?」
私の姿を見て、バンモが慌ててやってきた。
「あとでいただこう」
私は、天井を見上げながら答える。
「まだ、お時間がありますが・・・」
「いいのだ・・・大事なことを言わなければならないから、言い間違えないように練習しておく」
私が、朝の寂光にたゆたう塵を眺めながら過ごしていると、ちらほらと関係者が集まり出した。
バンモはすでに私の隣にいて、次いでサラ将軍がクゥアースとういう牢番長の若い兵士を連れて現れた。
それからしばらくして、縄につながれたエリリカが現れる。
何て顔をしている。
悲しげで、つまらなそうで、どこかに自分を置いてきた抜け殻のような顔だ。
関係者はそろった。
私は、玉座で姿勢を正す。
「それでは、これよりアルカナンサス逃亡に関し責任の所在と責任者の処置について、エルスカ王国第一王女アザリナ姫から申し渡す」
バンモの宣言により、サラ将軍とクゥアース牢番長が玉座の前で跪坐した。
私は、ゆっくりと玉座から立ち上がり両名を見つめる。
「ジープ国特務大隊長アルカナンサスを逃亡せしめた牢番長クゥアース・ラフロアデライス、並びにその指揮官たるサラ・サーラ将軍に問う」
私が2人に語り掛けると、両名は顔をあげて真剣なまなざしを向けた。
「この件は、真実か?」
「真実に御座います」
2人は、声をそろえてそう答えた。
「よろしい。では、その結果がこの国に及ぼす不利益については如何か?」
このような確認事項が、しばらく続いて、最後に処置について言い渡すことになる。
項垂れるでもなく、しっかりとした眼差しで私を見返してくる両名に、私は微笑みかけた。
2人とも、素晴らしい兵士だ。
「これより、この件に関する処置を申し渡す」
私は、深呼吸をして2人に告げた。
「保留とする」
周囲で控えている衛兵たちが騒めいた。
「この件は、重大な事案であることは言うまでもなく、今後事態がどう運ぶかも定まらない。よって事態の掌握と次期王の王位継承が成るまで、保留といたす」
ざわめきが、感嘆に変わった。
安堵のため息も混じっていたようだ。
私もホッとした。
サラ将軍とクゥアース牢番長も、その目から感謝の意が伝わってくる。
あくまでも、保留だからね。
私は、2人を見つめて目でそう伝えた。
「では、引き続き王家に対する反逆行為に関しその処置を申し渡す」
バンモがそう言うと、サラ将軍とクゥアース牢番長は退室して、エリリカが玉座の前で跪坐した。
また事実確認をして、処置を言い渡す事となる。
「では、エルスカ王国第一王女付き侍女エリリカ、処置を言い渡す」
私は、エリリカをじっと見つめた。
エリリカは、私を見ない。
気に入らないな、その態度――
何もかも諦めたみたいな。
私とは、もう関係ありません。
みたいな、すました態度、もう一度ひっぱたいてやりたい。
「其方の証言に元づく事実確認を行ったところ、其方の言うような被害は認められず、この件は其方の虚偽であったことが判明した」
私は、すました顔でエリリカを見下ろした。
エリリカは目を見開いて、抗議の眼差しを向けている。
「これは、多忙を極める国務を著しく妨害せしめる行為であり、重罪と認める。しかしながら、死罪を求める等反省の意は十分に汲み取れることから、自室にて1カ月の謹慎を申し付ける」
私は、言い終わるとエリリカを見つめた。
声には出さず、口の動きだけでこう伝える。
――おねがい。これでゆるして――
エリリカは、涙ぐみながら微笑した。
良かった。ありがとうエリリカ。
ごめんね、エリリカ。




