表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

最上礼の礼式

11 最上礼の礼式




 ジープ国特務隊長アルカナンサス、城下に侵入したリザード族の指揮官である。

 少数で攻め込んできたのも驚きだが、リザード軍を束ねる将軍自ら、乗り込んできたのも驚きであった。


 しかし、アルカナンサスは、城下の戦闘には参加していないようだった。

 酒を、飲んでいたという。

 もし、アルカナンサスが戦闘に参加していたのなら・・・


 終わっていた。

 この国の要職者は、私も含め皆殺害されていただろう。

 私は、牢に引き連れられるアルカナンサスの背を眺めながら、玉座に身を沈めた。


 敵将アルカナンサスは、100人の兵士でも討ち取れぬ強者と聞いている。

 それを、意図あって引き留めたのであれば・・・

 あれは、やはり勇者なのか・・・

 それからしばらくの後、大広間の入り口付近から兵士の号令が発せられた。


――勇者ヒデオ様、御来着――


 大げさにしたな。

 連れてこいと言っただけなのに・・・

 城の衛兵が、鎧戸の向こうで笛を吹いた。


 その笛が、低い音と高い音とで輻輳する。

 これは、6人の衛兵がととれつに立つ最上級の礼式である。

 外国の国王や、我が国の国王が戦勝による帰還を果たされたときに、執り行われるものだ。


「何をしている! 誰が最上礼さいじょうれいで迎えろと言った!」


 私は、傍にいるバンモを叱った。

 バンモも知らなかったようで、オロオロしている。

 しかも、ヒデオらしい人影は、なかなか広間にやってこない。


 広間入り口付近で、うずくまっている。

――ぅぅううおぉおぉぉぉえぇぇぇぇ――

 広間に、汚らしい音が響く。


「何をしているのだ!」


 私は、気分が悪くなるのを必死でこらえて叫んだ。


「申し訳ありません」


 兵士の誰かが、叫んで返す。

 それから、本来なら2人の兵士が垂直に剣を掲げ、賓客を先導するのだが、その2人に抱えられ、勇者が入室する。


「もう良い。剣を収めろ」


 2人の兵が、片手でヒデオを支え、もう片方の手でフラフラと剣を掲げているものだから、私はそう言ったのだ。

 兵士らは、申し訳なさそうに剣を鞘にしまう。


「最上礼など、誰の指示か?」


 私は、なるべく穏やかに兵士に訊ねた。


「え・・・アザリナ姫様か、サラ・サーラ将軍かと・・・聞いておりますが」


 答えにくそうに兵士は言う。

 私は、そんなことは指示していない。

 サラ将軍だって、そんな指示をしていた様子は無かった。


「この酔っぱらいに、最上礼はおかしいと思わなかったのか?」


 私は汚いものを見るような眼で、ヒデオを見下ろした。

 実際、汚かった。

 真っ白な騎士の制服の胸元は、この男の吐瀉物で見るに堪えない。


「ですが・・・敵将を捕縛し、此度の戦闘で一番の功労者と皆称えておりますゆえ」


 話が、大げさに広まっているんじゃないのか?

 この男は、酒を飲んでいただけだ。


「遅れました」


 アルカナンサスを牢に送り届けていたサラ将軍が、駆け足で戻ってきた。

 サラ将軍は、ヒデオに気づくと顔をしかめ、ヒデオから距離をとって跪坐する。

 臭いなぁ。


 私は、何のためにこの男を呼んだのか忘れてしまった。

 いや、どうでもよくなっていた。

 いやいや、もう見たくないし、何より臭い。


 ヒデオは、意識があるのか無いのか、ひどい酩酊状態だ。

 これでは、会話にもなるまい。

 サラ将軍も、険しい顔をしている。


 私が広間の入口の方へ目をやると、様子をコソコソとうかがっているヴァンズナーと目が合った。

 こいつだ・・・

 最上礼の指示を出したのは、たぶんヴァンズナーだ。

 私は、手招きをしてヴァンズナーを呼ぶ。


「サラ将軍、もう下がってください」


 私は、小さな声でサラ将軍に言った。

 サラ将軍は、私の意図をすぐに組んで引き下がる。


「ヴァンズナー、この男を連れて行け」


 ヴァンズナーがやってくると、彼が口を開く前に命じた。


「ええとぉー」


 ヴァンズナーは、ヒデオと私を交互に見る。


「臭くてかなわん。早くしろ」


「御意――」


 ヴァンズナーは、ヒデオを支える2人の兵に命じて、ヒデオを運ばせた。


「隊長――」


 私は、ヒデオと共に去ろうとするヴァンズナーを呼び止める。

 そして、少し迷う。

 ヴァンズナーが、不思議そうな顔で私を見ていた。


「丁重に・・・丁重に扱え・・・」


 渋々、やむを得ず、私は命じた。

 念のためだ。

 もしかしたら・・・の為だ。


「御意」


 ヴァンズナーは、不敵に笑う。





 疲れた・・・とても疲れた。

 私は、自室に向かう通路の壁を、伝い歩きながら項垂れる。

 このままベッドに倒れこみたかったが、鼻の中に残る臭気を何とかしなければ、そのうち私も嘔吐してしまいそうだ。


 香油入りの湯で、身体を拭いたい。

 自室の扉を開けると、中に人の気配がある。

 誰だ?


 見れば、エリリカがいた。

 何だ、ここにいたのか・・・

 私は、エリリカを見てホッとした。


「エリリカ、大変だったんだ――」


 私は、エリリカに歩み寄ってさっそく愚痴を聞いてもらうつもりだった。

 しかし、エリリカは怖い顔で私の頬を打つ。


――な、なんで――


 私が驚いてエリリカを見ると、反対の頬も打たれた。


「な、何をする!」


 私は、訳も分からずエリリカを怒鳴る。

 再び私を打とうとするエリリカの手を掴んで、私はその真意を問うた。


「なんと、おぞましいことを――」


 エリリカは、私の手を振りほどいて、また私を叩いた。


「何てひどいことを!」


「痛い! 何よ! 何で叩くの!」


 私は、訳も分からず防御姿勢で耐えた。


「斬首のうえ、串刺しにするなど、何ておぞましいことを!」


 エリリカは、叫びながら私を子供が駄々をこねるように叩き続ける。

 エリリカに叩かれたのは、子供のころエリリカの服の背にトカゲを入れた時以来だ。

 トカゲの事か――


「これも民の為だ!」


 私は、エリリカの手を振り払ってエリリカを平手で思いっきり殴った。

 エリリカは、床に倒れる。

 ちょっと力を入れすぎた。

 本気で殴ってしまった。


「敵将の遺骸を晒すことで、敵の戦意がそがれる。お互いの犠牲を減らせるのだ!」


 私は、倒れているエリリカに怒鳴った。


「そのようなこと、私にはわかりません! でも、それをあなたのその顔で、その口で言う必要があるのですか! 美しいあなたがけがれるのよ!」


 顔だけ起こして、エリリカは私をなじった。


「美しさなど・・・私は、この国の王の代理だ! 民草を守る義務があるのだ!」


 私はエリリカを見下ろしながら、もっともらしいことを言った。

 もうわかっているのだ。

 エリリカが、私を殴った訳を・・・

 私のために、私を叩いたのだ。


「出て行け・・・」


 私は、エリリカに命じた。

 私は、エリリカに背を向けて窓の外を見る。

 暗い・・・夜だからな。


 背後で、扉の閉まる音がする。

 静かだ・・・夜だから。





「姫様・・・お目覚めでしょうか?」


 朝になっていた。

 少し遅い朝だ。

 疲れていたから、少し寝すぎてしまったようだ。

 私はベッドから身を起し、自分の格好を見て、慌ててバンモを制す。


「しばらく待て!」


 私は、下着姿のまま寝てしまっていた。

 床には、昨日着ていた服が散乱している。

 大急ぎでガウンをはおり、脱ぎ散らかした服を集めてベッドの下に隠した。


「よい・・・入れ」


 私は窓際の椅子に座り、なるべく平静を装った顔を作る。


「失礼します。おおー何と美しきや――」


 お決まりの挨拶だ。

 私は、窓の外を眺めながら聞き流した。


「で、何だ?」


 バンモの挨拶が終わったところで私は訊ねた。

 言いにくいことがあると、バンモは自分からは切り出さない。


「実は・・・罪を犯したと申し出た者がおりまして・・・」 


 何だ・・・昨日の混乱に乗じて窃盗でも犯したのか?

 窓の外の城下町は、すでに動き出していた。

 昨日の戦闘で、破壊された家屋の補修や解体が行われている他、通常の街の営みが垣間見られる。


「大罪であるが故、死罪とされたいと自ら願い出ております」


「何の罪を犯したというのだ? 死刑を望むなんて」


 私は、伸びをして首を回した。

 まだ疲労が残っている。

 今日は、ゆっくりしたいな。


「王家に対する反逆行為です」


「なんだと!」


 ずいぶん大それたことをしたものだ。

 しかし、それなら外国へ逃亡すればよいものを・・・先王が崩御したときに皆そうしたであろうに。


「いかがなさいましょう」


 バンモは、感情のない声で訊く。

 面倒くさいなぁ。

 今日は、アルカナンサスの処刑もあるのだった。


 どうしよう・・・

 しかし、バンモが自分で処理しないで私に話を持ってくると言うことは、重要な案件なのだろう。


「望んでいるのであれば、今日でも良いのか?」


 今日なら、アルカナンサスと一緒に――

 安易な考えだな。

 罪人とは言え、人を裁くのだ。

 獣人と一緒というのは、民の反感を買うかもしれない。


「日程に関しては、いつでも構いませんが、お取り調べはなさいませんか?」


 私が?

 調べて持ってきた話ではないのか?


「まだ調べもついていないのか?」


「ええ、嘘を言う人間ではないものですから、告白を疑ってはおりません」


 知り合い?

 私は、血の気が引いた。


「お前、ふざけてはいまいな・・・」


 私は、バンモを睨みつけた。


「事実をそのままに・・・」


 まさか、そんなことはあるまい。

 いや・・・まさか。


「その者の名は?」


 私は、恐る恐る訊ねる。

 同時に、言うなとも願った。


「エリリカに御座います」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ